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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
86/252

vs葦野女学院清葦隊 〜換骨奪胎〜

 ——とらわれるな、型に。


 卜伝(ぼくでん)を目指す。

 卜伝の剣を墨守する。

 卜伝の幻影を追いかける。

 

 それらは時として、己の剣を頑迷にしてしまう。

 卜伝の剣は、どこまでいっても卜伝の剣でしかない。

 自分は卜伝ではないし、卜伝にはなれない。


 自分の剣を持て。


 卜伝の剣を、自分らしく振るえ。


 日本剣術が数多くの流派に枝分かれしたのは、ひとえに、学んだ剣から「自分の剣」を編み出したからだ。

 古人の剣を、己の剣としてきたからだ。

 換骨奪胎(かんこつだったい)

 

 自分にだって、出来るはずだ。


 卜伝の剣という型を得たなら、次はそれを自分のモノとして振るうのだ。

 卜伝の剣を、自分なりの解釈で活用しろ。

 卜伝の幻影を、追いかけ過ぎるな。




 私は————卜部峰子(うらべみねこ)だ。




 峰子は猛烈に(しの)を攻め立てた。

 挙動の一つ一つに、必ず太刀筋を伴わせた。 

 一瞬たりとも手を止めず、篠をひたすらに打ち続けた。

 

 篠は手堅く、的確にこちらの太刀を受け止め、時に避けている。

 峰子の太刀は、まったく当たっていない。

 だけど、どれほど決め手になり得ない太刀筋でも、数をばら撒けばいつかは当たる。

 去年の自分だったら「みっともない」と唾棄(だき)しそうな、乱雑で、しかし合理的な剣であった。


「エィィィィ!!」


 時折発せられる篠の一太刀。しかしその直前の気迫はなんとなく分かってきた。なのでその「気」が見えたら、素早く竹刀を両手持ち(中取り)にして、その爆発的な打ち込みを防ぐ。


「くっ……!」


 重い。足腰にまで響く。


 だけど、もう怖くない(・・・・・・)


 戦える。


 峰子は再び篠へ近づき、太刀を連発した。


 その場その場で最も適切な立ち位置を瞬時に計算し、考えをいっさい挟まず自分の体に刻み込まれた太刀筋をそのまま発する。発する。発する。

 考えるより先に打つ。脊髄反射と同じような速さで打つ。

 そのための材料()は、すでに自分は幾度となくこの身に刻みつけているはずだ。

 持っているものを惜しまず使い尽くせ。

 

 さすがの篠も、矢継ぎ早にやってくる峰子の剣に、防戦一方となっているようだ。

 だが流石というべきか、防御の最中にきちんと隙を作って、それを強烈な反撃に利用した。

 峰子はまたも両手持ちの竹刀で受け止め、しのぐ。……心なしか、最初よりも衝撃が軽い。篠も消耗しているのだと分かった。


 とはいえ、峰子とてすでに息も絶え絶えだ。


 だけど手も足も、心も止めない。


 稲光のように、竹刀を放ち続ける。

 

 ——あと少しだ。あと少しで、届く(・・)

 

 気が遠くなるような連撃を続けていたその時、篠から攻めの気(・・・・)を感じた。


 強烈な打ち込みが発せられるよりも先に、峰子は身を進める。


 間合い深くに踏み込み、竹刀同士をぶつけ合わせた。……本当は竹刀の鍔付近を小手に当てるつもりだったが、篠に瞬時に読まれて竹刀の高さをズラされた。鍔迫り合いの状態になる。


「…………へへへっ。あんた、強くなったじゃん」


 面金の奥にある篠の笑みは、すでに疲労で引きつっていた。水を浴びたように汗にまみれている。


「当たり前じゃない…………去年と同じなんて、あり得ないからっ……!」


 きっと自分も、篠と似たような顔をしているだろう。


 不思議だ。

 さっきはあれほど負けが怖かったのに。

 今は、勝とうが負けようが、どうでもいいとさえ思っている。

 勝っても負けても、自分はきっとこの後、笑っていられる。そう確信していた。

 剣士として一皮剝けたことによる開放感がそう思わせているのか。あるいは別の理由か。


 だが、それは「卜部峰子」の問題だ。


 自分は「富武(とみたけ)中学撃剣部の一員」として、ここに立っている。


 であれば、勝ちに行かなければならない。


 なんとしても、光一郎(こういちろう)(たすき)を繋ぐのだ。


「っ……ああああっ!!」


 鍔迫り合いの状態のまま、峰子は腕と足腰の力を使い、思いっきり竹刀を持ち上げた。


 竹刀を握る二人の両腕が、一緒に上昇。


 峰子はそこから、足腰を一気に沈下させた。それに引っ張られる形で竹刀も急降下。鹿島(かしま)新当流(しんとうりゅう)遠山(えんざん)』。大上段からの一撃。狙いは面。


 篠もその技の到来を察したようで、素早く片膝をついて、鳥居受けの構えに移行。受け止めようとする。……受け止めた後、すぐさま峰子の面を打てる。


 横一文字に構えられた篠の竹刀に、縦一閃に振り下ろされた峰子の竹刀が迫る。


 竹刀同士は肉薄し、接触し——滑って素通りした(・・・・・・・・)


「な——」


 篠の驚愕が、微かに聞こえた。


 峰子の振り下ろした竹刀は、篠の竹刀にぶつかる寸前、向きを垂直に変えたのだ。


 腰の沈下の勢いを殺さず、篠よりもさらに深く腰を落とす峰子。二人には大きな身長差があるため、必然的に峰子の方が体勢が低くなりやすい。


「しまっ——」


 篠はこちらの狙いに気づいたようだが、何もかもが遅い。


 光一郎と最初に(・・・・・・・)剣を交えた時を(・・・・・・・)そのまま(・・・・)再現する形で(・・・・・・)

 



 篠の面を、真下から「ぱしんっ」と軽く突いた。




 それを境に、両者の動きは止まる。


 二人どころか、会場の人間全員が、言葉も挙動も止めていた。


 数秒の沈黙。


 それを破ったのは、審判の鋭い声だった。


「面あり!! 一本!! ——勝負あり!!」


 瞬間、会場が沸いた。


 拍手が大体育室全体に膨れ上がった。


 峰子はそれにビクッとした。

 それと同時に、今まで誤魔化していた疲労が一気に押し寄せ、全身が重たくなった。


「……ほら、立てよ」


 そう手を差し伸べてきたのは、他ならぬ篠であった。

 面金の奥にある顔は、まるで何かから解放されたようにスッキリした笑みを浮かべていた。負けたというのに。


 手を掴んでもよかったのだが、やはり何か癪だったので、峰子は手は借りず自分の力で立ち上がった。

 

 やれやれ、とばかりに肩をすくめる篠。


 何も反応しないのは流石に可哀想かと思ったので、峰子は小さく告げた。


「この試合、私達が勝つわ。次に出るのは、光一郎だもの」


「どうかな。(ゆかり)はあたしなんかとは比べ物になんねーぞ?」


 やはり、こういう会話こそが、自分達には相応しい。


 もう一度不敵に笑い合うと、峰子は今度こそ篠から離れる。


 開始位置で互いに一礼し、退がる。


 そして、次の大将戦を戦う光一郎と、すれ違う。


「——ありがとう。あとは任せて」


 すれ違いざま、そう光一郎はささやいてきた。


 遠ざかる彼の後ろ姿を見つめながら、峰子は心の中で念じた。






 ——光一郎。私こそ、ありがとう。


 ——勝てたのは、あなたのお陰よ。


 ——ちゃんと、襷は渡したわ。


 ——どうか勝って。清葦隊(せいいたい)の隊長に。


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