脱出 2
現在時、午後二十一時二十五分。ゲームオーバーまであと二時間三十五分。
代わり映えの無い、デジャブのように網膜に飛び込んでくる視覚情報、個性の乏しい外観の路地裏を駆け抜け、俺たちはようやく――
戦前から建てられているかのような趣のあるアパートにたどり着いていた。
「ここがイライジャが潜伏しているアパートよ」
クロエが、通りに向けてライフルを構えている俺の耳元でそう囁いた。
「こちらシェーン。イライジャ、着いたぞ」
無線を押して報告すると、
『ちょっと待って。梯子を下ろすよ』
イライジャから直ぐに返答が返ってきた。
暫く路地裏の陰で隠れていると、アパートの二階の窓が開いて、手を振る利発そうな眼鏡の黒人少年、イライジャが姿を現した。
イライジャは宣言通り窓から梯子を通すと、音を立てないように地面に設置する。
『OKだよ。これで昇ってきて』
俺たちは急ぎ、梯子へと向かう。子どもたちを先に行かせ、ジムと俺で四周を警戒した。
『次は二人だ。大丈夫、通りに徘徊者はいない』
イライジャの合図で、俺とジムは梯子を使い、階上へと昇った。
昇った先は、年季の入ったオーブン据え付きのキッチンだった。やはりと言うか、何の変哲もない普通のアパートだ。
萎びれた観葉植物に、草臥れたシミつきのソファ。時代と逆行するかのようなブラウン管テレビの上に、旅行先で集めたのか沢山の趣味の悪いフィギュア。ペットがいたのか、部屋の隅には毛布が敷き詰められたペットケージが設置されてあった。
居住していた住人の生活が目に浮かんできそうな、ノスタルジックな空間。そこに白人、黒人、東南アジア系と。古今東西の人種を集めたコメディ番組のようなシュールな光景が広がっていた。
「とりあえず、二度目の作戦会議と行くか」
俺はジムから受け取った地図をダイニングテーブルに広げる。その場にいた少年少女たちは覗き込むようにしてそれを視界に入れ、ジムは一人ソファに腰掛けて足を組んでいた。
俺は現在地を指しながら、
「ここは安全なのか?」
聞くと、イライジャが眼鏡をクイと上げながら、
「一階の階段はバリケードが設置されていて徘徊者は侵入出来ないようになっている。それと、二階の廊下から最上階まで徘徊者はいない。まあ、部屋にはいるかもしれないけど、鍵が閉まっているから大丈夫だよ」
「そうか。因みに一度目の会議で聞き忘れていたが、この建物は徘徊者に囲まれた場合、脱出路はあるのか?」
「梯子を立てかけて、隣の建物へと繋ぐ橋にしながら移動できるよ。移った建物に徘徊者がいるかどうかは分からないけどね」
肩をすくめながらそう口にするイライジャ。見るからに彼は冷静沈着に見えた。それに、こんな状況の割には口も回る。現実世界での大人しい姿とのギャップに驚きつつ、言葉を繋げる。ことにした。
「よし、予定通り囮班と装甲車班で別れよう。囮班はこのアパートの屋上を要塞化して、メインストリート側にいる敵を引き付けてくれ」
その隙に装甲車班は警察署に攻め込むという訳だ。概要を説明すると、全員が頷いてくれた。同意の意だ。
次の議題に移ろうとしたとき、不意にマルコムが地図を指しながら、
「装甲車班はどのルートから攻める?」
地図を確認すると、警察署正面にちょうど良さそうな建物が存在した。
「屋上から警察署側正面にある、この建物からが望ましい。ここに、屋上から降りていける外付けの非常階段はあるか?」
「一階が工務店の建物だね。ああ、あるよ。メインストリート側から見て左側、路地へと降り立つ非常階段が」
おあつらえ向きだな。ここからなら直ぐに警察署へと向かえそうだ。
「できればここから地上に降り立ちたい。屋根伝いに行けるか?」
「行けるよ。この辺は同じ高さの建物が多い」
そこで俺は、ソファに腰掛けてリラックスした様子のジムへと視線を向けた。
「ジム。車両の眠った倉庫内へはどう行けばいい?」
「警察署の入口から建物内に入って、廊下を右側だ。そこから真っすぐ、建物から車庫にまわれる扉のある廊下が続いている。その内のどれかが当たりだ」
どれか、か。ギャンブルは避けたいところだが……致し方ないだろう。
「装甲車のキーは、装甲車内にあるのか?」
ジムは銃を弄りながら、
「さてね。ただ、過去に動かしたヤツは何人かいたぜ。ガソリンは満タンだったと証言していた」
「じゃあキーは何処にあるか分からないんだな?」
「そう言ったつもりだったんだが、言葉足らずだったかな?」
正面にいたクロエと目が合った。彼女もジムの物言いには呆れた様子だった。
「まあ、とにかく……キーは現地で確認するしかないだろうな。無かったら最悪、警察署内を宝探しして回らないといけない」
俺がそこまで言ったところだった。ソファでひたすらに銃を弄っていたジムが、肩にライフルを担ぎながら、
「ところでよ、本当にお嬢さんと眼鏡の黒人ボーヤを連れていくのか? お前一人で行った方がまだマシそうだぜ」
それを聞いたクロエは不満げな表情を浮かべる。
「私だって、銃があれば戦えるわよ」
「銃があれば? お化粧とはワケが違うぜ?」
クロエが青筋を立てて怒鳴りだしそうだったので、割って入ることにした。
「潜入する人数は多すぎても問題だが、少なすぎても問題だ。少数で侵入し、早期の脱出が望ましい。ヤバそうだったら一度撤退するのも視野にいれるさ」
俺はクロエとイライジャに向き直って、
「二人とも、銃を撃ったことは?」
聞くと、「あるわ」と、不満げな顔のままのクロエ。「僕は無いかな」と、表情を変えずイライジャ。
俺はクロエに腰に差していた予備の拳銃をマガジンと共に手渡した。
「使い方は分かるな?」
クロエは迷うことなく受け取りながら、
「舐めないで。エアライフルで賞をとったこともあるわ。まあ……地元の小さい大会だけど」
それに対し、ジムはわざとらしく口笛を吹いた。
「そりゃ凄いなお嬢さん。だがよ、的は紙切れじゃないぜ? ゴキブリみたいに動き回るし、命中したらこうさ」
掌を広げ、爆発を表現するかのような真似をしたジムに対し、クロエが好戦的な目を浮かべた。
「それは私が女だから言ってるの?」
「へっ、男女平等について議論するつもりはないね。そういうのはブルーステートで存分に、だ」
「私は仲間を守るためなら現実世界だろうが、どこでも引き金を引くわ」
「あっそう。精々足を引っ張らないように頑張りなよ、お嬢さん。それと足元には気をつけなよ? ヒールでつまづくかもしれないからな」
ジムは愉快そうに笑いながら、玄関方向へと向かって行った。
「アイツ、嫌い」
クロエが呟くように言った。
俺はそれを聞きながら、何となしに彼女の足元へと視線をやると――
「ヒールなんて履いてないわ」
彼女は俺を睨みながら、自身の履くシューズを指して言った。
俺はゴホンッと咳払いを一つ。誤魔化すように、
「各員、屋上に向かおう。作戦を始めるぞ」
△
屋上を梯子で伝って、時には香港映画のようにジャンプをしながら移動をしていた。
息が上がることはない、何てことの無い運動量。いや、仮想現実だからだろうか?
後ろを追尾ミサイルのようについてくるのはクロエとイライジャ、二人とも足取りは軽く、この町の理不尽を恐れているようには見えない。
イライジャは頭が切れ、空間把握能力も高く、地理も詳しい。クロエに至ってはエアライフルの大会で賞をとったらしいし、拳銃の握り方も違和感はなかった。思いのほか、背中を預けている状態でも心強かった。
『こちら囮班、準備完了。いつでも行けるぜ』
ノイズ交じりのマルコムの報告。三度か四度目の跳躍で、ようやく警察署正面の建物に到着していた。
「よし、始めてくれ」
無線で伝えると、アパートの屋上にいる囮班が大げさに発砲音を鳴らした。
アサルトライフルのフルオート連射で断続的な轟音を鳴らす。
ふと屋上からメインストリート側でたむろしていた徘徊者を見やれば、連中は示し合わせたかのように一斉にアパート方面へと視線を向けていた。
狩りをする獣の群れのような合唱。唸り声を上げながら上げながら、騒がしいアパート方面へと向け、突進のような走りを見せる。
「すごい数だ」
イライジャが呆然とするように言った。メインストリートだけでなく、他の建物や警察署からも大勢の徘徊者が飛び出していた。
「好都合だ。行くぞ」
別に大した考えじゃない。騒ぎに乗じてことを進める。盗人と同じ発想だ。
屋上から伸びる頼りなさげな鉄製の非常階段。手すりは錆びだらけで触れたら怪我をしそうだった。しかも三人乗っただけで大きく揺れ、ボルトが落ちていたら即座に打ち付けて補強したいくらいだ。
そんな軽口を吐きたくなりながらカンカンと足音を鳴らし、階下へと降りていく。
推定、八階くらい降りて無事地上に到達。通りに響き渡るのは戦場を思い起こすかのような散発的な銃声音。通りはアパート方面のお祭り騒ぎのお陰で、徘徊者の姿は無かった。
「警察署に踏み込むぞ。囮班、銃を向ける方向には気をつけろよ」
流れ弾で死んだらさぞ浮かばれないだろう。そんなことを考えながら、ライフル構えつつ警察署の玄関へと向かう。
薄暗いフロント内でライトを点灯。警察署内はかなり荒らされている様子で、ゴミや死体が散乱していた。途端に腐臭が鼻につき、顔をしかめたくなった。
「転ばないように気をつけろ」
クリアリングしながら進んでいく。クロエは拳銃を構えながら、見様見真似でクリアリング動作を行っていた。イライジャは忍者のように壁際を背に合わせ、忍び足だ。
暫く進むと、車庫へと通じる長い廊下へ到達した。
道路側へと続く扉が車庫の扉だ。確認できるだけで八以上。
俺はライフルから拳銃へと持ち替え、
「手前から順番にいくぞ。警戒を頼む」
鉄製の厳重そうな扉に手をかけ、部屋に踏み込もうとする。
しかし、扉には鍵がかかっていた。
参ったな……ブリーチングするには心もとない銃器ばかり、それに頑丈そうだ。
「どうする?」
クロエの心配そうな声音。
「次を試す」
続いて次の扉を試す。またロックがかかっており、中には踏み込めない。――次。
三回、四回試してみて、ようやくロックがかかっていない部屋を発見した。
勢いよくノブを捻って中に踏み込む。クリアリングをこなしながら、部屋内を見渡した。
敵影無し、そして、当たりだった。
車庫内中央には見るからに重そうな装甲車が鎮座しており、壁際には整備用か沢山の工具がかかっていた。
「状態を確認する」
装甲車の扉を開こうとノブに手をかけたが、開かなかった。どうやら鍵がかかっているらしい。
舌打ちをしたくなるのを我慢しながら、二人へと向き直る。
「クロエ、イライジャ。キーが無い。通路を警戒するから代わりに部屋内を探してくれないか?」
二人はそれを聞き、慌てて部屋へと踏み込んでガチャガチャと辺りを探索し始めた。
俺は通路に出て徘徊者の到来を警戒する。
これは時間がかかるかもしれない。そう思ったその時――
「シェーン、良いニュースだ」
イライジャが装甲車の上に立ち、扉前に立つ俺を見下ろしていた。
「なんだ?」
「上から入れるよ」
イライジャはそう口にするなり、装甲車の上部ハッチから装甲車内に踏み込んでいた。暫くすると中から助手側の扉のロックを解除、そこへクロエが乗り込んでいく。
「キーは刺さっているか?」
「……無いわ」
「ダッシュボードや、日除けにもか?」
「ええ。全部確認した」
クロエの返答。希望が見えたのも束の間、再び宝探しゲームは継続しなければならないらしい。
「さて、どうするか」
俺がライフルを構えたまま呟くと、装甲車の屋根から飛び降りたイライジャが走り寄ってきて、
「こんなのが日除けの間に挟んであったよ」
見れば、それは汚い字で殴り書きされたクシャクシャのメモだった。
『日除けを漁っても車の鍵が挟まってなくて慌てている哀れな〝リー〟君へ。何故そんなことになったかと言えば、クソッタレな大真面目の新人野郎がいつもダッシュボードに鍵を挟んで保管していることを署長にチクりやがったせいだ。とにかく、鍵は三階の事務室の金庫に保管することになった。つっても緊急時にせっせとダイヤルを回すわけにはいかねえ。南北戦争のフィギュアのライフルに引っかけてあるよ。面倒だが、今後はそこから鍵を取ってくれ』
俺が怪訝な表情で都合の良すぎるメモを見つめていると、イライジャは控えめに笑った。
「シェーン。これはゲームだよ。こんな風に都合よくイベントが転がっていることがあるんだ」
「イベント?」
俺が聞き返すと、今度はクロエが答えた。
「だけど広大なコールド・ヘイズの世界では、こういうイベントを見つけ出すのは困難よ。まあ、とにかく――」
「そうだな」
俺はライフルの薬室を点検した。
「二人とも装甲車内で待機しておいてくれ。鍵をとって来る」
俺の発言に、イライジャは「分かったよ」と素直に従ってくれたのだが、
「私も行くわ。作業するとき、背中を警戒する人間が必要よね?」
ここで問答していても仕方ない。俺はライフルを通路へと向けながら通話ボタンを押した。
「囮班、異常ないか?」
『シェーン! こちらマルコム。ちょっと徘徊者が集まり過ぎている。この分ならバリケードも突破されるのも近いかもしれない』
無線を切ってクロエへと視線を移すと、彼女は決意を固めたように拳銃を握りしめていた。
「急ぐぞ」
△
俺とクロエは廊下の突き当りに位置していた階段を駆け上っていた。
フラッシュライトが四階であることを証明する表示を照らす。
「階段を警戒しろ」
クロエは要領のいい人間だった。俺の短い指示にも直ぐに意図を理解し、その通りにする。素直に感心していた。これなら背中を安心して預けられるかもしれない。
階段の踊り場から廊下の様子を窺うと、廊下の先。恐らく事務所があるであろう廊下の突き当りにゆらゆらと揺れる影が。
目を凝らすと、それは重装備を着込んだ、元警官と思しき徘徊者だった。
「最悪だ」
「どうしたの?」
ライフルは持っていないが、千ドルはしそうなボディベストにヘルメット。弾丸を防ぐ仕様となっている。
「相手は固い。防弾ベスト装備だ」
「……おびき寄せて、迂回する?」
クロエの提案。俺は腕時計を確認する。既に時刻は午後二十二時半を回っていた。
「――いや」
音を立てないように弾倉、薬室確認。セレクターを手でなぞりながら、
「ゴリ押しで行く。連中を引き寄せるだろうが――サポートは任せるぞ」
ゴクリッとクロエの唾を飲み込む音。俺はステップを踏むように軽快に廊下へと踏み込み、フラッシュライトを点灯させた。
「ヘイ」
呼びかけると、ゆらゆらと揺れていた影がピタリと止まり、こちらを向く。真っ黒な瞳が俺を捉えていた。
徘徊者がニイッと笑った。
俺は守りの薄い箇所。顔面から首へとかけて引き金を引いた。
ゴウンッ、ゴウンッ、ゴウンッ。
サイレンサーは無い。室内なら尚更凄まじい音だ。
フロアを反響する凄まじい轟音とともに血潮が飛び、他の徘徊者は走り出す。
慌てず冷静に引き金を絞り続け、重装備の徘徊者の顔面を吹き飛ばし続けた。
しかし、後方にいた数名は学習していたようだ。顔面を隠すような動作をして、そのまま向かってくる。
俺はすかさずプロテクターの隙間、足へと弾丸を放つ。
徘徊者は廊下に転がり、何人も芋虫のように呻いていた。
そこを足で踏みつけ、留めの一発をお見舞いする。さながら気分は第二次大戦だった。
「シェーン!」
焦ったようなクロエの声。
どうしたと聞く間もなく、廊下を挟むように位置していた事務所の窓から、ガラス片とともに徘徊者が飛び出してきて、掴みかかってきた。
俺は思い切りバランスを崩し、その場に倒れた。
「ラアアアッ!」
真っ黒な瞳で、思い切り叫び声を上げながら噛みついてこようとする徘徊者。必死に嚙まれまいと拳銃を抜き放ち、徘徊者の口に突っこんだ。
引き金を絞る前に。徘徊者の頭が吹き飛んだ。
クロエだった。
視線を向けると、震える手で拳銃を握りしめていた。徘徊者はそのまま、ぴゅうと血を迸らせながらだらりと動かなくなった。
「この距離なら狙う必要は無いわね」
震える声音で手を差し出してくるクロエ。
「助かった」
俺はそれを受けとり、その場から立ち上がった。
バタバタバタッ。後方、階段方面から徘徊者の登ってくる音が聞こえる。
「急ぐか」
俺とクロエはそのまま、奥の事務所へと踏み込んだ。直ぐにクリアリング。机の下まで確認し、安全を確認すると。
「シェーン! 私がカギを探すわ、廊下を警戒しておいて!」
クロエの提案。俺は同意する間もなく振り返り、事務所の扉から廊下へと向けてライフルを向ける。
直ぐに第一波が姿を現した。
警官の恰好をした徘徊者の群れ。ボディベストは未着用だ。
発砲。
命中。
そのサイクルの繰り返し。
第一波は三名のみで打ち止めだった。
しかし、雰囲気的に次がまたやってきそうだ。
空の弾倉を捨て、スピードリロードを行う。弾倉交換は早ければ早いほど良い。そんな教官の言葉を思い出していた。
「フィギュアの鍵! 見つけた!」
背中を叩かれ、視線を向ける。
どうやらクロエが早々に鍵を発見したようで、それを誇らしげに掲げていた。
「キミを連れてきて正解だった」
「急ぎましょう!」
こうなればこんな場所からはさっさと退散だ。廊下へと出る。
直ぐに第二派がやってきた。今度は三名ぽっちで終わらなかった。目視できるだけでもかなりの徘徊者が廊下を走って、こちらへと向かってきていた。
「弾が切れたら援護してくれ!」
引き金を絞る。音速の銃弾が中空に無数に飛び立っていった。
最早鍵の回収作戦というにはほど遠く、機関銃兵の弾薬処理のような様相だ。鉛の塊を左右にバラマキながら、行進を続ける。幾度も弾が切れ、床に転がる空の弾倉は増え続けていた。
クロエが弾切れをおこし、勝手に俺の腰から拳銃を抜き放つほどだと言うと、その壮絶さが伝わるだろうか。
「かかってきなさい、この悪魔ども!」
アドレナリンの影響か、階段の踊り場に差し掛かるころにはクロエが暴言を吐いていた。
クロエの拳銃の弾が切れる。カチカチカチッ――気づいていないのか、彼女は引き金を絞り続けている。
俺はそんな彼女から拳銃を奪い取った。
「あっ――」
「もう敵はいない」
その場に立って活動している敵影は既にいなくなっていた。周囲は死体が積み重なり、途轍もない腐臭を巻き散らしている。少なくとも、子どもの教育に良くないことだけは確かだ。
クロエは呆然としたようにその光景を見つめていた。
「そ、そう」
俺は拳銃の弾倉交換をして、再び彼女に渡してやる。
「次、奴らが来たら頼むぞ」
クロエはキュッと唇を結びながら、
「任せて」
拳銃を受け取った。
△
『シェーン、急いで! 一階がかなり騒がしくなってきた、車庫にも徘徊者が踏み込んできたよ!』
イライジャの緊迫した無線を聞きながら一階に到達。徘徊者は銃声を聞きつけた影響か、結構な数が玄関から警察署内に侵入を果たしていた。
ここでもゴリ押しは決行だ。ライフルをぶっ放しながら、車庫へと通ずる廊下へと向かう。
「クロエ、絶対に俺から離れるな!」
行先を阻むように向かってくる徘徊者たち。蹴散らすように進んでいると、
「シェーン!」
「なんだ!」
「アナタに惚れそう!」
クロエがどういう精神状態なのか、そんなことを口にした。
「すまん、ガキは相手にしないんだ!」
俺もそんなバカみたいな言葉を返しながら、遂には車庫へと到達する。車庫には数名の徘徊者が侵入を果たしていて、イライジャの隠れた装甲車にコバンザメのように取り付いていた。
「クロエ! 扉を閉めろ!」
クロエに廊下へと通ずる鉄扉を閉めさせ、俺は正面の徘徊者へと集中する。
ドットサイトで照準をつけ、引き金を絞ると、徘徊者を貫通した弾丸が装甲車を跳弾し、火花を散らしていた。
全部で五名ほどだろうか? 直ぐに部屋内の制圧は完了した。
「イライジャ、もう大丈夫だ。ロックを解除しろ!」
無線で呼びかけると、助手席側の扉が解放された。
クロエからキーを受け取り、助手席側から乗り込んで運転席へ、クロエはそのまま助手席へ座った。
キーを回す。エンジンは一発でかかった。操作系統はAT。宇宙船みたく複雑でなくて助かった。これなら問題なく動かせそうだ。
「そういえば……シャッターはどうする気?」
背後の座席を掴んだイライジャの質問。俺は答えないまま、狭い車庫内で出来る限り車両をバックさせた。
「しっかり掴まってろ」
「冗談だよね?」
シフトをドライブモードに変更。アクセルペダルをべた踏みし、そのままシャッターへと突進した。




