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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
159/237

天覧比剣——三回戦第一試合 次鋒戦《上》

長くなるので三分割します。

(そんな……蓮美(はすみ)さんが、一本も取れずに負けるなんて……!)


 次鋒戦を控えた一満(かずみつ)は、悪い意味で予想外の結果に驚きを隠せなかった。


 負ける試合であっても、相手から必ず一本は取ってきた蓮美が、一方的に敗北するなんて。


 毅然とした、しかし内心の忸怩(じくじ)たる思いを隠しきれていない歩き方で戻ってくる蓮美。


 そんな彼女は、次鋒としてこれから戦う一満とすれ違いざま、


「——ごめんね」


 静かに震えた声でそう告げてきた。


 思わず一満は振り向いた。「蓮美さんは頑張った」とか「あとは僕に任せて」とか、言ってあげたい衝動に駆られた。


 だけど、仮にも(みかど)の御前だ。見苦しく見える行動は(はばか)られる。


 それに……蓮美自身にとって、それはきっと屈辱になるだろうから。


(……戦うしか、ない)


 今の自分が蓮美のために出来ることは、たった一つ。


 戦って、勝つことだ。


 富武側の次鋒——秋津(あきつ)光一郎(こういちろう)と。


 身長も体格も、一満とほぼ同じだった。

 使う剣術は、もはや見飽きた至剣流。

 だがその腕前は、今まで出会った至剣流使いの中で指折り。……噂だと、千代田区予選で葦野(よしの)女学院(じょがくいん)清葦隊(せいいたい)隊長を倒したのも、彼であるという。

 

 昨日の作戦会議において「最も要注意」とみなされた、富武(とみたけ)の剣士。


 ——勝てるのか、僕に。


 心中に弱気の虫が起こりかけるが、それを斬り捨てる。


 勝ってやる。この人に。


 自分が勝てば、大将戦に繋げる。まだ終わりじゃない。


 勝つんだ。部のために。蓮美さんのために。


 一満は開始位置に立つや、竹刀を中段に構えた。「星眼(せいがん)の構え」。


 光一郎もまた、中段である「正眼の構え」を見せる。


 「せいがん」同士の剣尖が同一線上で向かい合い、同時に、視線も一致する。


「——!」


 一満はその瞬間、思わず息が引っ込んだ。


 面金の向こうにある、光一郎の眼。


 そこには、恐ろしいくらい鮮明に、一満の「星眼の構え」が映っていた。


 戦慄で強張った、一満の眼差しすらも。


「一本目——始めっ!!」


 審判の一声が響くや、光一郎が鋭く間を詰めてきた。


 恐怖を覚えた一瞬の隙を突かれて、反応が遅れた。


 ——だが、問題は無い。


 「正眼の構え」から剛直に放たれた光一郎の『鎧透(よろいすかし)』の刺突に己の竹刀を添え、そこへさらに引きと捻りを加え、胴めがけて一直線だった刺突の軌道を左へ歪めた。『鎧透』は外れ、一満は光一郎の左斜め前へ入身(いりみ)


 一満がそのまま光一郎の面を打つべく竹刀を動かそうとした瞬間、それよりも早く自分の竹刀が勝手に持ち上がった。一満の竹刀と下から触れ合った光一郎の竹刀が半月状の軌道で斬り上げられ、右こめかみに水平に構える「稲魂(いなだま)の構え」になると同時に持ち上げられたのだ。至剣流の『瑞雲(ずいうん)』である。


 さらに光一郎の動きは途切れず続く。「稲魂の構え」のまま一歩退がるや、そこから電光石火の速さと勢いで「く」の字の太刀筋を描いた。その軌道上にあった一満の竹刀が、ばぁん!! という人工雷(じんこうらい)じみた激音とともに右へ弾かれた。至剣流『電光(でんこう)』。


 『電光』の終わりとともに中段に来た光一郎の剣による刺突。ソレから飛び退いて逃れつつ、一満は心中で感嘆した。


(すごい……! 剣技と剣技が、こうも滑らかに繋がるなんて……!)


 それぞれ速さもリズムも勢いも違う剣技同士。だがそれらがほとんど喧嘩することなく、シームレスに連続されていく。


 まるで、すべての剣技の中心を貫く「筋」によって、数珠のごとく繋がっていくように。


 見ていて気持ちが良いくらいだった。


 地区予選から天覧比剣に至るまで、多くの至剣流剣士と戦ってきたが、おそらく光一郎はその中でも一二を争う使い手だと一満は確信する。


(でも、僕だって——!)


 全身周囲をつむじ風のごとく反時計回りに駆け巡る『旋風(つむじ)』の太刀筋を刻みながら近づく光一郎へ、一満は退くことなく果敢に剣を振るった。


 斜め左から迫る光一郎の剣に、一満は右脇構(みぎわきがま)えから大きく振り放つ右袈裟で斬り込んだ。


 両剣はぶつかり合い——光一郎の竹刀だけが力を失って下へこぼれ落ちた(・・・・・・)。一満の剣はなおも光一郎の面を向いている。


 そのまま刺突を仕掛ける一満。だが光一郎は瞬時に身を左へ逃しながらまたしても『旋風』を使った。一満の竹刀を右へ弾きながら太刀筋を瞬時に一回転させ、一周してくる形でまたしても左から振ってくる。まさにつむじ風。


 一満はどうにか構えが間に合ったが、十分な距離が取れなかったため、(つば)付近という心許ない部分でしか受けることが出来なかった。


 二人の竹刀が激しく衝突し——またしても光一郎の竹刀だけが墜落(・・)した。


 面金の奥にある光一郎の目が、大きく見開かれた。


 一満は再び刺突。光一郎はそれを避け、今度は反撃をせずに距離を取った。


 その「正眼の構え」に「星眼の構え」で応じつつ、一満は己の剣技が決してあの少年に劣っていないことを確認した。


 ——叔父である篤彦はよく口にしていた。「日本剣術は、量子論に似ている」と。


 ミクロの世界の法則は、マクロの世界の常識とはかけ離れている。


 電子や光子といった粒子は、粒としての性質を持つと同時に、波の性質も持つ。


 一つの粒子が二つの性質を持つこの事象を「状態の共存」と呼ぶ。


 日本剣術の技法にも、同じような法則と思想が含まれている。


 たった一つの技が、攻撃であり、同時に防御であり牽制であり布石である——日本剣術には、このような技が数多く存在する。


 ——北辰一刀流の基本にして極意である『切落(きりおとし)』は、まさしくそれを極限まで追求した剣技であるといえよう。


 刀の形状と、手の内の操作を最大限に活かし、一太刀に攻撃と防御を高度に兼備させる。


 いかなる剣も、その一太刀に触れた途端に力を歪められ、切り落とされる(・・・・・・・)。そうして残った己の剣だけが、そのまま相手に届く。


 これまであらゆる試合に活路を見出してきた、一満の十八番(おはこ)


 一満は構えに、剣気を充足させた。


 お互いの間合いが近づく。


 間合いが触れ合う寸前に、一満は剣尖を降ろして下段構えに変更。


 途端、光一郎が素早く一歩退がった。まるで何かから逃れるように。


 ——流石に、ここまで勝ち上がるくらいの剣士なら解るか。


 下段構えというのは、一見すると上がガラ空きに見えるかもしれないが、実は高度な守りの構えである。

 実際の斬り合いという状況で考えると、下半身の守りとなる。足あってこその剣術。

 さらには、ほぼ全ての構えに繋げられる上、その過程をそのまま斬り上げにできる。ソレによって小手を斬ったり、相手の太刀を防いだりできる。


 この下段構えに対し、光一郎が取った構えは「稲魂の構え」。至剣流において、鉄壁の防御の構えとされているモノ。


 考えたな、と一満は思う。

 右足を退いて半身(はんみ)となり、右上段にて剣を稲穂のように並行に構えた「稲魂の構え」。

 あそこまで高い位置に小手があれば、こちらが小手狙いの剣を発しようとすれば、すぐにその前兆を見破れるはずだ。

 胴がガラ空きになるが、それを狙った攻撃も、「稲魂の構え」から発することの出来る『電光』の剣技によって瞬時に広範囲に斬り飛ばせる。高さの調整も可能。

 事実上、光一郎はこちらの攻めの気を感じた瞬間に技を発すればいいだけである。

 ……確かに、鉄壁の防御の構えだ。


 しかし、最高の盾が二つはあり得ない。


 いや、もしかすると、光一郎の「盾」の方が脆いかもしれない。


 なぜなら「稲魂の構え」が持つ「鉄壁」は……そこから次に発せられる剣技が『電光』であることが前提(・・)なのだから。


 一満は素早く剣尖を走らせた。狙いは胴。

 それを見た光一郎が、すかさず斬り払わんと虚空に(・・・)「く」の字の太刀筋を走らせた。

 その『電光』が発せられる一瞬前に、一満は竹刀を右脇構えに引き戻し、空振りさせた。

 空振りのタイミングに被せる形で、右袈裟を鋭く振り下ろす一満。狙いは『電光』を終えて中段に置かれた光一郎の竹刀。

 竹刀を強く打ち下ろして剣の動きを一瞬止める気と読んだのだろう。光一郎は前へ向かって半月状に斬り上げる。『瑞雲』である。


 ——今だ!


 上へ向かう『瑞雲』とぶつかる直前、一満は振り下ろされる己の太刀筋をほんの少し歪めた。


 剣の戦いというのは「線の戦い」だ。ほんの少しのズレが生じるだけで、「衝突」が「通過」に、「通過」が「衝突」に変わったりする。

 二人の剣が、上下にすれ違う(・・・・)

 光一郎の剣は上へ。

 一満の剣は下へ行き——そこで急激に軌道を上へ変化!


 上段に持ち上げられていく光一郎の小手に、一満の竹刀の切っ尖が追いついた(・・・・・)


「——小手あり!! 一本!!」


 北辰一刀流『地生(ちしょう)』。


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