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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
202/237

厲鬼の名は


 二〇〇二年、九月七日——東京都豊島(としま)区東池袋。


 


 そこには、豊島拘置所(こうちしょ)という監獄施設がある。


 関東大震災による帝都の大規模被災を機に始まった帝都復興計画。それは被災地域の立て直しだけでなく、未熟だった帝都のインフラを整え、かつ以前から改修の必要性のあった場所を改修するための計画でもあった。 

 もともとこの東池袋にあった監獄施設も、帝都復興計画の一部として改築された。

 その後も改築を繰り返し、今の豊島拘置所に至った。


 この監獄に収容されているのは、札付きの重罪人ばかりだ。

 猟奇殺人などに手を染めた凶悪犯罪者、過激な政治運動を行なった政治犯、海外機関の諜報員……そして、そのいずれもが死刑囚。


 ——トーシャは、そんな監獄の独居房(どっきょぼう)に収容されていた。


 奥行きが少しある程度の、狭い部屋。

 そこにあるのは、洋式便器と洗面台、そして就寝用の布団のみ。

 ひどく殺風景な一室である。

 窓の向こうから差し込む月光が、(たたみ)に鉄格子の影を作っている。


 この独居房に暮らし始めて、今日でちょうど一ヶ月となる。


 トーシャは八月七日にここへ放り込まれた。


 そして五日後、副検事から起訴処分を受け、めでたくこの拘置所に被告人としての勾留が決まった。


 内乱罪である。


 相当に重い罪だ。

 良くて無期(むき)禁錮(きんこ)、悪ければ死刑。そして後者になる確率の方が高い。

 さらに、この罪は目的犯を裁く性質を持つ。警察側に『玩具(イグルシュカ)』のマイクロフィルムを握られてしまっていたため、それが動かぬ証拠となったのだ。

 ……まぁ、マイクロフィルムが無かったとしても、いくらでも詭弁(きべん)(ろう)して重罪に持っていったことだろうが。帝政期ロシアの皇太子を襲撃した警官に大逆罪(たいぎゃくざい)を適用させた「大津事件(おおつじけん)」を知っていれば、この国がそれくらいのことをしてくるであろうことは容易に想像できる。


 つまりこのまま座していれば、遅かれ早かれ、トーシャは十三階段を登らされることになる。


 ……だというのに、トーシャは悠々としていた。


 まるで、少し変わったホテルにでも、長期で宿泊しているように。


 両手を枕にしながら、無心に外の満月を見つめていると、ドアを外側から叩く音が聞こえた。


 体を起こして立ち上がり、ドアに近づく。開いた(・・・)


「あの……木崎圭介(きざきけいすけ)、さん……ですよね……?」


 入ってきた中年ほどの男性刑務官は、おおよそ囚人に向けるソレとは思えないほど、恐縮した態度だった。——ちなみにトーシャはこの刑務所でも「木崎圭介」を名乗っている。


「これ……」


 その刑務官は、新聞紙に包まれた細長い「何か」を、おずおずとトーシャに差し出してきた。


 トーシャは受け取る。……少し重い。そして、手に馴染んだ感覚(・・・・・・・・)


 新聞紙を剥ぎ取ると、やはりそこには一振りの日本刀と、折り畳まれた一枚の紙。


 紙を開き、そこに書かれた文章を読み、この状況の意味を察したトーシャは、やや気の毒な目を刑務官に向けた。


 刑務官は、唇を震わせ、許しを乞うような声と口調で言った。


「や……約束通り、届けました…………だから、お願いです……どうか、どうか妻と娘の(・・・・)命だけは(・・・・)…………!」


 囚人服の尻ポケットに手紙を押し込んでから、震える刑務官を横切り、独房の外へ出る。


「安心しな。すぐに会わせてやるよ。俺らに関わったことは、全部墓場まで抱えて持って行きな」


 ずるっ(・・・)どちゃ(・・・)


 刑務官の上半身が、斜めに滑り落ちた(・・・・・)


「そう——墓場までな」


 すでに抜かれていたトーシャの刀身が、闇の中でほくそ笑むように冷たく光っていた。


 長い廊下にいくつも並ぶ独房のドアに向かって、声高に告げた。


「喜べ、塵屑(ゴミクズ)ども。娑婆(シャバ)行きの片道切符を無料配布だ」











 集団脱獄。


 豊島拘置所始まって以来の一大事に刑務官らは戸惑いつつも、しかし決然と対処した。


 ここに収監されているのは、掛け値なしの凶悪犯罪者ばかり。決して外に逃してはならじと。


 そして、重罪人ばかりを収容する監獄なだけあり、この豊島拘置所は非常に堅牢(けんろう)で、かつセキュリティが厳重だった。たとえ囚人が束になったとしても、脱獄は至難だった。


 だが、囚人達の先頭に立つトーシャの剣は、それら全てを一刀両断した。


 鉄製のシャッターや扉を紙のように斬り裂き、拳銃で武装した刑務官も次々と殺害した。


 通った場所に破壊と血の足跡をもたらしながら進んでいき……やがて集団脱獄を成功させた。


 拘置所からわらわらと漏出する囚人服の群れと、濃厚な夜闇に紛れ、トーシャは逃走した。血を踏んだ靴は途中で脱ぎ捨てる。


 手紙に書かれていた隠し場所で着替えを見つけると、囚人服を脱ぎ捨て、ワイシャツとスラックス姿になった。ブーツも履く。


 刀もその場に放り捨てて、手紙にある待ち合わせ場所へ走り、停車していた車の後部座席に乗り込んだ。——青色の(がい)ナンバーだった。


「久しいな、クラーシャ」


 乗ると同時に隣り合わせとなったその女性に、トーシャは気軽に話しかけた。


 波打つように、しかし一律に流れるハニーブロンドの髪。石膏(せっこう)めいた色白さでありつつも、完全な白人らしい造作ではない、蜂蜜めいた甘みを想起させるエキゾチックな美貌。ワイシャツと膝丈のタイトスカートという夏用スーツ一式が、細さと豊満さを整然と兼ね備えた曲線美を描き出していた。


 大抵の男ならば見惚れずにはいられぬであろうその美女——クラヴディア・ハルロヴァは、深い青色の瞳をトーシャに向け、甘みの強い声質で言った。


「お久しぶりね、トーシャ。……ところで、軍曹(フロロフ)は一緒じゃないの? 彼もあの監獄にいるんでしょう?」


「殺してきた」


「あら、どうして?」


「日本の警察どもが、俺達の使うマイクロフィルムの暗号を迅速に解読できたのは何でだと思う? 入れ知恵(・・・・)をしやがった奴がいるからだ。……おおかた、答弁取引(とうべんとりひき)に応じたんだろうぜ。そんな簡単に情報をゲロるような奴は、組織にとって負債でしかねぇ。だからフロロフの野郎は俺が粛清した」


「あら、残念ね」


 クラヴディアはそう軽く言って、ハニーブロンドの髪を指でひといじりする。


「ところで、神武閣での下準備(・・・・・・・・)、ご苦労だったな」


「あんなの簡単よ。建物に侵入して、窃盗に見せかけて刀を隠してくるだけでしょ? 警備員もノロマだったし、本当に何かガメてもよかったくらいだわ」


「流石だな、バレリーナ(・・・・・)。運動能力は全く衰えていないようだ」


「それは十年以上昔の話よ。もう随分と踊ってないわ」


男の上じゃ(・・・・・)今でも現役だろ?」


 トーシャが冗談めかして言うと、クラーシャはちろりと舌舐めずりをして、熱を帯びた半眼を向けてきた。……普通の男が向けられれば一発で思考と理性が溶け崩れるであろう、湿度のある甘美な笑み。


「久しぶりに、あなたの上で踊ってもいいかしら」


「魅力的な誘いだがやめておく。当分女は御免だ」


「ああ、日本人(ヤポンスキー)の女を随分と可愛がっていたらしいわね。幸せ者ねぇ、あなたに愛してもらえるなんて」


「もう東京湾の魚にやっちまったがな」


 二人で一笑する。


「……あれ? ところで刀は?」


「捨ててきた。汚ぇ血がべったり付いてるんでな。見られると困る」


「もぅ。私がせっかく用意してあげたのに。……ところで、あなたがずっと探しているっていう刀は、見つかったのかしら? 何だっけ…………そう、枝に止まったトンボが刀身に刻印されてるっていう」


「まだだ。まぁ、気長に探すぜ。それでいて諦めずにな。……何せアレは、俺の祖先の落とし物だからな」


 そ、とクラヴディアは納得の返事をしてから、話題を変えた。


「ところで、あなたはこれからどうするつもりなの?」


「変わりねぇよ。この国で動き続ける。だがまぁ、脱獄しちまった以上、全国指名手配は確定だし、ひっそりやるさ」


 クラヴディアはトーシャに寄りかかり、その右肩に頭を乗せた。


「随分と、この国に執着するのね。あなたのその身に流れる血がそうさせるのかしら。父祖(ふそ)の地に捨てられた、(いにしえ)のサムライの血が。ねぇトーシャ。いいえ——」


 唇を耳元へ近づけ、とろけるような甘みのある声でささやいた。











































「アナトリー・秋津(あきつ)







 ここまでお読みくださり、本ッッッッッッ当にありがとうございました!!


 これにて「呪剣編」は、完結となります!

 予定だと、本当はもう少し早く終わるはずだったのですが、筆者の見立ては甘く、なんと完走まで一年以上も要してしまいました……!

 それでもここまで追いかけてくださった奇特な方々には、感謝の言葉もございません。


 さて、この「呪剣編」、露骨に続編を匂わせる終わり方となってしまいましたが……

 作者の意向により、ここは一度完結という設定にさせていただきたく思います。


 あー、いえ、無論、ここで終わらせるつもりはございません。むしろここまで風呂敷を広げてしまった以上、是非とも書きたく思います。

 ですが、第三章のプロットがまだまだ未完成であり、発表まで結構かかってしまうため、それまでに連載設定を放置しておくと間違いなく最上部で「更新されていません」と表示されてしまい、エタったと誤解させ、新規様を敬遠させてしまう可能性を考えてしまうのです……

 杞憂かもしれませんが、そういう理由から拙作を一度完結設定にさせていただきますが、どうかご了承ください。

 ちゃんと戻ってきますから……!

 本当ダヨ……!


 あと、第三章を発表する前に、短編をいくつかやる予定です。

 主に構想があるのは、香坂さんと、エカっぺの話です。

 それを書くことで、小説書きの能力が鈍らないよう維持したいと思っております。



 では最後に、第三章についての軽い言及です。


 今作は、この第三章を最終章とする予定です。

 大筋としましては、コウ君の血縁的アイデンティティに主軸を置いた話にしようかと思っております。

 とはいえ、まだまだプロットの完成は遠いため、はっきり言いにくい状態であります。

 プロットをぎっちり書かないと前に進めない不器用で臆病な書き手でありますゆえ、公開までしばらくかかるかと思いますが、どうか待っていただければ幸いでございます。




 それでは、しーゆーあげいん。




新免ムニムニ斎

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― 新着の感想 ―
とても面白いです、更新再開お待ちしていますね。
とても面白かったです、ずっと待ってます!
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