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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
169/237

天覧比剣——親友

 ——(きょう)が、静馬(しずま)から『鴻鵠(こうこく)ノ太刀(のたち)』を継承した。


 村の人間にとって、それは極めて大きな意味を持つ。


 それはすなわち、玄堀村(くろほりむら)の英雄である「首斬り小天狗」から、その素養と人格を認められたということに他ならない。


 ……十一年前の戦争から尻尾を巻いて逃げた、京が。


 認めたくなかった。


 今の技を見て、受けた記憶を、まとめて抹消したくなった。


 しかし、認めざるを得ない。


 認めた上で——京を冷静に見つめなければならない。試合はまだ終わっていないのだから。


 確かに、『鴻鵠ノ太刀』は恐るべき技だ。

 しかし、そんなに優れた技だとすれば、最初から使っているはずだ。

 こうして公の場で使ったという点を見れば、見られたところで盗まれる心配はないということだ。

 さらに、先ほどの謎の構え。——おそらく、あの状態からでないと、使えない技なのだ。何度も言うが、もしそうでないとしたらとっくの昔に使っているからそうとしか思えない。


 ——であれば、トキには十分に勝機がある。


 『鴻鵠ノ太刀』を使う暇が無いほどに、徹底的に攻め立てればいい。

 あの構えを取れないくらいに攻撃を絶え間なく繰り返していけばいい。

 自分が長年培ってきた基礎力で、押し潰してやればいい。

 そうすることで——純粋な剣力が上であることを思い知らせてやればいい。


 三本目が始まろうとしていた。


 最終局面だ。


 であれば、これ以上の出し惜しみに意味は無い。


 『鴻鵠ノ太刀』一つで、自分の勝利は揺るがない。


 結局、最終的に勝敗を分けるのは基礎だ。


 いくら名刀を持ったとて、それを握る人間が未熟なら話にならないということをこれから教えてやる。


 双方、開始位置へ戻る。


 なんと、お互いに中段の「勢眼(せいがん)の構え」だった。


 そこから双方微動だにせず、見据え合い、沈黙し、


「三本目——始めっ!!」


 審判の開始合図が響いた次の瞬間には、互いに竹刀を激しく切り結んでいた。お互いがお互いに向かって勢いよく斬りかかったからだ。


 次に動いたのは京だった。右手が下、左手が上で柄を握った左太刀に持ち替えながら右へ進む。すれ違いざまに面を横一文字に斬ろうとする。


 早業だったが、トキは問題なく反応できた。腰を深く落として太刀筋の下をくぐりながら京に近づく。体当たりで吹っ飛ばすつもりだった。素早く振り返りざまに斬りかかってきたら後方に構えた竹刀で弾けばいい。


 京は振り向きざまに右太刀に持ち替え、右袈裟を発してきた。

 予想通りの対応だが、その振り返りは予想以上に速かった。

 体を旋回させたのではなく、ほんのわずかに足元を浮かせた状態で足の前後を瞬時に入れ替えることで最小限の動きで振り向き、その足捌きで生まれた力で剣を振るってきた。

 さらにその右袈裟が、トキの放った薙ぎ払いと衝突する寸前——地に付いた京の両足が深く落とされた(・・・・・・・)


「っ!」


 その前兆をギリギリで読んだトキは、右手を竹刀の切っ尖付近に添えた中取りの持ち方に素早く変更させ、京の一太刀を頭上で一文字受けした。

 ……重い。足腰の沈下による重みが込められている。もしも普通に弾こうとしたら逆に竹刀を下に持っていかれ、大きな隙を作っていたことだろう。


 京の剣はなお居着かない。

 一文字受けに構えられたトキの竹刀を下に滑る。

 京の剣が最後まで滑りきるよりも速く、トキは右足を退いて真半身(まはんみ)となった。それから瞬く間に京の剣尖がトキの残像の胴を穿(うが)つ。


 トキは竹刀を右太刀にし、すかさず反撃に出ようとした。

 だがそれより一瞬速く、後ろへ引き絞られていたトキの竹刀の上に京の竹刀が被さって押さえていた。それのせいで振り上げに失敗する。


「——ィァアア!!」


 戸惑わない。止まらない。トキは腰を落としながら京に滑り寄り、左肩でぶち当たった。


「っぐ——!?」


 強靭な足腰による盤石さを最大限に活かしたトキの当身(あてみ)は、大人の男も軽々と吹っ飛ばす。岩が高速で寄りかかったようなインパクトを浴びた京の体が、一気に十メートルほど転がった。


 京が受け身を取って立ち上がった時には、トキが右手一本で振るった竹刀がすぐそこまで迫っていた。


 どうにかそれを受けた京。するとトキは竹刀を瞬時に引っ込めて左太刀の持ち方となり、今度は京の右側へ回り込んで斬りかかった。だが完全に立ち上がった京は俊敏に振り向きざま、またしても受ける。


 それからもトキは、攻撃を加え続ける。

 雪崩のような連撃をもって、京を押し潰そうとする。

 だが京はそれを必死にいなし、時に反撃すら仕掛けてくる。

 

(離れない! 『鴻鵠ノ太刀』を使う余裕を、少しだって与えない!)

 

 トキもまた攻撃を少しも休めない。

 なぜならそれが、京の持つ切り札を封じ込める、自分に考え得る唯一の手段だからだ。

 大丈夫。まだ余裕がある。剣を振れる。


(京ちゃんも、必死に食らいついてる……でも)


 それでも分かる。

 攻防を繰り返すたび、京の太刀筋と身のこなしが、大人しくなってきている。

 一本目の投げ、先ほどの当身、そこへ集中力と俊敏さを高度に求められる激しい攻防の継続が加わり……京の体力はかなり消耗しているはずだ。


 ……勝てる。


(京ちゃん、もう私にあなたは必要ない)


 このまま離れず、ペースを崩さず攻め続ければ、いずれは京の対応は瓦解する。


(あなたなんかいなくたって、私はこんなに強くなれた……!)


 そうして、ありったけの剣を叩き込んでやる。


(もう、京ちゃんの背中に隠れてばっかりだった、あの頃の私じゃない……!)


 自分の心の痛みを思い知らせてやる。


(臆病風に吹かれて逃げた京ちゃんなんかより、ずっと強いんだ————!!)


 瓦解は訪れた。


 ばぁんっ!! という落雷じみた撃音とともに、右手一本で振り放たれた京の竹刀を強く外側へ弾き返した。


 研ぎ澄まされた集中力のせいか、スローで進む時間の中で、京の体がのけ反り始める。


 バランスを崩した。ここが狙い目だ。返す刀で胴を突く——トキの竹刀が軌道を変え、京の胴へ喰らいつかんと迫った。


 空気を穿つ。


「——な」


 京の体が、弾かれた竹刀(・・・・・・)に引っ張ら(・・・・・)れていた(・・・・)


 違う。正確には、弾かれた竹刀に宿った勢いと同方向に跳んだのだ。


 そのようにして、その場から軽やかに離脱。


 結果、トキの刺突は外れ、


(いけない——!!)


 京は、遠間で着地した拍子に、左掌左膝を前にした真半身(まはんみ)の構えとなった。竹刀はその構えの裏に隠れているが、おそらくは後方に剣尖を向けて平行に構えられているだろう。


 トキは思わず本能的に竹刀を構えたが、それは悪手の最たるものだった。


 『鴻鵠ノ太刀』は、普通の剣技ではない。


「ィャアアアア!!」


 裂帛(れっぱく)の気合を伴い、京の剣が瞬時に虚空へ文目(あやめ)を刻んだ。


 トキの剣はそれを見事に受ける。


 しかし、すぐに金縛り(・・・)が訪れる。


 指を動かせないどころか、呼吸すらも止まる。全身が凍ったかのように。


 京の剣が軌道を変える。


 胴へ迫る二太刀目。


 それが己の胴を打つ(斬る)のを、トキは黙って見ているしか出来なかった。


「胴あり!! 一本!! ——勝負あり!!」


 告げられる、己の敗北。


 解ける秘剣の呪縛。


 強靭であるはずの足元が崩れ、膝をつく。


 胴打ちを終えた状態で残心を取った京の姿を、トキは迷子の子供のような表情で見上げた。


「…………きょう、ちゃん」


 ——転んで大泣きしていた自分を助け起こしてくれていた幼い頃の親友と、その姿が重なった。

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