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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 短編集
223/252

「エカっぺ」という証《終》


 ——あれから、もう一年半か。


 ベッドから起床したあたしは、自分の部屋のカーテンを開けた。建物が並んで出来た稜線の向こうから、今年最初の朝日が輝く頭を見せていた。


 二〇〇三年という新たな年が、今日から始まった。


 体がブルリと震えたことで、布団の外の寒さを遅れて実感した。夢の中では春爛漫(はるらんまん)だったが、今は真冬である。


 ——そう。春爛漫だった。


「コウ……」


 ため息のように、好きな人の名前を呼ぶ。


 幸せな夢だった。


 瑞々しく、甘みに溢れていた記憶を、こんなに鮮明に思い出させてくれた。


 ……まだコウが、あたしだけを見ていてくれた頃の、幸せな記憶。


「……コウ」


 だからこそか。こんなにも心に隙間が出来たような、寂しく切ない気持ちも。


 ——一昨年(おととし)の八月、あたしの恋は突然終わりを告げた。


 コウが、(ほたる)さんに一目惚れしたからだ。


 あの頃からコウは、螢さんだけを追いかけるようになった。


 彼女に勝って結ばれるために、剣を取った。


 そして、コウはものすごい勢いで強くなった。


 嘉戸(かど)宗家現家元の三男を倒しちゃっただけじゃなく、あの天覧比剣にまで優勝して、おまけにロシア系の犯罪組織と手を組んで『神武閣(しんぶかく)事件(じけん)』を引き起こしたテロリスト『呪剣(じゅけん)』を斬り、多くの人を救った英雄となった。……躍進という言葉すら役不足に思える、とんでもない成長ぶり。


 日に日に強く、たくましくなっていくコウ。剣の稽古の影響で筋張った腕をたまに目にするたび、あたしはなんだかドキドキして変な気分になった。


 ……それが、螢さんへの想いの産物であると思うと、いっそう寂しい気持ちが増す。


 あたしの初恋は、もう、実ることはないのだろう。


 コウが『呪剣』を斬ったと聞かされた時……ううん、螢さんのために殺人剣を取る決意をしたと知った時点で、あたしはそんな現実を思い知らされた気がした。


「コウ……」


 だけど、あたしにそれに何かとやかく言う権利は無いし、言う気も無い。


 コウの心は、コウのものだ。コウが誰を好きになろうが、誰と幸せになろうが、コウの勝手だ。


 それに、たとえ別の人を好きになって、結ばれたとしても。


「それでも……あたしは、あなたが好きです」


 あたしは、部屋の壁に飾ってある額縁(がくぶち)に歩み寄る。

 ガラスの中に収まっているのは、緻密に描かれたオニヤンマの鉛筆画。

 一年生の九月、コウが「エカテリーナに持っていて欲しい」と譲ってくれた、二枚目の絵。

 あたしの、宝物だ。


 ——毎朝の習慣通りに、あたしはその秋津(トンボ)に軽いキスをした。












 ちなみに、今朝は初詣に行く予定が入っている。


 コウ、螢さんと一緒の三人だ。


 待ち合わせ場所は、秋葉原の近くにある神田(かんだ)明神(みょうじん)


「コウ、お待たせー!」


 すでに人集りの膨大な神田明神の鳥居前。そこから少し離れた場所に一人立つコウの姿を、あたしの目は確かに見つけた。手を振りながら、しかしのめり下駄を履いているので転ばないように気をつけて小走りする。


「——エカっぺ、明けましておめでとう」


 コウの新年の挨拶に、あたしも「あけおめ」と返そうとしたが、言葉が出なかった。


 ……コウの小袖(こそで)姿に、見惚れていたからだ。


 亜麻(あま)(いろ)の小袖と、岩井茶(いわいちゃ)(いろ)の羽織。模様が無いので派手さに欠けるが、静かな品を感じる色合い。


 昨夜の夢の中のコウだったら着物に着られている(・・・・・・)感じで笑えたのだろうが、今のコウには驚くほど様になっていた。剣の稽古で鍛えられたその身のせいだろう。小柄ではあるが硬い芯が入ったようにしっかりした佇まいで着物を貫き、我が物として身に纏っている。


 ——格好良い。


「エカっぺ?」


「へ? ………あ、あぁうんっ! あけおめ!」


 あたしは慌てて新年の挨拶を告げ、そっぽを向いた。


 今のコウを直視できない。目に映しただけでドキドキする。


 ……昨夜、あんな夢を見たせいだ。


 弱っちかった頃のコウの夢を見てたもんだから、今のコウがいつもよりずっとたくましく、格好良く見えてしまう。


「よく似合ってるよ。その振袖。エカっぺの金髪にぴったりかも」


「…………あ、ありがとっ……」


 その言葉に、あたしは舞い上がりたくなった。


 燕子花(かきつばた)の模様が入った振袖に、藤花(とうか)模様の帯という、紫系の色を基調とした意匠。

 金色という派手で目立つあたしの地毛と、紫という落ち着いた色。明るさと静けさを併せ持ったコントラスト……というのが、この振袖を選んだパパとママのコンセプトだ。

 それを褒められたので、まるであたしだけじゃなくて、あたしの家族まで褒められた気分になり、すごく嬉しかったのだ。


「コ、コウも、その……」


 かっこいいよ、というセリフが、喉元でつっかかってなかなか出てこない。どうしてだろう。


「——お待たせ」


「きゃぁ!?」


 突然割って入ってきたその声に、思わずあたしは飛び上がった。


 振り返ると、そこにはいつの間にか螢さんが立っていた。履いているのは下駄だというのに、足音がしなかった……!


「お、脅かさないでよ……!」


「驚かせたつもりはないけど、ごめんなさい」


 螢さんがそう謝る。銀の鈴が鳴るみたいに綺麗な声だが、抑揚に乏しい。


 あたしは螢さんの姿を再確認して、思わず目を大きく開いてため息をもらした。


 ——すごく、きれい。


 深い赤の地色に立葵(たちあおい)牡丹(ぼたん)といった花の絵柄が大きく色鮮やかに描かれた振袖と、金色の帯。

 長い黒髪は後頭部で丸く纏められ、赤い椿(つばき)花簪(はなかんざし)が貫いている。


 赤い着物と簪に、黒く綺麗な長い髪は、とても映えていた。まるで椿の精みたいな純和風の可愛らしさ。……こんな綺麗な女の人が無敗の女剣豪であるという話を、初見の人は信じられまい。


 同性であるあたしでも、見ていてドキドキするくらい美しいのだ。


 男であり、しかも彼女にベタ惚れしているコウの反応たるや言うに及ばず。


 コウはほんのり赤い顔で、螢さんの晴れ姿に目を奪われていた。まるでコウに流れる時間だけが止まったように硬直している。


「……似合ってる?」


 螢さんがいつもの無表情でそう尋ねると、コウは「は、はい!」と慌てて肯定してから、


「あの、螢さん……ちょっとその場で、くるっと一回転してもらえますか」


「こう?」


 螢さんがくるりと一回転。空中で優雅に舞う赤い袖と巾着袋。


「…………今年は、良い年になりそうだ……」


 コウはそれを見て、今にも昇天しそうなほど夢見心地な笑顔を浮かべていやがった。


(こっの……なにデレデレしてんのよ…………やっぱムカつくわ……!)


 相変わらず蹴りを入れてやりたくなる顔だ。表情にはっきりとバカとエロが露出している。


 こいつを少しでも格好良いなんて思ったあたしがアホだった。


 ——やっぱり、秋津(あきつ)光一郎(こういちろう)はこうでなくちゃ。


 こういうバカな所も含めて、あたしはきっと惚れたんだと思うから。


「ほら! エロ顔してないで、とっととお参り行くわよ! 人多いんだから!」


 あたしはコウの背中を叩き、そう促した。


 ……小さいが、樹幹のように密度の高い背中だった。








 流石は神田明神だ。鳥居から境内まで、参拝客が寿司飯みたいに多かった。甘酒やおしるこなどを売る出店の類が並んでいるのもまた一因してるのだろう。


 御神殿の前に来るまで、二十分くらいはかかった。


 青灰色の屋根の下に朱塗りの柱が立ち並ぶ、大きな権現造(ごんげんづくり)の御神殿。一見すると昔ながらの伝統建築に見えるが、螢さんが言うには一九三〇年代に竣工(しゅんこう)された鉄筋コンクリート製とのこと。言われないと気づかない違和感の無さだ。


 あたし達三人は横一列に並び、賽銭箱に小銭を入れた。


 手を二度叩き、御神殿へ一礼する。


 ——神田明神の祭神の中には、大己貴(おおなむちの)(みこと)もいる。大国主(おおくにぬし)(のみこと)の別名だ。


 大国主命は、国造りの神として有名だ。

 一方で、島根県の出雲大社(いずもたいしゃ)では、縁結びの神としても崇められている。理由はよくわからないけど。

 だけど、ここにその大国主サマがいるのは、ちょうどいいと思った。

 一つ、お願いしたいことがあったから。


 あたしは、柄にもなく神様に祈った。


(——どうか、今年も、コウと同じクラスになれますように)

 

 たとえ結ばれないとしても、彼の側にもっといたいと。

 

短編のエカっぺ編、これにて完結となります!

そして短編集もこれにて終了!


さて、最終章となる第三章の進捗ですが……難航してございます。

ですが「どういう話か」という大筋は出来上がっておりますゆえ、あとはそこへ少しずつ理屈をくっつけて補強していくのみです。

サボってはおりませんので……!


また、エタったという勘違い防止のため、再び今作の設定を一時的に「完結」とさせていただきます。

コロコロ変えて申し訳ありませんが、何卒ご了承願います……!


ではでは、またお会いいたしましょう。





by新免ムニムニ斎

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