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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
83/252

vs葦野女学院清葦隊 〜先鋒戦〜

 周囲上段の観客席に見守られる大体育室の中央にて、葦野(よしの)女学院(じょがくいん)清葦隊(せいいたい)富武(とみたけ)中学撃剣部の各部員が向かい合って並んでいた。


 双方一礼してから、レギュラー三人ずつを残して後退。


 さらにレギュラーの一人を残して、残り二人も後方へ退がって立つ。


 中央に残された一人……すなわち先鋒の剣士は、以下の通り。


 葦野女学院清葦隊——ギーゼラ・ハルトマン=牧瀬(まきせ)

 富武中学校撃剣部——氷山(ひやま)(きょう)


 そう。

 部長であり、部内で一二を争う実力を誇る京が、いきなり先鋒に立ったのだ。


 これには理由がある。


 先んじて一勝を取っておきたいからだ。

 

 天覧比剣(てんらんひけん)は、予選本戦ともに「三本勝負」の形式をとっている。

 三人一組同士で戦い、先に二勝した方の勝ちだ。

 二連敗した方の組は、その時点で三人目(大将)が戦うことなく敗北が決定する。

 つまり、先に一勝しておくと、大将戦までの道を作れる。

 さらに、先に一敗すると後が無くなるため、同時に心の余裕も無くなる。一勝しておいた方がストレスが軽減するのだ。

 確実に一勝するために、部内でトップクラスの剣腕を持つ京が先鋒を買って出たというわけだ。


 しかし、その策は実に不安定なものであることは明白だった。


 なぜなら、清葦隊は全員がズバ抜けて強いからだ。

 誰が勝っても、誰が負けても、何ら不思議では無い。


 さらに悪いことに、先鋒戦で戦う相手は、あの(・・)ギーゼラだ。

 

 ギーゼラはこれまでの試合を、全て一瞬で勝利してきた。

 そのため、どういう剣技を使うのかという情報があまりにも少ないのだ。


 実質、ギーゼラ一人だけがほぼ「未知」の選手という状態だ。


 どういう先鋒戦になるか、全く想像がつかない。


 ただひとつ言えるのは——ギーゼラが非常に強いということだけ。


 立ち合った相手全てを、閃くような一瞬で下してきた、速さに富んだ剣技。

 刹那の油断が、そのまま敗北に繋がりかねない相手。

 京にとっても、残る二人にとっても、それは同じであった。


 それでも、京は剣を構える。

 戦うためではない。

 勝つためだ。

 たとえ未知の相手であっても、もうやるしかないのだ。

 戦って、勝つしかないのだ。


 やがて、


「——始めっ!!」


 審判の鋭い一声が、準決勝の火蓋を切って落とした。








 開始早々、ギーゼラは稲妻と化した。


 互いの竹刀が離れた遠間を一瞬ともいえる速さで潰す。中段に真っ直ぐ構えられた京の竹刀の横をスレスレで通過し、胴へ刺突を送ろうとした。


 これまでギーゼラと戦った相手は、まず一本目にこの技で負けていた。


 この試合も、同じように一本目を奪い取る——かに思われた。


「——っ?」


 京の胴まであと数寸といったところで、ギーゼラの竹刀の軌道がガクン、と下がった。それに引きずられる形で、ギーゼラ自身も体勢を前屈みに崩す。


 見ると、京の竹刀が、ギーゼラの竹刀を真上から押さえ込んでいた。


 ——うそ、止められたっ?


「っ!?」


 ギーゼラは危機感を覚え、瞬時に全身ごと竹刀を引っ込めた。


 後退と同時に垂直に構えた竹刀は、京の刺突の軌道を摩擦で横へズラし、ギーゼラの側頭部をギリギリで素通りさせた。


 さらに頭を低くしながら後退。一瞬後に、京の竹刀がギーゼラの面があった位置を斬った。


 両者の間に、開始時と同じような遠間がまた生まれていた。


(……へぇ。やるじゃん。富武の部長さん)


 面金の下で、ギーゼラは猫のようににんまり微笑む。


 京はというと、右足を引いて腰を落とし、竹刀を下段で並行にした真半身の構えだった。……至剣流の「裏剣(りけん)の構え」に似ているが、微妙に違った。確実に違う剣法だ。


 ギーゼラは泥濘(でいねい)を歩むような足取りで、ゆっくりと間を詰めていく。


 両者の間合いが近づき、触れ合いそうになる直前で急加速しようと、足腰に力を込めた時だった。


「っ」


 前のめりになりかけた瞬間、京の鋭い横薙ぎが迫ったため、身を引っ込めて紙一重で回避。


 それからすぐに刺突へ転じるギーゼラ。稲光のようなひと突きが京へ迫る。


 京はほんの微かに跳ねながら体の位置を瞬時にズラし、回避と同時にギーゼラの竹刀を真上から叩こうとする。……竹刀に衝撃を与えることで連鎖的にギーゼラの体勢も崩し、そこからすかさず面を突く狙いだった。


 それを瞬時に察したギーゼラは竹刀をぬるり(・・・)と引っ込めた。その流れそのままに、京の面の側頭部を狙う。京はそれを己の竹刀で防いだ。


 それからも目まぐるしく、二人の剣戟は繰り返された。


 二人の剣は、まさしく対照的だった。


 ギーゼラは、素早く変化に富んだ太刀筋と、小回りのきく短躯(たんく)を活かして、小技を迅速に幾度も繰り返す。小技を累積させ、嵐のような大技へと変えている。


 対して京は、手数こそギーゼラより少ないが、一つの動きに多くの意味が内包されている。振るう一太刀一太刀が攻撃であり防御であり牽制であり挑発である。


(パッと見はノロマなのに、全然近づけない……!)


 剣をぶつけ合いながら、ギーゼラは緊張と感嘆を同時に抱いていた。


 ——だが、それは京とて同じだった。


(こんなに小さい子なのに、何て腕前だ……一瞬でも気を抜けば、その時点で負けかねない……!!)


 京は、心身を総動員しながら、綱渡り同然の攻防を続けていた。


 自分と相手の現在の体勢、剣の位置、双方の距離と角度——それら現時点での条件を素早く把握。


 その上で、相手がこの時点で一番打ってくる可能性の高い部位、一番やってくる可能性の高い振り方などを瞬時に予測。


 その予測を手がかりにして攻撃を防ぐか、もしくは逆手にとる形で反撃。


 猛烈な速度で心身の力を消費する代わりに、ギーゼラと互角に打ち合えていた。


 その過程で、京は確信(・・)へと急速に近づいていた。


 ギーゼラの剣の本質。

 潤滑油を塗ったがごとくぬるぬると虚空を滑る、変幻自在の太刀筋。

 緻密で小刻みな歩法。

 間違いない。これは——

 

「——溝口派(みぞぐちは)一刀流(いっとうりゅう)」 


 鍔迫り合いに持ち込むのと同時に、京はその剣術の名をボソリとそらんじた。

 ……会津藩の上級武士が学んでいたという、一刀流系の剣術。

 仕太刀(したち)ではなく、(うち)太刀(たち)が勝つという型の構成をしていることで有名な、攻撃性の強い剣法。


 間近にあるギーゼラの面。その向こうに光る青い瞳が一瞬大きく見開かれ、それから「きゃはっ」と小さく一笑。


ご名答(ゲナウ)。アタシも分かったよ、アンタの剣が。——柳生(やぎゅう)心眼流(しんがんりゅう)でしょ、ソレ」


 審判に聞こえない程度の声量でつむがれたその発言に、京は眉根をぴくりと震わせた。


「なぜ分かった?」


「心眼流ってさ、拳法で有名だけど、その拳法の技がそのまま武器の技にもなってるんだよね。だから拳法を見た事があれば、そのまま他の武器術にも既視感が生まれる。……アタシ、前に玄堀村(くろほりむら)氏社(うじやしろ)で心眼流の奉納演武を見た事があるんだけど、アンタの技ってそこで見たやつに(・・・・・・・・)よく似てるのよね(・・・・・・・・)


 京は青い瞳へ睨みをきかせながら、微笑した。


「——少し生意気が過ぎるみたいだな」


 きゃは、とギーゼラも好戦的でいて楽しげな笑みを浮かべる。


「いいね、アンタ。だから——アタシもそろそろ本気を(・・・・・・・)出そっかな(・・・・・)


 ギーゼラの姿が消えた。


 そう思った時には、面の右側頭部に軽い衝撃を覚えていた。


 横目で見て、それがいつの間にか右側面へ回り込んでいたギーゼラの一撃のせいだと分かった。……溝口派一刀流が得意とする、回り込んでの袈裟斬りだ。


(速い——)


 過程が全く見えなかった。それくらいの速度。


「面あり!! 一本!!」


 無慈悲に告げられる相手の一勝。


 これで自分には後が無くなった。


 京は一敗の落胆を(ハラ)の奥底へ飲み込み、気を取り直して開始位置へ戻る。


 竹刀を中段で真っ直ぐ構える。

 至剣流では「正眼の構え」と呼ばれているが、柳生心眼流においては「勢巌(せいがん)の構え」とされている。

 読み方は同じでも、当てられている漢字が違う。


 自分と同じように構えられているギーゼラの中段構えも、きっと同音異字なのかもしれない。


「二本目——始めっ!!」


 再び、ギーゼラが瞬く間に肉薄し、仕掛けてきた。


 蛇が獲物へ喰らいつく鋭い勢いで疾駆した小手狙いを、京は身ごと腕を引っ込めて回避。


 かと思えば、ギーゼラの竹刀の軌道はすぐに直進へ移行。なおも執拗に小手を狙うその突きを、京は今度は避けずに弾こうと竹刀を鋭く振った。


 だが、ギーゼラの竹刀はまたも軌道を滑らかに急変させ、片足を進めながら面狙いの袈裟斬りへ移行——に見せかけて直前に再び刺突へ変化。


 ギリギリで横へズレて逃れる京。


 雷雨の空がしきりに明滅を繰り返しているような、息もつかせぬギーゼラの猛攻。

 「本気を出す」という言葉は、嘘ではなかった。

 速さ、気迫、変化の激しさ……

 明らかに先ほどまでの比ではない。

 

(ふざけるな、これで隊内序列二位だと……!?)


 清葦隊という集団の底知れなさを実感し、らしくなく京は心中で毒付いた。


 防戦一方で精一杯だった。

 瞬きする時間さえも惜しかった。

 それでいて、攻め込めるだけの隙も暇も無い。

 圧倒的高密度の連撃は、京を圧壊する攻撃でもあり、近寄る者を許さず斬り刻む防御でもある。

 攻撃は最大の防御、とはよく言ったものだ。

 その言葉は、まさしくギーゼラの剣のためにある。


 ギーゼラの顔には、いまだに疲労の色は見えない。

 それどころか、抑え込んでいたモノを遺憾無く解き放つことにカタルシスを覚えているような笑みさえ浮かんでいる。


 このままではジリ貧で負ける。


 ——もう、『あの技』を使うしか。


(駄目だ)


 京は心の中でかぶりを振った。

 『あの技』は、「あの子」にしか見せたくない。

 だが、この窮地で、使わないという選択肢は——


 ——いや、使おう。


 いつになるか分からない戦いよりも、今、目の前にある戦いを優先すべきだろう。


 京は決断した。


 しかし、その決断は、一瞬遅かった(・・・・・・)


 一瞬のためらいが、そのまま隙となってしまった。


 小手に、衝撃。


「小手あり!! 一本!! ——勝負あり!!」


 ——この落胆は、京は流石に飲み込みきることが出来なかった。



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