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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
164/237

天覧比剣——準々決勝第三試合


 二〇〇二年八月四日——天覧比剣も、すでに四日目。


 準々決勝が行われる日である。


 勝ち残っているのは、僕ら富武(とみたけ)中学校を含めて、八校。そこから今日さらに(ふるい)にかけられるわけだ。


 ちなみに今日から、「第一会場」「第二会場」と試合場所を二分させず、一試合ごとに大武道場をまるまる一つ使うことになっている。そうすることで、今日は準々決勝を、明日は準決勝を、そして明後日には決勝戦を、という具合に進めていくのだ。

 時間調整、演出、そして参加選手の負担減のためだろう。

 一日で二試合やる日もあった予選よりも、気が利いていると思った。


 おかげで、全力でその日の試合に臨める。


 なにせ今日、僕ら富武中が戦う相手は——参加校の中でも指折りの強豪校だからだ。


 北海道代表、玄堀(くろほり)中学校撃剣部。


 ……とうとう、この日が来てしまった。


 予選の頃から、いつか戦うことを覚悟しつつも、天覧比剣本戦では別の誰かがやっつけてくれることを密かに期待していたあの強豪と、僕らはとうとうやり合うことになってしまったのである。


 無論、その玄堀の部長の雪柳(ゆきやなぎ)さんと因縁がある氷山(ひやま)部長にとっては、願っても無い機会だろう。


 おまけに——二人は次鋒戦で戦うことが確定している(・・・・・・)


 そうなのだ。

 昨日、雪柳さんがしかけてきた勝負を、氷山部長は受けることにしたのである。

 けど、普通に考えれば、そうなることは必然といえる。

 氷山部長が天覧比剣を目指していたのは、勝ち上がってくるであろう玄堀中学と戦い、自分が磨いてきた「玄堀の剣」を見てもらうことだから。その相手が、十一年前の戦争をきっかけに離別してしまった親友であればなおのこと。

 ……負けたら静馬(しずま)さんと師弟の縁を切らなければならない、という条件を聞いてもなお、部長は勝負を受けたのだ。


 氷山部長の勝利に期待したい。


 一方で、その勝負に勝ったとしても、試合そのものに負けてしまっては悲しい。


 勝負に勝って、試合にも勝つ……そんな欲張りを達成するために、僕と峰子も全力を尽くす所存だ。


 そんな心構えを剣とともに(たずさ)えて迎えた、準々決勝。


 ……やはりというべきか、今日の試合前にも「開幕演武」が行われた。


 (ほたる)さんと寂尊(じゃくそん)による、仲睦まじさのような『生々流転(せいせいるてん)』を見せつけられるという罰ゲームを試合前にさせられて、僕は妬くな僻むなと自分を律していた。これもある種の心の修行なのだと。


 ……おもしろくないので、この話はやめて次。


 繰り返すが、今日からの試合は、今までのように大武道場を二つの会場に分けて並行に進めるのではなく、大武道場をまるまる一つ使って進んでいく。


 第一、第二会場という番号分けの通り、まず第一会場の最初の試合から始まり、第二会場の最後の試合で終わる。


 今回の準々決勝を戦う学校は、以下の八校である。


 ——鹿児島県代表「拝山学院(はいざんがくいん)郷士(ごうし)(かい)

 ——宮城県代表「多賀城(たがじょう)養賢学院(ようけんがくいん)養剣会(ようけんかい)

 ——石川県代表「小松(こまつ)玉潟(たまかた)中学校剣英会(けんえいかい)

 ——静岡県代表「芙蓉(ふよう)学園峰剣会(ほうけんかい)

 ——東京都代表「富武中学校撃剣部」

 ——北海道代表「玄堀中学校撃剣部」

 ——岡山県代表「倉敷(くらしき)南中学校撃剣部」

 ——群馬県代表「高崎(たかさき)中央中学校撃剣部」


 余談だけど、天覧比剣には「三大強豪」と呼ばれる、三つの優勝候補県が存在する。


 北海道は言うに及ばず。

 後二つは、鹿児島県と宮城県だ。


 特に意味不明なのが鹿児島。

 あそこは代表校が毎年コロコロ変わるのだが、それでも三位以下に落ちたことがほとんど無い。

 鹿児島の学校はどこも強く、なおかつその強い者同士の中から特に強力な学校が出る。そしてその学校は毎年変わる。学生撃剣界隈では「蠱毒(こどく)の壺」と揶揄されているそう。


 宮城県も、仙台藩だった頃から武芸が盛んな土地柄である。

 伝わっている武芸流派も非常に多い。特に剣術。

 「至剣流以外の剣が学びたいならまず仙台に行ってみろ」と言われるほどだ。

 当然ながら、競技撃剣も強い。


 今回、その「三大強豪」のうち二校が、準々決勝の第一試合にて争う事になっている。

 強豪同士で蹴落とし合ってくれてラッキーしめしめという気持ちと、この二校がいったいどんな試合を見せてくれるのかという期待を僕は同時に抱く。


 そうして第一試合を観てみたが……すごかった。それしか言葉が見つからない。

 どちらが勝ってもおかしくは無かった。

 お互いにほとんど開きの無い力量差。

 堅牢な守勢の中にあるわずかな隙を見出し、そこを的確に突く技巧。

 お互い一進一退の戦いを繰り広げ、やがてもう一進して勝利を収めたのは——鹿児島である。


 手放しに賞賛できる試合に拍手を禁じ得ないと同時に、緊張を覚えた。もしも決勝に行ったら、あれくらいの人達と戦わないといけないのだ。


 ……だけどその前に、彼らと同じくらいに強いであろう、北海道代表を倒さなければならない。


 第二試合では石川県と静岡県が戦い、石川県が勝利。


 そして——第三試合。

 東京都代表、富武中学校撃剣部。

 北海道代表、玄堀中学校撃剣部。


 とうとう、僕らの番が訪れたのである。








 †








 準々決勝第三試合、先鋒戦。


 富武中学校撃剣部——卜部峰子(うらべみねこ)

 玄堀中学校撃剣部——兎塚(とづか)(まつり)








(とうとう、この日が来たわね……!)


 内心で入り混じった戦意と不安が、峰子の呼吸筋を寒さのように震わせていた。


 来る可能性があった、しかし出来れば来て欲しくはなかった事態が、とうとう現実化した。


 優勝候補の一角、玄堀中学校との試合。


 天覧比剣に立った時点で今までの試合も緊張感があったが、今回は極め付けだった。


 自分と同じく開始位置に立って向かい合った玄堀の先鋒——兎塚祭という女子を見つめる。


 背格好は峰子とそう変わらない。照明器具の光が、面金の向こう側にある彼女の眼鏡を反射している。面をかぶっても邪魔にならない、競技撃剣用の眼鏡だ。


(そういえば、いたわね。一人だけ。眼鏡をかけていた女子が)


 玄堀中の面々の中にいた祭の存在を、峰子はちゃんと覚えていた。


 一人だけ眼鏡だったから、というだけではない。


 不幸を勲章にしている——光一郎のその買い言葉(・・・・)に憤りを表した玄堀の部員の中で、彼女だけが顔色を変えなかったからだ。


 冷静に物事を見れる人物なのか、あるいは無表情の下で憤っていたのか。それは分からない。


 まさか彼女がレギュラーで、しかも自分とやり合うことになろうとは。


 物静かそうな雰囲気と顔つきに、眼鏡に三つ編みという、剣よりも本が似合いそうな感じの女子だった。しかし、玄堀のレギュラーなのだ。決して侮ってはならない。


 呼吸を整え、気を整える。


 緊張感で揺らいで見える世界を、「世界」としてだけ捉える。


 おもむろに左足を引き、竹刀を中段に置き「清眼(せいがん)の構え」となる。


 対面している祭も構える。

 右足を引いてやや腰を落とし、下段後方に剣を置いた「(しゃ)の構え」。

 峰子の使う鹿島(かしま)新当流(しんとうりゅう)にも同じ名前の構えがあるが、柳生(やぎゅう)心眼流(しんがんりゅう)はソレよりも低い位置に剣を置く。


「一本目——始めっ!!」


 審判が開始を告げると同時に、峰子は即座に構えを変える。前足を左から右へ置き換え、右耳隣にて剣をやや後傾させて置いた「(いん)の構え」。


 ……ああいう深い構えからは威力の高い太刀が来る。小手を前に出した「清眼の構え」だと、その高威力の薙ぎに竹刀を弾かれた拍子に体勢を崩されかねない。

 であれば、小回りが利く上に回避と袈裟斬りを同時に行える「引の構え」の方が対処しやすい。


 が、祭はさらに構えを変じた。腰を上げ、竹刀を右上段に後傾気味に置いた「(しゃ)の構え」。腰を上げることで立ち回りの軽さを優先させたか。


 「引の構え」「斜の構え」となったまま、双方近づく。

 間合いが触れそうになったら少し退く。

 双方とも、相手から先に剣を発させようと仕向けているのだ。

 攻撃によって剣と体の位置が変化した所を、俊敏に狙おうとしている。

 受ける暇があるなら避けつつ斬れ。戦国剣術の(おもむき)の強い双方の剣の答えが合致した結果だった。


 だが一方で塚原卜伝(つかはらぼくでん)は、過去にこんな歌を詠んだという。


 武士(もののふ)の 生死二つをうち捨てて 進む心にしくことはなし——


「っ」


 間合いに入られた(・・・・・・・・)


 峰子が足を進めた瞬間、それとタイミングを被せる形で祭も素早く進み出たのだ。峰子が進んだことで、祭が間合いへの侵入のために費やすはずだったもう一拍子(・・・・・)が省かれ、一気に奥まで来られた。


 しかし峰子の対応も早かった。俊敏に左足を退いて俊敏に()へ体を開き、俊敏に右袈裟を発して祭の右袈裟を受け止めた。足先から剣尖までが調和を崩さず一体化した、稲妻のごとき太刀捌きであった。


 半ばほどで切り結ぶ両剣。

 

 祭は柄を握る手を瞬時に上下入れ替え(・・・・・・)ながら右後方へ退き、その拍子に峰子の小手を狙ってきた。——柄の上部を握る手を左手にした、(ひだり)太刀(たち)の術。


「っの……!」


 右太刀に慣れた帝国剣士ゆえの心理的なやりずらさを覚えつつ、峰子はなんとかソレに対処。小手の位置を下げ、代わりに竹刀を打たせた。 


 その左太刀の持ち方のまま、祭は胴を狙って素早く突いてくる。

 峰子はその刺突を己の剣で左へ捌く。

 だがそこで祭の左太刀は右太刀に急変。同時に竹刀の位置も微かに後方へ退かせ、剣尖が峰子の小手のすぐ近くに来る。

 峰子は大きく後方へ跳ぶ。小手のあった位置を祭の切っ尖が小刻みに斬る。

 祭が近づき、剣を発する。

 峰子も応じ、剣を発する。

 迅速かつ緻密(ちみつ)な剣戟が、目まぐるしく繰り返される。


(本当に、やりにくいったらないわ……!!)


 峰子は内心で文句を言う。


 右太刀から左太刀。左太刀から右太刀。


 少しのミスが負けに繋がるこの細かいやり取りの中で、それをスムーズに、かつ一瞬でやってのける祭の手腕には、賞賛さえ覚える。


 左太刀という、右太刀の相手に慣れきった帝国剣士にとっての心理的間隙を突く剣技を、最も効果的なやり方で活用している。


(でも、ついていけてる(・・・・・・・)……! 氷山(ひやま)部長のお陰だわ……!)


 そんな祭の剣に、峰子は苦々しく思いながらも、しかし喰らいつくことが出来ていた。


 理由はひとえに、(きょう)と何度も行った竹刀稽古のお陰だ。


 京もまた、左太刀の技術が含まれた、柳生心眼流の使い手である。


 天覧比剣に行けば、いつか左太刀を使う相手とやり合うかもしれない。心眼流を使う玄堀はその最たる相手だ——そう言って、京は左太刀を自ら使い、自分達にその対応に慣れさせていたのだ。


 そのため、こうして峰子はまともにやり合えている。


 優勝候補である玄堀の剣士と、戦えている!


(やってみせる。この勝負、私が貰う——!)


 己の勝機を掴み取るため、峰子は剣を振るい続ける。


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