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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
163/237

【トーナメント表付き】天覧比剣——玄堀の女

かずはすカップルが成立する少し前に、時間がさかのぼります。

 ——手強い相手だった。


 先ほどの試合のことを思い出し、僕はシャワーで清めたはずの肌にまた冷や汗をかいた。


 中陸(なかおか)中学校の次鋒……確か、酒井一満(さかいかずみつ)という人。


 本当に危ないところだった。


 彼の剣技——僕の放った剣を触れただけで無力化させてしまうあの一太刀は、おそらくは『切落(きりおとし)』だ。であれば十中八九、一刀流系の剣術だろう——も優れていたが、それだけではない。分析力と対応力にも驚かされた。


 酒井氏の動きをよく観察し「影響の連鎖」を掴んだ時は、これから戦いが有利に進むかと思われた。


 だが、彼はそんな僕の能力をすぐに看破し、なおかつそれに予想もしないやり方で対処し、もう一歩で勝利という所まで僕を追い詰めた。


 体当たりで吹っ飛ばされた時に『劣化(れっか)蜻蛉剣(せいれいけん)』を使って防御と反撃をしていなかったら、僕は間違いなく負けていた。


 改めて、天覧比剣という舞台の侮れなさを思い知った。


 もしかすると、これから先、『劣化・蜻蛉剣』すらも通用しない相手と当たるかもしれない。


 それを考えると、好奇心ゆえにワクワクすると同時に、少し怖い。


 ……そんなことを考えながら、僕は部員一同と一緒に、帰りの送迎バスを目指していた。


 現在昼の十二時半ごろ。今日の三回戦は第一、第二会場ともに全て消化し、選手も観客も退館モードに入っていた。


 ワイシャツにスラックスという夏制服姿で、防具袋と竹刀袋を担ぎ、一階ロビーを進む。しかし外へ出ようとする観客の密度が高いせいか、なかなか進めずにいた。だからこそ、物思いにふける暇も生まれるというもの。


(……そういえば、今日もあったな。「開幕演武」)


 それを思い出した僕は、もやっとした感情を再び抱く。


 昨日に続き、今日の三回戦が行われる直前にも、「開幕演武」と称した(ほたる)さんと嘉戸(かど)寂尊(じゃくそん)の『生々流転(せいせいるてん)』を見せつけられた。


 真剣を用い、見事な剣技の調和を披露する二人に僕はぐぬぬぬとヤキモチを焼くのと同時に「僕なんて螢さんと手を繋いだんだからな」と対抗意識を心中でうそぶいた。我ながら情けない。


 僕もいつか至剣流の型二十四を全て体得したら、螢さんとたくさん『生々流転』しよう。そう心に誓った。


 ……そして、それとは別に、疑問がある。


 なぜ毎回、試合前に「開幕演武」をするのだろう?


 「開幕演武」自体、例年の天覧比剣には無かった(もよお)しであるという。


 バークリー大統領が来てるから、見せ物として? ……だとするなら、初日の一回だけで良いような気がする。何回も見せられたって飽きるだろう。


 (みかど)の御前だから? ……それならむしろ毎年やっているはずだ。


 考えたけど、僕の頭ではここで手詰まりだ。香坂(こうさか)さんあたりなら分かりそうだけど。あの人頭良いし。


 やっぱり、天覧比剣が終わった後、螢さん本人に訊こう。


 ——その「終わった後」というのが、優勝という形になるよう、頑張ろう。


 ようやく人垣を脱して、正面ゲートから外へ出ることが出来た僕ら。


 目前に広がる巨大な駐車場。その中で送迎バスの集まっている場所へ到着したところで、


「……嫌な連中に会ったわね」


 峰子が苦々しい顔と声で呟く。


 ——玄堀(くろほり)中学校撃剣部。その一同と、鉢合わせしてしまった。


 思わず足を止めてしまった僕らにつられたのか、向こうもピタリと揃って停止。相変わらず軍隊みたいなタイミングの一致ぶりだ。


 初日の事もあり、僕らの玄堀中学校に対する心証は良くない。向こうもまたしかり。なので必然的に物々しい雰囲気が漂う。

 

「……トキ」


 けれど、最たる理由は、両陣営の部長同士の確執だろう。


 氷山(ひやま)部長が緊張の表情で真っ直ぐ見つめるのは、玄堀中学撃剣部の部長、雪柳(ゆきやなぎ)トキである。


「頑張ってるみたいだね、(きょう)ちゃん」

 

 雪柳さんはそう言った。しかし、その無表情とそっけない声音からして、(ねぎら)いの意はおそらく薄い。皮肉で言ったのだろう。


 氷山部長はことさらな微笑を作って、努めて普段通りの声で言った。


「そっちも、今なお勝ち残っているようで安心した。明日の試合、楽しみにしているよ」


 ——そう。


 富武中学も、玄堀中学も、ともに三回戦を勝ち抜いた。


 そして……明日の準々決勝にて、この二校はとうとう戦うことになった。


 考えるだけで、そわそわしてくる。


 全くの無名だった僕らが、ここ十年優勝候補の座に君臨し続けている玄堀中学校と、天覧比剣にて戦うことになったのだ。平静を保てというのはなかなかに難しい。


「——おい、そこの貴様! 秋津(あきつ)光一郎(こういちろう)とかいったな!?」


 そこで、部長でも雪柳さんでもない、別の人物が声を張り上げた。……しかも僕を名指しで。


 声の主は、雪柳さんの隣に立つ、玄堀の男子だった。


 僕らと似たような夏制服に身を包み、すらっとした綺麗な立ち姿で、上背もそこそこ高い。端正だが精力的で気の強そうな顔つきは、あくまで僕の感想だが、少し取っ付きずらそうな感じがした。


 あと、なんだろう……どこかで見覚えのある顔つきのような……僕の知っている誰かの面影があるような……


 そんな男子が、僕を燃えるような眼で凝視している。


「ぼ、僕?」


「そうだお前だ秋津光一郎! 以前はよくもまぁいけしゃあしゃあと好き勝手に()かしてくれたな!? 俺達玄堀の村民が不幸を勲章にしているなどと!」


 彼はさらに指まで差してきて、密度の高い声で苦情を述べてきた。


(そんな事言ってな……いや、言ったか)


 氷山部長を詰めるような発言を繰り返す雪柳さんに思わずカチンときて、色々と。


 最近思うが、僕は熱くなると口が随分と達者になるようだ。怒りのエネルギーは、僕に蛮勇(ばんゆう)と豊富な語彙(ボキャブラリー)を与えてくれる。


 だが今は、怒れるような状況ではない。なので大型猛禽類(もうきんるい)と対したネズミのごとく気後れするしかない。


「いや、でもあれはそっちの部長が……」


「やかましい! 言ったという事実は変わらん! ……いいか秋津光一郎、よく聞け! 玄堀の村民であるということがどういう意味を持つのか、明日、剣で存分に教えてやる! もしも貴様がこの俺、藤林(ふじばやし)桃哉(とうや)()ることになったなら、俺の力を思い知らせてやるからな!」


 言いたいことは言い切ったとばかりに、その彼……藤林桃哉は腕を組んでフンッとそっぽを向いた。


 ——なるほど。誰かの面影があると思ったら、千鶴(ちづる)さんだったか。でもあの(ひと)はここまで苛烈な雰囲気はしていない。きっと本人の性格のせいだ。


 この人苦手だ……僕は内心でそう思った。


「そういうこと。私達は、明日のあなた達との試合で、存分に力を発露する。強大な侵略者から命懸けで故郷を守り抜いた玄堀の剣を、余さず見せる」


 雪柳さんはそう言うと、こちらへ……より正確には氷山部長へ真っ直ぐ歩み寄りながら、スカートの腰に差してあった一振りの短刀を鞘ごと抜いた。


 いわゆる懐剣(かいけん)と呼称される、短刀の中でも特に短い全長十五センチ未満のものだ。

 漆黒の柄と鞘の合口(あいくち)(ごしらえ)。陽光を強く反射すると同時に、漆黒の表面にいくつも付いた細かい(きず)を浮かび上がらせていて、いかに年月を積み重ねてきたのかを示唆(しさ)している。


 その短刀を左手に握り、氷山部長の前に一文字に突き出す。


コレ(・・)が何だか分かる? 京ちゃん」


 部長は緊張気味になりつつ、やや硬い声で答えた。


「……守り刀(・・・)だ。封建時代では、武家の女が護身のために携帯していた」


「そう。これは守り刀。十一年前の戦争で、玄堀の女は年齢に関係なく全員がこれを持っていた。ソ連兵の魔の手から、自分を守るために。だけどそれは、厳密には自分の身体(・・・・・)を守る(・・・)という意味じゃない。守るのは、自分の(みさお)


 息が喉奥に引っ込む音。部長と峰子、その他の女子部員だ。


 雪柳さんの言っている事の意味を理解し……そしてソレを想像して戦慄したからだろう。


会津(あいづ)戦争(せんそう)では、女も男に混じって政府軍と戦っていた。また、殺される(・・・・)以上の屈辱(・・・・・)を受けると確信した時は、自ら命を絶った。……十一年の「玄堀村の戦い」も、それと同じ(・・)だった」


 僕も、同じように理解していた。


 戦場の中に、女性がいることの意味を。


「この守り刀は、私達玄堀の女があの戦争を戦い抜いた証であり、誇り。京ちゃんがどんなに頑張っても、これを得ることだけは叶わない」


 雪柳さんは、次に、驚くべき事を口にした。


「宣言してあげる。明日の試合——私は必ず(・・・・・)次鋒になる(・・・・・)


 僕らは思わずざわついた。


「私と向き合う気があるのなら、京ちゃん、あなたも明日の試合で次鋒になって。そして、私と戦って」


 峰子が慌てたように食ってかかった。「ま、待ちなさいよ! そんな言葉を信用しろとっ?」と。


「嘘はつかない。何だったら今すぐ神文(しんもん)を書いて、そこに血判(けっぱん)()したっていい」


 雪柳さんの発言に、峰子が驚愕する。……本気であるようだ。


「もしも私に勝てたら——この守り刀を京ちゃんにあげる。だけどもし京ちゃんが負けたら、その時は「首斬り小天狗」の弟子をやめてもらう」


 氷山部長はひどく驚いた様子。


 ……僕は察してしまった。そんな要求をしてきたことの意味を。


 絶対に次鋒になることを保証し、なおかつ勝てば「玄堀の女」の証である守り刀を得られる……そんなメリットばかり出されると、どうしたって不審に思うのが人の(さが)だろう。


 だからこそ、相手にとってのデメリットを提示することで、その不審さを払拭しようとしている。


 「嘘か否か」という雑念を取り払い、「勝負を受けるか否か」という選択肢に集中させるため。


 そして——氷山部長の、玄堀村に対する思いの強さを試すため。


「あとは京ちゃん次第。……この勝負を受ける気があるなら、明日は次鋒になって」


 それじゃ、と雪柳さんは部員一行を引き連れて、自分達の送迎バスへと向かった。


 残された僕ら富武中一行は、その場にしばらく立ち尽くしていた。


 みんな、あらゆる意味で衝撃を味わったからだろう。


 何より、雪柳さんのしてきた提案。


 僕は氷山部長を見る。


 うつむいて、難しい顔をして沈黙していた。


 ……葛藤しているのだろう。


 部長はかねてから、雪柳さんと戦うことを念頭に置いていた。


 それを叶える機会が、もはや確約されているに等しいのだ。


 一方で、勝負を受ければ、結果次第で自分の師を失う可能性がある。修行と絆を積み重ねてきた良師を。


 さらに、この試合は部長一人の試合ではない。団体戦だ。自分のわがままで僕らを振り回すことに、躊躇(ためら)いを感じているのかもしれない。


「氷山部長」


 そんな部長に、僕が言ってあげられることは、たった一つだ。


「これからどうしたいのかは、部長にお任せします」


 少なくとも、部長のこだわりやわがままに付き合うことはやぶさかでは無い。そう伝えることだ。


「明日、次鋒になるのかならないのかは、部長の自由で構いませんから。どうか一晩、よく考えて決めてください」


 そう伝えることで、あとは部長個人の問題として、扱ってもらえるようにする。


 峰子もそれに異論は無い様子だった。


「……ありがとう。ではお言葉に甘えて、今日の残りの時間、じっくり考えさせてもらうとしよう」


 部長はぎこちなく微笑み、そう言ってくれた。


「こいつら生々流転したんだ!!(あ゛ーっ)」



今回の連投はここまで。

また書き溜めてから連投しますです。



現時点でのトーナメント表は以下のとおりとなります。




挿絵(By みてみん)


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― 新着の感想 ―
生々流転で脳破壊されるのはそれだけ剣術に真剣に向き合ってるからですよね。
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