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エピローグ

 腰先くらいまで伸びているであろう草むらに、伏せっていた。同じくらいの長さのライフルを持って。

 居心地は最悪だ。露出した首元や手首に葉先が突き刺さって、チクチクとする。

 茂みの先には、人が立ち入ることを諦めたかのような、広大な森林地帯が広がっていた。見上げれば、頭上を覆うように枝葉が重なり合い、陽光を遮る。足元には絡み合うツタが地面を覆い、その奥には、獲物の気配を隠すには十分すぎるほどの、深い闇が広がっていた。


「正面。およそ五十メートル。三股に分かれた木の右上方だ」


 真横に伏せる黒人の男——デズモンド・ワシントン、通称〝デス〟 がそんな言葉を漏らした。

 野生動物たちにとっては文字通り、彼は死神だろうが、俺にとっては救いの神だ。腕には、〝生来の決意作戦〟に従事したことを意味するOIRの入れ墨が掘られている。

 彼とはつい数週間前に出会った。更生機関というPTSDを専門とした施設で邂逅し、不思議な縁で友人となったのだ。

 俺は暫く検査入院を続けたが、結局、元の日本人でティーンエイジャーだった時の記憶は元には戻らなかった。


「OK、確認した」


 カチリッ。俺はライフルのセレクターを操作し、安全装置を外す。ハンドガードに指を入れ、祈るように指を這わせた。


「撃て」


 銃声。衝撃。ボルトを引いて排莢。スコープからは獲物の姿は消え、周辺の鳥たちも数瞬にして飛び立っていた。


「命中。良い腕だ。回収に行くぞ」


 俺はライフルの安全装置を確認、スコープから視線を外した。二人してその場から起き上がり、森林内に入る。

 〝天敵〟が入ってきたからか、途端に森林内は静寂が訪れたような気がした。

 野生動物たちが息をひそめ、俺たちが通り過ぎていくのをジッと待っている。そんなイメージが沸いた。


「どうして狩猟を?」


 不意にそんな質問をした。理由はまだ聞いていなかったから。

 狩猟が趣味だと聞いて、興味を持って色々と聞いていたら『行くか?』と誘われたので引っ付いてきただけだ。

 デスは歩きながら、胸についた草をはらって、


「自分を善人だと思っていた時期がある」


 そんな導入から始めた。


「善人、か」

「だがこうしていると、分かるだろう?」


 何となく、彼の言っていることが理解できた気がした。

 気づけば獲物のいた木の側まで到達していた。


「戦争や宗教というものさし以前に、人は残虐だ」

「そうすれば敵を許せるようになるのか?」

「いや。そんな筈はない」


 デスは鳥を拾い上げながら言った。


「人は残虐だからな」


 ライフルのグリップを強く握る。確かにその通りな気がしたからだ。

 獲物は散弾ではなく。小鳥を仕留めるようの、22口径の小口径弾を使用した。

 その場で血抜きをして、デス所有の荷台にさっさと積み込む。

 そこにはデスが仕留めた数羽の鳥が既に積み込んであって、彼の大勢いる親戚たちにも十分に振舞えそうだ。


「家で調理する。手伝え」

「ああ。ビールをつけてくれたらな」


 自虐を込めたジョークだったが、デスは本気に受け取ったかもしれない。

 スーパーに寄るか、と呟いたからだ。

 それに、この男は法律を恐れない。こうして許可証も無い異国のティーンエイジャーを連れ出し、ライフルを握らしたのが証明だ。






「滑稽だと思わなかったか?」


 彼の家までの帰り道。ハイウェイを走行中に、そんなことを聞いた。

 我ながら女々しい質問だと思ったが、聞かずにはいられなかった。

 何故なら、俺は彼のことを友人として、尊敬していたからだ。


「何を?」

「俺は偽物だ。デスと違って、本物じゃない」


 俺は結局、偽物だった。日本で生まれた、ゲームでPTSDを患ったティーンエイジャー。

 鏡を見れば見慣れないアジア人の少年の顔が張り付いていた。

 その事実を知った時、両親だと名乗る人物が涙ながらに面会に来たときは、夢でも見ているのかと思った。

 対して、デスは本物だ。本物の兵士であり、本物の実戦経験者。

 そんな彼から発せられる言葉は、俺にとっての確かな指標ともなっていた。


「俺の弟は戦地から帰ってきて、次の日に拳銃自殺をした」


 彼の始めて切り出した身の上話だった。

 俺は決して聞き逃さまいと、彼の横顔を真剣に見つめていた。


「家に帰って初めて知ったんだよ。親戚中から『なんと言っていいか……』だとよ。じゃあ、その口を開くなってんだ」


 暫く車内に沈黙が支配した。彼は不意にパワーウィンドウを下げ、タバコを口に咥えた。

 自然な流れで俺にも差し出してくる。なし崩し的に一本それを受け取った。


「お前は最初、更生機関に来た時。ガキどもを『ゲームでPTSDになった甘ちゃんたちと』馬鹿にしたらしいな」


 耳が痛い思いだ。それと同時に、恥ずかしくなった。

 だが、彼の声音からして、それは俺を辱めることではないのは明白だった。


「俺も最初はそうだった。『治療の弾みで、ガキどもくたばれ』とか思っていたな」

「……そうか」

「だけどお前を見た時、嬉しく思ったんだ」

「嬉しく?」

「お前が弟に見えた。異国の地の、ティーンエイジャーの筈なのに。本当に戦地で苦しみ抜いて帰ってきた弟に見えた」


 俺は呆然としながらデスの表情を眺めていた。


「だから俺はお前を兄弟と呼んだ。お前を認めたかった。そして、その苦しみを知っていれくれて、理解してくれていて、嬉しく思ったんだ」


 胸が熱くなるような思いだった。再び存在理由を与えられた気がして、思わず泣きそうになった。


「シェーン。兄弟」


 俺は目元をぬぐって、彼の横顔を再び視界に入れる。

 物騒なことに、彼は運転中にも関わらず俺を視界にとらえていた。


「偽物だと言うなら、本物になれ」


 ドクンッ。心臓が強く脈動を始める。


「お前の心はアメリカ人だろ。市民権をとって、市民の宣誓をして、永住権を勝ち取れ。ついでにアメリカ中の馬鹿なガキどもを救う手助けをしてな。そうしたら、誰もお前に文句をいうヤツはいないさ」


 勿論、そのつもりになった。

 窓から流れゆくアメリカの景色。風でたなびく、星条旗の揺らめきのように感じた。 

 久しく、と言うより。この体で初めて認知した、居てもたってもいられない感覚。


「長い旅路になりそうだ」


 我ながら、月並みで有体な言葉だと思った。

 それに対し、デスは、 


「ようこそアメリカへ。その前に、鳥を食っていけ」

 本作の主人公、シェーンの名は、2008年にPlayStation 3で発売されたFPSゲーム『HAZEヘイズ』の主人公、シェーン・カーペンターに由来しています。


『HAZE』がどのようなゲームかと言えば、一言で言えば「認識の歪み」を描いた物語です。プレイヤーは民間軍事会社マントル社の兵士として、強化薬物「ネクター」を投与され、圧倒的な力で戦場を支配する万能感の中で戦いに身を投じます。


 しかし、その「力」には残酷な代償がありました。ネクターが見せていたのは、死体も血糊も排除された、まるでビデオゲームのように「清潔で正しい戦場」という幻覚に過ぎなかったのです。


 真実を知り、薬物の供給を断たれたシェーンを待っていたのは、凄惨な現実と激しい離脱症状。かつての仲間を敵に回し、泥臭いゲリラ戦の中で彼は「正義」の真実を追い求めることになります――。非常にメッセージ性の強い、社会派ミリタリーFPSの意欲作でした。


 本作『コールド・ヘイズ』は、この『HAZE』におけるシェーンの軌跡に多大な影響を受けています。「仮想現実で心の傷を負った兵士」という設定の下、仮想現実で得た偽りの記憶や技術と、そこで育まれた本物の友情や絆。その対比を際立たせるため、重厚な世界観の構築、特に冒頭の演出には心血を注ぎました。


 とはいえ、私はまだまだ未熟な作家モドキとも言えない端くれに過ぎません。より衝撃的で、より面白い物語を皆様に提供できるよう、これからも精進を重ねてまいります。


 ちなみに、私の執筆する作品はジャンルこそ違えど、その根底ではすべてが繋がっています。その「繋がり」が何を意味するのか――ぜひ他の作品もチェックして、その断片を探していただければ幸いです。


 本作を最後まで見守ってくださり、本当にありがとうございました。


 それでは、また次の物語でお会いしましょう。

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