脱出 1
その後、俺たちはジムの広げた地図を見ながら、全員で作戦を立てることにした。
「地図によると、エイデンとクロエが潜伏しているショッピングモールはここからメインストリートを挟んだ向かい側五百メートルも無い地点にある。二人とはそこで合流すればいいだろう」
俺が提案すると、ジェイデンが地図を指しながら、
「イライジャとノアはどうする? 僕たち、綺麗にバラバラに別れちゃっているよね?」
ジムに視線をやると、先ほどから黙って俺たちの会議をニヤニヤと眺めていた。どうやら口出しする気はないらしい。
しかし、ジムには聞いておかなければならないことがたくさんある。
「ジム、警察署に装甲車があるとか言っていたよな?」
「ああ、言った」
「車種は?」
軍時代、戦闘地域でドライバーの代わりに動かそうとして難儀した経験がある。レバー式だったら俺でも操縦は無理だ。
「カーライセンスを持っていれば操作は難しくない」
ジムの返答に、俺は地図上の警察署を見つめる。
確かイライジャがこの近くにいた筈だ。
「イライジャ、警察署の動向はどうだ?」
通話ボタンを押して聞いてみると、数秒遅れて、
『こちらイライジャ。メインストリート側に徘徊者が大分集まっている。数百人単位だ。侵入は困難だろう』
イライジャが落ち着いた口調でそう説明した。脅威が少なければイライジャが装甲車を運転して迎えに来てくれたほうが都合が良かったが……やはりそう上手くはいかないか。地図を眺める。装甲車の眠った倉庫の入口があるのは、メインストリートに面した道路側だ。
「装甲車を動かすなら、その間に徘徊者を引き付ける囮役が必要だな」
マルコムとジェイデンに視線を移すと、緊張したようにタラリと汗を流していた。どうやら囮役をやってほしいと提案されると勘違いしたようだ。
「お前らの中で、誰か車を運転出来るか?」
聞くと、二人とも驚いた表情を浮かべていた。
「運転……出来ないことはないだろうけど」
ジェイデンの言葉に、マルコムも頷いていた。
「このミッションではドライバーの判断力も重要になる。ぶっつけ本番で素人は難しいかも」
ふむ、マルコムの言う通りだな。
ドライバーは徘徊者を避けながら囮役も拾わなければならない。
トラブルが発生すれば機転を利かすことも必要だし、これは熟練のドライバーが望ましい。
「ジム。運転を頼めないか?」
聞くと、ジムは盛大に肩を竦めていた。
「おいおい、ツアーガイドに運転までさせようってか?」
「お前がやってくれると助かる」
「無理だね。ブルーステートで像にまたがって共和党を支持するようなものだ」
ジムの言葉に、思わず苦笑が漏れた。ブルーステートはリベラルが多い地域のことを指す。像は保守派、共和党の象徴だ。
マルコムがそれを聞いて失笑する。ジェイデンは対照的に何のことだろうかと首を傾げていた。
ジムはマルコムの反応を気に入ったのか、
「おお兄弟。民主党支持者か? ソイツは申し訳ない。この国に像はいないから安心してくれ」
「像じゃなく、装甲車にまたがって欲しいね」
マルコムがそう返すと、ジムはまたもや肩をすくめてみせた。
「何度も言うがツアーガイドに運転まで任すとは頂けないね。そういうのはお前らで勝手にやってくれ」
「ゲームクリアに近づけるぞ?」
俺がそう口にすると、ジムの目線が鋭くなった。
「俺は別に、どっちでもいいんだぜ? 今のこの状況もただの気まぐれだってことを理解しろ」
ほう、そういうスタンスか。まあいい。ここで押し問答をしたところで時間を失うだけだ。
時計の時刻を確認する。午後二十時三分。ゲームオーバーまで、刻一刻と時は迫っていた。
「ツアーガイドとして、お前は何をしてくれる?」
俺が聞くと、ジムは控えめに肩をすくめた。
「タワーまで近づいたら巣の位置を教えてやる。それ以外は最低限しか手伝わない。ベア・ミニマムの精神でな」
軍にもこの手の輩はいた。最善ではなく、必要最小限。それ以上はやる気も無いし、それ以下の能力でもない。
マジメな軍曹時代なら大声を張り上げたかもしれないが、ジムという男は俺の部下でもないし、いかんせん、掴みどころの無い人間だ。
暫く視線を交錯させていると、そこでジムは何かを思い出したように「おおっと、そうだった」と呟き、
マルコムに近づいていって、素早い動作で首元に何かを注射した。
いきなりだったのでマルコムは驚き、首元を隠すように抑えていた。
「お前はカーニバルクイーンから感染させられていたようだったからな。特効薬を打ち込んだ」
ジムは手に持った注射器を俺たちに見せつけながら言った。
「そういえば特効薬があると言っていたな」
「そうさ。バッグにはいくつも入っている。そして、これはお前らの生命線となるだろう」
「……つまり?」
「お前らには最初から、選択肢などないということだ」
ジムの吐き捨てるような言葉。
ここで感情的になるワケにはいかない。ふーっと息を吐いた俺は、それでも浮かんでくるうんざりとした気持ちを噛み殺しながら、通話ボタンを押した。
「皆、作戦を説明する。聞いてくれ」
△
当初目標は警察署の倉庫。そこにある装甲車の確保だ。
しかし、そこに至るには多数の徘徊者が存在すると推測される。
ジムのアジトから出発した俺たちはショッピングモールへを経由してエイデン、クロエと合流。その後は警察署付近のイライジャの報告を受けつつ、警察署へと向けて前進。
警察署付近まで近づいたのならば、二班に分かれ、囮組(マルコム、ジェイデン、エイデン、ジム)と装甲車を確保する組(俺、クロエ、イライジャ)と分かれる。
囮組が徘徊者を引き付けている間、装甲車組は装甲車に搭乗し、走行を開始。
徘徊者の囮組と代わって、徘徊者を引き付ける。暫く走り回って徘徊者を引き離した後、囮組と合流。その後は大学付近で潜伏しているノアを拾って、そのままタワーへと直行する。
「デタラメな作戦だが、時間を考慮すればこんなもんだろう。他に提案があったら教えてくれ」
通話ボタンを押しながら言ったが、誰も答えなかった。
「質問も無しか?」
聞くと、クロエが答えた。
『作戦なんてどうせ上手くいかないことだらけよ。問題はトラブル発生時にどうアドリブ対応するかね』
よく分かっているじゃないか。思わず笑みをこぼしていた。
「名シーンを期待している。それでは各人、準備に取り掛かってくれ、作戦開始時はこちらから知らせる」
了解、と軍時代を彷彿とさせるような返事を聞きながら、会話を終了させる。
ジムを見れば、興味無さげな態度で窓際の椅子に腰かけ、雑誌のようなものを眺めていた。
「話はちゃんと聞いていたんだろうな?」
聞くと、ジムは勢いよく雑誌を閉じ、そこらへとゴミのように放った。
「聞いていたさ。雑誌がつまらなかったからな」
ジムはそんなことを言いながら、会議机からどでかいスナイパーライフルでなく、アサルトライフルを取り出してチェストリグに弾倉を収納していた。
どうやら本当に話は聞いていたらしい。武器のチョイスとしては間違っていないからだ。
「俺も長物をくれ」
サブマシンガンを置きながら言うと、ジムはへっと笑った。
「お前の相棒がそこにいるぞ」
ジムの指した方向には、軍時代に何度もお世話になった、軍の正式採用ライフルが立てかけられていた。
手に取り、マガジンを外してT字型の特徴的な槓桿を引き、薬室点検。動作もスムーズで、よく手入れが行き届いていた。
それにアクセサリーには高価なドットサイト、フラッシュライトまで装着されている。
これからのことを考えれば、申し分ない装備だった。
「僕達も何か武器を貰える?」
マルコムとジェイデンが物欲しそうにジムを見つめていた。
コールド・ヘイズのプレイヤーは武器に否定的だとミヤビから聞いていたが、俺の大立ち回りを見て考えを改めたようだ。
ジムは太っ腹なことに、「どうせゲームオーバーになったらまた一からだ。好きに持っていけ」と促していた。
マルコムとジェイデンは顔を輝かせ、俺たちと同じく長物を手に取っていた。
「お前らは囮班。行動を阻害しないよう、軽い武器にしておけ」
俺が言うと、二人は肩を落としていた。
「じゃあ、これは?」
俺が持っていた小ぶりのサブマシンガンを指す。これなら逃げ回るときにはもってこいだ。
「良いチョイスだ。因みに銃を扱ったことは?」
「拳銃なら」と、マルコム。ジェイデンも首を横に振っていた。
俺はマルコムにサブマシンガンと専用のチェストリグを渡しながら、
「安全装置はここだ。常に安全装置であることを気にかけて、スリングで背中に回しておけ。実際に使う時は落ち着いて、発砲は単発にするようにしろ。フルオートは制御が難しい。あと、絶対に仲間に向けるな。非、使用時にはローレディの態勢だ。それから――」
「それから?」
「銃を扱う時は自分がプロの兵士になったと思え。そして、仲間を見捨てるな」
――誰が言っている。俺は思った。だが、彼らに俺と同じ苦しみを味合わせたくなかったのだ。
それを聞いたマルコムは、さわやかな笑みを浮かべていた。
「見捨てないさ。俺もジェイデンやシェーンに救われた。あの感動は他の仲間にも味合わせてやりたい」
それを聞いたジェイデンが若干後ろめたそうな表情を浮かべていた。当然か。彼は一度マルコムを見捨てようとしていた。
俺はそんなジェイデンの肩に手を置き、「次があるさ」と囁く。ジェイデンは素直に頷いていた。
「さて、教官どの。新兵への教育は完了しましたでしょうか?」
ジムがおどけたようにそう口にした。俺は自分のチェストリグのマガジンを満杯にし、槓桿を引きながら。
「作戦開始」
通話ボタンを押して、そう口にしていた。
△
アジトを後にした俺たちはショッピングモールへと向かうため、メインストリートを目指していた。
薄暗い路地を駆け抜けている道中、無線が反応する。
『こちらイライジャ、警察署前のメインストリートにいる徘徊者に動きがあった。どうやら、タワー方面に向かっているらしい』
『こちらノア。大学付近の高台からタワー付近、メインストリートを観察中。徘徊者を確認。そのまま西側地区に移動しているようだ』
徘徊者が西側地区に移動、か。推測だが、多分病院での大立ち回りが影響しているのだろう。
何にせよ、敵が減るのは喜ばしいことだ。
「こちらシェーンだ。イライジャ、現在警察署付近の徘徊者の数はどうなっている?」
『こちらイライジャ。徘徊者は現在、三十数名とみられる』
三十数名か。数百に比べればなんとかなる数字だ。
無線のついていないジムに説明してやると、ジムはライフルを肩に担ぎながら、
「ゴリ押しでもいけそうだな」
そんな言葉を吐いた。ライフル手二名に、素人とはいえサブマシンガン持ちが二人。
対する相手は非武装。圧倒的な火力だが――
「いや、徘徊者はどこに潜んでいるか分からない。囮作戦は継続しよう」
「ま、それもそうだな。俺サマも弾は温存しておきたいタチの人間だ」
メインストリートへと到達した。敵影は遠方にまばらに確認できる。まだこちらに気付いてはいなかった。
「遮蔽物が多い。ステルスで進むぞ」
俺の指示に素直に従う三人。俺たちは順番に、メインストリートに転がった車両を影にしながら進んだ。
「こちらシェーン。メインストリートを通過。これからショッピングモールへと移動する」
無線でそう報告すると、クロエから、
『シェーン。もうすぐショッピングモールに来るのよね?』
「ああそうだ。あと数分くらいで到着するだろう」
『徘徊者が駐車場で走り回っている。おびき寄せて中に誘導するわ。その隙に外に出るから、道路上で合流しましょ』
大胆な提案に驚いていた。それと同時に、リスキーな作戦だと思った。
「大丈夫か?」
『大丈夫よ。このショッピングモールは庭みたいなものだし、私たちの使っていた常套手段よ』
「じゃあ、それでいこう。だが、ちょっとまってくれ」
時計を確認する。時刻は午後二十時二十分だった。
「マルコム、あとどれくらいで着く?」
「もう見えるはずだ」
マルコムの言葉通り、路地裏の通りを抜けると、ようやく市街地の真ん中に立つ、広大なショッピングモールが姿を現した。
「クロエ、ショッピングモールを目視で確認した。道路上で合流しようと言ったな? どの道路だ?」
『正面入り口側よ。良い感じの植え込みがあるから、そこら辺に隠れていて。近づいたらライトで二回照らすわ。徘徊者と間違えて撃たないでね』
「了解だ。不味かったら早めに報告してくれ。救援に向かう」
『もう、始めていい?』
時刻を確認。現在時八時二十三分。
「二十六分になったら始めていい。派手にやれ」
『お安い御用よ』
通話を終了する。ジェイデンの誘導で、俺たちはそのまま正面入り口側に向かって行く。
「ラアアッ!」
途中、一体の徘徊者と遭遇した。まだこちらには気づいておらず、不規則に体を揺らしながら道路を徘徊していた。
「俺サマに任せろ」
ジムが先だって、腰に下げていたトマホークを引き抜いた。
チッチッチッ、と鳥の鳴きまねをすると、徘徊者は勢いよくジムへと振り返った。
ジムはそのままトマホークを大きく振り上げ、徘徊者が声を上げる前に振り下ろす。
徘徊者の顔面は崩壊し、鮮血を迸らせながらその場で崩れ落ちた。
俺たちはそのままショッピングモールの正面入り口側から駐車場に侵入。外壁の植え込みに身を下ろすと、ようやく一息つくことが出来た。
「協力的じゃないか」
トマホークの血を布にこすりつけているジムに話しかけると、彼はつまらなそうにペッとその場に唾を吐いた。
「俺サマの脅威だと感じたらそりゃ仕事はするさ」
ふっ、この分ならジムが所属する囮班の心配はなさそうだ。内心そう思っていると。
ショッピングモールの二階部分が、大きな音を立てて爆発した。
それを見たジムが口笛を鳴らす。
「ド派手だな」
俺が感想を漏らすと、マルコムとジェイデンの二人は慌てていた。
「どうした?」
「いつもは放送を使うんだ。だけど、爆発したから」
……ほう? どうやらいつもとやり方が違うらしい。
もしかしたら何らかのアクシデントだろうか?
駐車場で動き回っていた徘徊者たちは爆発を感知するなり、暫くピタリと動きを制止させ。
叫び声の合唱をあげたかと思うと、ショッピングモールへと向けて走り出した。
さて、どうしようか。クロエに呼びかけるため、通話ボタンを押すと。
ショッピングモール側から、こちらの方向へと走り寄ってくる二つの影が。
考える前に、ライフルを構える。ドットサイトの赤い点が影を捉えた時。影から、ピカピカとフラッシュライトが二回点灯された。
ライフルを下げて立ち上がると、ようやく街灯の明かりによって、息を切らした白人少女のクロエと、金髪少年のエイデンの姿が浮かびあがった。
「ド派手な登場だな」
クロエは両手を広げながら、
「でしょ? 一回どでかい店を爆破してみたかったの」
息を切らしながら、そんな物騒な言葉を漏らした。
続けてクロエは、寝転がったまま愉快そうな笑みを浮かべるジムを見て、眉を潜めた。
「……誰?」
そういや説明していなかったな。俺が口を開こうとすると。
「爆発で町から怪物どもが集まって来るぜ」
ジムがそう口にした。確かに大きな音だ。聞きつけた病院方面の徘徊者がこぞってここにやって来るかもしれない。
「歩きながら説明する。とりあえず、今度は警察署のイライジャと合流しよう」
△
「こちらシェーン。イライジャ、そっちはどんな様子だ?」
『こちらイライジャ。状況はあまり変わっていないよ』
裏路地を進んでいく。謎多きジムのこともクロエ達に説明し終わり、テンポよく歩みを進めていた。
途中何度か徘徊者と遭遇しそうになったが、今のところ戦闘もせずにやり過ごすことに成功している。
全ては順調に進んでいた、のだが――
気になったのはエイデンの様子だった。現実世界におけるエイデンはやんちゃな男子という印象で、真面目そうな他の少年少女たちよりかは堂々とした印象だった。
しかし――先ほどから彼の様子を見れば、顔は真っ青で、立ち止まっている時、足は小刻みに震えている。会話にも加わらない。
思い返せば、無線の会議の時も、エイデンは一言も発していなかった。
どういうことかマルコムかジェイデン、クロエに聞こうと思ったが、俺はこのグループのリーダー兼、主要戦闘員。
警戒も緩めれないし、無駄話をする時間もない。
さて、どうしたものか。そう思っていると。
「シェーン」
クロエが俺の様子を察したのか、先頭にいる俺の元へ、ススッと近寄ってきて、耳元で囁くように。
「エイデンのことなら心配しないで。コールド・ヘイズではいつもあんな感じだから」
そう口にした。俺はライフルを構えてスピードを維持したまま、
「そうなのか」
意外に思っていた。エイデンは現実世界で唯一俺に突っかかってきた存在だ。ガッツのある男かと思っていたが。
「だけど、彼に失望しないであげて」
思わずクロエを見ると、彼女は真剣な表情だった。
「エイデンは、苦しんでいるの」
それを聞いた俺は、妙な感動を覚えていた。それと同時に、羨ましくも思っていた。
「どうしたの?」
「いや、エイデンが羨ましいと思ってな」
そう口にすると、クロエが困惑したように微笑んだ。
「どうして?」
「俺にはそんな風に、心配してくれる仲間がいなかった」
そう口にすると、クロエは何故かクスッと笑った。
俺がその反応に不思議に思っていると、
「今回、アナタに助けられて、私たちは本当に感謝しているし、頼りにしてる」
「……そうか」
「だから、外に出たらいくらでも私たちが心配してあげる。困っていたら助けるわ。シェーン、アナタは本当に信頼できる人なんだもの」
力んだように、ライフルのグリップを握る力が強くなった。
現金な話だが、クロエのその等価交換のような話に、魅力を感じていたのだ。




