表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
170/237

天覧比剣——馬鹿者の剣《上》

 大将戦。


 富武(とみたけ)中学校撃剣部——秋津(あきつ)光一郎(こういちろう)


 玄堀(くろほり)中学校撃剣部——藤林(ふじばやし)桃哉(とうや)。 






 




 ——氷山(ひやま)部長の勝利を喜ぶよりも、それをもたらした「あの剣技」に対する驚愕の方が、僕の中では大きかった。


 部長が「あの剣技」を使う直前に感じた、あの奇妙な胸騒ぎ。


 心臓を不可視の刃でひと突きされるような気迫。


 連想したのは、望月(もちづき)先生の至剣『泰山府君(たいざんふくん)(けん)』だ。構えた瞬間に意識を持っていかれそうなほどのプレッシャーを感じさせた部長の技は、ソレにそっくりだった。


 『泰山府君剣』のように相手が失神することは無かったが、「あの剣技」を使った部長が一本を取り損なうことも無かった。二回使って、二回当てている。


 至剣という神技をいくつか見ている僕だからこそ判る。


 あれは至剣ではないにしろ、それに匹敵するほどの絶技であることが。


 好奇心ゆえ部長に根掘り葉掘り訊いてみたいところだが、今は状況がそれを許さない。


 部長が、頑張って勝って、この大将戦まで繋いでくれたのだ。


 最後の希望は、僕の剣に託された。


 であれば、なんとしても勝つ。そのために力を尽くす。ソレ以外は今は無用。


 部長と入れ替わる形で開始位置へ来た僕は、竹刀を中段で真っ直ぐ構えた。「正眼の構え」。


 向かい側に立つ僕の相手——藤林桃哉氏も構えを取る。

 右足を引いて中腰となり、竹刀を下段後方に置いた構え。大きく重みのある太刀を放つのに適した構え方だ。


 呼吸と気持ちを整え、眼前の相手を見据える。


 その一挙手一投足の微動を捉えんと、意識を絞る。


「一本目——始めっ!!」


 開始の号令がかかった瞬間。


「——ィィアアアアア!!」


 遠間にいた桃哉氏が瞬時に間合いの先端に僕を納め、右下段後方にあった竹刀を鋭く逆袈裟に振り上げてきた。


 鋭いが、冷静に見るとギリギリ切っ尖三寸が僕の竹刀に当たる程度だったので、僕は後方へ退がりながら竹刀を真後ろへ引っ込め、回避と同時に「裏剣(りけん)の構え」を取った。

 桃哉氏の逆袈裟が外れて左上段に向かい始めた瞬間、僕は一歩進みながら時計回りの立円(りつえん)を竹刀に描かせていた。至剣流『法輪剣(ほうりんけん)』。


 下から上へ小手を狙う僕の剣に、桃哉氏の剣は機敏に動いた。柄の持ち方を、右手が下で左手が上の左太刀(ひだりたち)の持ち方に変更させつつ、体を右へ開きながら立ち位置を左へズラす。足腰を落としながら振り下ろした彼の剣が、上昇してきた僕の『法輪剣』を打ち落とさんと迫る。


 だが、そこで僕の『法輪剣』は時計回りから(・・・・・・)反時計回りに(・・・・・・)軌道を変えて(・・・・・・)再び僕の真後ろへ戻った。桃哉氏の振り下ろしは空振り、僕はまた「裏剣の構え」になる。


 そこから斜め右へ移動しながら、剣に反時計回りの軌道を描かせた。全身につむじ風を纏うように振る『旋風(つむじ)』の太刀筋は、右から左へ桃哉氏の小手を狙った。


「っ!!」


 静かな、しかし重厚な気合とともに、桃哉氏は退きながら僕の一太刀を竹刀の半ばで受けた。さらに距離を間近に詰められ、(つば)()り合いに持ち込まれた。頭ひとつ分くらいの身長差。


 心眼流得意の拳法を使う気か、と僕は警戒したが、訪れたのは桃哉氏の()だった。


「——あの女が使ったのは、『鴻鵠(こうこく)ノ太刀(のたち)』だな」

 

 鍔迫り合い状態の僕にしか聞こえない程度の声量。


 僕も同じくらいのボリュームで問いかける。


「……あの女って、氷山部長のこと?」


「そうだ。氷山(ひやま)(きょう)が先ほど使った技……あれはまぎれもなく、叔父(おじ)上殿(うえどの)が体得していた『鴻鵠ノ太刀』に他ならん」


 やっぱり、ただの技ではなかったわけか。僕は心の中で納得した。それでいて警戒を怠らない。


「叔父さんって、静馬(しずま)さんのこと?」


「なぜそれを知っている」


「部長が教えてくれた」


 確か、千鶴さんのお兄さんの息子だったから。桃哉氏は。


「……そうだ。そして、(しゃく)ではあるが、事実を直視せねばなるまい。——叔父上殿が、あの女を認めた(・・・)という事実を。あの女の心は、今もなお玄堀村(くろほりむら)を捨ててなどいないことを」


 玄堀村の英雄が、氷山部長のことを認めた。


 それは、彼らにとって、非常に重い意味を持っている。


 『鴻鵠ノ太刀』という技には、それだけの説得力を与える力があるのだろう。


「だが、お前との因縁はまた別だ。秋津光一郎」


「い、因縁っ? なにそれっ」


「シラを切るんじゃない。「不幸を勲章にしている」などと吐かしたことだ。俺は忘れていないぞ」


「いや、だからアレは……」


「問答無用。だから今、思い知らせてやる。俺達が、被害者意識を盾に取っただけの腰抜けではないと——この剣でっ!」


 僕は身を翻しながら大きく飛び退く。それから半秒と経たず、桃哉氏が腰を落としながら僕のいた位置に身を寄せた。もしもあと少しでもあそこに留まっていたら、僕の小柄な体は担ぎ上げられていただろう。


 切っ尖が届くギリギリのところから、竹刀を円弧軌道で振り放つ。

 僕の仕掛けた『颶風(ぐふう)』の太刀に対し、桃哉氏は竹刀を激しく叩きつけて弾き、そこから剣がバウンドしたような切り替えの速さで僕の面へ斬りかかった。僕は後退してそれを避ける。


 僕は横へ弾かれた竹刀を前へ戻そうとするが、


「ィヤァァァァ!!」


 気合を込めた返す刀で、またも強く横へ退けられた。


 弾いた拍子にこちらへ向いた剣尖。それが僕に突き込まれるまで、もはや瞬きする程度の猶予しかない。


 マズい、突かれる(刺される)——


(まだだっ——!)


 僕は足掻いた。

 脳裏に浮かんだのは、僕の初恋。

 去年の九月、葦野(よしの)女学院(じょがくいん)にて、彼女と二度目の勝負をした時の記憶。

 僕の放った『石火(せっか)』の太刀を受け、それを回転力に変えて剣を旋回させ、一周させると同時に僕の木刀を弾いたのだ。


 その時の彼女の動きを我が身で再現するように、横へ激しく弾かれた竹刀に宿る勢いを減退させないようにそのまま回転力に変え、周回させ、回帰(・・)させる——!


 ぱぁん! という撃音。


「っ……!?」


 直進は横からの衝撃に弱い。僕の円周の一太刀に刺突を弾かれた桃哉氏が驚愕で息を呑む声。


 驚いていたのは(・・・・・・・)僕も同じだった(・・・・・・・)。だが今はそれよりも相手を斬る方が優先だ。


 竹刀を翻しながら足を進め、踏み込みと同時に面を横一文字に打った。


「——面あり!! 一本!!」

 

 一勝。しかし気は緩めず残心しながら後退し、開始位置へ戻る。


 ようやく、わずかな時間ながら、先ほどの自分の立ち回りに驚く猶予を与えられた。


(……さっき、僕、『風車(かざぐるま)』を使った)


 至剣流の型の一つ。


 受けた相手の太刀の衝撃を利用して己の剣を一回転させ、相手へ斬り返す剣技。


 だが僕は、この『風車』の型をまだ習っていない。


 それなのに今、使えてしまった。


 実際はかなり細かい部分の動きが間違っているだろうが、それでも「相手の力を利用して斬り返す」という難しい剣技を、僕は見様見真似で使ったのだ。


(ありがとうございます、(ほたる)さん)


 僕はそう心の中で感謝した。


 開始位置へ戻り、「正眼の構え」となる。


 向かい合う桃哉氏も、左足を引いて前のめりとなり、胸元で剣尖を前傾させた構えを取った。氷山部長から「三角矩(さんかくく)の構え」と聞いたことがある。


「二本目——始めっ!!」


 号令がかかるが、桃哉氏は先ほどのように飛び出さない。静かに「三角矩の構え」を維持したまま、離れて僕に対し続ける。

 

 しかし、今の状態はさながら爆発前の火山。動き出せば怒涛に攻め立ててくるだろう。


 それに、やや前のめりになったあの構え。あれは相手の攻撃を誘っているのだ。相手から手を出させることで自分が優位に立つ。そういう構えのはずだ。であれば、迂闊に突っ込めば血を見るのは明白。


 ——ならば、「裏付け」のされた、迂闊じゃない(・・・・・・)攻め方(・・・)をすればいい。


 僕はいっそう集中して、お互いの間合いを測る。


 両者の間合いが触れ合い、そこからあと一歩進み出たところで——胸元に構えられた桃哉氏の剣の下にある胴に「金の蜻蛉(トンボ)」が留まっているのが見えた。


「っ!」


 僕はその「金の蜻蛉」めがけて素早く剣尖を送る。

 『劣化(れっか)蜻蛉剣(せいれいけん)』。そこを剣でなぞれば必ず勝てる「必勝の軌道」の一部(・・)を見せる「半至剣」。

 すなわちその突きには一瞬ながら「必勝」という裏付け(・・・)がされていた。


 だが、惜しい。

 直撃寸前でその部分は「必勝の軌道」ではなくなったらしい。

 後方の左足へ重心を移して身を引いて距離を作ってから、竹刀で刺突を右へ捌いたようだ。

 それから右足を後退させながら腰を落として僕の竹刀を上から打ち落としにかかる。僕はそれを竹刀を引っ込めて避ける。


 桃哉氏は俊敏に進みながら、竹刀は右下段後方に構える。次の瞬間に、そこから鋭い薙ぎ払いが放たれた。


 僕は構えながら飛び退く。おかげで竹刀に軽く当たっただけで済んだが、


「ヤァア!!」


 桃哉氏はさらに前へ出ながら左太刀へと持ち方を変え、返す刀で斬りかかってきた。それも防げたが、今度のその一太刀は重かった。重心と気がよく乗った一撃だ。


 その重みで一瞬体が強張った。その「一瞬」の間に、桃哉氏はまた右太刀に持ち替えながら左前——僕から見て右隣——へ足を進め、胴を狙ってきた。


 かなり近いが、間に合わない距離ではない。腰を深く落とし、先ほど防いだのに使った竹刀の位置を無理やり下げた。その竹刀で胴打ちをなんとか防ぐ。


 桃哉氏の竹刀が僕の竹刀と擦れ合って通過し——また鋭く戻ってきた。小手狙いのその太刀を退がりながら受け流す。


 桃哉氏の攻撃は終わらない。右手だけで剣を振り、僕の面の右側面を狙ってくる。


 僕は右耳隣で垂直に剣を構えた「陰の構え」となって、その攻撃を防ぐ。

 だがそこから、桃哉氏の竹刀が引っ込む。今度は胴を突いてきた。

 僕は踊るように身を捻りながら右前へ逃れ、円弧の一太刀を繰り出した。

 そんな僕の『颶風』を、しかし桃哉氏は稲妻めいた速さで防御。

 そこからまた迅速に斬りかかってくる——


(凄い速さと重さだ……!)


 僕の桃哉氏への第一印象は「気性が激しそうな人」であった。

 まさにそれを体現させたような剣。

 静かな時はとことん静かだが、一度弾けるととことん激しい。火山のようだ。


(何より、彼の剣からは——氷山部長と(・・・・・)同じ匂いがする(・・・・・・・))


 当然である。部長も、彼も、玄堀の剣を学んでいるのだから。


 絶え間ない猛攻。

 しかし激しく速いだけではない。

 その中に「その場しのぎ」と呼べる太刀筋や動きが、一つたりとも無いのだ。

 一つ一つが、攻撃以外の意味を必ず秘めている。

 防御だったり、牽制だったり、次なる攻撃に迅速に移せるようにする準備だったり。

 ……ほんの少しの油断が「死」に直結する戦場を生き抜いた武術特有の「風格」。


 そのため、なかなか攻め入る隙が見当たらない。


 猛火のごとき連撃を受け続けながら、必死に隙を探す僕。


 ときどき『劣化・蜻蛉剣』も使うが、所詮は一瞬だけ担保された「必勝」に過ぎない。全てその場その場で身を守る程度で終わる。体力の消耗が激しいため連発も出来ない。


 だがその時——攻防の中にわずかな隙が出来た。


 桃哉氏の左袈裟。僕がそれをいなし(・・・)、彼の剣を下へ流した拍子に生まれた、ガラ空きの面。


(好機!)


 そこへすかさず右袈裟を放ってから、僕は「しまった」と己の軽挙を呪う。


 ……今の僕は、痩せ細った野良犬だった。ずっと何も食べられず過ごした中、ようやく食べ物にありつけて、無我夢中で喰らいつく痩せ犬。


 そこに含有された意図(・・)を、考えもせず。


 そのなんとも分かりやすい隙に引き寄せられた僕の右袈裟を、桃哉氏は中取(なかど)りにした竹刀で出迎えた。左手で柄を握り、右手を切っ尖の峰部分へ添えて。


 両手で持った竹刀を右へ傾けながら僕の右袈裟を受け、滑らし、下へ流していく。


 同時に、竹刀の柄側を前へ向かって(・・・・・・)スライドさせていく。その動きは、鞘から剣を抜き放つ様にも似ていた。これは——


(抜刀術の動き——!)


 そう察するのと同時に、抜き放たれた(・・・・・・)切っ尖が流星のごとく瞬時に弧を描き、僕の面を滑った。


「——面あり!! 一本!!」


 軽い当たり。しかし真剣であれば刃が首を撫でる致命の一太刀。それゆえの一本。


「……借りは返したぞ」


 桃哉(とうや)氏は静かにそう短く告げると、僕から音も無くスッと離れた。一本取った後でも、彼の立ち振る舞いからは一寸の気の緩みも見られない。見事な残心だ。


 おまけに、息切れも全然聞こえなかった。あれだけ打ち込んだのに、なんという体力。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ