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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
89/252

vs葦野女学院清葦隊 〜飛翔〜

 ……何分経っただろうか。


 幾度となく天沢さんと剣を交え続けている僕は、もう体力をかなり消耗していた。


 息が上がってきている。以前に望月先生から教わった通り、細く音を立てない呼吸で息の乱れを隠しているつもりだが、きっと天沢さんにはバレているだろう。


 とはいえ、これでも以前に比べると体力が向上している方である。撃剣部で散々行った地稽古の成果がここに来て活きていた。無駄ではなかったのだ。


 だが、僕は着実に押されている。

 天沢さんの剣が強いる「流れ」に、僕の剣は押し流されようとしている。

 攻めても当たらず。けれど攻めなければ、先にどこかしらを打たれて負けかねない。攻撃を仕掛けて威嚇し、天沢さんの攻撃の手を休めさせる他無い状態。

 行けども地獄。行かずとも地獄。

 おまけに体力の消耗で、僕の手数は減ってきている。

 

 「影響の連鎖」が判っていても、役に立たない。

 僕は「次」を予知して動けるが、天沢さんは「次の次の次」くらいまで見据えて動いているのだ。

 見ている未来の距離が違う。

 

 ……このままでは、確実に負ける。


(どうすればいいっ……!? 他に、何か手は無いのか……!?)


 僕は剣を発しながら必死で考えるが、酸素不足な頭の思考力など知れたものである。

 何も思いつかない。

 この無茶苦茶なダンスを、疲れ果てるまで続けること以外、何も。


「っ、ああっ!」


 焦りに突き動かされるまま、僕は『旋風(つむじ)』の型を用いた。渦巻く太刀筋を纏いながら、後方へ飛び退く。いったん大きく距離を取って、呼吸を落ち着けたい。


 しかし、そんな苦し紛れの動きは、天沢さんにはお見通しだった。


 近づいてくる。


 右上段に振り上げた竹刀を、深く飛び込みながら、鋭く斬り下ろしてきた。


 僕の周囲を巡る竹刀と、ぶつかり合い、


「っ……と……!」


 その重い衝撃で、僕の足元が崩れかける。


 そこを見逃す、天沢さんではなかった。


 ……次の一手が「薙ぎ払い」であることを読んで、防御が間に合ったのは、「影響の連鎖」を掴んでおいたおかげだろう。


「あ……っ!」


 だが、それでも僕は大きく重心を崩し、横倒しになってしまった。


 ゴロリと横に転がる。


 出来る限り早く立ち上がろうと試みる。


 左膝を床に付いて、そこから立とうとした。


 しかし——その時すでに、僕の左側頭部に天沢さんの竹刀が迫っていた。


 強烈な危機感のせいで思考が引き延ばされ、一瞬の時間を数秒として体感する。

 まずい。

 僕の竹刀は今、右手。

 側頭部から遠い。防御が間に合わない。

 避ける? 無理。しゃがんでいるから動けない。

 

 打たれる(斬られる)————


 そう思った時。






 ————視界の右端上部に、金色の蜻蛉(トンボ)が見えた。






「——っ!!」


 あらゆる疑問が一瞬でいくつも脳裏に浮かび上がるが、今は置いておく。


 右手に持った竹刀の先を、視界右端上部でホバリングしている金の蜻蛉へ移動させた。


「わ……!」


 瞬間、僕の体が右へ倒れた。右手と竹刀を横へ突き出した勢いでバランスが崩れたのだ。


 またも倒れてしまったが、やはり意味はあったようだ。


 僕の左側頭部を打つはずだった天沢さんの横薙ぎが、真上を通過した。


 さらに金の蜻蛉は、後方へ羽ばたく。……その姿は、まるで風前の灯火のように、今にも消えそうに明滅していた。


 大慌てで立ち上がって、竹刀の先で金の蜻蛉を必死で追いかける。


 明滅して消えかかっている金の蜻蛉が、またも元来た方向を勢いよく戻る。

 それを同じ速さで竹刀を振って追いかける。

 次の瞬間、天沢さんが放ってきた一太刀をしたたかに弾き返した。


 面の向こうに、天沢さんの驚く顔が一瞬見えた。

 しかし、どうでもいい。

 今、僕が眼中に入れるべきは、天沢さんではない。

 ——「必勝」をもたらす、金の蜻蛉のみ。

 

 飛翔する金の蜻蛉を、僕はひたすら剣尖で追いかける。

 それは、剣術というより、小さい頃にやった網を使った虫取りだ。

 しかし、金の蜻蛉が刻むのは、必勝の軌道。

 ゆえに、それを追いかける僕の竹刀にもまた、「必勝」が宿る。


 再び、天沢さんとの打ち合い。

 あらゆる立ち位置から、あらゆる角度から、彼女の竹刀が鋭利に文目(あやめ)を描く。太刀風が肌を何度も撫でる。

 それらは全て、僕を巻き込んで思い通りに動かし、敗北へと押し流さんとする「流れ」だ。

 だが、今の僕の剣には、蜻蛉が宿っている。

 空を飛翔する金の蜻蛉は、激流には決して飲まれない。触れない。


 ひっきりなしにやってくる彼女の太刀を、僕はさばき、退けていく。

 どのような狡知(こうち)を宿した一太刀でも、その一太刀の中に潜むたった一つの弱所を的確に打ち、無力化する。

 駆け引きも、力技も要らない。

 打つべき場所を、打つべき軌道で打つのみ。

 その場所も、軌道も、この蜻蛉(勝ち虫)が全て教えてくれる。


「なん、ですって……!?」


 天沢さんはもはや驚愕を隠そうともしていない。

 気持ちは分かる。

 この金の蜻蛉は、僕にしか見えない。

 なので彼女から見れば、僕の動きの質が急に別人みたいに変化したような感じだろう。

 そうして、得体の知れなさを覚えた剣客がする行動はただ一つ。


 いったん遠間まで退き、様子を伺うこと。


(逃がさない——)


 しかし、金の蜻蛉は飛ぶ。

 真っ直ぐに。

 僕の竹刀も進む。

 真っ直ぐに。


 天沢さんが、そんな僕を遠ざけんと、竹刀で薙ぎ払ってくる。

 金の蜻蛉(僕の剣尖)は、その竹刀へ向かっていき——竹刀の真ん中を先端で止めた(・・・)

 まるでつっかえ棒のように、彼女の薙ぎ払いを無力化したのだ。


 その瞬間、金の蜻蛉は——役目を終えたように消えた。

 

(——ありがとう)


 僕はそう念じながら、竹刀を閃くように動かし、天沢さんの面を打った。


「面あり!! 一本!!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 前話辺りはここから流石に蜻蛉頼りでずっと攻略しちゃうと萎えるな思ったけど 蜻蛉頼りじゃなくてあくまで道を示してくれる為に、今のタイミングで一時的に出たのは良いね 3本目は今のから攻略の糸口…
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