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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚
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二刀流②


 再び二メートルを越す威容と化した香坂(こうさか)の構え姿が、僕を圧壊せんとばかりに迫り来る。


 気をしっかり持て。これは錯覚だ——そう必死に自分に言い聞かせながら、僕は剣を構えた。

 右足を退き、剣を体の後ろに隠した「裏剣(りけん)の構え」。そこから始動させた型は『旋風(つむじ)』。全身に糸を巻きつけるような太刀筋をともない、香坂の威容へと突っ込んだ。


 腕力で無理やり振るのではなく、刀に宿る重みを操る意識で振れ——その教えのままに放った太刀筋は、しかし香坂の二刀によって受け止められてしまった。二刀の切っ尖を用いた、箸で掴むような受け方。


 受け止められたが、僕は気をひるませず、努めて冷静に迅速に状況を整理した。……両者の距離は、短木刀が届かず、長木刀が届くくらい。であれば次の攻撃は必然的に、あの長木刀を使ったものになる!


「——()()()()()()()?」


 しかし、香坂の行動は僕の予想を大きく外れた。


 二刀で挟んだ僕の剣を下へ押し下げつつ身を進め、額を僕の顔面にぶつけてきたのだ。頭突きである。


 視界に星が散る。気持ちが竦み、身がこわばる。


 ストロボを焚いたように明滅する視界の中で、右手の長木刀を内から外へ振ろうとする香坂の姿がちらついた。


「がっ——!?」


 右頬に細く硬い衝撃がぶち当たった。激痛とともに、強制的に左を向かされる。


 足から力が一瞬抜けて重心が崩れかけるが、渾身の気合で持ち直し、前へ向き直る——が、香坂の姿がそこには無かった。


 なぜ? 消えた? いや移動した。どこへ? 分からない。僕はさっきまで左を向いていた。もしかするとその一瞬の隙に右から回り込むように移動して——


「うおりゃぁっ!!」


 瞬時に予測を組み立てるや、僕は振り向きざまに木刀を振った。


 かぁん!! という木の快音。香坂の長木刀による太刀筋とぶつかったのだ。


 驚いた顔の香坂と視線が合う。その時、僕の木刀の切っ尖はまっすぐ彼の顔を向いていた。


 刺突を送り込む。しかし香坂は軽く頭の位置を動かすだけで回避。


 僕は香坂から目を一切離さず、思考をフル回転させる。

 次はどうする? 退がる? ——いやそれだとあの木刀で追い討ちをかけられる可能性がある。なら木刀で攻める? ——いやそれだと振りかぶるのに余計な手間がかかってそこが隙になる。

 それなら——


 僕は突き出した木刀を迅速に引き、腰を落とす。

 

「うぉっ……」


 その際、今なお触れ合った状態であった香坂の長木刀も巻き込まれ、一緒に下へ引っ張られる。それにつられて、香坂の体勢がかすかに前のめりになった。


 その顔面が前へ傾いた瞬間、僕は思いっきり腰を上げ、香坂の顔面に己の額からぶつかった。


「ごあっ!?」


 おでこに鈍い痛みを覚えるとともに、確かな手応え。それを裏付ける香坂の呻き。


 その体が夜天を仰ぐ。


「っ——ぉぉおおおおぁっ!!」


 だが、香坂はひるんでたまるかとばかりに雄叫びをあげながら、苦し紛れの回し蹴りを僕へ叩き込んだ。


 左上腕に重々しいひと蹴りを喰らい、横へ弾かれる僕。しかし足元をもたつかせながら、どうにか倒れずには済む。


 香坂も同じように、転倒をまぬがれた。


 両者の間に、再び互いの武器の届かない遠間が出来上がった。


「……っははっ。なかなかやるじゃねぇの。いよいよもってあの切紙野郎を超えてきたな。あいつは俺に一撃だって与えられなかったからよ。お前、もしかして目録持ちか?」


 心地良さそうに鼻血を手甲で拭う香坂に、僕は息を切らせながら言った。


「いえ……持ってません。それどころか、剣をまともに握ってから、まだ二ヶ月しか経ってません」


「…………っはははははっ!! マジかよ!? まだ二ヶ月!? マジかよっ!? ははははっ!! こりゃいよいよもって、目録云々はお飾り決定かぁ!?」


 ひとしきり大笑すると、香坂は再び二刀を構え直した。


「やっぱり、勝負を決めるのは(こいつ)だけだよなぁ? 剣を構えた相手に、立派な紙切れや高尚な理屈なんかひけらかしたって何の意味もねぇ。剣を止められるのは剣だけだ。武芸者たるもの、そいつを忘れたら終いだぜ」


 僕も反射的に構えを正す。


 その反応に満足げになりながら、彼はうそぶく。


 再び、その二刀の構えから、重厚な「気勢」が湧き上がった。


 先ほどよりも、ずっと大きく、香坂の存在の力を感じる。


 心音がひとりでに高鳴る。息が荒くなる。


 逃げ出したい気持ちが再燃する。


 それでも僕は、逃げず、「正眼の構え」を維持したまま香坂に相対し続ける。


 構えた切っ尖を通して、香坂の五体を見据える。


 気勢という不可視のベールの向こうにある、香坂の真実の姿。それを看破せんと、必死に視線を集中させ続けた。


「小休止は済んだだろ? そろそろウォーミングアップは終わりだ。……マジで行くぜぇ!!」


 目の前の香坂が、全長三メートルを超える巨人となった。


 無論、それは気勢にあてられた僕の錯覚だ。


 しかし、理屈では分かっていても、心音は早鐘を打ちまくる。


 それを我慢しながらひたすら香坂の出方を伺い続け——


「うわ!?」


 伸びてきた長木刀に腹を打たれた。


 打たれたどころか、木刀が僕の腹のある範囲を通過して突き抜けた。普通なら腹が裂けて(はらわた)がこぼれ落ちるが、裂け目どころか血の一滴も、まして痛みすら無い。


 そんな現実的説得力に欠ける光景に、僕は()()()()()()()()()と確信した。


 それを自覚した時には、もう香坂の右手の長木刀が左側に肉薄していた。


(たぁん)!!」


「が——」


 左上腕に硬く重い一撃を浴び、あまりの激痛に息が喉の奥へ引っ込む。


 香坂はまだ止まらない。鋭く身を寄せ、肩口から直接僕にぶつかってきた。


 先ほどの一撃に比べれば大したことはなかったが、体当たりの重みで僕は後方へ押し流される。


「水之巻に曰く「身のあたりのこと」ってなぁ」


 香坂の狙いは、僕の重心を不安定にさせ、なおかつ再び長木刀が最大限に威力を発揮する間合いへ僕を移動させること。


 後方へもたつく僕へ、二度目の長木刀の一太刀が、再び左側から迫る。


 ——そう何度もやられるか。


 かぁん!! 


 僕はやってきた長木刀を、間一髪防御した。


 だが、それで終わりでは無い。


 リーチの長い長木刀ばかりが活躍していたため、僕は失念していた。


 短木刀の存在を。


「ごぉっ——」


 右頬を、ソレで殴られた。


 気力が削がれ、意識が遠のきかけるが、それでも必死に意識を今に繋ぎ止め、足腰に力を入れ続ける。


 おそらく、次の攻撃は長木刀だ。そして香坂はそれをもう放っている。


 防御、早く防御を——


「えっ……」


 だが、長木刀は来なかった。


 短木刀さえも。


 それら二刀を一緒に、香坂は上段に持ち上げていた。


(たぁん)!!」


 二刀の太刀筋を交差させた壁のような太刀筋に、僕は全身を打たれた。


 鋭く研ぎ澄まされた重み。


 それによって僕は吹っ飛ばされ、とうとう仰向けに倒れてしまった。


 そして、宮本武蔵を流祖として仰いでいるこの香坂という男は、そんな絶好の隙を見逃さない。


「そこだぁっ!!」


 香坂は迷い無く、両の木刀を放り、倒れている僕へ踊りかかった。マウントを取って、殴打に徹するつもりだろう。


 なるほど。合理的な判断だ。


 木刀を自ら捨てたのは、至近距離では使いものにならなくなると判断したからだろう。触れ合うくらいの近さなら、木刀より拳で殴る方が速いし威力もある。


 僕が苦し紛れに木刀を振ったとしても、倒れている体勢では大した力は出せない。素手でも受け止められる。


 なるほど。合理的な判断だ。




 ——()()()()()()()()()()()()()()()い。


 


「が……っ!?」


 渇れた喉で驚愕を絞り出したような、香坂の呻き。 


 僕にのしかかってマウントポジションで殴打しに行くはずだったその男は、今なおそれをせず、()()()()()()()()()


 その右胸には、僕の木刀の切っ尖が突き立っており、地面と香坂との間を開くための()()()()()の役割を果たしていたのだ。


 当然、地に突き立った木刀に全体重を委ねてきた香坂の痛みは、言わずもがなである。


「て、めぇっ……!?」


 香坂が、驚愕と怒気を秘めた目で僕を見下ろす。


 その目には、僕の顔が映っている。


 さらにその中に映った僕の顔、そこに光る瞳にもまた、香坂の姿が鮮明に映っている。




 ————()()()


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