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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
78/252

休憩、そして昼食


 一回戦の第三試合目までが終わった頃には、時間は昼に差し掛かっていた。


 ここで、一時間半の休憩時間が与えられた。

 

 これから、昼食を食べたり、各学校ごとの作戦会議をしたりするのだ。


 僕ら富武(とみたけ)中学撃剣部も、これから昼食となっていた。


 部員達はみんな一緒になって、持参してきた食事を大体育室上階の観客席で食べるらしい。


 僕もその輪の中に加わりたいところであったが、それはできなかった。


 部員達に「あっち行け」と弾き出されたから? 


 違う。


 先約(・・)があるからだ。


 大体育室を抜け、入口ホールまで来たところで、僕はその「先約」と再会した。


「おーい! コーウ! こっちこっち!」


 元気良く手を振りながら僕のあだ名を呼びかけてきたのは、エカっぺだ。Vネックの白い半袖シャツに、プリーツのある(はしばみ)(いろ)のハーフパンツという、初夏らしい爽やかな装い。眩しいばかりの笑顔に光る青い瞳がいつもより強く輝いて見える。


 その隣には、螢さんもいる。彼女もまた控えめに手を振ってくれていた。そのもみじみたいな手と、それを振る仕草が可愛らしい。あと、ふんわりとしたランタンスリーブが特徴的な群青色のワンピースが、綺麗な黒髪と相まって清楚でありつつも大人っぽい感じを演出している。潮風の吹く岬に立たせたらさぞ絵になることだろう。その絵はぜひ僕が描きたい。それから部屋に飾りたい。


 僕が手を振り返しながら近寄っていくと、エカっぺが僕の両肩をバシバシ叩いて嬉しそうに、


「やったじゃんコウ! 楽勝じゃん! 一回戦無事に突破だね!」


「あはは、僕は何もしてないんだけどね。勝ち星を挙げたのは卜部(うらべ)さんと部長だったし」


「まあまあ。勝てたんだからいいじゃないのよ。それより、お腹空いてるでしょっ?」


 エカっぺは得意げに、片手に持っていた(とう)()みの手提げ箱を見せつけてきた。


「喜べ男子! 可愛い女子がお弁当を作ってきてやったぞっ?」


 螢さんも、同じように片手に持っていた竹編みのランチボックスを見せてきた。


 ——そう。「先約」というのは、この二人からお弁当をご馳走になるというものだった。


「ありがとう、二人とも。それで、何を作ってきてくれたのかな?」


 エカっぺが嬉しそうにニコニコ笑いながら、


「ふふふ。これはねぇ、ブリヌイよ!」


「ぶり?」


 聞き慣れない単語に小首を傾げると、螢さんが補足説明してくれた。「クレープみたいなロシア料理。パンケーキ状の生地を具に巻いて食べる」と。


「へぇー、食べたことが無いから楽しみだよ。そういえば、ボルシチ? っていうのをこの間食べさせてもらったけど、あれもロシア料理だっけ?」


「ボルシチはウクライナ料理よ。それも作ってあげたかったけど、これ以上増やすと重かったし、螢さんも何か作ってくれるらしかったし」


「わたしは根菜の煮物と、肉じゃがを作ってきた」


「そうなんですか。ありがとうございます」


 僕は早速心が躍った。ブリヌイっていうのも食べたことが無いので楽しみだが、螢さんの手料理というのもとんでもないご褒美だ。


 一方で、少し物足りなさを覚えた。


 いや、料理の話ではない。人数(・・)の話だ。


 ——望月先生と、香坂(こうさか)さんだ。


 先生は今日は通院の日である。切らしかけている薬を貰いに行かなければならなかったのだ。


 香坂さんも、詳しくは教えてくれなかったが、「用事」があるらしい。……まぁ、気まぐれなあの人のことだから、「用事」というのは建前で、面倒くさいからかもしれないが。


「それじゃあ、どこで食べよっか?」


 僕が気を取り直してそう尋ねると、エカっぺは迷わず言った。


「外にしよ。今日はいい天気だし」


「わたしも異論は無い」


 二人から同じ意見が出たので、僕もそれに従うことにした。


 そうして三人一緒に出入り口の自動ドアへ向かおうとした、その時だった。


「あ……」


 見覚えのある顔ぶれと、鉢合わせした。


 誰あろう、それは葦野(よしの)女学院(じょがくいん)清葦隊(せいいたい)の三人だった。


 名前を思い出す。

 ……隊長である天沢(あまさわ)(ゆかり)さん、副長のギーゼラ・ハルトマン=牧瀬(まきせ)さん、隊内序列三位の大河内(おおこうち)(しの)さん。


 三人も僕らと同じく出入り口の自動ドアへ向かおうとしていたようで、必然的に僕らの存在に気づいたようだ。


 彼女らが最初に目をつけたのは、僕ではなく螢さんだった。


「あー、望月先輩じゃないですかー! こんなところで会えるなんて嬉しー!」


 牧瀬さんが、猫っぽい気の強そうな青眼を輝かせてそう声をかけてきた。


 清葦隊三人組は僕らのもとへすたすた歩み寄ってきた。


 螢さんが軽く会釈し、いつも通りの静かな口調で、


「こんにちわ。三人とも。あなたたちの試合は午後から?」


「そうっす。休憩時間が終わったら、早速第四試合で浅板(あさいた)中学と()ることになってるっす」


 そうスポーツマンっぽい元気の良さで返したのは、大河内さん。


 ——創設祭の頃に会ったこの二人は、僕らに対して不敵で挑戦的な態度を崩さなかった。


 そんな彼女達が、まさしく後輩然とした好意をあらわに、螢さんへ接している。


 それだけでも、二人の螢さんに対する尊敬の念が分かるようだった。


 さて、あと一人、天沢さんはというと、


(……あれ?)


 なんだか、気まずそうというか、どこか恥ずかしそうに顔を背けていた。


 いや、よく見ると、一瞬一瞬、チラチラと螢さんへ視線を向けていた。


 話しかけたいけど、それを躊躇(ためら)っている……そんな感じに見えた。


「天沢さん?」


「は、はひっ!? なんでしょうかっ?」


 螢さんが呼びかけると、天沢さんはビクッと、過剰ともいえる反応をした。

 

 その顔は、さっきまでの鉄仮面じみていた顔とはまったく変わって、ひどく表情が豊かだった。まごついている表情。あと、うっすら顔が赤い。

 ……初めて会った時に抱いた冷徹な天沢さんのイメージとは、全く異なっていた。


 その原因不明な挙動不審ぶりに、螢さんは、


「大丈夫、天沢さん? もしかして体調、良くない?」


「い、いいえっ。大丈夫ですわ。問題はありませんわ。……それより、望月様はどうしてこの会場に?」


「応援に来た」


 螢さんはそう言って、手元にあるランチボックスを掲げて見せた。


「コウ君の応援と、お昼ご飯係」


「ええっ!? 望月先輩、料理できたんですかぁ!?」


「おいギーゼラ、そりゃ流石に失礼だろ。……それで先輩、何を作ったんで?」


「根菜の煮物と肉じゃが」


「へぇ、それは美味そうっすね」


「馬鹿でしょ大河内先輩。望月先輩が作ったんだから百パー美味いでしょーよ。……ねぇねぇ望月先輩! よかったらアタシらとお昼ご一緒しません!? その二人も一緒でいいですから——」


「——二人とも。そろそろ行きますわよ」


 嬉々として話し込んでいる部下二人へ、天沢さんがそう促した。


 いつの間にやら、彼女の挙動不審さはなり(・・)(ひそ)めており、いつもの硬く冷たい鉄仮面な美貌に戻っていた。


「こんなところで油を売っている暇はありません。さっさと行きますわよ」


「えー? 望月先輩の料理はよー? 食いたくないわけー? 天沢パイセーン?」


「ギーゼラ、二度も言わせないで」


「…………ちぇーっ。つまんないのー」


 渋々といった感じで牧瀬さんは引き下がった。


「では、ごきげんよう」


 天沢さんは、いつも通りの芯のあるしっかりした声でそう告げると、二人を引き連れて僕らから離れていった。






 


 自動ドアから「げんぶアリーナ」の外へ出て早々、ギーゼラの口からまたも文句が漏れ出した。


「ちぇー、望月先輩の手料理、逃しちゃったじゃんかよー」


「まあ、あたしは別に今じゃなくてもいいけどな。同じガッコ通ってるわけだし、頼めばいつか食えんだろ」


「それじゃあさっさと誘わないとねー。望月先輩、あと二年で卒業しちゃうしさ。あの人成績もめっちゃ良いらしいから、帝都大に進学かしら? あ、それとも良い男でもいて、そいつんトコに嫁入りコース?」


「望月先輩、自分をぶっ倒すほどの男じゃないと結婚しねーっていってんじゃねーか。……案外、軍人になったりしてな。義理の親父さんの背中を追いかける感じで。……なぁ、(ゆかり)はどう思うよ?」


 (しの)の呼びかけに、しかし先頭をつかつか歩く紫は無言だった。


 いつもの鉄仮面な美貌だが、その唇の下では、ギリギリと切歯していた。


(……なぜ、お前ばかりが)


 その心の内には、燃えるような悋気(りんき)が渦巻いていた。


(なぜ、お前ばかりが(・・・・・・)堂々と良い思いを(・・・・・・・・)できるのですか(・・・・・・・)……秋津(あきつ)光一郎(こういちろう)…………!)

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