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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 短編集
210/252

雑草のケジメ《八》

 (ほたる)を引き連れて伊織(いおり)がやってきた場所は、岩本町の玄武館(げんぶかん)跡地にある公園だった。……そう、「玄武館公園」という通称で呼ばれていて、今では蘇った『雑草連合』の根城と化しつつある場所だ。


 時刻はまだ午後五時になったばかりだが、冬であるがゆえの陽の短さと、その太陽も西の彼方にある稜線(りょうせん)のようなビルディング群に早く隠れてしまうため、すでにこのあたり一帯は薄暗い。「玄武館公園」の街灯も光っていた。


 その街灯が生みなす、ぼうんとした明かりに照らされるのは、公園に入るにはやや多めな人だかり。全員が十代を抜け出ていない若者であり、木刀で武装していた。


 そして、公園のベンチに玉座のごとくどっしり座る、この群れの親玉。


「——また来たのか」


 その親玉……鈴代(すずしろ)辰之進(たつのしん)は伊織の顔を見た途端、ひどくいとわしそうに顔を歪めた。


 一方で、他の『雑草連合』のメンバーは、ぼんやりと伊織の方を見ていた。……否。厳密には伊織ではなく、その隣にいる螢に目を奪われていた。武張(ぶば)った若者の群れの中には到底場違いな、静かな上品さを誇る美貌。おまけにその制服はお嬢様学校と名高い葦野女学院(ヨシ女)のものだ。まさに掃き溜めに(つる)


「なんだ香坂(こうさか)、その別嬪(べっぴん)はよ? 今日は自分の女でも見せびらかしに来たか? それとも俺にお嬢様でも献上してくれんのか?」


「——言葉に気ぃつけろ、チンピラァ」


 義理とはいえ師の娘を揶揄(やゆ)され、伊織は思わず怒気を放つ。


 他のメンバーがその気迫に思わずたじろぎ、辰之進もやや口元を引き結んで緊張を表情に表す。


 だが伊織はすぐにその怒気を引っ込め、淡々とした口調で告げた。


「今回は、お前に用があって来た」


「用ってな何だよ? 『雑草連合』を解散しろ、って話ならとっとと消えな。聞く耳を持たねぇよ」


半分は正解だ(・・・・・・)


「……あ?」


 伊織の意味深な口ぶりに、辰之進は怪訝な表情を浮かべる。


 伊織は両腰に携えた二刀一対を撫でながら、辰之進に告げた。




「——タツ。俺と勝負しろ」




 螢を除いて、全員が驚いた顔をする。


 だが辰之進はすぐに訝しむ顔をした。


「勝負だと?」


「そうだ。俺とお前、一対一(サシ)での勝負だ。……もしも俺が負けたら、金輪際お前らとは関わらない。だが俺が勝ったら、この『雑草連合』は即日解散してもらう。当然、口約束でなく、起請文(きしょうもん)も間に挟んだ上での勝負だ」


 伊織の申し込んだ「勝負」に、辰之進はしばしポカンとしてから、大笑した。


「ははははははっ!! 何を言うのかと思えば! 連合を解散しろって要求よりもくだらねぇ内容だったわ!! はっはっはっは…………!!」


 ビンの中の水を捨てきるように笑いをすぼめていき、やがて侮蔑の眼差しを伊織に向けた。


「誰が飲むか。んなクソみてぇな勝負なんざ。そもそもなんでテメェなんかと起請文を交わさないといけねぇ? ふざけんなよ半端者が。……おい」


 少年達が、物々しい雰囲気に変わり、伊織に近づく。


 螢が、伊織を庇うように前へ出た。


 一番最初に出てきた大柄な男が、その螢の美貌におもむろに片手を伸ばす。子供と大人ほどの体格差は、まるで美しく花を咲かせる山野草を手折(たお)ろうとする(ひぐま)を想起させる。


「うおっ、近くから見るとますます可愛いねぇ。なぁ、俺らと遊んでくれるんなら、痛くしないか——」


 が、その手が触れる直前、男の大きな図体が一瞬で横転(・・)した。


「…………は?」


 集団の中から、訳が分からないと言いたげなそんな声が漏れた。他の少年達も声には出さずとも、同様の顔で唖然としている様子だ。


 連中から見れば、螢に触ろうとした男が、勝手に勢いよく横倒しになったようにしか見えなかっただろう。彼らから見て、螢の姿は男の背中にすっぽり隠れていて全く見えない。


 位置的に螢の姿が見える伊織にも、そのあまりの早業(・・)を途切れ途切れにしか見えなかった。


(…………相変わらず、怖ぇ女。こんなのにデレデレし続けられるあの小僧(・・・・)()せねぇわ)


 螢は、男の鎖骨のくぼみ(・・・)にある急所「村雨(むらさめ)」を指で刺激して激痛を与え、怯んだその瞬間に足を鋭く払って横転させたのだ。

 最小限の動きで大きな護身効果を発揮する、帝国制定柔術の一技法。

 だが、これほど速く、見事な一手は見たことが無い。

 伊織は引きつった微笑を浮かべずにはいられなかった。


 今なお倒れたまま動かない男。その口をあんぐりとさせた表情は、痛みではなく驚愕の方が優っている様子。そんな男の手からおもむろに木刀を掠め取り、悠然と構える。


 「なんだ、この女……?」といった困惑の声が続々上がるのに対し、伊織は声高に告げた。


粉かける(・・・・)んなら、まず名前訊いてからにしとけ。——そいつは望月螢だ」


 少年達が総じて大きくざわついた。


 剣に関わる者で、望月螢を知らない者はほとんどいない。

 日本国内でも数少ない至剣流皆伝者。

 あらゆる剣術達者をその天才的剣技であしらってきた、無敗の若き女剣豪。


 その女剣豪が、銀の鈴めいた、綺麗で感情の含有の薄い声で告げた。


「勝負に応じないというのなら、無法な喧嘩ということ。そしてそうなった場合(・・・・・・・)わたしも参加する(・・・・・・・・)。——言っておくけど、わたしはあなた達が全員で束になって来ても、一人で勝てる」


 その言葉には、凄まじい説得力があった。


 だが、それを理解出来ない間抜けも中にはいる。


「舐めんなこのアマぁっ!!」


 先の発言に逆上した男が一人、螢へ向かって身と木刀を進め——螢の剣の間合いに入った瞬間、その木刀が手元から消え失せた(・・・・・)


 唖然とする男。

 遠くから聞こえる「ころん、ろん」という木片の転がる軽やかな音。

 それらを引き起こしたのは、螢の剣だった。

 振り向いて剣を向ける動作に『石火(せっか)』の力を紛れ込ませ、それによって木刀に一瞬生じた強烈な振動で相手の剣を弾き飛ばしたのだ。

 練り上げられた『石火』の威力と、『石火』本来の動きを崩してなおその威力を十全に出してのける巧みな剣腕が、本物の望月螢であるという証左として雄弁に働き、もう誰一人として異論を挟まなくなる。


 ——螢を連れて来たのは、このためだ。


 無法である「喧嘩」になった場合、絶対に勝ち目が無い。

 そのことを相手に分からせ、尻込みさせるための抑止力。

 そうすることで、伊織の「勝負」を受けざるを得ない状況に追い込むための強制力(・・・)


 その効果は、伊織が期待していた以上だったようだ。辰之進の浮かべる苦々しい表情が、それを物語っていた。


「香坂ぁぁっ…………!」


「で、どうするよ? 受けてくれるのか? 勝負を」


「堕ちるところまで堕ちやがったなぁっ……!! 至剣流の手を借りやがるとは……!!」


 ——やはり、そう思うか。


 散々腐し、なじり続け、敵と認識してきた至剣流の力をこのように都合良く利用してきたことに、辰之進は憤っている。


 強制力として機能はしても、感情面では割り切れないだろう。


 たとえこの状態のまま「勝負」に臨んで、伊織が勝ったとしても、わだかまりが残るに違いない。


 だからこそ。




「タツ、俺はここで掛け金を追加させてもらう。——もしもこの勝負で俺が負けたら、その時は俺は剣から足を洗う。俺の片腕を(・・・・・)ぶった斬ってな(・・・・・・・)




 今度は『雑草連合』だけでなく、螢までもが微かな驚きを見せた。


 魚のように目を見開いて驚愕を見せる辰之進が、うわごとめいた口調で言う。


「…………なに、言ってんだ。それがどういう意味か、分かってんのか?」


 伊織は、ニヤリと笑った。……かつて『雑草連合』の先陣を切って暴れていた頃と、同じ笑みだった。


「当たり前だろ。二度と二刀流なんか出来なくなる、って言いたいんだろ? ——だからこそ(・・・・・)だよ。それくらいのモンを賭けなきゃ、俺の本気と覚悟を示せねぇだろ? お前らが『雑草連合』に対して本気なように、俺もそいつを解散させようってのに本気だってことだよ」


 そこで、螢が軽く脛を蹴ってきた。


「——香坂さん。わたし、こんなことは聞いていない」


 その声と口調はいつもと変わらず静かだが、いつもより若干細められた彼女の瞳が、抗議の意を示していた。


 伊織は、済まなそうに微笑んだ。


「すまんな、お嬢。だが……こうしないと、解散させること(・・・・・・・)しかできねぇ(・・・・・・)


 そう。

 たとえ勝負に勝って解散しても、連中の心や未練までは救われない。

 連中の未練を完全に破壊するために、伊織もまた大きな覚悟を示したのだ。


 これが、伊織の——雑草の親玉としてのケジメだ。


「……でも」


「頼む。俺だって、負けるつもりで来たわけじゃねぇんだから」


 伊織と螢は、しばし視線を強くぶつけ合う。


 しばらくして、螢が目を閉じ、静かに言った。


「——負けたら許さない」


「おうよ」


 伊織は快く微笑し、前へ歩み出した。


 己の覚悟を示した二刀の剣士に、誰もが道を譲る。


 辰之進と、向かい合った。


「——いいだろう。テメェの申し込んできた剣の勝負、受けてやるよ」


 辰之進もまた、伊織を認めた。


 伊織はヘッと楽しげに一笑し、


「そうこなくっちゃな」


「だが、俺からも一つ、新たに条件を追加してぇ」


 辰之進は、伊織をまっすぐ睨み据えて、決然と告げた。


「この勝負——お互い真剣(・・)を用いたものにしてもらう」


「……へぇ。なぜ?」


「テメェに負い目を感じながら戦いたくねぇからだ、香坂伊織。……テメェが己の剣の命に白刃を添えたのと同じように、俺も自分の身を白刃に晒す。これで条件は同じだ。心置きなく戦える。いや、斬り合える(・・・・・)


 辰之進もまた、己の覚悟を示した。


 伊織は、少しも驚くことなく、それに頷いた。


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