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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 短編集
221/252

「エカっぺ」という証《八》

 誰も助けてくれる人が周りにいなかったあたしは、自分で自分を守るしかなかった。


 だからこそ、必然的に喧嘩慣れした。


 もとよりいじめなんかやってくるような奴に、正論や話し合いは徒労でしかない。暴力に訴えるのが最も有効な交渉法だ。そしてあたしはどうやらそっちが向いていたらしい。


 そういう理由から、あたしには一対一、または一対多数の喧嘩の心得がそれなりにあった。


 あたしが五対一という数の不利でも落ち着いていられるのは、それも理由であった。


「ィヤァァァァ!!」


 男子の一人が放ってきた一太刀を、あたしは防ぎながら後退。それから背中を見せて走った。


 追いかけてくる四人。


 その中から一番先にあたしに近づいて来た男子に狙いを絞り、あたしは木刀を放った。その一撃はそいつの木刀を横へ弾き、そこからバウンドするような感じで軌道を変化させて今度は胸部を打った。


「がっ——」


 あたしの『浦波(うらなみ)』を受けたそいつは短い苦悶の呻きを吐き出して後方へたたらを踏む。それと入れ替わる形でまた別の男子があたしに攻めかかってくる。


 それに対し、あたしは再び背を向けて突っ走った。


「逃げるな、この卑怯者!!」


「どっちがよ!!」


 相手の抗議を、あたしは即座にそう断じ、逃げ続ける。


 再び突出してきた男子一人にまた狙いを定め、振り向きざまに蹴りを放つ。


 靴裏の踵を手元に撞木(しゅもく)のごとく叩き込まれたそいつは、後方を走っていた小島を巻き込んでドミノのごとく倒れ、もつれ合う。


 さらに、あたしがさっき『浦波』で打ち据えた男子が、苦痛を堪えながらも再びあたしの前へ躍り出た。


 それに対してあたしはもう一度走り出し、そいつが他の奴より突出してきた瞬間、全身に糸を巻くような太刀筋を振り放つ。その太刀筋は二回転。一回転目で木刀を弾き、二回転目で左の二の腕を打ち据えた。『浦波』と並んで競技撃剣で人気の高い、至剣流の『旋風(つむじ)』である。


 二度目を食らったそいつは苦痛で片膝を付く。


 あたしはまた走る。


 数の魔力に惑わされず、追いかけて突出してきた一人だけを狙って素早く剣を放ち、応戦し続ける。


 ——あたしが知る、一対多数の戦術は、効果を発揮していた。


 多数の敵を少数で相手にする場合は、逃げ回って、追いかけてきた多数から突出(・・・・・・)した少数(・・・・)を倒していけばいい。


 経験とひらめきで得たそんなあたしの戦術は、なんと宮本武蔵の五輪書にも書いてあったようだ。確か「(かど)にさわる」とかいったか。


 ここが広々とした屋上で良かったと、あたしは幸運に感謝した。


 そんな感じで、あたしは戦える相手を減らしていき。


 やがて、まともに直立しているのは二人だけになった。


 例の性悪(しょうわる)兄弟だ。


 敵も馬鹿ではないようだ。


 そこまで数を減らせば、あたしの企みも流石にバレたようだ。執拗に追いかけてくるのをやめ、その場に立って剣を構えていた。


 しかし、あたしはむしろそれも幸運と捉えていた。……いくら体力に自信があっても、走り続けてれば息も上がるからだ。


 額の汗をセーラー服の袖で拭い、呼吸を懸命に整えながら、あたしは兄弟の出方を待つ。


「——すまん、姉貴。ちょっと引っ込んでてくれ。こいつには、俺個人の因縁がある」


 弟である小島(こじま)が、姉貴の丸山(まるやま)にそう告げると、一人で剣を構えてあたしへ歩み寄ってくる。


「この間の撃剣授業の雪辱、ここで晴らしてやる」


「だったらハナからそうしなさいよ。今更剣客ぶんな」


()かせっ!」


 小島が飛び出してきた。後方から反時計回りに太刀筋を纏うその剣は『旋風』。


 あたしは木刀の両端を持った中取りの持ち方にし、それによって小島の一太刀を受け止める。硬い感触が木刀から手根、足底にピリッと伝わった。


 小島の剣はそこで止まらず、剣を垂直にして引っ込めるや、即座に上段からまっすぐ振り下ろしてくる。

 あたしはそれも中取りの状態で上段で一文字受けする。

 そこでさらに小島の剣はまた引っ込められ、その過程でこちらへ向けられた剣尖が間髪入れずにあたしの胸へ迫る。……確かこの動き、至剣流の『(もず)()贄捕(にえとり)』だったか。


 あたしは迅速に身を捻って、紙一重でその突きから我が身を逃す。そのまま小島の右側面に入るが、そこからの反撃を許さじとばかりに小島が鋭く振り向きながらの一太刀。それもまたあたしは防いだ。


「へぇ、前よりやるじゃない! ホントに最初から一人で来れば良かったんじゃないのっ?」


「口が減らない露助(ろすけ)がっ!」


 切り結んでいた木刀同士を滑らせながら、小島はあたしの左前に移動。右上段から左へ袈裟懸けに剣を放つ。


 あたしはわずかに足元を浮かせながら、全身を左へ切る(・・)。その体捌きで瞬時に成された立ち位置の移動は、小島の一太刀からあたしを紙一重で外し、あたしの木刀を小島の左腕に直撃させた。至剣流『浮木(うきぎ)ノ太刀(のたち)』である。


「ぐ……!」


 苦痛を呻きとして漏らし、小島は一瞬怯むが、負けるかとばかりに再び気勢を呼び戻して剣と足を動かした。


 だが、その足が一歩で重心を移すのとタイミングを噛み合わせる(・・・・・・)形で——あたしもまた一歩踏み込み、小島の左胸に剣尖を打ち込んだ。


「がっ——!?」


 お互いの体重がぶつかり合う。しかしあたしは体ではなく剣尖で重みをぶつけた。結果的に重くも鋭い苦痛を味わうのは小島だけだった。


 今度こそ痛みで目が白黒している様子の小島の側頭部へ、あたしは渾身の回し蹴りを叩き込んだ。


 長い脚を活かした、しっかり腰を入れた蹴り。それを食らった小島は横転した。


「っ……ぐっ……!」


 呻きはするが、立ち上がろうはしない。すっかり戦意を失った様子だった。


「……いけね。スカートで回し蹴りはマズかったかしら」


 もうすでに遅いが、あたしは思わずスカートを押さえる。小学校と違ってもうスカートなのだ。高い蹴りはこれからは控えることにしよう。


 そんな場違いなことを考えていたからだろう。


 横から勢いよく迫ってくるもう一人に、あたしは少し反応が遅れた。


「ヤァァァァァ!!」


 妄執が混じったような掛け声とともに、丸山が踊り出てきた。


 大上段に剣を振りかぶっていたのが一瞬見えたので、あたしもまた剣を上段に構えながら全力で後方へ跳ねた。


 反応が少し遅れたとしても、攻撃を我が身で受けるのは避けられた。——木刀が、半ばから真っ二つになるだけで済んだ。


「——は?」


 真っ二つ。


 そう、確かにあたしの木刀は、半ばから分断されていた。綺麗な断面。

 

 あたしは思わず丸山の得物を見た。


軍刀(・・)……!?」


 そう。

 日本帝国軍で配られる、官給品の軍刀だ。

 (こしらえ)は海軍仕様。

 今や戦場での役目を終え、将校のシンボルマークでしかなくなった軍刀だが、それでも実用を重んじる軍用品である。美術的価値はほぼ皆無だが、斬れ味が非常に鋭く、腐食や塩害にも強い。


「……前の三年生が、ふざけて学校に持ってきて、そのまま給水タンクの下に忘れていったものよ」


 丸山が、憎悪で軋んだ声で軽く説明した。……よく見ると、その海軍式の拵はだいぶ(すす)けており、ステンレス製刀身のあちこちに小さな(さび)がぽつぽつ付いていた。しかし潮風に晒される海軍の軍刀だ。その耐食・防錆(ぼうせい)性は言うに及ばない。長期間タンクの下に放置しても、木刀を大根みたいに斬ってしまう威力を保てている。


「ロシア人を斬るのには、おあつらえ向き(・・・・・・・)の刀だわ」


 鋭く細められた眼の奥には、研ぎ澄まされた憎悪が剣呑に光っている。


 背筋に嫌な寒気が走る。


 さっきの一太刀……あれは脅しじゃない。完全にあたしに当てる(・・・)気だった。


 小島が呻く。あたしと同じく、その顔は驚愕に満ちていた。「まさかそこまでするとは」と言わんばかりに。


「ま、待て姉貴……流石にそれはマズい!」


「うるさいっ! こいつらのっ、こいつらのせいで、お父さんとお母さんはっ…………うああああああっ!!」


 ドス黒い瞋恚(しんい)で濁った絶叫のまま、丸山はあたしに猛進してきた。


 あたしは後退しながら、木刀の片割れを投げる。だがあっさりと軍刀で弾かれる。


 丸山はさらに勢いを強め、軍刀を振りかぶりながら大きく近づいてきた。


 あたしは、丸山の間合いに入った。


 マズい。これは、斬られる——あたしが鮮血を悟った、その時だった。


「わ————っ!!」


 丸山の横合いから、秋津(あきつ)が声を上げながら勢いよく体当たりをぶちあてた。


 秋津の小柄で華奢な体でも、体ごとぶつかればそれなりの衝撃がある。丸山は屋上の床に転がった。


「ごめん伊藤(いとう)さん、手出しちゃった!!」


「許す!!」


 あたしは秋津に軽く応じてから、転がった丸山へ素早く近づき、軍刀を奪いにかかる。


 丸山も抵抗するが、あたしはそれでも強引に軍刀を奪取。


 そして、丸山の両腕が開いたその瞬間に、両の二の腕に両膝で乗って体重をかける。


 奪い取った軍刀の剣尖を、真上から丸山の顔面へ向けた。


「ひ……!?」


 丸山の表情が一気に恐怖の表情を浮かべたのは、きっとあたしが「()る」って目をしていたからだろう。


 そう、あたしは間違いなく、「そういう目」をしていた。




くたばれ(ウミリツ)」 




 がぃんっ!! という、尖った金属が石材を穿つ音が響いた。


 あたしが真っ直ぐ突き下ろした剣尖は……丸山の左耳の、少し上にズレた床面に刺さっていた。


 ミスったわけじゃない。ワザとだ。


 しかし切っ尖三寸まで埋まっている。もしもこれがもう少し下だったら、間違いなくこの女の左耳は無くなっていただろう。


「……あたし、あんたの事、嫌いじゃないわよ。他の有象無象と違って、自分の心で(・・・・・)怒ってるんだもの(・・・・・・・・)


 急にそんな言葉をぶつけられて、丸山は当惑した様子となる。


 だが、すぐにまた恐怖で青ざめることになる。


 あたしは軍刀から両手を離した。

 指先で両耳、鼻と頬、そして口元という流れで撫でてから、両手で顔を挟むように掴む。

 キスできそうなくらいにまで顔を近づけ、眼球を舐めるような湿っぽい口調をことさらに作り、告げた。


「いい? もう二度とあたしに関わらないでよね。もしそれを破って、あまつさえ秋津にまた手出しなんてしたら…………殺しはしないけど、耳か鼻くらいは()ぐから。あたしにはそれが出来るわよ。だって、あたしは凶暴な鬼畜露寇(きちくろこう)だもの。(ひぐま)の穴に自ら入るほど、あんたらは馬鹿じゃないわよね?」


 この国の有害な異物として、相応しい言葉を。


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