学祭巡り、そして宿敵
それから望月先生を抜いた僕ら四人は、創設祭を回った。
いろいろと見て回ったが、さすがは小中高一貫教育のエスカレーター校だ。出し物がとんでもない数あり、ハッキリ言って一日で、いや、二日かけても全部見て回れるか怪しいくらいだった。
現段階で、僕の中で一番印象に残った出し物を、いくつか挙げてみようと思う。
まずは、中等部二年五組の『お化け屋敷』。
正直言うと、全然怖くなかった。
真っ暗にされた『お化け屋敷』の内装は、捨てられて久しい洋館の内部をイメージしたもののようだった。ひび割れや蜘蛛の巣の張った洋館の内壁の描かれたハリボテが、入り口から出口までの道を作っていた。
洋館というコンセプトならば、ゾンビとか猟奇殺人鬼とか、米国のスプラッタ映画でありがちな洋風モンスターや危険人物などが定番なのかもしれないが、暗闇から出てきたのは…………左前に白装束を着て三角の天冠を付けた日本的幽霊だった。
そういう世界観がチグハグな所もそうだし、女幽霊の「うらめしやー、ですわー」とかいう怖いどころかむしろ可愛らしさすらある怨嗟モドキのせいで、全く怖がれなかった。
だがそんなチグハグな点が逆に面白がられたのか、お化け屋敷はそれなりに人が入っていた。
次に、高等部一年三組の『人形劇』。
題目は「三国志」。
ストーリーは僕の知っている三国志と変わらなかったが(多少の省略や脚色はあったものの)、特筆すべき点は、登場する英雄好漢たちがみんな女性化していた点だろう。
諸葛孔明が知的な眼鏡美人(あの時代に眼鏡ってあったの?)、曹操孟徳が妖艶な美女になっていた。
そんな変化球と、声を当ててる女学生の鬼気迫る演技も相まって、客席の密度は終始ほとんど変わらなかった。
次に、『葦野女学院武芸史研究部』の発表会だ。
発表された研究内容は以下の三つ。
——『陳元贇日本柔術開祖説』への批判的見解。
——明治期に絶伝した江戸三大流派の一つ『鏡新明智流』の技術的考察。
——塚原卜伝が開眼したという『一つの太刀』に関する考察。
客席には、年齢層高めな人が多かった。そんな人たちでも真剣に耳を傾け、時折うんうんと首肯を見せていたところを見るに、たかが学生の研究と侮れないものなのだろう。
ちなみに最後の『一つの太刀』に関する考察に対しては、塚原卜伝を開祖とする鹿島新当流を学ぶ卜部さんとしてはモノ申したいところがあったようで、挙手して自分の見解を述べた。
研究部の人達はそれに難色を示すどころかむしろ嬉々としてその意見に耳を傾け対応した。
卜部さんもそれを心地よく思ったようで口がどんどん動き、あっという間に卜伝談義と化した。
年配のおじさんの咳払いがなければ、延々と続けていたかもしれない。
他にもいくつかあったが、ひとまず割愛しておくこととしよう。
あっという間に時間は過ぎていき、お昼になった。
そろそろご飯が食べたいと思ったので、食べ物系の出し物へ行こうと考えた。
火を使って調理する類の食べ物は全て屋外だ。出来合いの物は屋内が多い。
とりあえずずっと屋内にいたので、屋外のモノを食べながらぶらつこうという方針で四人一致。
現在中等部校舎二階なので、一階へ向かうべく階段を目指して歩いていたその時——僕達は予期せぬ出会いを果たすことになった。
「————よぉ、どっかで見た顔だと思ったら、卜部峰子じゃねーの! なんで創設祭に来てんだぁ?」
男勝りな響きの強い、低めの女の声が、後ろから呼びかけてきた。
その声に真っ先に振り向いたのは、呼ばれた卜部さんだった。
その後に、僕ら三人も振り返る。
振り返った先には、三人組の女学生が立っていた。
まず目に入ったのは、次の情報だ。
……長身の女子。小柄な女子。その中間くらいの女子。
長身の女子は、少年と見紛うベリーショートの短髪が特徴的だった。
勝ち気な笑みが自然体であるかのような、気力に満ちた顔つき。
白いセーラー服を纏う五体は一見細く見えるが、よく見ると筋肉の密度が高い。そうとう鍛えられているようだ。
小柄な女子は、どう見ても日本人のソレではない、金髪碧眼と白皙の素肌が目立っていた。
西洋人形じみた可愛らしさと、猫じみた気まぐれさを同時に感じさせる顔の造作はどう見ても純粋な白人のソレ。青い瞳はやや吊り目がちだ。
生え際まで余すところなく金一色な長い髪は、二束の三つ編みにまとめられて両肩に乗っかっている。
そして最後に、その二人の中間くらいの背丈の女子は、いかにも純和風といった感じの美人であった。
漆塗りのように、艶のある深い黒色の長髪。
整ってはいるが、銀で滑らかに型取られているような、冷たさと硬さを感じさせる美貌。
見るからに厳格そうで、侮れない女性であると思わせる重々しい風格があった。
……そんな三人それぞれ異なる容姿をした彼女達ではあるが、共通の特徴が三つあった。
一つ、ヨシ女の中等部の制服である、白いセーラー服を着ているところ。
一つ、木刀を納めたホルスター付きのベルトを腰に着用しているところ。
一つ、左上腕に『清葦隊』という刺繍の刻まれた腕章をつけているところ。
——清葦隊!
「あなたは…………!」
卜部さんはというと、三人組の中の、短髪の少女へと視線を集中させていた。その顔は、驚きに満ちていた。
短髪女子は、顔に馴染んだ勝ち気な笑みをさらに深めて、煽るような、からかうような口調で言った。
「まさかあんたと今年の地区予選より先に、創設祭で会うとはなぁ、卜部ちゃん。ヨシ女にダチがいたとは知らなかったぜ。んで、どうよ? ちったぁ去年よか強くなったのかよ?」
「……あなたはどうなのよ。まさか去年と変わってないとか言わないわよね?」
「はっ、安心しとけよ卜部ちゃん。あたしも去年よりは腕は上げたつもりだぜ」
一触即発、とは言わずとも、緊迫した雰囲気を作り出す卜部さんと短髪女子。
短髪女子の方は完全に不敵な態度って感じだけど、卜部さんの態度は、なんというか……少し怯えているような感じがした。
僕は卜部さんにちょんちょんと肘打ちし、説明を求めた。
「えっと……あの人、知り合い?」
卜部さんは、どこか悔しさの混じった小声で言った。
「……大河内篠。『清葦隊』の、現隊長よ」
『清葦隊』——葦野女学院に存在する自警団。
学内の揉め事の取り締まりや、学祭の警備やらを行っている学生集団だ。
十一年前の日ソ戦中に、親ソ派による皇女の誘拐未遂事件が起こったが、それを未然に防いだ上に犯人を叩きのめしたのは、この『清葦隊』の隊士であるという。
そんな自警団としての性質の他に、『清葦隊』は撃剣部という顔も持っている。
撃剣部としての実力は文句無しに全国クラスで、毎年の天覧比剣の参加頻度もかなり多いとのこと。
そして、目の前に立つ短髪女子は、そんな全国クラスの団体のトップ剣士であるという。
僕らのコソコソ話は続く。
「じゃあ、強いんだ?」
「ええ。……私は去年の地区予選で、あの女に手も足も出ずに負けたわ」
卜部さんの口調に含まれる悔しさの響きが増えた。……そういえば去年の地区予選で、ヨシ女の剣士に負けたって言ってたっけ。
僕らのコソコソ話を耳にしたようで、短髪女子——大河内篠さんは反応を示した。
「残念な知らせをしておこうか、卜部ちゃん。あたしにとっても、あんたら富武中にとっても、残念なお知らせだ。——あたしはもう清葦隊の隊長じゃねーのよ。今のあたしの序列は、三番目だ」
「なっ…………なんですってっ!? あなたが、三番目……!?」
卜部さんが、大きく驚きを示した。
——『清葦隊』は、完全実力主義の集団だ。純粋な剣の強さによって、隊内の序列が決まる。
彼女らが女子校の撃剣部でありながら、全国に通用する団体であり続けている理由は、ひとえに、そんな隊内の実力主義にあるという。
……卜部さんは、決して弱くない。そんな卜部さんが手も足も出ないほどの剣士が、三番目だって……!?
僕らの驚愕に応えるように、無言だった残り二人のヨシ女生が前へ出た。
「葦野女学院清葦隊、副長——ギーゼラ・ハルトマン=牧瀬よ」
小柄な金髪碧眼の女子が、そう得意げに名乗り、
「葦野女学院清葦隊、隊長——天沢紫」
お硬そうな黒髪の美人が、淡々と、重々しくそう名乗った。
隊長、副長、序列三位……『清葦隊』の三強が、今、目の前に結集していた。
さらに言えば、三人とも、中等部の制服を着ている。
それは、つまり——
「あたしら『清葦隊』は、今年の天覧比剣でも優勝を目指すつもりだ。この三人でな」
大河内さんが、そううそぶいた。
卜部さんは、緊張で息を呑んだ。……大河内さんだけでも強いのに、それのさらに上をいく二人の剣士がいるというのだ。当然といえよう。
金髪碧眼の少女——ギーゼラ・ハルトマン=牧瀬さんが、僕らを眺めてニンマリ笑う。その顔はなんだか猫みたいだ。
「ふぅーん? アンタ達、富武の連中なんだぁ? …………ねぇそこの学ラン、アンタ名前は?」
「あ……秋津光一郎、ですけど」
僕がやや硬い声でそう告げると、牧瀬さんは「ふぅーん?」と微笑し、その猫っぽい碧眼を意味深に光らせ——右手を閃くように左腰へ疾らせた。
僕も思わず反射的に、左腰の木刀を抜き放つ。
かんっ!!
次の一瞬には、僕と牧瀬さんの木刀がぶつかっていた。
彼女が刺突を送ってきたのを、僕が『綿中針』の受けの太刀で外側へ退けたのだ。それでいて、いつでも突きに移れるように剣尖を彼女へ向けていた。
「……ふぅーん、良い反応するね。今のやつ『綿中針』っしょ? 大抵の至剣流は雑魚過ぎてお話にならないんだけど、アンタは骨があるみたいだね。きゃははっ! ほんのちょっぴりだけど富武の勝率上がったんじゃなぁい?」
甲高い声で一笑する牧瀬さん。
正直に言うと、小学六年生が無理やり中等部の制服を着たようにしか見えない、幼さが強く残る女の子だった。
……だが、その剣の腕は、明らかに普通ではない。一度切り結んだだけですぐに分かった。
なんて速さだ。一瞬でも反応が遅かったら危なかった……!
「——やめなさい、ギーゼラ」
そこで、お硬そうな黒髪少女——天沢さんが厳しい声音で静止を命じた。
牧瀬さんは白い頬を膨らまして不満を述べた。
「えぇー? 別に本当に当てるつもりは無かったし。寸止めのつもりだったし。それに木刀持ってる奴じゃなきゃ狙わなかったしー。天沢先輩ってば堅物すぎー」
「やめなさい、と言ったはずですが」
「……はいはい、わかりましたよーだっ」
命令を聞き入れたのであろう牧瀬さんは僕から身を引き、木刀をベルトのホルスターに納めた。
「隊士が失礼をいたしましたわ。どうかご容赦を」
天沢さんが僕の前へ出て、一礼してきた。
「い、いえ……防げましたし、本人も当てるつもりはなかったと言っていましたし……」
僕がそう謝罪の承認を示す。
天沢さんが顔を上げる。
だが、その途中で一瞬——彼女の漆黒の瞳が、射殺さんばかりに鋭く僕を睥睨した。
「っ」
まるで親の仇に向けるようなその眼差しに、僕は思わず息を引っ込めた。
だが次の一瞬には、彼女は鉄仮面のような顔つきに戻っていた。
「では、わたくし達はこれにて。創設祭の続きをどうかお楽しみくださいませ」
そう淡々と告げると、天沢さんは隊士二人とともに踵を返して歩み去っていった。
徐々に小さくなっていくその後ろ姿を見ながら、僕は確信していた。
——僕は「天覧比剣で優勝を目指す」と言ったが、それがいかに容易ではない道であるのかを。
女体化三国志の起源が江戸時代ってマ!?




