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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達/岳兎佐助
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
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動揺、そして作戦会議

 六月三日、月曜日。


 とうとう初夏に差し掛かって暑さを帯び始めた外気。それと同じくして衣替えとなり、僕ら学生の制服は半袖ワイシャツにズボンという夏服に変わった。もちろん僕は冬服同様、左腰に木刀を差すのを忘れない。


 学校の自販機にも人が並ぶことが多くなり、お昼ご飯と一緒に飲み物を買うのにも少し時間がかかるようになった。


 その例に漏れず、やや並んで購買と自販機でお昼一式を揃えた僕。いつもならエカっぺと一緒になってご飯を食べるのだが、今日は大事な用事があるからと昨日のうちに電話して断っておいた。エカっぺは時々僕のお弁当も作ってきてくれるので、連絡しておかないと無駄にしてしまうからだ。


 さらに氷山部長にも、昨日のうちに「六月三日の昼休みに部室集合」と部員にお知らせするよう頼んだ。その通知はすでに昨日のうちに、部内連絡網の端から端に達している。


 そうして昼休み。僕は昼食であるパン二個とボトル茶を持って、撃剣部の部室へとやってきた。


 校舎に隣接するプレハブ部室棟の一階に、その部室はある。


 やや狭めの正方形状の空間だ。

 中央に簡素なテーブルと椅子。壁際に置かれた本棚。部屋の隅の台に乗っかったビデオ内蔵型ブラウン管テレビ……他の運動部室と違ってごちゃっとしておらず、部室内は綺麗に片付いている。


 部員全員が集まったのを確認すると(ちなみに部屋が狭いため人口密度が高く、暑い。あと、意図しないセクハラ防止のために男子女子でそれぞれ塊が分かれている)、僕は持参してきた一個のビデオテープを取り出した。……香坂さんから貰った港区予選の小型テープを、普通サイズのビデオテープにコピーしたものだ。


 そのテープを、テレビについている挿入口に半ばほどまで押し込むと、あとは機械が自動で飲み込んで、記録された映像を再生してくれた。


 不要な箇所をリモコン操作の早送りでキュルキュル流す。


 やがてその試合——赤坂(あかさか)(ひがし)中学校の試合で、早送りをやめた。


 テレビの中で行われたミーチャの試合は、一本目と二本目を合わせても、一分にも満たない。


 だがその数十秒だけでも、部員全員を驚嘆させるには十分過ぎる威力があった。


「これは……すごいな」


 氷山部長がため息のようにそうこぼした。


「なんなの、これ……!?」


 峰子(みねこ)は信じがたいと言わんばかりの呟き。


 他の部員も同じような感じでざわついている。部室が狭いため、それらの声がひどく大きく聴こえる。


 全員の要望に応える形で、ミーチャの試合だけを何度もリピート再生する。


 映像の内容は変わらない。テープに刻み込まれた光景を、刻み込まれたまま映し出すのみだ。


 しかし、その変わらぬ映像を繰り返すごとに、部員達の緊張と驚愕は膨れ上がる。


 テープの故障じゃないのか——部員の何人かが、当然の疑問を訴える。


 だけど、僕はかぶりを振った。撮影者も「故障ではない」と言っているのだから。


 試合開始の合図をした途端、立ち位置だけが移動し、間合いに入って相手を打っている。


 そんな尋常外の速さを誇る剣。


 ……本当に大騒ぎするのは、多分、これから(・・・・)だよなぁ。


 そのことに腹を括った僕は、口を開いた。


「みんな、これから僕が言う事を、心して聞いて欲しい。僕はこの人……ミトロファン・ダニーロヴィチ・ボルショフ君と面識がある。そんな彼から聞いたんだ。————この技は、至剣だそうだよ」


 案の定、部室内のざわめきが、耳が痛くなるくらいに大きくなった。


「冗談でしょ!?」「至剣!?」「んなわけあるかよ!」「でもこの技、どう見たって普通じゃないでしょ……なら至剣じゃ……」「バカ言え、少年部で戦ってるってことは俺らと同じくらいのはずだぞ! いくらなんでも皆伝は早過ぎる!」「望月閣下の娘さんは、十一歳で皆伝したって聞いたぞ」「あんなのそうそう現れてたまるかよ。だいいち、そんな若いうちから皆伝なんかしたら確実に新聞に載るはずだぞ」「そもそもなんでロシア人が至剣流やってんだよ? ロシア本国じゃスパイ防止とか訳わからん理由で至剣流の教伝が取り締まられてるはずだぞ」「この帝国で生まれ育ったんでしょ。秋津(あきつ)と仲の良いあのエカなんとかって女子みたいに」「どういうことか説明しろ秋津!」


 パンッ!


 氷山部長が両手を叩き合わせる音とともに、喧騒は静まり返った。


「落ち着こう。気持ちは分かるが、秋津君が困っているし、隣の部室にも迷惑だ。プレハブだから声もよく響くしね。私がみんなを代表して秋津君に訪ねよう。…………秋津君。このボルショフ君とやらが使っている奇妙な技は、至剣だそうだね。ということは、彼は皆伝しているということか?」


 部長は僕にそう淡々と訪ねてくる。……が、その唇の辺りの筋肉はこわばっていた。彼女も内心動揺を禁じ得ないのだろう。


 僕は気持ちを整えて、続ける。


「いえ。彼は皆伝していません。ううん、それどころか、切紙(きりがみ)すら貰っていないとのことです。……彼のこの技は確かに至剣ですが、完全な至剣ではありません」


「どういうこと?」


 僕は問うてきた峰子と、その他部員にも聞かせる形で説明した。


 彼が使う剣は、至剣斎(しけんさい)の弟子の一人が書き遺した伝書に記されていた剣術を復元したものであると。

 名を『径剣流(けいけんりゅう)』。伝書の筆者が開眼させた至剣を、他の人でも学んで扱えるよう体系化した剣術であると。

 普通の人には絶対に通れない「(ちかみち)」に剣と身を通すことで、相対的に誰よりも速い速度で剣を振れる……それが『径剣流』の剣理であると。


 それらを全て説明し終えると、部員は先ほどとは逆に、唸り一つ発することが出来ないくらい押し黙っていた。


 ……それはそうだ。彼らの気持ちは僕にもよく分かる。


 確かに富武中学撃剣部は、千代田区予選に優勝し、自信をある程度つけたかもしれない。


 けど、ミーチャが使っていたのは、改変されたものとはいえ至剣だ。世間では嘉戸(かど)宗家やその他のごく少数の才能ある剣士しか開眼できないとされている絶技を、中学生が使っているのだ。


 ハッキリ言おう。この中の誰一人として、ミーチャに試合で勝てる者はいないだろう。


 どういう形であれ、部員のみんなは思い知ったのだろう。——都予選という、次なる舞台の難関さを。


 部員からは、すでに千代田区予選優勝の余韻など、綺麗さっぱり抜け落ちていることだろう。


 お通夜みたいな重い沈黙が続く。


「秋津君、ちょっとリモコンを貸してもらえるかな」


 そう訊いてくる部長に応え、僕は手元にあるテレビのリモコンを差し出した。


 部長はリモコンを受け取ると、映像を早送りさせた。


 テープに記録できる時間にも限りがあるため、一回戦の第一〜第八試合の全てを記録したら、後は注目すべきと判断した赤坂東中の試合しか記録されていない。

 仮に決勝戦で赤坂東中が敗退したとしても、その相手校のデータは一回戦と決勝戦の二つ存在する。無駄にはならない。……まあ、赤坂東中が優勝したが。


 部長は赤坂東中の試合のたびに早送りを止め、少し観たらまた早送りして次の試合を観て……といった具合に決勝戦まで観終えると、そこで映像を一時停止で止めた。


「……なるほどな。このボルショフ君とやら、全ての試合で先鋒にされている。それでいて、次鋒と大将のどちらかが勝つという形で試合に勝利している。先鋒戦で確実に勝利すると踏まえた上での戦い方だろう。最初に一勝しておいた方が、後に戦う者の精神的余裕はかなり違うしね」


 僕も部長の意見に同感だった。


「何度見ても、ボルショフ君の剣は尋常ではない。全ての試合を一分以内で勝っている。だが……残りの次鋒と大将は、それなりに強いものの勝てなくはない(・・・・・・・)


 部長はリモコンをテーブルに置き、次のように宣言した。


「であるならば、こちらの取り得る作戦は一つしかあるまい。……もしも赤坂東中と当たったならば、一回戦目は切り捨てる。そして残りの次鋒戦、大将戦に全てを賭ける。たとえ一回負けたとしても、その後に二回勝てば我々の勝利になる」


 その提案に、僕は少し驚いていた。


 部長のことだから、「どのようにミーチャに勝つか」という方向に話を持っていくかと思ったからだ。


 自分の強くなった姿を、昔の親友に見せたい——そう言っていた部長だから。


 けれど同時に、極めて現実的であるとも思った。


 ミーチャの『径剣流』は、ここにいる誰にも破れない。僕でも。


 あれは、防ぐことも、避けることも出来ない。そういう次元のものではない。人が雷から逃げられないのと同じだ。


「しかし、それでも一人飛び抜けて強いだけでは、区予選で優勝などできない。赤坂東中の次鋒大将も、それなりの実力は備えているはずだ。決して油断などできない。言うまでもないことだろうが、我々はこれからも稽古を繰り返し、力をつけていかなくてはならない」


 部長の言葉のせいだろうか、部員達の表情にも活力が多少戻り、さっきまでの重苦しい雰囲気が薄れていた。


 かくいう僕も、少しばかり希望を感じていた。


 ミーチャさえ無視すれば、努力次第で乗り越えられる可能性は十分にあると。


 これがリーダーシップというやつなのかもしれないと、ふと思った。


「そこで、やや気の引ける提案なのだが……いつもは休息に費やしている土日休みのうちの片方を、稽古に当てたいと思っている。稽古が必要であるというなら、次に求められるのは時間だ」


 それを聞いた部員の半分が「もっともだ」と頷きを見せ、残りの半分が眉を「へ」の字に曲げた。


 まあ、僕も意見が分かれそうだなと思っていた。僕らレギュラーはともかく、補欠扱いであるその他の部員にとって、稽古時間を増やすメリットが感じられないというのは無理からぬ意見である。


 だが部長も、それも織り込み済みだったようで、次のように言った。


「無論、強制ではない。参加したい者だけ来てくれればいい。嫌がる者を無理やり休日に稽古の場へ引っ張り込んだりすれば、かえって部に亀裂を生みかねないからな」


 それを聞いた半分の部員達が、軽い安堵を見せた。


 ちなみに僕は参加するつもりだ。望月家での稽古が減ってしまうが、それも夏の間だけである。


 峰子の顔からも意気込みを感じる。参加する気だろう。


「あとは……そうだな、今までの稽古の中に、もう一押し(・・・・・)欲しいところだ」


「もう一押し?」


「そうだ。今までと同じ稽古だけを続けていたのでは、おそらく足りない。今までには無いやり方がしたいところだ」


「と、言いますと」


「そうだな…………優れた剣士をお呼びして、指導鞭撻(しどうべんたつ)(たまわ)るとか、かな」


 優れた剣士、か。


「あの、それでは……部長の師匠では駄目ですか?」


 峰子が挙手しながらそう尋ねる。


 部長の師匠——『玄堀(くろほり)の首斬り小天狗』という異名を持つ、日ソ戦時に活躍した玄堀村最強の戦士、藤林(ふじばやし)静馬(しずま)氏か。


 確かに、それほどの剣士であるならば、稽古相手としては十二分かもしれない。


 だが、部長は申し訳なさそうにかぶりを振った。


「いや……申し訳ないが、先生は駄目だ。そもそも私が師事して学んでいるだけでもかなり無理を言っているのだ。これ以上の迷惑はかけられない」


「そうですか……私の先生も、皇宮警官の仕事で暇が無いですし……」


「そうか。……他の者はどうだ? 優秀な剣士を知り合いに持つ者は?」


 部員は全員シンと静まり返った。


 またも重い沈黙。


 そんな中、僕は視線を感じて振り向く。


 峰子。


 何か言いたげに、僕を見つめている。


 貴方にはいるでしょ、心当たりが——そう言いたげに。


 ……いるには、いる。


 この国全体で見ても珍しい、至剣流の免許皆伝者が、二人も。


 望月先生と、(ほたる)さんだ。


 しかし、望月先生は心臓が弱い。多くの若者の稽古に長時間付き合わせるのはお身体に障る。なので却下。


 残るは、螢さん。


 彼女は若干十一歳にして至剣流を皆伝したという逸材だ。それでいて数多くの剣士と立ち合い、その一度にも遅れを取ったことが無い。


 さらに、今の彼女は僕らと同じ学生だ。つまり、一日の行動のルーチンは僕らとほぼ同じ。おまけにどこの部活動にも所属しておらず、放課後は真っ直ぐ家に帰るだけとのこと。


 強さという面でも、時間の都合という面でも、人選としてはおあつらえ向きかもしれない。


 まあ、精霊でさえ裸足で逃げ出しそうなあの美しさだ。そんな美人が相手となると男子諸君は稽古どころじゃなくなるかもしれない。……だがまあ、それは置いておいて。


 あとは、彼女自身が了解するか否かだ。


 それを込みで、僕は恐る恐る挙手し、言った。


「……一人、います」


 全員から注目を浴びる。


 氷山部長はやや喜色を浮かべ、


「本当かっ?」


「はい。……だけど、まず本人に聞いてみないと分からないので、待っていてもらえますか? あと、あまり期待はしないでほしいというか……」


「ああ。可能性があるというなら、是非ともそれにしがみつきたいところだ。して、その人物の名は?」


 言っても良いのだが、今はちょっと騒がれたくない。お昼ご飯のパンもまだ食べてないし、今螢さんの名前を口にしたら根掘り葉掘り聞かれて昼食どころではない。


 それに、まだ本人から了解を得ていない。


 なので現段階では、ぼかしておくことにした。


「まだ了解を得ていない段階なので、今は名前は伏せておきます。ですが、聞けば全員文句無しに納得する名前だと思っています」


「そうか。なら、了解を得るまで待とう」


 とりあえず、氷山部長はそう頷いてくれた。


 ……そうと決まれば、今日、家に帰ってから早速電話で尋ねてみるか。


 そう思いつつ、なんだか僕らの都合で螢さんを巻き込むことに、心苦しさも感じる。


 けれど、天覧比剣へ勝ち進むためには、取れる手段は取っておくべきだ。


 ——ミーチャの『径剣流』を思い浮かべつつ、僕はそう自分に言い聞かせた。


まだVHSが現役な時代です。

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