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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 二匹の秋津(トンボ)編
245/252

手の上の鴉

 ——それは、香坂(こうさか)伊織(いおり)富武(とみたけ)中学校へ駆けつけ、光一郎(こういちろう)の生命の危機を救う、およそ十分前のことだった。


 





 五月十九日を境に、次々と発見されている斬殺死体。


 最初は関東(かんとう)黒森会(こくしんかい)系の下部団体の構成員ばかりの死者だったので、報道は「極道組織の抗争」と決めつけていた。

 しかし伊織はその「殺し方」の共通点から、早い段階で『人斬り錦蔵(きんぞう)』こと久原錦蔵の仕業ではないかと疑念を抱いていた。……『人斬り錦蔵』もまた、先の集団脱獄で豊島(としま)拘置所(こうちしょ)から逃げ出した囚人の一人だったからだ。


 そして案の定、すぐに極道者以外の、似通った死に方の斬殺死体が出始めた。


 『人斬り錦蔵』には直接会ったことは無い。しかしそれでも「ある事情」から、伊織は『人斬り錦蔵』に対する遺恨のようなものがあった。


 それに、仮に『人斬り錦蔵』の復活であったとしたら、一刻も早くその所業を止めなければならない。でなければ、困る人物がいるからだ。……その人斬りを出してしまったがために風評を害し、絶えてしまった剣術。それを復活させんと頑張っている、伊織の友人が。


 しかし、そう意気込んで探し始めてはみたものの、手がかりや足取りはほとんど掴めずじまいだった。


 むべなるかな。伊織は剣が多少出来るだけの、ただの大学生なのだ。警察のような捜査能力も無ければ、嘉戸宗家のような優れた情報網も無い。探索はすぐに手詰まりとなった。


 それでも、伊織は足を止めたくなかった。こうしている間にも、あの人斬りは友人と同じ剣で人を殺して楽しんでいる。「その剣を復活させろ」と友人に発破をかけたのは自分だ。だからこそ、傍観者ではいたくなかった。ほとんど意地だけで動いていた。


 そんな実りが無いに等しい捜索に今日も没頭し、昼になった頃。


 千代田区神田(かんだ)の一角。そこにあるビルディングの間を縫う、濃い影の差した隘路へ入ろうとした時、言い争うような声を聞いて、思わず曲がり角で足を止めた。


「——お願いです、春川(はるかわ)さん! どうか私を、富武中学校へ行かせてください!」


 男とも女とも判別しづらい、中性的な声色。必死に訴えかけるような響き。


 さらに「富武中学校」という単語。……自分と同じ師に就く少年と少女の通う学校の名前。


 それに対し、太く、静けさのある男の声が短く答えた。


「なりません」


「何故です!? 私の至剣『八咫烏(やたがらす)』は、富武中学校を危険な場所だと告げているのです! あの方が通われている学び舎で、何かが起ころうとしています! 今すぐ駆けつけなければ、あの方が……!」


(——至剣だとっ?)


 聞き間違いではない。中性的な声は、確かにそう言った。


 至剣を会得している? こんな、聞くに幼い声の者が? いや、自分の周りには十一歳で至剣を使えるようになった天才少女や、一時的にだが至剣を使えた中学生という、至剣流の長い歴史において特異な存在が二人もいる……


 どんな見た目をしているのか今すぐ覗きたい衝動に駆られるが、ただならぬ雰囲気だったので、もう少し耳を傾けるにとどめることにした。


 太い男の声が、冷静に返す。


「危険ならばなおのこと、行かせるわけには参りません。どうか御身(おんみ)(わきま)え、賢明なる御判断を」


「ならば、私以外の方……そう、警察の方を、富武中学校へ向かわせてください! 今すぐに!」


「それこそ不可能でございます。「至剣」などという主観的根拠しか無い現状では、警察も動くことはありません」


「っ……とにかく、この手を離してください!! 私は行かなければ!!」


 さらに必死さを増した中性的な声に対し、太い男の声はどこまでも静けさを保っていた。


「私はいざという時は、多少手荒な真似をしてでも貴方様を止めるよう、あの方より仰せつかっております。極力、そのような真似はしたくはありません。どうか、何卒(なのとぞ)自制いただきたく————何奴(なにやつ)?」


 短く鋭い誰何(すいか)の声に、伊織は思わず身を震わせた。……気づかれた。顔を出して覗き込んでもいないし、気配も消していたつもりだったのに。


 ここで逃走しても良かったが、中性的な声の言っていた「至剣」が気になった。……「富武中学校が危険」という発言も。


 好奇心が勝ってしまった伊織は、観念して姿を現した。


 かくして伊織が目の当たりにした人物らの正体は……十代ちょっとくらいの少女と、四十くらいの男だった。


 前者は、誰が目にしても「美しい」と口を揃えるであろう美少女だった。

 静かな華やかさのある美貌。丸眼鏡の奥にある漆黒の瞳。太い一束の三つ編みとなった美しく長い黒髪。血管が透けそうな白い肌。さらに姿勢と佇まいも非常に整っていた。高貴な育ちであることを思わせる、品のある存在感。

 しかしながら、その装いはまるで少年のようだった。

 頭にかぶっているキャップ、着ているTシャツ、それらはどちらも人気特撮シリーズ『ベクターシリーズ』のアパレル品であった。履いているのもごく普通の短パン。

 清涼感のある気品に、そこらのガキみたいな装いという、チグハグな有様。まるで庶民に扮して街へ出たお姫様を思わせる。


 後者は、伊織よりも上背の高い男だった。

 スマートだが、ひ弱そうな感じが少しもしない、姿勢の整った体型。それを黒いスーツが整然と覆っている。

 坊主の一歩手前まで短く切られた髪。硬く通った鼻筋に、静かな気迫の宿る瞳が特徴的な細面。

 静けさがありつつも、近寄りがたい武張った雰囲気のある人物。


 伊織はまず、少女の方へ目を向けた。……至剣を体得していると述べていた声は、彼女のものだろう。大きな瞳を瞬かせてこちらを見ているその顔は、声に違わぬ幼く愛らしいものだった。


(ん? この娘のツラ(・・)、前にどっかで見たことがあるような……)


 既視感めいたものを感じながら少女の顔をジッと見ていると、もう一人の男の胴体がそれを遮った。


「何か、用でも」


 短く告げてきた男は、そこはかとない警戒姿勢を取っていた。左足前の立ち方となり、黒スーツの懐に右手を差し入れていた。


 その姿勢と動きを見ただけで、伊織の背中に冷や汗が流れた。


(……このおっさん、クソ強ぇ(・・・・)。今の俺じゃ刀抜いても絶対勝てん)


 先ほどの会話と、少女を守ろうと警戒を厳にしている姿勢から見て、あの少女の護衛役か付き人みたいな存在だろう。……となると、あの少女はやっぱり、それなりに社会的地位のある家の令嬢か何かということになる。


 これは慎重に言葉と態度を選ばなければ、面倒臭いことになる。


「悪い悪い。盗み聞きする気は無かったんよ」


 両手を上へ挙げながら、努めて無害な笑みと声でそう呼びかけた。腰の刀に手をかけるつもりは無いという意志表示。


 当然だが、男はなおも構えを解かない。


「そこのお嬢さんが、俺の知り合いが通ってる中学について言及してたもんでな。つい聞き耳立てちまったんだ。不快に思ったんなら謝って消えるよ」


 すると、少女は男の後方から、モグラ叩きのモグラよろしくひょこりと頭を出し、


「富武中学校に、お知り合いがいらっしゃるのですか?」


「あ、あぁ。そうなんだよ。だからその……富武がヤベェって言葉が気になってよ。それと……お前さんが至剣を体得してるって点も、な」


 少女が男の背後から出てくる。……流れるような美しい所作だ。


 男は「——んか、何を」と聞こえにくい小声で呼びかけるが、少女はそれをやんわり手で制した。


「案ずるに及びません、春川さん。——この方に、(よこしま)な思いはありません。私の『八咫烏』もそう告げております」


 柔らかくも、どこか逆らい難い厳かな語気で告げる少女。


 やりにくそうな表情を浮かべる男——春川というらしい——を背にし、少女は柔和な笑みを浮かべて、右手甲を前へ出した。……そこには何も無い。ただの白い素肌の右手甲だ。


「信じて頂けないかもしれませんが、私はこの年にして、至剣を体得しております。——今この手には、私にしか視えぬ(からす)が留まっております。名を『八咫烏』。この鴉は、私を命を失う可能性のある場所から遠ざけ、かつ安全に歩むことのできる「王道」を指し示してくれます。……今、この手の『八咫烏』が飛んでいないということは、貴方に害意が無いことの証」


 ——私にしか視えぬ鴉。


 伊織がそれを聞いて、即座に連想したのは、あの少年……秋津(あきつ)光一郎の至剣。


 彼の至剣も、「己にしか視えない金の蜻蛉(トンボ)」というものだった。その「金の蜻蛉」が描くのは、その戦いを勝利に導く「必勝の軌道」。それを己の剣尖で追いかけることで、その剣に「必勝」を付与する。


 この少女の至剣『八咫烏』とやらも、似たような至剣なのだろうか。


「そして、この『八咫烏』は今、富武中学校の周辺を避けて飛んでいる(・・・・・・・・)。それは——あの学校に、危険が迫っていることを意味します」


「危険だと?」


「はい。具体的に何が起こるのかまでは分かりませんが……あの学校で、これから「何か」が起ころうとしている。それだけは確かです」


 そこまで言うと、春川という男が何か言いたげに一歩出た。


 あの男の立場からして、この少女を危険な場所へ行かせたくないのは間違いない。


(なら警察にチクる? ……無理だ。通報の根拠が「至剣」じゃ、イタ電扱いが関の山だ。連中は明確な根拠が無きゃ絶対に動かねぇ。まして、まだコトが起こる前だ。今の段階で通報したとしても、コトが起こった後に容疑者扱いされちまう可能性もある)


 さらに伊織は、考察する。


 ……「危険が迫っている」という、危機感を煽りつつも曖昧な表現について。


 その「危険」として考えられるのは、一体何であろうか?


 ここ最近の帝都の情勢からして、可能性が高いのは。


(……人斬り事件)


 今もなお連日被害者が生まれている、その殺人事件。


 それが今まさに、富武中学校で起ころうとしているとしたら?


「——っ」


 考えた途端、伊織は切歯し、我知らず刀に左手を置いた。


 春川という男がそれに対して再び警戒を強めるが、またも少女が手振りで制止させた。


 ……彼女の手の上の『八咫烏』は、なおも飛び立っていないのだろう。


 こちらを見つめる少女の瞳。静謐で、誠実な、黒い瞳。


 伊織はその瞳をまっすぐ見返し、言った。


「行きたくねぇなら好きにしろ。——代わりに俺が行ってやんよ」


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