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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 短編集
208/252

雑草のケジメ《六》

 喜恵(きえ)を半ば追い払うように帰した後、伊織(いおり)は現『雑草連合』所属の少年達に連れられるまま歩いていた。


 ……最初は、自分と同じく元『雑草連合』である鈴代(すずしろ)辰之進(たつのしん)から、何か情報を聞ければと思っていた。


 しかし、そこへ向かう途中に喜恵が襲われているのを目にし、しかもそれをやっているのが現『雑草連合』の連中であると聞き、こいつらに溜まり場を案内させれば手間が省けると思った。


 一刻も早く、今の親玉の顔を拝んでやる。

 おそらくそいつは、かつて伊織とともに木刀片手に市中を闊歩(かっぽ)していた『雑草連合』の誰かである可能性が非常に高い。でなければわざわざ『雑草連合』などと名乗ったりはしない。その名前にこだわりがあるからこそ同じ名を名乗る。


 案内されるまま、伊織は歩き続ける。秋葉原から電車や地下鉄を使わないということは、それほど遠くには無いということだ。


 秋葉原から南下し、和泉橋(いずみばし)を通り、さらに南下。


 進むうちに、伊織は心当たりを得た。


(この方角……「お玉ヶ池(たまがいけ)」か?)


 江戸時代、最も学問が盛んであったと言われている地域だ。儒学や漢詩の学舎がたくさんあったという。


 そして——江戸三大道場の一つ「玄武館(げんぶかん)」がかつてあった場所。


 一八(いっぱち)通りに入った瞬間、伊織の「もしや」は確信に変わった。


 かつて千葉(ちば)周作(しゅうさく)北辰(ほくしん)一刀流(いっとうりゅう)を教えていた「お玉ヶ池玄武館」は、関東大震災で焼失してしまった。現代ではその跡地は小さな公園に変わっている。周辺住民には「玄武館公園」などという俗称で呼ばれている。


 ——その「玄武館公園」に、人だかりが出来ていた。


 全員見るからに十代を抜け出ていないことが判るくらい若く、そして手には木刀が握られていた。


 その若者集団の中心にあるベンチを、玉座のごとくしてふんぞり返っているその人物を見た瞬間、一瞬驚き、しかしすぐに納得した。


「なるほど。お前が新しい親玉ってわけか——タツ(・・)


 伊織の納得の言葉に、鈴代辰之進はくつくつと笑声を漏らしてから、


「そうっすよ、イオさん。俺が今、『雑草連合』の総長(アタマ)を継いでるんです」


「何が「継いでる」だ。ふざけんなよこの野郎」


 伊織が睨みをきかせる。


 その分厚い気勢に他の男達が総じてたじろぐが、辰之進は肩をすくめて冷笑する。


「おや。僭称(せんしょう)してるとでも(おっしゃ)りたいんすか?」


「僭称の意味を辞書で調べてから吐かせボケ。そもそも『雑草連合』は俺が解散させた。総長っていう立場を作る基盤そのものが無くなったはずだぞ。……それが何だ、この掃き溜めは?」


 伊織は公園の奥まで歩く。まるで見えない壁に押し退けられるように男達が道を開け、ベンチでふんぞり返った辰之進までの一本道が出来上がる。


 辰之進の面前に立ち、その姿を見下ろす。目と目を合わせる。……取り澄ましたような笑みだが、その瞳の奥には静かな(いきどお)りのようなものが(くすぶ)っているように見える。


「今すぐ解散させろ。こんなもん、俺の『雑草連合』じゃねぇ。ただの野盗だ」


「——うぜぇんだよ(・・・・・・)半端者が(・・・・)


 伊織の言葉に、辰之進がこれまでに無い熾烈(しれつ)な口調で言い返した。


「いつまで総長ヅラしてやがる? 確かに『雑草連合』は一度テメェが解体した。そうだその通りだ否定はしねぇ。だから俺が復活させた(・・・・・)。だから今は俺の『雑草連合』なんだよ。今更テメェの出る幕なんざねぇんだと判りやがれ」


 辰之進は勢いよく立ち上がり、伊織を間近から睨め付けた。……目の奥に燻っていた憤りの色が、強まっている。


「テメェは俺らの喧嘩を(とが)めるより、テメェ自身の無責任さ(・・・・)(かえり)みろや。

 隆盛ぶりに驕り高ぶった至剣流と宗家家元を、天から地べたに引きずり降ろせと。連中が虚飾で伝統を守ろうっていうのなら、俺達は飾らない剣で伝統を守るんだと。連中の有名無実ぶりを帝都に知らしめてやれと。       

 そうやって散々俺達を煽って、暴れさせておいて、いざ飽きたらあっさり俺達を捨てて、その居場所まで破壊しやがった。

 これが無責任でなくて何だ? 恨まずにいられると思うのか?」


 ……周囲の男達の中には、伊織の知る顔も少なくなかった。


「だから俺が復活させたんだ。香坂伊織、テメェが気まぐれで作って、気まぐれで破壊した、俺達の居場所を」


「その結果が、女一人のケツを大勢で追い回して襲うような山賊ってわけか?」


 辰之進は、憤怒を押し殺したような重厚な声音で凄んだ。


「物申してぇなら、剣で示してみろや香坂。あくまで『雑草連合』が自分のだって言い張るんなら、その『雑草連合』の流儀に則って意見を押し通せや」


 伊織は顔色を変えぬまま、今の自分の状況の不利を悟る。


 ざっと見ただけでも、相手は三十人は超える。


 いくら自分でも、これが一斉に襲ってきたら勝てる見込みは薄い。


 そして、多数対一を卑劣と断ずる資格は、伊織には皆無。


 あらゆるモノを利用して、何が何でも勝て——そんな剣豪と、その遺した剣を、伊織は信奉してきたのだから。


「それが出来ねぇなら、とっとと消え失せろ」


 辰之進の口調も、態度も、気勢も、何もかもが伊織への敵意で尖っていた。


 ……もう、「イオさん」と自分を慕ってくれていた辰之進は、いない。


 状況の悪さも相まって、伊織はその場は退くしか無かった。


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