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脱出 3

 シャッターを突き破って装甲車でメインストリートへと出るまでに、三人くらい徘徊者を跳ね飛ばした。

 乗り心地は悪かった。ガタガタと揺れる車内、装甲車の分厚いタイヤがパンクしていないか不安になる位だ。

 アパート方面を見れば、未だに銃声が響き、複数の徘徊者が群がっていた。


「こちらシェーン! 装甲車を確保した。これから連中を引き付ける!」


 無線で伝えると、マルコムが返答を寄越した。


『本当か!? でも、こっちはかなりの数に囲まれ、建物内に侵入している。一旦、アパートは放棄しないといけない』

「了解だ。とにかくこちらでも出来るだけ徘徊者を引き付ける努力はする。それと、地上に降りられるタイミングを教えてくれ、迎えにいく」

『分かった! なるべく早く連絡するよ!』


 俺はメインストリート上に一旦車両を停止させ、クラクションを鳴らした。

 クラクションに気が付いた道路上の徘徊者たちは、何名かこちらへと向け走り寄ってくる。

 ギリギリまで引き付けてから車両を前進させ、タワー方面へ。その後直ぐに交差点でハンドルを切って左の道路へと進路を変更する。

 そんな感じで、徘徊者を多数引き連れたまま、暫くドライブを継続した。


「コールド・ヘイズで乗り物に乗ったのは初めてよ」


 近場の交差点をグルグル回って、再びアパートと面するメインストリートに差し掛かった時。


『シェーン! ジムが残った!』


 ジェイデンの緊迫した無線が耳に響く。


「何があった?」

『ジムが囮を続けている! その間に逃げろって言って聞かなかった! 僕たちは屋根伝いに警察署正面の建物に移動したよ!』


 車両が未だ多くの徘徊者を引き付けるアパート方面へと差し掛かった。徘徊者はこちらに気が付くが、気にせずアパートへの侵入を試みているようだった。

 窓からアパートの屋上へと視線を向けるが、銃声のみで姿は見えない。

 速度計の横に設置された後部カメラからは、依然として車両を追いかける徘徊者の集団の姿が見えた。


「ジェイデン、全員で死に物食いで地上まで降りて来い、チャンスは一回だ!」

『わ、分かったよ!』


 背後に視線を向けると、指示を受ける前に、既に後部ハッチを解放するために準備を整えたクロエとイライジャの姿があった。

 やはり子どもたちは優秀だ。連れてきて、損は無かった。

 やがて車両は警察署前へと到着する。しかし、イライジャたちの姿はなく、ふと視線を工務店横の非常階段に向けると、まだ、彼らは降りてくる途中だった。


「二人とも、何かに掴まれ、まだ後部ハッチは開けるな!」


 俺はシフトレバーを操作、車両をバック出来る体制にして、思い切りアクセルペダルを踏み込む。

 車両を全速力で後退、クロエとイライジャはたまらず転げまわる。

 ドンッ、ドンドンドンッ! 

 徘徊者の悲鳴と共に、衝突音が響いた。車両が軽く数回持ち上がり、何かに乗り上げたことが分かる感触。

 それと同時に、車両の横部分に張り付いて車両をひっ叩く徘徊者の音。 


『地上に到達した! 今からメインストリートに出るぞ!』


 マルコムの報告。俺はバックから、再び車両を前進させる。


「お前ら! 後部ハッチを開けている暇はない! 車両が到着したら横に張り付け!」


 そのまま警察署前に到達するなり急停止。横に張り付いていた数名の徘徊者が慣性の法則に従って前方に吹っ飛んでいった。

 運転席の窓からマルコムたちが降りたった工務店側へと視線を向けると、マルコムたちは何故か車両の手前で躊躇するように足を止めていた。


『シェーン! 感染者が横に張り付いている!』

「車両ごと撃て、防弾だ!」


 車両側面からカンッ、カンッ! と銃弾が跳ねる音。マルコムがサブマシンガンを掲げながら、


『やった、倒した!』

「呑気に報告している場合か、乗ったら報告しろ! 飛ばすぞ!」


 後部カメラを確認すれば、既に徘徊者たちは十数メートルの位置にまで迫っていた。


『いいぞシェーン!』


 マルコムの叫ぶような声。無線を通さなくても、運転席側から聞こえた。


「しっかり掴まれ!」


 装甲車のエンジンが唸り声を上げながら車両は発進する。午後二十三時五分。装甲車はタワー方面へと向け、遂に走り始めた。





 徘徊者をあらかた撒いてから、人気の無い地域までやってきて装甲車を止め、車両の腹に張り付いていたマルコムたちを車内に迎え入れた。


「聞いてくれ! 車両に捕まった徘徊者を二発で仕留めたんだ!」


 マルコムはサブマシンガンを掲げながら、興奮した様子で車内に入って来る。


「僕も屋上で二人倒したんだよ!」 


 拳銃を握ったジェイデンも誇らしげだった。

 そんな二人を見て、クロエは初めて二足歩行した乳幼児を見るかのように褒め称えていた。

 エイデンは車両に入るなり、青い顔のまま椅子に腰かけている。

 イライジャは「浮かれすぎだよ」と呆れていたが、仲間が助かったのを見て安心したのか、ようやく笑みを見せていた。


「ところで、ジムはどうなった?」


 和気藹々とした雰囲気で運転席から投げかけると、マルコムたち囮班は途端に八ッとした表情を浮かべていた。


「それが、『俺サマはいつでもログアウト出来るから、早く逃げろ』って……」


 いつでもログアウト、か。やはりプレイヤー目線の発言だ。こうなるとNPC説は一挙に怪しくなった。


「ていうかジムの存在って……どういうことなの? 私たちオフラインにいるんじゃないの?」


 クロエが疑問を呈した時、顎に手を置いていたイライジャが、


「もしかしたら……ジムは研究所に介入してきたハッカーかもしれないね」


 そんなことを漏らしていた。


「ハッカー?」


 俺が聞くと、イライジャは聡明そうな瞳をキラリと輝かせていた。


「何らかのハッキング技術を駆使して、外部からの接続を可能にしたユーザーだよ」


 なるほど、外部からの介入か。もしそうなら、ユーザー目線の彼の発言も説明がつく。

 腕時計を確認してみた。午後二十三時十五分。既にゲーム・オーバーまであと四十五分を切っていた。


「しかし、困ったな。ジムがいないと、巣までのルートが分からない」


 俺の発言に顔を見合わせる少年少女たち。一同は各々、様々な反応を見せていた。


「とにかく、ノアと合流しない?」


 クロエの提案に、マルコムが頷く。


「そうだな。シェーン、このままノアと合流しよう」


 全員、口にはしないが……何となく、今回でのゲーム・クリアを諦めているのかもしれない。

 彼らの様子を見て、ここまでの大暴れは初めての体感の様だった。今回の大立回り時に発生したアドレナリンそのまま、これから起こることには目を瞑っているかもしれない。 

 しかし、それを非難することは出来ない。それは俺も同じだった。 


「ノア、聞こえるか?」


 無線で呼びかけたが、返答は無い。

 再び呼びかけようとした時。

 ドンドンッ――後部ハッチが勢いよくノックされた。

 徘徊者特有の唸り声も、狂ったような連打でも無い。

 後部の座席を見れば、全員が緊張したように顔を見合わせていた。

 俺は走行車の後部カメラ確認する。しかし、徘徊者をぶつけた時に破損したのか、モニターは砂嵐が表示され、機能していなかった。


「誰だ?」


 後部ハッチの向こう側へと問いかえると、


「僕だよ、僕。ノアだ」


 ノアの声音で、安心したような表情を浮かべる一同。

 後部座席のジェイデンが立ち上がり、


「今開け――」


 その時、俺の背後を駆け抜ける稲妻のような感触。

 つまりは、嫌な予感がしたということだ。サイドミラーを確認したが、死角となっていて後部ハッチ側は確認出来なかった。 


「待て」


 ジェイデンが後部ハッチを開けようとするのを、俺は制止する。


「は? なんで?」


 マルコムが理解出来ないといった風に両手を広げる。


「僕も……ちょっと待った方がいいと思う」


 イライジャは俺に同意のようだ。クロエやエイデンは緊張したように、ずっと口を閉じていた。  

 俺は再びハッチの向こう側へと呼びかける。


「ノア」

「なに?」

「どうして今ここにいる? お前は大学付近で潜伏していたんじゃなかったのか?」 


 暫くの沈黙。数十秒の時を有して、


「ほら、怖くなっちゃって。迎えを待たずにここまで来たんだ」

「無線はどうした?」

「無線?」

「耳についた無線だ。何故連絡しなかった?」


 再び沈黙。回答を待っていると、急に後部ハッチを強く叩き出した。


「た、大変だ。徘徊者が背後から迫っている! 早く開けてよう!」


 それを聞いたマルコムが、痺れを切らして苛立った様子で立ち上がった。


「シェーン! ノアが助けを求めている!」 

「まだだ。ノア、早く答えろ」

「開けて、開けて!」と声は響き続けていた。マルコムがサブマシンガンを掲げながら、

「もういいだろう、シェーン! こっちには銃があるんだ、開けて確かめればいいさ!」


 マルコムがサブマシンガンを後部ハッチに構え、


「ジェイデン開けろ! 怪物だったら俺が蜂の巣にしてやる!」


 ガンガンガンッ! 扉を叩く音は止まらない。


「開けて、開けてよ!」


 焦燥の混じった緊迫した声。

 そこで、俺の耳の無線が、ノイズ交じりに、


『シェーン、命は天秤だ』

「開けるぞ!」


 ジェイデンがハッチに手をかけた、その瞬間。

 俺はエンジンを始動。シフトをドライブモードに移行し、そのままアクセスペダルを踏んだ。

 立っていた状態のジェイデンとマルコムがその場にすっころぶ。

 構わず全速力で車両を発進させた。


「ひっ……」


 助手席に座るクロエの短い悲鳴のような声。視線を向けると、彼女はサイドミラーを見ながら固まっていた。


「どうした?」


 聞くと、クロエは震えながら、


「車が発進するとき、サイドミラーから死角だった場所が見えたんだけど――とても背の高い、ワンピースを着た女みたいなのが立っていたの」


 ……やはり怪物の類か。ふーっと息を吐いていると、


「シェーン、ノアが!」


 マルコムがハンドルを操作する俺の肩を掴んできたが、助手席のクロエがそれを振り払った。


「マルコム、アレは怪物よ! ノアの声を真似ていたの!」


 クロエが叫ぶように言うと、マルコムは暫く呆然としていた。


「ああいうタイプは見たことが無いのか?」


 俺の問いに、席に座ったままの冷静なイライジャが答えた。


「ないよ。ユーザー間での報告例も無い。恐らくは新種だ」


 新種か。俺からすれば全て始めての体験なので


「ところでノアはどうする?」


 ジェイデンの発言。その場に居た全員が腕を組み、頭を悩ましていた。


「ノアの潜伏先は分かるか?」


 聞くと、クロエが顎に手を置きながら、


「大学方面は分からないわ。私たちは主に病院周辺とショッピングモールを軸に探索してたから」


 ふむ。残りの制限時間で無暗に探し回ってもただゲームオーバーになる可能性が高いな。


「闇雲に探し回っていても意味がない。とりあえず、タワーに向かおう」


 俺がそう口にすると、今まで席に座って黙っていたエイデンが立ち上がっていた。


「た、タワーは絶対ダメだ!」


 叫ぶような声。

 車内に静寂が満ち、視線はエイデンに集中する。


「どうしてだ?」


 俺が聞くと、エイデンは震えながら、


「巣は……巣は危険だ」


 それに対し、クロエが振り返る。


「どういうこと?」


 エイデンは吐き気を催したかのように咳き込みながら、言葉を繋げた。


「す、巣に連れて行かれると……拘束される」


 エイデンは自身の手のひらを見ながら、以前そこにあった何かが無いかを確かめるように手首をさすり、震えていた。


「そ、そうしてる内に、目隠しが外される……そしたら、髪の長い女がやってきて――」


 エイデンはそこまで話したところでこらえきれず、その場に崩れ落ちていた。

 それを聞いた少年少女達は呆然とした様子だった。初めて聞いた、みたいな反応だ。

 しかし、それと同時に腑に落ちたような心境に陥っていた。エイデンの異常な恐怖心。それは、過去に少年少女たちの中で唯一巣に連れて行かれたことを起因としているのだ。


「エイデン――アナタ過去に巣に……」


 クロエの呟き。それと同じくらいのタイミングで、俺は前方数百メートルで蠢く異変を感じ取っていた。

 ライトをハイビームに。そこには巨大なタワーを背景に、数百――いや、千は越えそうな勢いの徘徊者の集団が。


「マズイな。多すぎる」


 俺が呟くと、助手席のクロエが正面を見て、ギョッとした表情を浮かべていた。背後からも驚いたような声が聞こえる。

 車両を停止させる。

 徘徊者たちはこちらに気が付いた様子で、


「どうするシェーン、突っ込むの!?」

「あれだけいたら最悪横転する。とりあえず脇道に――」


 そこまで言ったところだった。車両に搭載された無線機。赤いランプが光って、ピーガガガッとノイズが流れ始めた。


『夜更かしばかりする悪いガキども、こんばんわ。俺サマことジムだぜ』


 車内に響き渡るのは聞き違えるはずのない、飄々とした声音。車内で騒然とした雰囲気が広がった。

 無線機のカールコードを無理やり手繰り寄せながら、通話ボタンを押す。


「ジムか」

『そうともさ。このまま引き返して夜の街をドライブなんて結末は辞めてくれよ? 男なら一択、〝当たって砕けろ〟だ』

「女もいるわよ!」


 俺はクロエの呟きに笑みを浮かべながら、再びジムに呼びかける。


「このままじゃ無駄死にだぜ」


 俺がそう返すと、無線越しにジムは大笑いしていた。


『これはゲームだろ? ド派手に行こうぜ』


 その言葉の後。タワーを起点とした巨大な交差点。その手前のビルから、明滅するように瞬くオレンジ色の瞬き。

 アレには見覚えがあった。ヒュンッと飛翔体が向かってくる音と共に、こちらへと向かってくる徘徊者が盛大吹っ飛んだ。

 同乗者たちが驚愕を含んだ叫び声をあげる。

 俺は一人、沸々と沸きあがるアドレナリンを噴出させていた。 


「それもそうだな」


 アクセルをべた踏みする。エンジンが唸り声をあげ、気持ち数の減った徘徊者の群れへと突進する。


「しっかり掴まってろ!」


 俺の叫ぶような指示に、ジェイデンが悲鳴を上げていた。 


「まじかよ! 何が起こっているんだ!」


 誰かの声。再び飛翔体が中空を滑空する音。前方数十メートルの徘徊者の集団がストローで吹いたゴミクズのように吹っ飛ぶ。それは紛れもなく、個人携行のロケット弾によるジムの支援だった。

 フラッシュバックする戦場。派遣地域でのクソみたいな戦闘の中での、ささやかな航空支援。

 少年少女たちの手前、フーッ! と軍人らしく喜びを表明するのは堪えた。


「ぶつかるわ!」


 クロエの声。

 爆炎の中、めげずに走り寄ってきた徘徊者たちが、ボンッボンッと音を立てながら跳ね飛ばされていく。

 そんな中、俺は再び車載無線を手に取っていた。


「ジム、タワーの何処に行けばいい!」


 ヒュッと飛翔音。爆発。暫く遅れてから、ジムが無線に応えた。


『タワーの周回にフェンスがあって、目立つ侵入口があるはずだ。その手前で車両を停止させろ』


 ハンドルを切りながら必死に目を凝らして周囲を観察する。メインストリートの交差点に進入し、放置車両を蹴散らしながら進んでいるとジムの言った通り、タワーの周回を囲うフェンス。そこに分かりやすいゲートが設置されてあった。

 ハンドル操作を駆使しながらゲートまで向かって行く。ようやく手前まで到達すると、俺は思い切りブレーキペダルを踏みこんだ。


「お前ら降りるぞ! ハッチを開けろ!」


 傍らに置いていたライフルをクロエに手渡してもらい、スリングを体にかけながらそう指示を出す。

 マルコムたちは慌てたように席を立ち、後部ハッチに手をかけていた。

 そこで俺は席に座ったままのエイデンが視界に入った。 


「エイデン」


 呼びかけると、エイデンはビクリとした。青白い顔のまま、俺を見上げる。


「怖いのは分かる」


 俺がそう口にすると、エイデンは目じりに涙をためていた。


「お、俺はお前みたいに勇敢じゃないんだ!」


 全員がその様子を黙って見届けていた。


「お前の誇りを、皆で取り戻しにいこう」


 そう口にすると、エイデンはハッとして、 

 そうだ、お前は――いや、お前たちは。救われなければいけないんだ。

 このクソッタレな世界で希望を見出した俺のように。


「お、俺は――」


 エイデンが何か言いかけた時だった。


『おいおいおい、何やっているんだお前ら。まだ車両から出るなよ』


 ジムの緊迫感の無い提案。全員が訝し気な表情で無線を見つめていたその時。


『ははっ、七名様ご案内』


 ジムのそんな言葉の後、聞き馴染み深い、飛翔体の近づく音。

 俺は瞬時に鳥肌が立つのを感じ、マルコムたちに向かって、


「お前ら、伏せ――」


 オレンジ色の光と、鼓膜を突き破るかのような轟音。明かりが消え、洗濯機の中に放り込まれたかのようにシャッフルされる。

 少年少女たちの阿鼻叫喚の声、ガンッ、ガンッと何かにぶつかる衝撃。


『シェーン、命は天秤だ』


 キーンとした耳鳴りの中、そんな無線の声が俺の耳に響いて―― 


『なんつって、な』

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