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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
81/252

準決勝進出、そして隊長の実力

 翌日——五月二十六日、日曜日。


 天覧比剣千代田区予選の二日目だ。


 午前中に二回戦を、午後に準決勝を行う予定となっている。


 僕ら富武(とみたけ)中学撃剣部は、まず二回戦の第一試合を戦った。


 相手は、央陸(なかおか)中学校撃剣部。


 まず結論から述べると、その相手に僕らは二連続で勝利し、無事に準決勝への切符を手に入れることができた。


 試合のあらましは、以下の通りである。







 まず、先鋒戦には峰子(みねこ)が出た。——言い忘れていたけど、天覧比剣では出場選手の順番を自由に変えられるのだ。


 相手は至剣流を使う男子だった。


 たくさんの型は使わず、『旋風(つむじ)』『電光(でんこう)』『浦波(うらなみ)』といった、実戦において使いやすい少数の型を重点的に練っている類の剣士である。こういう剣士は天覧比剣において珍しくないらしい。


 弱くはない相手だったが、防御もしくは回避からの迅速な反撃と、執拗な小手狙いが得意な峰子の剣には敵わず、あっという間に二本を許してしまう。


 勝利を収めた峰子には、昨日の夕方のような憂いは無いようで、僕は安心した。


 






 次鋒戦には、僕が出た。

 

 相手は、なんと二刀を扱う男子だった。


 天覧比剣において、二刀流は禁止されていない。

 竹刀を増やせば強くなれるというものではないからである。

 日本剣術で刀を両手で持つのは、その方が刃筋を合わせやすいからだ。力の向きと刃の向きが合ってこそ、日本刀は世界最強の刃物としての真価を発揮できる。

 刀は最低でも1キロ弱はあり、なおかつ柄に重みが集中するようにできているため、片手で扱う分には重い。ゆえに当然ながら、片手持ちでは刀の操作性は低下する。

 二刀に慣れていない者が二刀を持って戦ったところで、強さが二倍になったりはしない。それどころか、うまく使えなければ一刀にさえ劣る。竹刀でも真剣でもそれは変わらない。

 二刀流とは、インチキでもなければ、強さへの近道でもない。それなりの熟練度が要求される(いばら)の道なのだ。


 そして、僕の相手である彼の二刀流は、なかなかに洗練されていた。

 ……後で氷山部長に聞いた話だが、あれは心形刀流(しんぎょうとうりゅう)という剣術における二刀の型の可能性が高いらしい。二刀を用いるのは、何も二天一流だけではないのだとか。


 間を作ることなく、あらゆる角度からあらゆる軌道で襲いかかってくる二つの竹刀は、少しでも気を抜けばたちまち一本を取られかねないものであった。


 しかし、僕は二刀使いと戦うのは初めてではない。二刀はうまく扱えれば確かに手強いが、刀を二本持っているがゆえの弱みも僕は知っていた。


 それに彼は、香坂(こうさか)さんほどの二刀使いではなかった。


 最初こそ少しまごついたものの、すぐに相手の動きの拍子やら癖やらを読み、その上で対処した。


 どうにか、一本も取られる事なく勝つ事ができたのだった。






 富武中の、準決勝進出までのあらましは以上である。


 優勝まであと二勝なのだと考えると、少しばかり高揚感のようなものを覚えそうになる。


 ——しかし、次の第二試合での葦野(よしの)女学院(じょがくいん)清葦隊(せいいたい)の圧勝ぶりを見て、高揚感を抱くのはあまりにも早すぎると確信した。




 †



 

 ——第二試合におけるヨシ女の相手は、梨館(なしたて)中学校撃剣部であった。


 先鋒として試合に出たのは、なんと天沢(あまさわ)さんだった。


 清葦隊の現隊長のお出ましとあって、僕らはその試合を食い入るように見据えていた。


「——始めっ!!」


 審判の号令が響くや、梨館中の先鋒が勢いよく床を蹴って飛び出し、右手一本で竹刀を伸ばした。


 開始早々に飛び出したのは、相手がヨシ女という優勝候補だからだろう。まともな斬り合いでは敵わないから、奇襲を実行したというべきか。少なくとも号令の後だから違反ではない。


 面狙いの刺突が迫る。全身を前傾させ、右腕と右脚を伸び伸びと伸ばしたその突きは、瞬く間に天沢さんの面まで迫った。


 だが、天沢さんには通用しなかった。


 彼女は小さく斜め前へ身を進めて刺突を回避しつつ、相手の小手を打った。


「小手あり!! 一本!!」


 開始一秒としないうちに、天沢さんは一本を取った。


 僕はそれを見て、開いた口が塞がらなかった。


 天沢さんの動きは、副長である牧瀬(まきせ)さんの俊敏さに比べると、ずいぶん遅く見えた。


 しかし、その遅い動きをしていた時の天沢さんからは、迷いも焦りも全くと言っていいほど感じられなかった。


 ——例えるなら、小学校低学年の頃によくやった漢字の書き取り。

 学習ノートの紙面に点線で描かれた漢字を、鉛筆でなぞり書きしているかのような。

 それと同じように、そうやって動けば(・・・・・・・・)全て解決する(・・・・・・)ということを(・・・・・・)あらかじめ(・・・・・)知っていたかのような(・・・・・・・・・・)

 知った上で、無感情でその動きを刻んだような。


 ——そのとき僕は、僕の至剣『蜻蛉剣』を想起した。


 そこへ剣を動かせば、必ず勝利にたどり着ける、必勝の剣。

 まさか、彼女もそれと同じように、「必勝の軌道」のようなモノが見えている……?


 そうこう考えているうちに、二本目が始まった。


 今度は相手も、すぐには攻めなかった。


 構えを逐一変えて弱点部位を変化させながら、右へ、左へ、前後へと、じっくり移動して甘沢さんの出方を伺っていた。


 天沢さんもまた、同じように、逐一構えを変える。


 その中で、彼女が深く腰を落とした脇構えになった途端、相手は鋭く面を狙って襲ってきた。……あの構えでは頭上がガラ空きになるのだ。


 だが、その時、僕は見ていた。——天沢さんはその面狙いの一太刀よりも、少し速めに(・・・・・)竹刀を振りかぶったのを。


 大上段から、定規で綺麗な線を引いたように真っ直ぐ振り下ろされた彼女の一太刀は、相手の振り下ろした竹刀と真っ向から切り結ぶと、滑り合い、横へ押し退け——相手の面を打った。


「面あり!! 一本!! ——勝負あり!!」


 文句無しの圧勝であった。


 甘沢さんが次鋒である牧瀬さんと入れ替わる過程を見ながら、僕は峰子と氷山部長が口々に話す会話に耳を傾けた。


「……あれって『三学円(さんがくえん)之太刀(のたち)』の、『長短一味(ちょうたんいちみ)』じゃ」


「そうだな。——間違いない。あれは柳生(やぎゅう)新陰流(しんかげりゅう)だろう。それも、かなりの使い手と見た。『(がっ)(うち)』を撃剣でやる奴なんて、初めて見たぞ……」


 僕も思わず口を挟んだ。「『合し打』って何ですか?」


「柳生新陰流の基本にして極意だ。真っ直ぐ振り下ろされる相手の太刀へ、自分もまた同じように振り下ろして切り結び、そして勝つ。……正しく相手の太刀筋を見極めた上で真っ直ぐ振り下ろすことで、切り結んだ相手の太刀を一方的に押し退け、結果的に己の太刀だけが相手に届くことになる。ただの振り下ろしが(・・・・・・・・・)必勝の奥義となる(・・・・・・・・)


「だけどこれは言うは(やす)しな話よ。「防ごう」という気持ちを一切持たず、捨て身の覚悟で敵の刃に挑まないといけないもの。胆力がいるわ。おまけに、相手の太刀筋を直前で見切るだけの集中力と眼力も必要。稽古でだって難しいのに、実戦でこれをやるとなると、その難易度は推して知るべしだわ。相手は自分の思い通りに動いてはくれないし、自分を倒す気で剣を振ってくるのだから」


 天沢さんは退がりながら、こちらへ面を傾けた。


 その面金の向こうに光る瞳と、目が合った。


「————」


 その鋭く刺すような視線に、僕は身を(すく)ませた。


 ……間違いない。天沢さんは、僕を見ている。


 それも、かなり物々しい目つきで。


 でも、どうして僕を。


 記憶をたどって思い当たる理由を探したが、それらしき理由が見つからなかった。






 ————結局、その後の次鋒戦も牧瀬さんが一瞬で勝利し、ヨシ女の準決勝進出が決定した。




 つまり、今日の午後に行われる準決勝にて、僕らの対戦相手になったというわけだ。


ちなみに『浦波』という型は望月派至剣流にも存在します。

しかしコウ君はまだ習っていません。

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