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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
183/237

穢れる覚悟《起》

まだ文字数がそんなに溜まっていませんが、クライマックスへの布石として連投しておきます。

全四話。

 八月六日、午後二時。

 東京都千代田区富士見(ふじみ)

 某病院の入院棟にて。





 夏の天気は急変しやすい。


 先ほどまで晴れ渡っていたはずの空は、すっかり鉛色の分厚い雲に覆い尽くされていた。


 おかげで窓から入る自然光も乏しく、この個室は薄暗かった。


 その中にある清潔なベッドに、その少女は長く艶やかな黒髪を広げながら眠っていた。


 思わず見入ってしまいそうになるほどの美貌。


 だが、その寝顔には苦痛が浮かんでいる。呼吸が乱れ、額にびっしり汗がにじんでいる。


 まるで体の中で、何か(・・)が暴れているように。


 彼女の眠るベッドの名札には「望月螢 殿」とあった。


 ベッドの(かたわ)らに——その人物は立っていた。


 眠る少女とはまた別種の、静かな可憐さを誇る端正な目鼻立ちだが、彼はれっきとした少年である。

 彼女と同じく長い黒髪を、一束の三つ編みにしている。その目には度の入っていない丸眼鏡。

 ハーフパンツを除き、キャップ帽、Tシャツは全て国民的特撮ヒーローシリーズ「ベクターシリーズ」のアパレル品。

 足底が付く床から頭頂部までしっかり筋が通っている、まるで一本の竹のような整った佇まい。

 浮世離れした風貌を世俗的にマスキングしているような、そんな装いであった。

 そしてその右肩には、少年にしか(・・・・・)視えない(・・・・)「三本足の烏」が留まっていた。


 少年は、右手に抜き身の短刀を持っていた。短刀の中でも特に短い、懐剣(かいけん)と呼ばれる種類。主に守り刀として、良家の子女に贈られるものだ。


 懐剣を振り上げ、そして弧を描いて斬り下ろした。

 あらかじめ虚空に描かれた線を寸分違わずなぞったような、美しく整った振り方。

 懐剣の刃は少女には少しも届いてはいないが、その短い刀身からさらに伸長した「刃」があった。その存在は、少年と、その血族(・・・・)にしか判らない。


 その「刃」が、少女を斬った。


 より正確には、彼女の中で暴れる「呪力」を。


 途端、彼女の苦悩した寝顔は落ち着き、安らかに寝息を立て始めた。まるで悪夢から解放されたように。


 だが、少年の黒く綺麗な瞳は、痛ましく同情するように細められた。


「——やはり、解呪(かいじゅ)はかないませんか」


 ため息のようにひとりごちる。


「非常に特殊かつ、強力な感染呪術です。この方にかかった呪力はいわば末端(・・)大本(・・)が存続する限り、呪いもまた持続します。末端へいくら解呪を試みようと、それはその場しのぎにしかなりません。もう何分か経てば、苦しみは再発することでしょう」


 呪いにかけられた人間をいくら治しても、それは応急処置にしかならない。


 これは、そういうモノ(・・・・・・)だ。


「そしてこの方には、他の同種の呪力を宿す方々の中でも、特に強力な呪いがかかっています。その呪いの強いるまま、彼女は自らで自らを(・・・・・・)殺めようと(・・・・・)している(・・・・)


 想像妊娠という言葉がある。


 たとえその(はら)が空っぽでも、(はら)んだという勘違いや思い込みの力によって、月経を止めたり、悪阻(つわり)を起こしたり、初乳を分泌させたりすることがある。

 

 強烈な意念は、体に強い影響を与える。


 ……それと同じ理屈で、目の前の少女は己を殺そうとしている。


 顕在意識ではなく、潜在意識に呪いが根を降ろしている。


 いくら彼女が「生」を望もうと、無意識に己を殺そうとするだろう。


 手元にある刃ではなく、己自身に宿る身体機能で。


「このままでは——遠からず、彼女は息を引き取るでしょう」


 少年は、残酷な真実を告げた。


 自分が慕う()が聞けば、絶望で崩れ落ちてしまいかねない、そんな事実を。


「止める方法は、二つ(・・)


 だが、少年は手を尽くそうと即座に動き出す。


「この呪力の「大本」へ、私が直接この剣を施す(・・・・・・)こと。その「大本」の感染呪術の能力自体が消えることはありませんが、「大本」との呪力の繋がりは全て断ち切られ、解呪は叶うことでしょう」


 そして、もう一つは。


「呪力の「大本」を、殺害すること」






 †






 ——狂騒状態となっていた神武閣(しんぶかく)が完全に沈静化されたのは、午前十時ごろだった。


 呪いの暴徒により、神武閣内部の警官も少なからず被害を受けて負傷していた。そのため緊急要請によって人員がすぐに増やされ、武装した警官隊が大量に神武閣へ投入された。


 だが、入った時にはすでに、神武閣内部は大半が静まっていた。地下階に数少ない暴徒が暴れている程度だった。


 なのでまずは地下の暴徒を拘束し、それから警官隊は役割ごとに人員をいくつかに分けた。


 ——要人の身柄の確保。

 VIPルームに籠城していた(みかど)とバークリー大統領はともに無傷。

 皇宮警官とシークレットサービスも、発砲はせずに済んだという。

 彼らの身柄を、安全な場所まで運んだ。

 ……大統領が何事かまくし立てていたが、英語の分からない警官隊には騒音にしか聞こえなかった。帝の残念そうな表情からして、良い内容でないのは確かなようだが。


 ——負傷者の救出と保護。

 警官隊が駆けつけた時にはすでに、はっきりと暴れている暴徒よりも、怪我人の方がずっと多かった。

 顔面に殴られた痣が少しある程度の軽傷者から、散々殴打された末に意識を失っている者や、骨折をしている者もいた。

 さらに少数ながら、死亡している者もいた。観客席から大武道場へ転落したり、暴れる大量の観客に押し潰されたり。当然ながら遺体の回収も行った。


 ——暴徒の探索と連行。

 何度も述べるが、警官隊が入った時にはすでに暴れている者はほとんどおらず、誰が暴徒であるのか見分けがつかない状況だった。なので意識のある警官や観客から話を聞き、誰が暴れていたのかを教えてもらった。

 そうすることで、可能な限り実行犯を拘束するよう努めた。

 ……暴徒とされた者のほとんどは、とても直前まで暴れていたとは思えないほど、深く安らかな眠りに落ちていた。






 以上のように、神武閣の沈静化はあっという間に完了した。


 逮捕者数、三〇〇人超。

 重軽傷者数、七十八人。

 死傷者数、九人。


 二〇〇二年度天覧比剣少年部は、決勝戦を残して中止となった。


 学生剣士にとっての晴れ舞台は、見るも無惨なありさまと化した。


 しかし、この(とが)をどこの誰に見出し、非難を浴びせればいいのか、誰にもはっきりと分からなかった。


 何もかもが、不可解な事件だった。





 ——こうして『神武閣事件』は、幕を下ろした。





 

 ……そして。


 その混沌の中で、望月(もちづき)(ほたる)もまた病院に運び込まれていた。


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