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コールド・ヘイズ 3

「この人……誰?」


 ジェイデンが当然の疑問を口にした。続けて困惑顔のマルコムが、


「もしかして、他のユーザーか?」


 俺はジムから目線を離さないまま、


「ミヤビはNPCかもしれないと言っていた」


 マルコムとジェイデンはそれを聞いて、ギョッとした顔を浮かべていた。

 それに対し、ジムはくっくっくと、不敵な笑みを漏らす。


「NPC、ね。まあ、当然の発想だろう。だが、そんなことは今はどうでもよくないか?」


 まあ、そうだな。緊迫化した状況下、そんなことを気にしている場合ではない。


「今はここから脱出することが先決だ。俺サマについてこい」


 そう口にするなり、背を見せるジム。


「特効薬を入手出来ていない」


 俺がそう漏らすと、ジムは馬鹿にしたように笑った。


「そんなもの、俺サマのアジトに全部そろっている。来い」


 背を見せたまま歩き出すジム。俺たちはなし崩し的にその後をついて行くことにした。

 向かう先は階段とは逆方向、西側の廊下だ。


「どこから出るつもりだ?」


 マルコムが問うと、再びジムは馬鹿にしたように笑った。


「どこから、だと? コールド・ヘイズのトップランカーが聞いて呆れるな。窓からだ。初めて糸を垂らしたスパイダーマンみたく、不格好にここから逃げ去るのさ」


 ……どうやらコイツは、マルコムやジェイデンがコールド・ヘイズのプレイヤーであったことを知っているようだった。 

 それに、NPCとするには饒舌すぎる気がした。




 窓からロープを伝って脱出し、遮蔽物に隠れながら路地裏を進んでいた。


「病院でパーティーをしたおかげで連中が集まっている。好都合だな」


 ジムが上機嫌でそう発していた。 

 確かに、周囲は病院を目指して走り回る徘徊者の群れで騒がしかった。


「ところで、ミヤビがどうとか言ってなかった?」


 マルコムに聞かれ、俺は耳元を指す。


「無線で連絡を取り合っている」


 マルコムが顔を輝かした。


「本当か?」

「ああ。ミヤビ?」


 呼びかけてみたが、やはり返答は無い。

 その旨を伝えると、二人ともガックシと肩を落としていた。  


「おしゃべり好きもほどほどにしろよ、ここはカフェテリアじゃないんだ。見えてきたぜ」


 ジムに言われ、辺り見渡すと。周囲をバリケードで覆われた、如何にもなレンガ調のビルが俺たちを出迎えた。


「アレか?」

「ああ、そうさ。唯一無二の俺サマのアジト〝バリーケード〟だ」


 つまらないシャレだ。失笑しながら聞いていると、ジムが振り返った。


「中に入る前に、ちょいと手伝え」


 ジムが指さした方向を見ると、そこには三名の徘徊者がバリケードを掴み、なんとかして中に侵入しようとしていた。


「サイレンサー付きの武器はお前だけだ。手早く始末しろ」 


 俺はサブマシンガンのセレクターが単発かを確認し、徘徊者に近づいて行く。


「おい」


 声をかけると、三名の徘徊者は勢いよくこちらを向いて、走り寄ってきた。

 キシュン、キシュン、キシュン。

 三発放って、三名を始末する。背後から控えめな口笛が聞こえた。


「やるじゃねえか。どこで習った?」

「学校だ。必須科目だった」


 俺のジョークに、ジムは肩をすくめていた。


「星条旗を掲げたくなったぜ」


 周囲を見渡してみたが、外から上るタイプの非常階段は爆弾を落とされたみたいに、一階部分でへしゃげていた。これでは上階に上がることは出来ない。


「ところで、どっから入るんだ?」

「まあ、みてろ」


 ジムはそう口にするなり、バリケードの上に飛び乗ると。バリケードを構成していたガラクタの中から、手品のようにスルスルと梯子を取り出した。


「連中は馬鹿だが、学習機能はある。俺たちが道具を使っているのを見ると、道具の使い方を覚えるんだ」

「銃も扱えるということか?」

「その通り。拳銃をぶっ放す」


 それが本当なら、問題だ。銃を奪われたら、かなりの脅威となってしまう。


「ちょっと待ってくれ……今までそんなことは無かったぞ?」


 マルコムが反論すると、ジムは鼻で笑った。


「今回から難易度が跳ね上がっている。今まで通りいくと思わない方がいいぜ」


 ……難易度、ね。NPCとするには、あまりにもプレイヤー目線の発言だ。

 マルコムとジェイデンもそれは思ったようで、顔を見合わせていた。

 疑念が潰えないまま、ジムの先導で俺たちは上階へと昇った。





 ジムのアジトはビルの三階に位置していた。

 贅沢なことに、オフィスを丸々使用していて、大きめの会議テーブルには様々な物資が積まれていた。

 それを見たジェイデンは感嘆を込めた息を漏らしていた。


「すごいな。短時間でここまでのアジトを作ったのか?」


 そういや、ゲームは十六時からスタートされる仕様だったか?

 現在時は十八時二十分。と、なるとジムは、ゲーム開始から三時間ちょっとでこのバリケード付きのアジトをこしらえたことになる。

 ジムはライフルをテーブルに置き、整備を始めながらつまらなそうに口を開いた。 


「お前らはタワーばかり気にかけて、北西地域は探索をあまり重視していなかっただろう? こっちにはこういったアジトが複数個所存在している。恐らく、この世界におけるサバイバーが拠点としていたという設定だろう」

「俺たちはゲームクリアしたいんだ」


 ジム。この男の正体は知れたものじゃない。警戒すべき相手なのかもしれない。

 しかし、あまりにもプレイヤー目線の言動。それに、妙にこの世界について知り得ている。

 彼なら何か知っている。そんな期待感からの発言だった。


「ゲーム、クリアね」


 ジムは作業する手を止めると、フェイマスク越しにでも分かる笑みを放ちながら、


「ゲーマーなら心躍る言葉だ」


 そう言葉を繋げた。暫くの沈黙。ジムはライフルの槓桿を引いて、無意味に排莢してみせた。


「巣を知っているか?」 

「もちろん。怪物の本拠地だ」


 ジェイデンが答えると、ジムは指を鳴らした。


「その通り。その巣がある位置は?」

「それは……分からない。そこに連れていかれる時は、いつも怪物に目隠しをされる」


 ジムは腕を組むと、ダメな生徒を見る教師のような目を浮かべた。 


「呆れたぜ。連れていかれた巣にこそ、この世界の真意が詰まっているというのに」


 ジムの発言に、マルコムとジェイデンは驚愕の表情を浮かべていた。


「どういうことだ?」


 マルコムの問い。ジムは両手を広げながら答えた。


「知りたいか? なら俺サマを手伝え。そうしたら情報をくれてやる」


 マルコムとジェイデンから視線を浴びた。どうやら、俺の意見を仰ごうとしているらしい。 


「俺は――」


 ジムの提案に返答をよこそうとしたその時、耳につけられた無線が鳴った。 


『は、ハロー? 誰か聞こえる?』


 それは若い女の声音だった。俺は即座に通話ボタンを押す。 


「ミヤビか?」

『つ、繋がった! ――じゃなくて、いえ、私はミヤビじゃないわ。クロエよ』


 ……クロエ?

 そういえば、VRのエンジニアから他の被験者たちとも無線でつなげてやると約束されていたな。


「うわっ!? 声が聞こえる」

「ていうか、えっ? 何時の間に? 耳に何かついてる!」


 マルコムとジェイデンが片耳を抑え、驚いていた。どうやら二人にも無線機能が実装されたらしい。  


「落ち着け。外からの介入だ。VRのエンジニアが俺たちで無線連絡をとれるようにした」


 興奮する二人を何とか落ち着かせ、俺は再びクロエとの通話を試みる。


「クロエ、聞こえるか?」 

『え、ええ。声的に……シェーンよね? そっちは誰かと合流できた?』

「マルコムとジェイデンがいる。そっちは?」

『エイデンと一緒。だけど――』


 どうやら、イライジャとノアがいないようだ。 

 クロエとエイデンの二人は現在、ショッピングモールを拠点に活動しているらしい。


「しかし、心配だな。よりによって、イライジャとノアが行方知れずか」


 イライジャは眼鏡をかけた秀才風の黒人少年で、ノアは白人の中でも特段肌が白い臆病な少年という印象があった。

 二人ともこんな狂った世界で、仲間の助け無しでは恐慌状態に陥ってしまうかもしれない。そう思っての発言だったが、


『……アナタは少し、勘違いをしている』


 勘違い? クロエにそう言われ、眉を寄せていると、


『こちらノア。シェーン、僕なら大丈夫だよ。僕は今、タワー近くの大学に潜伏している』


 ノアの声音だった。どうやら彼にも無線がつながっているらしい。


「ノア。今どこにいる? イライジャは一緒か?」

『いや、僕は――』

『こちらイライジャ。僕はノアと一緒じゃない、単独で警察署近くのアパートだ。現在は徘徊者の動向を伺いながら、待機中。いつでも動けるよ』 


 今度はイライジャだ。二人とも声音からして、冷静さが見て取れる。現実世界での気弱そうな少年の気風は感じなかった。

 どういうことだろうか? 俺が一人、困惑していると。


「シェーン。僕らは確かにコールド・ヘイズを恐れているんだけど、それは少し君の認識とは異なるかもしれない」


 ジェイデンがそう説明した。内容を理解する前に、マルコムが口を開く。 


「ノアやイライジャは逆に、コールド・ヘイズに戻りたがっていた」


 マルコムの衝撃的な補足に、俺は驚愕していた。こんな戦場にも劣らない、狂気と暴虐に塗れた世界に、二人は戻りたがっていた、だと?


「どういうことだ?」


 困惑していると、クロエが説明を始めた。


『二人に限らず、私たちは現実世界とのギャップに苦しんでいたの。平穏で、ぬるま湯のような世界。いつでも望めば、柔らかいベッドで安心して眠ることが出来る――けど。それがいつ崩壊するか分からない、その恐怖に。この世界なら、初めから狂ってるから、割り切れるしね』


 クロエの説明を聞いた俺は、暫く呆然とした。それが本当なら、俺は確かに彼ら、彼女らを誤解していたのかもしれない。

 平穏の崩壊。それに恐怖するのは、かつて戦場を体感した自分も同じだったからだ。 


『とにかく、これからどうする? アナタはさっきミヤビを呼びかけていたけど、ミヤビもここに来ているの?』


 さて、どうしようか。全員に無線がつながった今、下手な誤魔化しはきかないかもしれない。


「ミヤビはこの世界に来ていない。当初は現実世界にいる彼女と定期的に連絡をとっていたが、今は不具合か繋がらなくなった」


 正直に答えると、マルコムとジェイデンが目を剥いていた。

 当然か、二人にはミヤビがこの世界にいると嘘をついていた。そのショックは大きいだろう。


『そう……とにかく、私たちはショッピングモールで待機している。これからの方針が分かったら教えて』


 クロエはそう口にするなり、通話を終了させた。

 マルコムとジェイデンを見ると、二人は何とも言えない表情で俺を見ていた。


「すまない。嘘をついていた」

「いや、いいんだ」


 ジェイデンが答えた。マルコムも同意するように頷く。


「ミヤビはこっちの世界に来ようとしていた。だが――」

「シェーン」


 言い訳のような言葉を吐く俺に対し、ジェイデンは小さく首を横に振っていた。 


「薄々察してはいた。大丈夫だ。君が来てくれただけで、心強いよ」


 どうやら二人は俺と違って、大人なようだ。この世界で残酷さを知って、なお、強く生きようとしている。

 俺は気持ちを切り替えるため、息を吐いたあと。


「さて――待たせて済まないな」


 ジムへと視線をやる。ジムは机に手をついて、ニヤニヤとこちらを見つめていた


「無線か。便利なもんだ」

「ジム。手伝ったらクリアに関する情報をくれると言ったな」

「ああ、言ったとも」

「内容によっては手伝ってやる。情報を寄越せ」


 ジムは傍らに置いていたカバンから、四つ折りにされたくしゃくしゃの紙を取り出した。

 机に広げると、その全容が明らかになった。


「地図!」 


 ジェイデンが大きな声で言った。

 思わず視線を向けると、マルコムが代わりに説明した。


「この世界では、公式な地図はまずお目にかかれない。プレイヤーが多かったときは発見したと吹聴する連中も多かったが、眉唾扱いされていた」


 地図は、コールド・ヘイズの舞台となる町を示していた。中央に位置するタワーを起点に、クロスするようなメインストリート。


 周辺に位置する建物の情報など、重要な情報が記載されていた。


「警察署の倉庫内に、装甲車がある。徘徊者千人をパンケーキみたく出来る代物だ」


 装甲車、か。軍時代もかなりお世話になったのことのある車両だ。確かにそれがあれば非武装の怪物程度なら気にせず進めるだろうが。


「そいつを使ってどうする気だ?」

「タワー周辺に行けば自ずと怪物が集まって来る。突破には装甲車が必須だ」

「なぜタワーに行きたい?」


 ジムはそこで、わざとらしく


「この世界の真実が詰まっているからさ」

「なぜ、そうと言える?」

「お前らはタワーに行ったことがあるのか?」


 俺が視線を寄せると、マルコムは軽く肩を竦めていた。


「ユーザーが大勢いた時は囮班と別れて、何度か入ったことがあるけど……別にタワーの頂上には何もなかった」


 それを聞いた俺は再び視線をジムに寄せる。


「だ、そうだが?」

「タワー。人類の傲慢の象徴だ。デカくて長けりゃ良いとされる。アソコと一緒だな」


 肩を竦めてみせると、ジムは笑った。


「バカと煙は高いところが好きだ。皆上りたがる。さぞ山頂の景色は雄大だろうとな」

「何が言いたい?」


 ジムは徐に親指を突き上げ、グッドサインを作るなり。それを反対に向けた。


「地下だ」

「地下?」

「そこに連中の巣がある。怪物を生み出す元凶も一緒にな。ソイツをぶち殺せば、ゲームクリア。発売から一年、晴れてこのクソッタレなゲームは攻略される」

「本当なんだな?」

「本当も何も、選択肢があるのか?」


 ジムの発言に、マルコムとジェイデンが同時に視線を向けてきた。


「どうする?」


 どうする、か。まあ、ジムの言う通り、他に選択肢が無いのも事実だ。


「乗った。タワーを目指そう」


 俺がそう口にすると、ジムは満足そうに控えめな拍手をした。


「いいね。すごくいい。最高のシナリオだ」


 だがその前に――俺には、どうしても確かめておかなければならないことがあった。


「ジム」

「なんだ?」

「お前の目的は何だ?」

「このゲームを終わらせることだ」


 その発言には少し、引っかかっていた。何故なら、ジムはゲームをクリアするではなく、終わらせるという表現を使ったからだ。  


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