女中(知り合い)、そして不穏
僕のご先祖様は、会津武士であった。
ご存知の通り、会津藩は戊辰戦争において旧幕軍に属し、薩長軍との戦争に敗れた。
敗戦後、会津藩士は今でいう下北半島のあたりに作られた斗南藩に事実上の流刑となり、廃藩置県が行われるまでの一年半もの間極貧生活を強いられた。
僕ら秋津家もその例に漏れなかった。
秋津家は東京でどうにか持ち直したものの、それでも生活水準は今に至るまで庶民と何ら変わらない。
勇猛果敢かつ忠孝を重んじた会津藩士の末裔である、という誇りはもちろんある。
しかし現実的に、僕らはもう何ら特権も財も持たない、庶民の一家なのだ。
そう。そのはずなのだ。
「——お帰りなさいませ、ご主人様」
そんな100パーセント庶民であるはずの僕が、今、女中服を着た女の人達に、品良く迎え入れられていた。
その場所は、何もかもが洋風な空間だった。
まず目につくのが、天井から吊り下げられたシャンデリアだ。派手さや煌びやかさは無いが、簡素かつクラシックな雰囲気が感じられるデザイン。真ん中から四つに別れた先端のランプが部屋を照らしている。
ティーポットやカップといった茶器をガラス張りの戸に閉じた洋風食器棚、なんだか高そうな感じのする大きな油絵の収まった額、ちょっとした木製スツールの上に置かれた、上品に色とりどりの花がふんわりまとめられた鉢——それらを周囲に置いた内側には、これまた洋風なティーテーブルと椅子のセットがいくつもあった。
「どうぞ、お茶を用意いたしますので、こちらへお掛けくださいませ」
テーブルの一つへ上品かつ清楚に案内してくれたのは、ふんわりとしたロングスカートが特徴的な、白黒基調の女中服を身に纏った若い女性だった。
黒い生地のドレスの上から、フリルのついた純白のエプロンを纏った装い。頭部には、被るというより頭に挟み込むような感じの白いヒラヒラのある帽子。可愛らしさと高貴さの融合とも言える服装である。それを纏う彼女らの流麗な立ち振る舞いもまた、服装の上品さをさらに引き立てていた。
普段ベルトの左腰に差してある木刀を抜いてテーブルに立てかけ、椅子に座ると、すぐにまた別の女中さんがやってくる。手にはティーポットとカップ三つの乗ったトレイ。カップを僕らのテーブルへゆっくり乗せ、ポットの口を傾けてとぽとぽと紅茶を注いだ。深い甘みのある香りがただよう。
「ご要件がございましたら、なんなりとお申し付けくださいませ。では」
女中さんが綺麗に一礼し、優雅な足取りで去っていく。
僕は、自分のカップを手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。熱い紅茶をひとすすり。……甘い香りと、程よい苦味のコントラスト。
ふぅ、と一息。
そう、ここが住み慣れた我が家——
(——なわけがない。僕ん家は和室だ)
それに、僕一人だけじゃない。
他のテーブルにも、お客さんが座って、僕らと同じように優雅にティータイムしている。空いているテーブルは一つも無かった。
そして、僕のいるテーブルにも、連れが二人。
「……すっげー。ほんとに女中さんばっかりだわ」
その一人であるエカっぺが、店内を行き交う女中服の女性達を眺めながら、新鮮そうに口にした。
「わたし達のクラスがやってた「出し物」より、完成度は高い」
さらにもう一人、螢さんがいつも通りの可憐で抑揚に乏しい声で告げる。
二〇〇三年六月一日、日曜日、昼——僕達三人は、千代田区秋葉原の駅近くに来ていた。
目的は、今年に入って開店したこの場所「英風女中喫茶」に入るためであった。
喫茶店ではあるのだが、普通の喫茶とはちょっと違う。
名前の通り、近代英国の女中さんをモチーフにした装いと、それらしいうやうやしさのある接客でもてなしてくれる。
そんな風変わりな喫茶店は、今年の一月に開店するやたちまち帝都中で話題となり、半年近く経った今なお行列待ちが絶えない。……僕らも一時間近く並んでようやく入ることが出来た。
テーブル端にある品書きを三人で眺め、頼む品を決めてから、僕はもう一口紅茶を飲んで一息つく。ちなみにこの店、最初に出る紅茶一杯だけは無料なのだ。
その「最初の紅茶一杯は無料」という点といい、そもそも英国女中の格好で接客という形態といい……既視感のたいへん強い店である。
既視感の正体は、そう——去年。
葦野女学院の創設祭に行った時、螢さんのクラスがやっていた出し物「英国風女中喫茶」である。
周囲の調度品とかの用意はこちらの方が本格的に見えるが、接客形式はアレとほとんど同じなのだ。
——それもそのはず。なぜならこの「英風女中喫茶」は、その「英国風女中喫茶」が元ネタとなっているのだから。
この店のオーナーは、去年の創設祭でその女中喫茶に来て、そこで着想を得て、この店を建てたのだ。
ヨシ女の創設祭に入れるのは、その生徒からチケットを受け取った人のみ。そしてそういう人は僕らみたいな例外を除いて、上流階級とかの筋の良い人達である。着想を得てからの行動力も実現力もその辺の人より高かった。
結果、次の年の初めには準備を終えて、こうして開店できたというわけだ。
「あ、すみません」
僕が女中さんの一人を呼び止めると、即座に振り向き、整然としつつも柔和な足取りで近寄ってきた。紅茶の香りを連想させる慎みある笑みとともに、
「ご主人様、何かご用でしょうか?」
「え、あ……あの、この「アフタヌーンティーセットB」というのを頼みたいんですが」
「ご主人様」なる慣れない呼び方に少しドキドキしつつもそう伝えると、女中さんは「かしこまりました」と優美に一礼。
白黒のロングスカートをふわっと膨らませて踵を返し、歩み去っていった。
(…………ふむ。なるほど)
その後ろ姿を見送りながら……僕は店先にあった「アルバイト募集」の立て看板を思い出す。
それとなく螢さんに言ってみた。
「……螢さん、このお店、アルバイト募集してるみたいですよ?」
「すけべ」
「なんでさエカっぺ!? バイト募集してたって言っただけじゃん!」
「あんたの魂胆なんて見え見えよ。螢さんの女中姿が見たいって思ったんでしょうが」
エカっぺのジト目に気圧され肯定も否定も出来ない僕をよそに、螢さんは思案する仕草を見せ、
「女中喫茶は楽しかったけど、そこまで思い入れは無い。でも……それでお金がもらえるなら、やってみるのもいいかもしれない」
「でしょう!? きっと似合いますよ! いや、似合ってました!」
「もうちょっと本性隠せよ……」
検討する螢さん、鼻息荒げに勧める僕、呆れ果てた様子のエカっぺ。
それからしばらく待つと、
「——ご主人様、お嬢様、お待たせいたしました。アフタヌーンティーセットBでございます」
女中さんが訪れ、頼んだ一品をうやうやしい仕草でテーブルに置いた。
「「おぉ」」
僕とエカっぺは、庶民丸出しの声を同時に上げた。
花畑を思わせるお洒落な意匠に練り上げられた、鉄製の三段ケーキスタンド。
一段目にはひと口サイズのプチケーキ、二段目にはイングリッシュマフィン、三段目にはマカロン。いかにも紅茶と合いそうな品々だ。
……ちなみに結構高かった。費用は割り勘で出す予定。
ありがとうございます、と言おうと女中さんへ向いて……その言葉が止まった。
「それから、お紅茶のおかわりをお持ちしましたのでどう……ぞ………」
ティーポットで僕らのカップに紅茶を注ごうとした女中さんもまた、僕と目が合った途端に動きを止めた。
店内で絶えず動き回る女中さん達。貴族気分でティータイムをのんびり楽しむお客さん達。……その中で、僕らのテーブルだけが時間を止めていた。
「あなた……秋津君?」
女中さんの口から、俗世っぽい口調で僕を呼ぶ声?
「もしかして……韮山さんですか?」
僕もまた、彼女をそのように呼んでいた。
「あ、ほんとだ」「こんにちわ」……エカっぺがきょとんとした様子で、螢さんは普段と変わらぬ調子でそれぞれ女中さんに言った。
白黒基調のお洒落な女中服の一番上にあるのは、僕ら三人の知っている顔だった。
まず目につくのが、ヘアピンで前髪を持ち上げて露わになったつやつやのオデコ。斜傾した細い楕円形の銀縁眼鏡のせいでなんだか睨み目みたいな印象を受けるが、素の顔はなかなかの美人である。
そして今は、驚きで見開かれた瞳が楕円形の眼鏡の縁から若干はみ出していて、なおのこと素の顔つきが強く浮かんでいた。
——韮山喜恵。
学ぶ剣こそ違えど、僕らと同じく望月先生を師と仰いでいる香坂さんの……恋人である。
以前、香坂さんが恥ずかしそうに連れてきた事が何度かあったので、その時から面識があった。
「このお店で働いていたんですか?」
僕が思わず問うと、韮山さんはずいっと勢いよく僕の耳元へ口を寄せて、
「——もうすぐ私のシフト終わりだから、それまで待っててくれるかしら?」
そう静かに告げてから、また顔を引っ込める。そこには先ほどの驚き顔はすでに無く、女中然とした品のある微笑みが浮かんでいた。
素早く、しかし慌てた様子の感じられない整った所作で紅茶を三人のカップに注いでから、
「失礼いたしました。どうかごゆっくり、お寛ぎくださいませ」
韮山さんは深々と丁寧に一礼して、背を向けて綺麗な歩様で去っていった。
「英風女中喫茶」は、行列ができるくらいに繁盛していたため、それを考慮してか一組あたりの店内時間は三十分だった。なので僕らも三十分後にはお金を払って店を出た。
紅茶は美味しかったし、お茶請けのプチケーキやらマフィンやらマカロンも良かった。ただ……知り合いに会ってしまったせいか、女中さんにご奉仕されている、という気分が半減しまった感が否めない。
店を出ても僕ら三人は移動せずにしばらく店近くにて待ち、しばらくすると待ち人がやってきた。
その待ち人——七分袖シャツとジーンズ姿の韮山さんは、再会早々に両手をぱんっ、と合わせ、出しぬけに頼んできた。
「お願いっ。このこと、出来れば伊織君には黙っていてくれない?」
僕ら三人は顔を見合わせ、僕が代表して言葉を返した。
「このこと、というのは……女中喫茶で働いていたことですか?」
「そうっ」
「なぜです?」
「だって…………なんかちょっと恥ずかしいし。ああいう可愛いの、私とは無縁だったから。伊織君、どう思うかなって」
乙女っぽい懸念を見せる韮山さんに、エカっぺが面白そうに笑みを浮かべながら、
「大丈夫ですって。男子なんてみーんなスケベで単純ですから。むしろ、惚れ直すんじゃないっすかね」
「あの、エカっぺ、どうしてそこで僕を親指で差すのかな……」
「言わぬが花でしょ。……まぁ、言いたくないんなら、あたしらも口をつむぐつもりですけど。ね、二人とも?」
「あ、うん」「構いません」僕と螢さんは頷いて同意。
「……ありがとう。このことは、私の口から伊織君に言うから。それと……もう一つ、聞きたい事があるの」
韮山さんは表情を曇らせる。
「その伊織君について、なんだけれど」
「あいつが女中服好きかってことですか」
「違いますっ」
エカっぺの茶化すような発言を、韮山さんは頬を膨らませて否定してから、先ほどのやや曇った表情で問うてきた。
「——最近、伊織君、様子がおかしいの」
それを聞いた僕ら三人は思わず目を瞬かせた。
再び僕が代表して追求した。
「様子がおかしい、というのは?」
「うん。……最近、よくいなくなる事が多いの。一緒に帰るのとか、デ、デートに誘っても、きまって「用事がある」って言って。いつもどこかに行っちゃうの……」
「そうなんですか」
韮山さんが頷く。少し不安そうな顔で。
彼女の言葉で、僕も少し思い当たるフシを記憶の中から見つけ、それを口に出した。
「……そういえば香坂さん、ここ最近は望月先生のところに来る回数がめっきり減ってたなぁ。大学で忙しいからかと思ってましたけど」
「そうなのね。……それに伊織君、最近あんまり笑わなくなっちゃったし。どうしたのかしら。何か……悩みでもあるのかしら。心配だわ」
「……浮気してるんじゃないかって、心配してたり?」
エカっぺの歯に衣着せぬ発言に、僕は「エカっぺ!?」と思わず声を上げる。
案の定、追求して欲しくなかったのか、韮山さんが少し泣きそうな顔になってしまった。
僕はむぅっとした顔でエカっぺをたしなめた。
「エカテリーナ、君はデリカシーっていう日本語を覚えるべきだよ」
「いや、デリカシーは英語でしょ受験生。……まぁ、数ある可能性の一つってだけです。他の可能性もあると思います。脅すような事言ってすみませんでした」
エカっぺの謝罪に、韮山さんは「いいの……」と軽くかぶりを振る。
「私も、その可能性は考えてたから。……私、つまらない女だから。勉強ばっかりだし、恋愛経験も無いし、身持ちも固いし、男の子からしたら付き合っても楽しくない女だって、自覚はあるもの。だから、伊織君が私に飽きちゃったとしても……」
言いながら、どんどん表情を曇らせていく韮山さんに対し、
「そんなことありませんよ」
僕はやんわりと、しかしはっきり否定した。
「大丈夫です。香坂さん、柄悪そうに見えますけど、根は結構真面目でお堅いですから。浮気なんてしないと思いますよ」
「……そうなの?」
「はい。まぁ、万が一、億が一、浮気なんて真似をしてたとしたら……」
僕は目の前に右手を掲げ、それをギュッと握って拳にした。
「同じ男として、僕が香坂さんを一発殴りますから」
そんな僕を、韮山さんはきょとんと見つめてから、吹き出した。
「ふふふ、なぁにそれ。うふふふっ……」
見ると、エカっぺまでくすくす笑っていた。螢さんも、口元を片手で押さえていた。……僕は結構真面目に言ったんだけどなぁ。
ひとしきり笑声をこぼしてから、韮山さんは言った。さっきまでの曇りが無くなった、晴れやかに見える笑みで。
「ありがと、秋津君。私、伊織君のこと信じてみるね。……それに、思えば私達が付き合い始めたのも、伊織君が告白してくれたからだしね」
「「えっ、そうなんですかっ?!」」僕とエカっぺは揃って身を乗り出した。なんだそれ、初耳だぞ。
韮山さんは、ちょっと照れたニヤけ顔で、いたずらっぽい口調で語った。
「うふふ、そうなのよ。功隆の卒業式の日にね、校舎裏に呼び出されてね……『あんたの事が誰よりも好きだ。愛してるって意味でだ。あんたになら一生縛られても良いって思えるくらい、あんたが愛おしい。だから、これからも俺の側にいてくれないか』って。すんごい真っ赤な顔してね。ふふふ、言われちゃったの」
「「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜!」」
僕とエカっぺは互いの肩を掴んで色めき立った。
追求は続く。
「んでんで、あの二刀流野郎とは、どこまでいったんですか!? 大学生だから、もうキスくらいしたんじゃないですか!?」
「えっと……手を繋いだり、腕を組んだりはしたけど……キスはまだ、だわ」
「じゃあじゃあ、今度要求しちゃいましょうよ! 心配させたお詫びにチューして、って!」
「ええっ!?」
「いや、もういっそ押し倒しちゃいましょう! オトナの女の魅力で陥落させちまいましょう!」
「む、むりむりむりよ! そんなはしたないっ!?」
エカっぺと僕の交互に好き勝手言われ、韮山さんは顔を真っ赤にして困惑していた。……彼女には申し訳ないが、楽しくて仕方がない。どうして他人の恋バナって、こんなに面白いんだろうか?
「——あの」
僕らが嬉々としてさらなる質問攻めを浴びせようとしたところで、螢さんが不意に挙手。韮山さんを見つめていた。
韮山さんは小さく微笑み、
「何かしら、望月さん?」
「わたしからも一つ尋ねたいです。——香坂さんの様子がおかしくなったのは、いつごろからでしょうか」
思わぬ問いだったのか、それとも恋バナから真面目っぽい話に変更されて面食らったのか、韮山さんは目をぱちぱち瞬かせて、それから考える所作を見せて黙る。それから五秒くらいして、
「そうね……先月の、二十日くらいからだったかしら」
「二十日、ですか」
螢さんがおとがいに指を当てて考える仕草を見せたのとほぼ同時に、
「——おい、あっちの路地裏で、人の死体が見つかったんだってよ!」
……極めて穏やかならざる発言が周囲のどこかから聞こえてきて、僕は思わず左腰の木刀の柄に手を当てた。
見ると、周囲の人々の一部が、一つの道へと流れているのが見えた。
その方角から、何か嫌な騒がしさを感じる。
「……死体ですって?」
韮山さんのその言葉がきっかけになる形で、僕ら四人も周囲と同じ方向へと向かった。
人々の流れに乗って進むにつれて、人の密度が高くなってくる。騒がしさが増してくる。そこへさらに「ほら退がって退がって!」「見せ物じゃあないぞ!」「野次馬はお断りだ!」などといった自制を促す発言が声高に聞こえてくる。
薄暗い路地裏には不釣り合いな人垣。僕らもその一部となった。
人垣にわずかに出来た隙間から顔を出し、向こう側を見た。
身振り手振りと発言で退避を促す数人の警官。その後ろに壁のように張られた非常線テープ。さらにその向こうには……広い範囲で赤く染まったアスファルトと、シーツを被せられた「何か」。それらを中心に動き回る鑑識の人達。
——あのシーツを被った「何か」が、件の「死体」であることは、論を俟たない。
さらに、アスファルトを染めている赤色の正体も、また。
「……っ」
胸にもやりとした不快感が宿る。
視えずとも、想像できてしまった。
あの「死体」が、どのようにして「死体」になったのかを。
アスファルトの赤い部分から……いつかのバーカウンターで見た血溜まりを連想する。
「なんでも、首筋を切られて死んでたらしいぞ」「しかも、めちゃくちゃ綺麗な切り口で。あれは刀で斬られた跡だってよ」「マジか」「なんか最近そういう事件多くないか? 動脈をスッパリってさ」「でも、アレって死んでるの極道者ばっかりだろ? 抗争だろ抗争」「いや、最近じゃカタギの死体も出てきてるらしい」「……なんか、アレみたいだな。八十年代に帝都で起こった、連続人斬り事件に似てるよ」「もしかして模倣犯か?」「いや、豊島拘置所が最近破られて、死刑囚とかがたくさん脱獄したらしいから、もしかしたら……」「おっかねぇなぁ」「警察は何やってんだ」「戸締りはしっかりしとくかね」…………人垣から、口々に情報が出てくる。
「——ほら、いい加減にしろ! 見せ物じゃあないんだ! 帰った帰った!」
非常線の前で通せんぼするお巡りさんのその声に、僕は顔を引っ込めた。
連れの女性陣三人に振り向き、かぶりを振った。それで伝わったようだ。
「……韮山さん」
「ええ。分かってるわ望月さん。バイト先の子達にも、気をつけろって言っておくわ」
「さ、とっとと去ろ。あたしらがいつまでもここにいたって仕方ないわ。あとはオマワリの仕事よ」
エカっぺの言葉に、僕ら全員動き出した。
……その路地裏が見えなくなるまで、僕はしきりに事件現場を振り返っていた。
コウ君は恋バナ好きです。




