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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
191/237

見知らぬ走馬灯

 寂尊(じゃくそん)によると、村正(むらまさ)は負傷していたという。


 その原因は十中八九、(ほたる)さんだ。


 螢さんは村正と戦い、『呪剣(じゅけん)』に倒れた。


 しかし、それでも負傷はさせたのだ。倒れていた螢さんの近くの血痕が、その証拠だ。


 あの腹に分厚く巻かれた包帯。あれがその負傷の証拠だ。


 あそこまで応急処置をしなければならないほどの負傷だとするならば、おそらく、それは剣士として動く場合において大きな足枷となるに違いない。


 螢さんの残した一太刀が、僕を勝ちに近づけてくれようとしていた。


 ……しかし悲しいかな、免許皆伝者と、切紙(きりがみ)の戦いだ。


 たとえ怪我によるハンデがあったとしても、剣の力量差はなお歴然だった。


「——どうした、もっと攻めてきたらどうだ!? 俺を斬りに来たのだろうっ!?」


 次々と振り放たれる村正の剣に、僕は防戦一方の状態から抜け出せずにいた。


 右、左、斜め左右上下、あらゆる角度から飛来してくる刃。


 僕はそれを、球体を内側からなぞるような円い太刀筋で必死に受け流していた。


「餓鬼のくせになかなか良い『綿中針(めんちゅうしん)』ではないか! 分かるぞ、その技は俺も好きだ! 数ある至剣流の型の中で、多くの型の動きに馴染みやすい動き(・・・・・・・・)だからな!」


 余裕綽々と剣を振るう村正が、僕は羨ましくて仕方がなかった。


 竹刀でならば鼻歌を歌いながら出来る『綿中針』を、しかし今の僕は内側で暴れ出しそうな恐怖と戦いながら行なっていた。


 なぜならこれは、当たれば斬れる、文字通りの真剣勝負なのだから。


 ずっと弧を描き続けていた村正の刀身が、垂直になったと思った瞬間、


「ト!!」


「ぎっ——!?」


 『綿中針』でも(さば)ききれないほどの鋭い衝撃が、切っ尖という形で僕の愛刀にぶつかった。受けた剣から腕と内臓にまで伝播したようなその一太刀は、紛れもなく『石火(せっか)』だった。


 足が浮き上がり、大きく弾き飛ばされる僕の体。着地してからも、勢いが続いてたたらを踏み、ステージ近くの壁に背中を打つ。


 村正を見る。刀を真後ろへ隠して左足を前にした「裏剣の構え」を取っていた。……まるで落雷を放つ寸前のような重厚な気配を覚えた僕は、思わず右へ飛び退いた。


 次の瞬間、僕のいた位置を、村正の一太刀が猛然と埋めた(・・・)。後方からアーチ状に発するその縦斬りは『迦楼羅(かるら)(けん)』である。太刀筋は『波濤(はとう)』と同じだが、威力も速度もソレとは桁外れだ。いわゆる「高級剣技」のひとつである。


 もしもあそこにいたら……そう考えただけで、僕は身震いせずにはいられなかった。


 しかし、村正は苦痛を感じたように顔をしかめ、少し(うめ)いた。


「……やはり、この技は今やらん方がいいか」


 おそらく、あまり激しい技をやると、負傷した場所に響くということだろう。


 それをわざわざ僕に聞こえるくらいの声で呟いたというのは、僕なんか「高級剣技」を使わずしてもどうとでも出来ると軽んじているからか、もしくは「高級剣技」を使えないと思わせて油断させる算段か。……いずれにしても、聞いていて気に入らないのは確かだ。


 村正は再び僕へ視線と剣と気を向けてくる。


 僕は、そんな村正を観ようと努める。

 その身に宿る「影響の連鎖」を読もうと。

 それが出来れば、この一方的な状況から少しでも抜け出せる。


「——どうした小僧。もう「あの目」はしないのか?」


 でも、集中できなかった。


 意識がどうしても、村正の構える剣にいってしまう。


 アレが当たれば斬れる真剣であると意識すればするほど、集中力がそこへ流されてしまう。


 去年、嘉戸(かど)輝秀(てるひで)と戦ったことを思い出す。

 あの男もまた皆伝者だったが、僕はその「影響の連鎖」を読むことができた。

 しかしながら、それはあの男が僕を舐めてかかっていたからというのと、やはり木刀勝負ゆえに「斬れない」という安心感が心のどこかにあったからだ。


 何度も言うが、これは木刀勝負でも、竹刀稽古でもない。


 当たればおしまいな、真剣勝負だ。


 おまけに相手は、浅い切り傷を入れられただけでも終わりな『呪剣』の使い手。なおのこと余裕は無かった。


 結果的に、我が身惜しさでその場しのぎに耽溺(たんでき)してしまう。


(『呪剣』さえ無ければ……!)


 ——『呪剣』。 


 そこでふと、光一郎はある事に気がついた。


「……お前に、聞きたいことがある」


「会話で猶予を作って打開策を考えようという算段か? まあよかろう、乗ってやる。……それで、何を訊きたい? 答えられる問いなら答えてやる」


 構えを解かぬまま、村正がそう求めてくる。


 僕も警戒を解かぬまま、問いを投げかけた。


「お前がその『呪剣』で斬った人達の中に…………僕と同じくらいの、金髪の男の子(・・・・・・)がいなかったか?」


 脳裏に浮かぶのは……ミーチャ。


 都予選の日、人が変わったように蛮行に走った、僕の友達。


 あの時の彼の激昂ぶりは、明らかにおかしかった。差別への怒りという言葉だけでは説得力に欠けるほど。


 ——もしもあれが『呪剣』によるものだったとしたら?


 斬られて受けた呪いの命じるがまま、あのような暴れ方をして、心の不調が今なお後を引いているのだとしたら?


 何より……あの頃のミーチャにも、螢さんのと同じ浅い切り傷(・・・・・)があった。


 村正はしばし沈黙してから、おぼろげな記憶をたどるような口調で答えた。


「……もしやそれは、六月末の帝都武道館で斬った、あの金髪の巻き毛の小僧のことか? 少なくとも、神武閣を除けば、俺がこの剣を振るった異人(いじん)は二人だけだ。そのうちの一人だ」


 ——当たりだ。


「そうか……やっぱりお前が、ミーチャをあんな風にしたんだな…………!!」


 剣尖が震える。恐怖ではなく、怒りで。


 恐怖すらも忘れそうなほどの怒りで。


「なんでそんな真似をしたっ!? ミーチャがロシア人だからか!? だから何をしてもいいとっ!?」


「ふん……何を勘違いしている? 俺にとって、斬る相手は「斬る相手」だ。それ以上でも以下でもない。人種云々など知ったことか。貴様らだけで勝手に一喜一憂していればいい問題だ」


 村正の意思に呼応するように、照明の光が剣を輝かせる。


「俺は、ただ、この『至剣』を輝かせたいだけだ。人生の全てを養分として与え、そして咲かせることの出来たこの徒花(あだばな)を、美しく、神々しく輝かせること。それだけが俺の望みだ。何人狂おうが、何人死のうが、国が滅ぼうが、構うものか」


 強烈な、憤怒を覚えた。


「そんなっ…………そんな、ことのために……!!」


 頭の中が真っ白になるほどの。


「お前は……ミーチャや、螢さんをっ————!!」


 恐怖すら忘れて、前へ進み出る勇敢さを与えるほどの。


 それでも、骨肉に刻み込まれた動きは、ブレることなく太刀筋を虚空に描く。後方から僕の体に巻きつくように振られたその剣は『旋風(つむじ)』である。


 右から風のごとく迫った僕の刃を、村正の刃が(まる)く受ける。受けられた時の感触が異様に柔らかい。これは——『綿中針』が上手い人にありがちな感触。


 僕の左胸の前に「金の蜻蛉(トンボ)」が一瞬現れる。僕は素早くその一点へ剣尖を合わせる。その過程で、次の瞬間に放たれた村正の刺突を受け流しつつ、村正の左へ入った。『劣化(れっか)蜻蛉剣(せいれいけん)』だ。


 村正の息を呑む声を聞くと同時に、僕は好機を実感した。


 ここだ——僕は村正の()に向かって、剣を一閃させ


(駄目だ——!)


 墓穴を掘ったと自覚した時には遅かった。僕の放った横一閃を、体ごと俊敏に引っ込められた村正の剣が(たて)に受けた。柄頭を上に向け、剣尖を下に向けた縦の構え。


「ボロが出たな、竹刀剣豪(・・・・)


 村正は冷笑を浮かべ、皮肉を込めて短く告げた。


 そうだ。これは竹刀を使った試合ではない。本物の刀を使った斬り合いだ。

 だから面・小手・胴だけでなく、その他の部分を狙ってもいい。

 むしろその三部位以外を積極的に狙うべきなのだ。狙う部位を三点に絞ると、逆にどこを狙ってくるのか分かってしまうからだ。

 ……土壇場で、競技撃剣を続けてきた弊害が生じてしまった。これでは竹刀剣豪などと揶揄(やゆ)されても文句は言えない。


 村正がもう一歩退がると同時に、右のこめかみから剣尖を並行に伸ばした「稲魂(いなだま)の構え」となる。


 『電光(でんこう)』が来るか——そう思って剣を引っ込めて退がった僕は、固定観念に取り憑かれていたと言っても過言では無かった。


 「稲魂の構え」の状態から進み出ながら刻んだ村正の太刀筋は……縦円(たてえん)! いったん真後ろまで迂回(うかい)し、最下部から上へ弧を描く形で走る時計回りの太刀筋。意表を突くにしても遠回りな動きだが、村正の技量ゆえにソレが問題にならないくらい速い。


 そんな『法輪剣(ほうりんけん)』を、下へ剣を構えながら大きく後退して、なんとか逃れる僕。太刀筋がちょうど一回転したと同時に、再び「稲魂の構え」に戻った。


 今度こそ来る——電撃的にそう思うのと同時に剣を中段に移動させていた。そこへ間髪入れずに村正の『電光』が迫る。その名に相応しい、銀色の雷撃のごとく瞬時に刻まれた「く」の字の太刀を防ぐことが出来たが、僕の足元が軽く浮き上がった。


 剣士として一番陥ってはいけない、足が利かない状態。それも圧倒的格上の前で。


 それでも僕には『劣化・蜻蛉剣』がある。それを五連続で発動させて、「金の蜻蛉」が示す「必勝の一点」を五ヶ所作ってソレらを繋げて短い「必勝の軌道」を作る。それをなぞることで、迫ってきた村正の剣を受け、捌き、足が着地するとともにもう一度大きく後方へ飛び退いた。遠間を作る。


「はぁっ、はぁっ……!」


 疲労を覚え始める我が身。極限状態に置かれた心身の疲れと、『劣化・蜻蛉剣』を連発した影響か。


「エィ!!」


 村正の大上段から、気合の乗った縦一閃が迫る。後方からアーチを刻んだその動きは『波濤』のソレだ。


 僕は左手を切っ尖の真後ろの峰に添え、頭上に並行に構えてその一太刀を鳥居受けした。斬るというより、押しつぶすような重々しい一太刀。


 その剣の重みを全身の力で受け止めたことで、ほんの一瞬だが、体が硬直(・・)した。


 村正はその一瞬のうちに、剣を引っ込めて剣尖を僕の喉元へ向けていた。


 硬直が解けたその時には、すでに喉元の寸前まで迫っていた。


 まずい、負ける、死ぬ、終わる、人生が——


 全身の産毛が針のごとく逆立つ感覚とともに訪れる、人生の終わるまでの刹那の猶予。その刹那の感覚が、大きく引き延ばされる。


 ——ありとあらゆる映像が、脳裏を流れる。










 僕はそれらを感じながら自覚する。

 走馬灯(そうまとう)

 人は死ぬ寸前、己の歩んできた人生の映像が、高速で頭の中を過ぎるのだという。

 これまで俗説だと思っていたが、それを改める必要がある。


 僕もこれから、死のうとしている。


 だからこうして、走馬灯を見ている。


 僕の頭をフィルムのように高速で流れ続けるこの光景も、僕のこれまでの人生の軌跡の映像だ。

 

 ……十四年。

 短い人生だった。 

 にもかかわらず、映像の羅列は無駄に長い。

 剣戟、槍、火縄銃、砲弾、矢、地雷火(じらいか)、洋式装備の軍隊——


 いや、待て。何かおかしい。


 走馬灯とは、自分の人生を映すものをいう。

 だからこそ、おかしい。

 だって、僕はこの十四年間、こんな光景を(・・・・・・)見たことは(・・・・・)一度も無い(・・・・・)

 見たことの無いものを、僕は見ている。

 いや。

 見せられている(・・・・・・・)

 

 ——どくん。


 さっきから、刀の柄を握る右手から、しきりに強い脈動のようなものを感じる。


 いや違う。より正確には、刀の柄から。


 ——刀が、脈動している。


 いや違う。錯覚だ。そんなわけない。刀は無生物だ。

 だけど、それでも、脈動じみた震えを、刀から手に確かに感じる。

 まるで、握った刀が、自分の骨肉の一部となり、同じ血の流れを共有しているような感覚。

 その血の流れに乗って、知らない記憶(・・・・・・)を注入されているような感覚。


 刀身に刻まれた秋津(トンボ)の刻印までも——脈打つように光って見えた。











 気がついた時には。


 僕は、右手だけで持った刀で村正の突きを受け流して首の左を通過させつつ、左手で抜いた鞘で村正の脇腹を突いていた。


「っ——ぐうっ……!?」


 村正は慌てたように後退した。剣の届かない遠間にまで退がり、渋い表情を見せた。……鞘には刃は無いが、負傷した部位を押されたため、苦痛だったのだろう。


「貴様……いったい(・・・・)……!?」


 剣を構え直し、警戒を見せる村正。その顔は今まで僕に向けてきた中で、最も驚きに満ちていた。


 そんな村正に、僕は悠然と歩みを進める。





 ああ、どうしてだろう。


 さっきまで、あんなに怖くて仕方がなかったのに。


 今は、目の前にいる男が——雑兵の一人(・・・・・)にしか見えない(・・・・・・・)

なんだかんだで、螢さんから負わされた傷が小さくないハンデとなっております。

万全の村正が相手であったら、瞬殺されていた可能性が高いです。

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