雑草のケジメ《六》
喜恵を半ば追い払うように帰した後、伊織は現『雑草連合』所属の少年達に連れられるまま歩いていた。
……最初は、自分と同じく元『雑草連合』である鈴代辰之進から、何か情報を聞ければと思っていた。
しかし、そこへ向かう途中に喜恵が襲われているのを目にし、しかもそれをやっているのが現『雑草連合』の連中であると聞き、こいつらに溜まり場を案内させれば手間が省けると思った。
一刻も早く、今の親玉の顔を拝んでやる。
おそらくそいつは、かつて伊織とともに木刀片手に市中を闊歩していた『雑草連合』の誰かである可能性が非常に高い。でなければわざわざ『雑草連合』などと名乗ったりはしない。その名前にこだわりがあるからこそ同じ名を名乗る。
案内されるまま、伊織は歩き続ける。秋葉原から電車や地下鉄を使わないということは、それほど遠くには無いということだ。
秋葉原から南下し、和泉橋を通り、さらに南下。
進むうちに、伊織は心当たりを得た。
(この方角……「お玉ヶ池」か?)
江戸時代、最も学問が盛んであったと言われている地域だ。儒学や漢詩の学舎がたくさんあったという。
そして——江戸三大道場の一つ「玄武館」がかつてあった場所。
一八通りに入った瞬間、伊織の「もしや」は確信に変わった。
かつて千葉周作が北辰一刀流を教えていた「お玉ヶ池玄武館」は、関東大震災で焼失してしまった。現代ではその跡地は小さな公園に変わっている。周辺住民には「玄武館公園」などという俗称で呼ばれている。
——その「玄武館公園」に、人だかりが出来ていた。
全員見るからに十代を抜け出ていないことが判るくらい若く、そして手には木刀が握られていた。
その若者集団の中心にあるベンチを、玉座のごとくしてふんぞり返っているその人物を見た瞬間、一瞬驚き、しかしすぐに納得した。
「なるほど。お前が新しい親玉ってわけか——タツ」
伊織の納得の言葉に、鈴代辰之進はくつくつと笑声を漏らしてから、
「そうっすよ、イオさん。俺が今、『雑草連合』の総長を継いでるんです」
「何が「継いでる」だ。ふざけんなよこの野郎」
伊織が睨みをきかせる。
その分厚い気勢に他の男達が総じてたじろぐが、辰之進は肩をすくめて冷笑する。
「おや。僭称してるとでも仰りたいんすか?」
「僭称の意味を辞書で調べてから吐かせボケ。そもそも『雑草連合』は俺が解散させた。総長っていう立場を作る基盤そのものが無くなったはずだぞ。……それが何だ、この掃き溜めは?」
伊織は公園の奥まで歩く。まるで見えない壁に押し退けられるように男達が道を開け、ベンチでふんぞり返った辰之進までの一本道が出来上がる。
辰之進の面前に立ち、その姿を見下ろす。目と目を合わせる。……取り澄ましたような笑みだが、その瞳の奥には静かな憤りのようなものが燻っているように見える。
「今すぐ解散させろ。こんなもん、俺の『雑草連合』じゃねぇ。ただの野盗だ」
「——うぜぇんだよ、半端者が」
伊織の言葉に、辰之進がこれまでに無い熾烈な口調で言い返した。
「いつまで総長ヅラしてやがる? 確かに『雑草連合』は一度テメェが解体した。そうだその通りだ否定はしねぇ。だから俺が復活させた。だから今は俺の『雑草連合』なんだよ。今更テメェの出る幕なんざねぇんだと判りやがれ」
辰之進は勢いよく立ち上がり、伊織を間近から睨め付けた。……目の奥に燻っていた憤りの色が、強まっている。
「テメェは俺らの喧嘩を咎めるより、テメェ自身の無責任さを省みろや。
隆盛ぶりに驕り高ぶった至剣流と宗家家元を、天から地べたに引きずり降ろせと。連中が虚飾で伝統を守ろうっていうのなら、俺達は飾らない剣で伝統を守るんだと。連中の有名無実ぶりを帝都に知らしめてやれと。
そうやって散々俺達を煽って、暴れさせておいて、いざ飽きたらあっさり俺達を捨てて、その居場所まで破壊しやがった。
これが無責任でなくて何だ? 恨まずにいられると思うのか?」
……周囲の男達の中には、伊織の知る顔も少なくなかった。
「だから俺が復活させたんだ。香坂伊織、テメェが気まぐれで作って、気まぐれで破壊した、俺達の居場所を」
「その結果が、女一人のケツを大勢で追い回して襲うような山賊ってわけか?」
辰之進は、憤怒を押し殺したような重厚な声音で凄んだ。
「物申してぇなら、剣で示してみろや香坂。あくまで『雑草連合』が自分のだって言い張るんなら、その『雑草連合』の流儀に則って意見を押し通せや」
伊織は顔色を変えぬまま、今の自分の状況の不利を悟る。
ざっと見ただけでも、相手は三十人は超える。
いくら自分でも、これが一斉に襲ってきたら勝てる見込みは薄い。
そして、多数対一を卑劣と断ずる資格は、伊織には皆無。
あらゆるモノを利用して、何が何でも勝て——そんな剣豪と、その遺した剣を、伊織は信奉してきたのだから。
「それが出来ねぇなら、とっとと消え失せろ」
辰之進の口調も、態度も、気勢も、何もかもが伊織への敵意で尖っていた。
……もう、「イオさん」と自分を慕ってくれていた辰之進は、いない。
状況の悪さも相まって、伊織はその場は退くしか無かった。




