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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
190/237

厲鬼

 荒々しく、しかし一切のブレも無く虚空に刻まれる、旋風(つじかぜ)のようなトーシャの太刀筋。


 太郎は剣を前に構えながら後退し、それから逃れる。……回避に成功すると同時に、太郎の剣尖が『八咫烏(やたがらす)』の飛ぶ位置へピッタリと一致。


 太郎にしか視えぬ三本足の霊鳥が、次なる飛行を見せる。その軌道は、辿(たど)れば己の身に安寧をもたらす「王道」を示す。太郎の剣がその「王道」をなぞるまま動く。——腕を狙って右手のみで振り放たれた、トーシャの刃を間一髪で防御するに至る。


 『八咫烏』が後退。太郎の剣尖も後退。次の瞬間、前へ伸ばされたトーシャの刀身の峰に、勢いよく左前腕が叩き込まれた。半身ごと乗ったその打撃を触れ合った刀越しに受けていたら、体格と体重で大きく劣る太郎はバランスを崩していたことだろう。


 広がる両者の間合い。剣の届かぬ遠間(とおま)


 剣の勝負であるならば安全な距離感。


 しかし——『八咫烏』は飛ぶのを(・・・・)やめなかった(・・・・・・)


「カァァ!!」


 禍々しい気合とともに、トーシャは虚空へ刃を一閃。……何度も述べるが、剣の届かぬ遠間だ。


 だが、『八咫烏』に従って構えられた太郎の剣に、鋭い衝撃(・・・・)が打ち込まれた。


(またしても、この技ですか……!)


 剣が届かない距離からでも届く、斬撃。

 太郎が好きな「ベクターシリーズ」のヒーローの中に、「ベクター・エッジ」がいた。佩刀(はいとう)した鎧武者をモチーフにした外見で、その刀から衝撃波を飛ばして怪獣を両断するという必殺技を使う。

 まさしく、それと似たような技。

 飛ぶ斬撃(・・・・)、とでも表現しようか。


 もう何度もこれを見せられているが、いまだに驚きを禁じ得ない。


 そして同時に、確信も得ていた。


 神通力にも似た剣技。そしてあの男の動きと太刀筋の随所に感じる強烈な既視感(・・・・・・)


 あの剣は、やはり——


「カァァァッ!!」

 

 トーシャが逐一違う角度へ目まぐるしく跳びながら、何度も「飛ぶ斬撃」を放ってくる。


 あらゆる角度からやってくるそれらを、『八咫烏』の導きのまま防いでいく太郎。


 そうして両者の距離がだんだんと近づいていき、やがて刃同士で切り結んだ。そのまま鍔迫り合いとなる。


 死角を取ろうと動くトーシャの足に合わせて、死角を取られまいと太郎の足も即座に動く。


 止まる事なく変わり続け、調和し続ける両者の足取り。


 今日までずっと竹刀試合の観戦を楽しんできた太郎だったが、これは竹刀ではなく、本物の刃を用いた戦闘だ。肉体のどこを狙っても良く、どこを斬られても大きな負傷に繋がる。まして最高峰の切れ味を誇る日本刀ならばなおのこと。——ゆえに、竹刀剣術以上に、立ち位置と構えの選択がより重要視される。


 剣術の免許皆伝者である二人(・・)には、それがよく分かっていた。


「貴方のその剣——至剣流ですね」


 踊るような鍔迫り合いの最中に放った、太郎の確信めいた発言に、トーシャは「ハッ」と面白そうに一笑した。


「そういうてめぇもな。……どうして分かった?」


「貴方の動きの逐一に『四宝剣(しほうけん)』の匂いを濃く感じます。何より……刃の届かぬ距離まで伸び飛ぶ一太刀。あのような不可思議な剣技、私は『至剣』以外寡聞(かぶん)にして存じません」


「……慧眼(けいがん)だな。御名答。そういうてめぇも俺の剣をことごとくあしらい、おまけに『延金(のべがね)』まで全て受けやがる。そう……まるで、俺には視えない「何か」に従ってるみてぇに。——てめぇも『至剣』使ってんだろ」


 あの「飛ぶ斬撃」は『延金』というのですか——太郎は考える。


「しかし、それが至剣であるとするならば、妙です。……ロシア政府は至剣流を忌み嫌っていて、国内に支部道場を作らせていないはずでは?」


「へぇ? 俺の素性までご存じか。これは余計に生かして帰せなくなったな」


 トーシャは意味深に微笑し、太郎に「答え」を告げた。

 

「俺の至剣流は、家伝だよ」


「家伝……?」


 訝しむ太郎に、トーシャはそらんずるように告げた。


「——たとえ身死すとも厲鬼(れいき)となりて祟りをなし、奸賊滅絶(かんぞくめつぜつ)するの心無き者は、天地の神祇(じんぎ)その方を殺せ」


 それを聞いた瞬間、太郎は漆黒の瞳を大きく見開いた。


「……松平(まつだいら)(こう)の」


「ガキのくせに勉強熱心じゃねぇか。——そうさ。慶応(けいおう)三年、松平(まつだいら)容保(かたもり)会津(あいづ)若松(わかまつ)に送った親書の一文だよ。京都守護職として(みやこ)御所(ごしょ)を護って精忠の限りを尽くしてきたのに、クソ薩長(さっちょう)どもに御所から蹴り出された、会津藩士の憎悪が書き殴られた……な」


 その一件は、戊辰(ぼしん)戦争(せんそう)で、会津藩士に不退転の姿勢をとらせる一因になった。

 しかし、いかに戦意があろうとも、武器と人材が不十分では戦に勝てない。

 準備不足と度重なる人選ミスにより、会津藩は坂道を転がり落ちるようにして敗戦した。

 降伏直前、(つる)()(じょう)周辺で行われた薩長軍による略奪や虐殺行為は、筆舌に尽くし難いものであった。


 太郎は間近にあるトーシャの顔を見つめる。……日本人とまったく変わらない顔つき。


「なるほど——貴方は、会津の末裔(・・・・・)ですか」


 至剣流は参勤交代で江戸に来ていた諸藩士に教えられ、そこから全国に広まっていた。


 会津藩にも。


「そう。つまり俺には、この腐った国に復讐する権利があるってわけさ。

 西洋文明に跪拝(きはい)し、山賊の分際で英雄面(えいゆうづら)をしやがってる新政府のクソ共も、

 そんなクソ共のいいようにされてきた低能な帝室も、

 そいつらがこしらえた薄汚ぇ帝国も、

 その帝国で無思考のままのうのうと生きながらえる愚民(ブタ)共も、

 ——全員、俺がブチ殺してやるんだよ」


 それを告げたトーシャの破顔は……まさしく、厲鬼(れいき)のソレだった。


 一三四年の年月を経て、戊辰の怨念が今、この帝国に牙を剥こうとしている。


 いや、すでに牙は食いついた。……神武閣で起こったあの惨劇こそが、その牙の跡だ。


 そして、ここで彼と鴨井村正(かもいむらまさ)を取り逃がせば、この国にはさらなる厄災がふりかかるだろう。


 ——亡国にすら繋がる、大いなる厄災が。


「……やはり、貴方がたを、捨て置くことはできません」


 『呪剣』の解呪を目的にここを訪れた太郎だったが、目的が増えた。


「貴方は、ここで私が止めます」


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