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鶺鴒鳴

十  鶺鴒鳴せきれいなく


 翌日から、綱行たちは戦支度をはじめた。

 武具の手入れはもちろん、急な襲撃に備え退路の整備をしたり、深山城攻略の策を幾度となく協議した。

 日差しが西に下りはじめると、日差しは黄味を帯びてくる。空気も日差しのわりに涼しい。

「最近は、表の通りでお城のお侍様をよく見かけますね」

 裏山の掃除から戻った兼定が、おもむろに言った。

「こちらの動向を伺っているのだろう」

 三賀は縁側に腰掛け、刀を検めている。

「もう、ここにいることは、ばれているのだな」

 綱行は、芋つるの葉をむしっている。

 芋つるを蒸した後、味噌に漬けて冬の保存食にする。戦での携行食にもなる。

「裏庭に潜んでいる方もいらっしゃいました」

 兼定が、何食わぬ顔でそう言う。

「さ、さすがにそれは用心せねばならんの」

 綱行は、驚きを隠しながら、隣で芋つるの葉を摘む椿を気遣った。

「ええ、ですから先ほど酒と肴をお持ちしましたら、これを頂きました」

 兼定がそう言って包を差し出す。しかし、これには綱行はもちろん、三賀も驚き言葉も発せなかった。

 椿は手を止めて、兼定の差し出す包を受け取る。

「何でしょうか」

 椿が包を開けると、そこには桐箱に入った蝋燭が五本入っていた。

「自分の代わりに、灯してくれと言われました」

 兼定は、仕上がった芋つるの入った籠を持ち上げる。

 椿は、膝の上の蝋燭に目を落とす。

「どういう意味でしょう」

「覚悟しておけということか」

 綱行は、首をひねる。

「いえ、単純に死者を弔いたいのだと思いますよ」

 兼定が、去りながら言う。

 静寂が続いた。三人の視線の先には、桐箱の中の蝋燭があった。

「屍人とは言え、友や家族と戦うことになる者もいるのでしょう。私も、惨いことをする」

 椿が、ぼそりと嘆くように言った。

「いつの世も、乱世は骨肉を相食あいはむむ。家族の仇を討とうとする貴方は、それとは違う」

 椿は綱行に向かって、微笑みを見せた。しかし、その眼は笑ってはいなかった。

 椿は静かに立ち上がり、蠟燭をもって兼定の後を追う。

 さて、何をするかな。手持無沙汰になった綱行は、おもむろに庭を見る。すると突然、庭のあちらこちらに転がっていた屍人たちが起き上がった。

「何事だ」

 綱行は、驚いて辺りを見渡す。

「三賀様、椿様がお呼びです。本殿まで来ていただけますか」

 兼定が奥から顔を出して、三賀に告げる。三賀は訝し気に首をひねり、本堂へと向かう。

 一人残された綱行も、何事か気になり三賀を追いかけた。

 境内に付くと、異様な光景に綱行は言葉を飲んだ。

 屍人たちが、境内に整然と並べられているのである。その屍人たちの前に、燭台に灯された蝋燭が五本並んでいる。

 空はまだ青いのに、日差しが山影に隠れると辺りも陰る。

 屍人たちの前に、椿が愛刀の椿丸を携えて立っている。

 何が始まるのかと、綱行は傍にいた兼定に問う。

「この辺りには、昔この地に訪れた白拍子が残した舞があるのです。それが、豊穣の神に捧げる神楽と相まって、巫女が舞う神楽剣舞かぐらけんばいとなりました。椿様も踊り手なのですよ」

 本殿から、三賀が太鼓を持ち出してきた。

「ええ、三賀殿は太鼓もやるのか」

 綱行は、三賀の意外な一面に驚きを隠せない。

「先ほどお聞きしたら、大丈夫だとおしゃってました」

 三賀の準備が整うと、椿が肩越しに頷く。

 三賀は、それを見て太鼓を打ち始めると、程よく兼定が笛を合わせた。

 いつの間にか、日暮れとなっている。

 はぜの木の樹脂で作られた蝋燭の炎が、屍人たちと朱き鎧の椿を照らす。

 椿の舞は、巫女の舞というには激しい舞であった。飛びながら刀を振り、妖艶な眼差しと、舞ながら口ずさんで小刻みに動く朱い唇が艶めかしい。神に捧ぐ舞というよりは、女神が舞う神の技に見えた。

 三賀が太鼓を打ち、兼定が篠笛を吹く。そして椿が甲冑姿で舞い、その度に甲冑が鳴らす音が、鈴の音のようである。

 綱行は椿の舞の美しさに、我も時も忘れた。

 

 それから、平和な何もない日を幾日か過ごした。そんなある日の、深夜である。

 椿は、縁側で月明かりを浴びていた。

 時折吹く風が、木々を揺らし月光を遮る。

 椿は、その度に身をよじり月を探す。

 葉陰から覗くその月は、満月であった。

 最近の椿は、満月はもちろん月が好きだった。月が雲や木の葉で隠れれば、その度にその姿を求めて探す。

 その椿の傍に、三賀が仰々しく跪座した。

「姫様」

「わかっておる」

 椿は、奥間から聞こえる綱行の寝息に顔を向ける。

「お前は先に行け。私もすぐに行く」

「御意」

 三賀は、走り去った。

 椿は、満月を見上げた。

「月を頼ってきたか。浅はかな」

 椿は、冷笑した。


 五日条信政は、色々縅の大鎧を身にまとい、瑞龍時に続く街道からの細道を塞ぐように陣を構えた。傍には那珂と、五日条の豪勢な鍬形が華々しい星兜を、大事そうに抱える手下が一名、退屈そうに立っている。

 四本の松明が、瑞龍寺へと隊列を作って進んでいた。

 五日条は、この日のために三百の兵を集めた。殆どが、山賊や落武者崩れの傭兵である。忠誠確かな数名の護衛だけが、五日条の家臣であった。

 鷹鞍の抱える正規兵は少ない。城と城下町の守備に残してきた。と言うのは建前で、佐貫椿に関わらせたくないのが、本心であった。今は、渋々仕えている者が大勢いることを、五日条は知っていた。使えば、危険ということである。

 一つの松明に、六つの油壺が追従している。すなわち二十四の油壺が、瑞龍寺を囲み火責めにするのが策であった。焼け死ねばそれでよし、炙り出てくれば三百の兵で討つ。

 その三百の兵は、月明かりを頼りに進軍している。

 戦略に抜かりはなかった。

「あの山が燃える様は、さぞ美しかろうのう」

 五日条は、傍に立つ那珂に声をかけた。

「寺を焼くなんて、罰当たりですぜ」

「お前のような輩がよく言う」

 五日条は、鼻で笑った。

 四つの松明が、瑞龍寺の参道入り口に到着したのが見て取れた。

「那珂、松明の準備をしろ」

 油壺の配置が良ければ、本陣に灯を灯す手筈となっていた。

 松明の動きが止まった。

 五日条は、訝しげに目を細める。

 どよめきが風に乗って聞こえてきた。

「なんだ。何が起きた」

 五日条は、座っていた床几から身を乗り出した。

 どよめきが、叫び声に変わる。

 おびただしい数の、悲鳴である。

「何事だ」

 五日条は、手に持っていた盃を叩きつけた。

「那珂、様子を見てまいれ」

 五日条は、那珂に叫ぶ。

「ええぇ」

 那珂は、あからさまに嫌忌した。

「行って、帰ってくるだけだろうが」

 五日条は、激昂する。

 那珂は、渋々馬に跨る。

「おい、お前もこい」

 那珂は、手下に騎乗を命じる。手下の男は、傍にいた五日条の家臣に兜を渡すと、面倒くさそうに馬に乗る。

 馬二頭は、瑞龍寺参道に向け走り出した。


 椿は、ゆっくりと参道の石段を降りる。

 両の手から黒髪が垂れ、石段の下まで伸びていた。それは、傀儡の繰り糸のように屍人の兵へと続いている。その髪を通して、戦の様子が伝わってきた。

 鳥居まで降りると、眼前には戦場の混乱が広がっていた。

 男達は、泣き叫びながら槍を回し、刀を振るっている。

 数日前から、椿は準備していた。屍人兵を、実り盛んな稲穂が広がる田園に、隠していたのである。

 五日条の軍勢が、進軍するその隊列の中に、屍人兵を混じらせ隊列の中から攻撃を仕掛けたのであった。

 五日条の兵達は、突然味方に斬りつけられたと認識し、誰構わず斬りつける惨状となった。

 また、月夜も味方した。恐怖が、月明かりに照らされ程よく見えた。

 椿は、狂い戦う兵士たちの頭上に投網を投げるが如く、黒髪を降らす。

 斬られ倒れた者が、屍人兵となって次々と立ち上がった。

「どう言うことだ、これは」

 騒ぎを聞きつけ、綱行と兼定が石段を駆け降りてきた。

「お二人は、そこにいてください。中に入ると危険です」

 椿は、後ろを振り返って言った。

 その顔は、笑っていた。

 綱行は、椿とその背後の惨状に戦慄した。

 遠くから、蹄の音が近づいてくる。椿は、音の方に目をやり刀を抜いた。

「どうなっているんだこれは。やめろお前ら味方同士だぞ」

 惨状に似つかわしくない、ふざけた物言いの男が、馬上にいた。

 馬上の那珂にも、屍人兵達は襲いかかる。

 那珂は、薙刀を振るいながら馬を進めた。

 その先に、椿はいる。

「出たな。妖の親玉」

 那珂は、椿を見て卑猥な笑みを浮かべた。

 この男、ふざけてはいるがそれなりの腕前らしい。椿は、薙刀を振るう那珂を観察してそう評価した。

「三賀」

 椿が名を呼ぶとほぼ同時に、屍人たちの陰に身を潜めていた三賀は、那珂の両腕を馬の首諸共切り落とした。 

 那珂は、絶叫して落馬する。

 落ちながら三賀を見る那珂の顔は、悲壮であった。

 地を這う那珂に、周囲の屍人達が群がる。

 那珂は、断末魔も残すことなく絶命した。那珂と連れ立ってきた男も、強引に馬から引き摺り下ろされ、運命を那珂と共にする。

 油壺は、全て地面に落とされ割れていた。松明を持った男が油を浴びて、全身火だるまで転げ回っている。その火が、稲穂に燃え移った。油を浴びた若い稲穂は、瞬く間に燃え広がる。

 これを機に、生者達は撤退を始めた。叫びながら、泣きながら、斬られながら、斬りながら敗走するのである。

「椿殿、火を消さないと大火になりますぞ」

 綱行は、椿に駆け寄り進言した。

 椿は、無言で遠くを見ている。


 五日条は、那珂たちの帰りを待ち侘びていたが、二人は帰らない。

 そのうち、田園に火が起こるのが見えた。

「しまった。稲に火が移ったか」

 五日条は、周囲の者に火を消すように命じる。しかし、それを阻むかのように前線から兵士達が逃げ戻ってきた。

「お前達、逃げるな。火を消すのだ。来年の米が減るぞ」

 五日条の言葉は、誰の耳にも届かない。猫に追われる鼠のように兵士たちは逃げ惑う。

 五日条は、浅水残る田に入ると刀を抜いて、稲を刈り始めた。

 浅水が災いした。水面に油を広げている。

「せめて、ここで火を止めろ」

 五日条の号令に、直下の部下達が続いた。


 椿は、遠い闇の中、屍人の目を通して五日条の姿を捉えた。

 椿は、首のない馬に黒髪を与える。首のない馬は、屍人と同じく仔馬のようによろよろと立ち上がった。馬の首が、椿の髪で地面を引き摺られ胴体に引きあげられる。

 椿は、那珂の薙刀を拾うと馬に跨った。

「椿殿、どこへ」

 屍人達と一緒に、燃える稲を刈っていた綱行が訊く。

「戦の終焉へ」

 椿は、あぶみを蹴り馬を走らせた。

「待たれよ。椿殿」

 綱行が止めるのも聞かず、椿は駆け出した。

「兼定殿、ここは任せた」

 綱行は、生きている馬に飛び乗ると椿を追う。

 椿の屍馬は、疾風の如く駆けて行った。その脚は、尋常でない。綱行の生馬は、離される一方であった。

 屍馬は、足が折れることを厭わない。屍馬は、呼吸を気にかけることもない。命ある馬に追いつけるはずもなかった。

 椿の目は、五日条を捉えた。馬を道の右に寄せ、左手に携えた薙刀を右手に持ち替える。五日条は、泥に浸かる足を引き抜いて、小道に上がろうとしているところであった。

 椿は、馬をさらに急き立て薙刀を少しだけ前方に向ける。五日条は、目前である。

 蹄の音に気づいて、五日条は顔を上げた。

 五日条の目が、見開かれ、何かを叫ぼうとしたのか大きく口を開いた。

 椿は、薙刀を右腕に抱えていただけである。その切っ先が、五日条の首に触れる。

 椿は、馬とともに駆け抜けた。

 何かが、大きく飛び上がり椿の操る馬の尻に当たって落ちた。

 椿は勢い余って、五日条の本陣に駆け込み、そこで馬は止まった。

 五日条の家臣達が、慌てて刀を抜く。

 椿は、薙刀を振り上げ声を上げた。

「五日条信政、討ち取ったり」


 綱行は、椿に追いつく前に馬を止めた。路肩には、首のない甲冑姿の遺骸が倒れていた。少し先に、その頭部が転がっている。

 法螺の音が鳴り響いた。

 五日条の軍勢が、撤退していく。

 黒い巨体が、参道へと向かう小道をゆっくりと歩み寄る。

 薙刀を携えた馬上の椿であった。

 椿は、綱行の前で止まると薙刀を投げ捨て馬から降りた。

 綱行の後方から、三賀が駆けつけた。

 三賀は、椿の傍にたどり着くと膝をつく。

「おめでとうございます」

 三賀は、足元に転がる五日条の首に目を落として、祝辞を述べた。

「あやつら、大将の首を置いていきおった」

 椿は、冷ややかな目で五日条の首を見やる。

 綱行は、馬上から二人を眺めていたがゆっくりと馬から降りた。

 呆気ない幕切れであった。

 敗走していく敵兵の背は、もう遠い。

 兼定も到着した。五日条の首を目にすると、無言で手を合わせる。

「三賀、槍を探せ」

 椿は、三賀に命じた。

 三賀は、立ち上がると小道を少し戻り敵が落としていった槍を拾って戻ってきた。

「構えていろ」

 椿は、三賀に槍を構えさせると五日条の首を拾った。

 綱行は、椿がやろうとしていることを察し、それを制した。しかし、椿は聞かない。

 椿は、五日条の首を三賀の持つ槍の穂先に刺した。

「何をするのです」

 綱行は、椿に問う。

「忘れ物を返しにいくのです」

「であれば、敵将です丁重に扱いなされ」

 綱行は、椿を諭す。

「このような者、丁重に扱う必要はありません」

 椿は、屍馬の鞍を掴むと騎乗した。

「椿殿、戦は終わったのです」

 綱行は、食いついた。

「何をおっしゃいます。戦は、終わっておりません」

 椿は、三賀から槍を受け取った。

「どう言うことです。何と戦うのです」

 綱行は、驚いて訊ねる。

「この者の血族が、まだ残っています」

「皆殺しにするおつもりか」

 綱行の問いに、椿は笑った。

「皆殺し、それもいいですね」

「椿殿、恨まれますぞ」

 綱行は、声を荒らげた。

「恨まれる。何を言っているのです。私が、恨んでいるのです」

「この国は、どうするのです。屍人の国にでもするおつもりか」

 綱行の言葉に、椿は声をあげて笑った。

「それも面白いですね」

 椿は、三賀についてくるように命じた。

「渡邉殿、馬をお借りする」

 三賀は、綱行が乗ってきた馬に騎乗した。

「お二人は、瑞龍時に戻り身体を休めてください。今日は、ご苦労様でした」

 椿は、綱行と兼定にそう告げると馬を走らせた。

「またれよ、椿殿」

 綱行が止めるも、椿は振り返らない。

 綱行は、愕然として膝を落とした。

「なんと言うことだ。椿殿は、本当に化け物になってしまったのか」

 誰にともなく、呟いた言葉であった。

 兼定は、綱行に寄り添い肩を叩いた。

「恐ろしい。幼少期の椿様を見ているようだ」

 兼定は去り行く椿の、遠い背を眺めながら呟く。

「鬼椿か」

 綱行は、鼻で笑った。

「兼定殿、火消しは任せたぞ」

 綱行は、路肩に放置された五日条の胴体を担ぎ上げた。

「どうするのです」

 兼定は、不思議そうに訊ねる。

「届けるのだ」

「そんな難儀な」

 兼定は、綱行の袖を掴んで引き留めた。

「大丈夫だ。あそこで馬を借りる」

 綱行は、誰もいない五日条の本陣を指さした。馬が一頭繋がれたままであった。

「あいつら、馬まで捨てていきやがった」

 綱行は、歩き出す。

「火は、もう大丈夫です。じき消えます」

 兼定は、綱行の後ろ姿に叫んだ。綱行は、手を挙げて答えた。

「あとは、何をすればいいのでしょうか」

 兼定は呟いてあたりを見渡した。

 燃え移る前に稲を刈ったため、油が燃え尽きれば火は消えるであろう。

 仕事を終えた屍人兵達が、田圃の中で立ち尽くしている。

 兼定は、呆然とした。

 綱行は、馬の首元に五日条の遺体を載せると自分はその後ろに座った。

「すまんな。苦しいのう」

 綱行は、若干前のめりの馬に詫びた。

 ゆっくりと馬を走らせると、揺られながら思案する。

 五日条が田に入って稲を刈っていたのを知っている。領主が、泥に足をつけるなど聞いたことがなかった。

 鷹鞍の兵は弱い。

 領主が倒されて、椿に一太刀もあびせることなく逃げ出すとは、信じがたかった。まして、領主の首を拾おうとするものもいない。捨てて逃げたのだ。

 五日条が、この国の体制を危うんだのも今なら理解できる。

 主力の侍が弱いがため、山賊やら素波の傭兵に頼らざるを得ない。

 五日条のやり方が、正しかったとは思わないまでも、全てが間違っていたわけでもない。こうなる前に、何か別の方法があったのではないか。

 綱行は、佐貫家を哀れむと同時に五日条にも同情し落胆した。


 椿と三賀が、深山城下に入ると街は大騒ぎとなった。

 道行く人々は、慌てて近くの店に逃げ込む。

 敗走途中の侍達も、民家や商店に飛び込んだ。椿は、城下町の中路をほくそ笑んで馬を歩かせた。

「無様なものだ」

 椿は、蔑んだ口調で言う。

 三賀は、無言である。

 程なく、椿と三賀は深山城城門前にたどり着く。

 深山城を囲うように、川の水を引き込んだ堀がある。その堀に架かる橋の先に、堅固そうだが城門というにはやや小ぶりな門があった。

 椿は、馬を止めて傍の三賀に槍を渡した。

「適当に突き立てろ」

 三賀は、返事だけして従った。

 その時、城門が開いた。

 中からは、大勢の武士がそれぞれに武器を携え現れた。その中心には、五日条光がいる。

「おや、久しぶりですね光さん」

 椿は、恭しくお辞儀した。

「ひどいじゃありませぬか椿様。父は咎人にあらず、一国の領主ですぞ。それを晒すなど」

 光は、激しく抗議した。

 椿は、しばらく沈黙した後高らかに笑い出した。

「これは面白いことを仰る。私も、私の家族も咎人にあらず。なれど、ここにいる三賀に首をはねらたました」

 椿は、面頬や兜をさすりながら馬を歩かせる。

「私の首は、この兜の中にあります。私は、常に首を晒して歩いているようなものです」

 椿は、五日条の首の刺さった槍を土から引き抜いた。

「誰が、こうした。お前らではないか」

 椿は激昂し、持っていた槍の柄で三賀を殴りつけた。

 三賀は落馬して地面に叩きつけられるも、すぐさまに起き上がり椿の傍に跪座した。

 三賀の乗っていた馬は、驚いて走り去る。

「私は、お前達を許さん。そのために妖にまで落ちたのだ」

 椿は、首が刺さったままの槍を、光に投げた。

 槍は、光のすぐ傍に落ちる。

「貴殿の首もそのうち貰い受ける。期日が決まったら知らせるゆえ、それまで首を洗って待っているがいい」

 椿は、そう言い残し馬を走らせた。三賀が、駆け足でその後を追う。

「父上」

 光は、亡き父の頭部を拾い上げると、忍び泣いた。悲しいだけでなく、悔しくも、恐ろしくもあった。


 深山の城下町は、静寂に包まれていた。

 綱行は、静寂を訝しく思いながら馬を進める。

 城門付近から走り来る椿を認めた。すれ違いざま綱行は椿を見たが、椿は綱行を一瞥としなかった。

 城門前に着くと、数人の兵士がしめじめと泣く男を取り囲んでいる。

 一人の兵に誰何すいかされ綱行は答えた。

「拙者は、渡邉綱行と申す。五日条信定殿の亡骸を届けに参った」

 綱行は、馬を降りると五日条の身体を馬から降ろした。

「渡邉殿、かたじけない。心より感謝申し上げます」

 父の頭部を抱き抱えた光が、謝辞を述べた。

「椿殿の非礼、お詫びする」

 綱行は、深々と頭をたれ謝罪した。

「いえ、我々がしたことの報いですから、椿様の無念今ならよく理解できます」

 光は、父の頭部を抱きかかえながら頭部のない父の甲冑姿に目を落とした。

「何故、このようなことになってしまったのでしょう」

 光は、咽びながら呟いた。まるで幼児のように。

 綱行の胸の内にあった小さな怒りの炎が燃え上がった。

「お前達が、弱いからだ」

 当然の綱行の罵声に、光と鷹鞍の兵士たちは怯んだ。

「お前達は、何があろうと佐貫定常様とその家族を守らねばならなかったのだ」

 綱行の罵声に、鷹鞍の侍達は膝をついてうなだれた。

「たとえ、自分の父親と相対する事となっても、侍である以上主君を守らねばならんのだ」

 反論する者さえいなかった。

「五日条殿を討たれても、椿殿に斬りかかる者もいなければ、首を拾おうともせず皆逃げたのだ」

 綱行は、近くにいた男に馬の手綱を渡した。

「お前達のような者を、武士とは認めん。滅びるがいい」

 綱行は、言い尽くすと踵を返した。それを光が呼び止める。

「渡邉殿、お叱りごもっともにございます。なれど、弱い私でも民を守らねばなりません。どうか、どうかお力添えをいただけないでしょうか」

 光は、土に額を付けて懇願した。他の者も光にならう。

「俺に、何をしろと」

 綱行は、怪訝そうに訊ねた。

「椿様を、説得していただきたい」

「お主は、俺の話を聞いていたのか。滅びよ」

 綱行は、静かに歩き出した。背後に近づく者があれば、振り向きざまに切るつもりでいたが、動く気配はなかった。

 静寂に包まれた城下町を抜け、月明りのもと街道を行く。本来なら蛙の大合唱が聞こえているのだろうが、今はそれも無く静寂しじまが耳に痛い。

 綱行が、戦場となった田園に戻ると、椿があちこちに転がる遺体を屍人の兵に変えているところであった。

 椿は、綱行に気づくと深々と頭を下げた。

いくさに酔っておりました。不愉快な思いをさせて申し訳ありません」

 椿は、頭を垂れたまま続ける。

「光さんを叱ってくださって、嬉しかったです。ありがとうございました」

「何故それを」

 その場にいなかった椿が、そのことを知っているのが不思議だった。

「五日条の首に、私の髪をつなげておいたのです。貴方様と光さんとのやり取りは、髪の毛を通してうかがっておりました」

 綱行は、感嘆した。

「ひとまず、今宵の勝利を祝いましょう」

 綱行は、椿を連れて帰路につく。

 瑞龍時へ続く石段を、夥しい数の屍人達が登っていく。

 恐ろしい光景だと、綱行は感じた。

 今や、椿の率いる兵は百名を超えるであろう。

 戦は、続く。おぞましい光景は、これからも続くのであろう。

正解は、如何に。正義は、何処に。綱行は、参道の先を眺めて鷹鞍の国と椿の行く末を案じた。





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