vs葦野女学院清葦隊 〜飛翔〜
……何分経っただろうか。
幾度となく天沢さんと剣を交え続けている僕は、もう体力をかなり消耗していた。
息が上がってきている。以前に望月先生から教わった通り、細く音を立てない呼吸で息の乱れを隠しているつもりだが、きっと天沢さんにはバレているだろう。
とはいえ、これでも以前に比べると体力が向上している方である。撃剣部で散々行った地稽古の成果がここに来て活きていた。無駄ではなかったのだ。
だが、僕は着実に押されている。
天沢さんの剣が強いる「流れ」に、僕の剣は押し流されようとしている。
攻めても当たらず。けれど攻めなければ、先にどこかしらを打たれて負けかねない。攻撃を仕掛けて威嚇し、天沢さんの攻撃の手を休めさせる他無い状態。
行けども地獄。行かずとも地獄。
おまけに体力の消耗で、僕の手数は減ってきている。
「影響の連鎖」が判っていても、役に立たない。
僕は「次」を予知して動けるが、天沢さんは「次の次の次」くらいまで見据えて動いているのだ。
見ている未来の距離が違う。
……このままでは、確実に負ける。
(どうすればいいっ……!? 他に、何か手は無いのか……!?)
僕は剣を発しながら必死で考えるが、酸素不足な頭の思考力など知れたものである。
何も思いつかない。
この無茶苦茶なダンスを、疲れ果てるまで続けること以外、何も。
「っ、ああっ!」
焦りに突き動かされるまま、僕は『旋風』の型を用いた。渦巻く太刀筋を纏いながら、後方へ飛び退く。いったん大きく距離を取って、呼吸を落ち着けたい。
しかし、そんな苦し紛れの動きは、天沢さんにはお見通しだった。
近づいてくる。
右上段に振り上げた竹刀を、深く飛び込みながら、鋭く斬り下ろしてきた。
僕の周囲を巡る竹刀と、ぶつかり合い、
「っ……と……!」
その重い衝撃で、僕の足元が崩れかける。
そこを見逃す、天沢さんではなかった。
……次の一手が「薙ぎ払い」であることを読んで、防御が間に合ったのは、「影響の連鎖」を掴んでおいたおかげだろう。
「あ……っ!」
だが、それでも僕は大きく重心を崩し、横倒しになってしまった。
ゴロリと横に転がる。
出来る限り早く立ち上がろうと試みる。
左膝を床に付いて、そこから立とうとした。
しかし——その時すでに、僕の左側頭部に天沢さんの竹刀が迫っていた。
強烈な危機感のせいで思考が引き延ばされ、一瞬の時間を数秒として体感する。
まずい。
僕の竹刀は今、右手。
側頭部から遠い。防御が間に合わない。
避ける? 無理。しゃがんでいるから動けない。
打たれる————
そう思った時。
————視界の右端上部に、金色の蜻蛉が見えた。
「——っ!!」
あらゆる疑問が一瞬でいくつも脳裏に浮かび上がるが、今は置いておく。
右手に持った竹刀の先を、視界右端上部でホバリングしている金の蜻蛉へ移動させた。
「わ……!」
瞬間、僕の体が右へ倒れた。右手と竹刀を横へ突き出した勢いでバランスが崩れたのだ。
またも倒れてしまったが、やはり意味はあったようだ。
僕の左側頭部を打つはずだった天沢さんの横薙ぎが、真上を通過した。
さらに金の蜻蛉は、後方へ羽ばたく。……その姿は、まるで風前の灯火のように、今にも消えそうに明滅していた。
大慌てで立ち上がって、竹刀の先で金の蜻蛉を必死で追いかける。
明滅して消えかかっている金の蜻蛉が、またも元来た方向を勢いよく戻る。
それを同じ速さで竹刀を振って追いかける。
次の瞬間、天沢さんが放ってきた一太刀をしたたかに弾き返した。
面の向こうに、天沢さんの驚く顔が一瞬見えた。
しかし、どうでもいい。
今、僕が眼中に入れるべきは、天沢さんではない。
——「必勝」をもたらす、金の蜻蛉のみ。
飛翔する金の蜻蛉を、僕はひたすら剣尖で追いかける。
それは、剣術というより、小さい頃にやった網を使った虫取りだ。
しかし、金の蜻蛉が刻むのは、必勝の軌道。
ゆえに、それを追いかける僕の竹刀にもまた、「必勝」が宿る。
再び、天沢さんとの打ち合い。
あらゆる立ち位置から、あらゆる角度から、彼女の竹刀が鋭利に文目を描く。太刀風が肌を何度も撫でる。
それらは全て、僕を巻き込んで思い通りに動かし、敗北へと押し流さんとする「流れ」だ。
だが、今の僕の剣には、蜻蛉が宿っている。
空を飛翔する金の蜻蛉は、激流には決して飲まれない。触れない。
ひっきりなしにやってくる彼女の太刀を、僕はさばき、退けていく。
どのような狡知を宿した一太刀でも、その一太刀の中に潜むたった一つの弱所を的確に打ち、無力化する。
駆け引きも、力技も要らない。
打つべき場所を、打つべき軌道で打つのみ。
その場所も、軌道も、この蜻蛉が全て教えてくれる。
「なん、ですって……!?」
天沢さんはもはや驚愕を隠そうともしていない。
気持ちは分かる。
この金の蜻蛉は、僕にしか見えない。
なので彼女から見れば、僕の動きの質が急に別人みたいに変化したような感じだろう。
そうして、得体の知れなさを覚えた剣客がする行動はただ一つ。
いったん遠間まで退き、様子を伺うこと。
(逃がさない——)
しかし、金の蜻蛉は飛ぶ。
真っ直ぐに。
僕の竹刀も進む。
真っ直ぐに。
天沢さんが、そんな僕を遠ざけんと、竹刀で薙ぎ払ってくる。
金の蜻蛉は、その竹刀へ向かっていき——竹刀の真ん中を先端で止めた。
まるでつっかえ棒のように、彼女の薙ぎ払いを無力化したのだ。
その瞬間、金の蜻蛉は——役目を終えたように消えた。
(——ありがとう)
僕はそう念じながら、竹刀を閃くように動かし、天沢さんの面を打った。
「面あり!! 一本!!」




