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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
156/237

【トーナメント表付き】天覧比剣——大統領の憂鬱


 ——ふん、何を見せられるのかと思えば、仔猿(こざる)同士が棒切れでみっともなく叩き合っているだけではないか。ミドル・スクールのタッチフットボールの方がまだ見応えがある。


 帝国(ていこく)神武閣(しんぶかく)、地下一階VIPルームにて。

 現アメリカ大統領マーリン・バークリーは、高画質大型モニター二台に大きく鮮明に映っている競技撃剣とやらの試合を観ながら、心中でそう唾棄(だき)した。


 はっきり言って、観ていて退屈で仕方がない。

 こんな派手さも熱気も無い、棒切れによる叩き合いに高尚さを感じるなど、理解不能な民族だ。

 国賓(こくひん)に、それも国防上重要な同盟国の大統領に、このような退屈極まるモノを見せないで欲しいものである。おかげで欠伸(あくび)を堪えるのに一苦労だ。

 ハラキリショーか、派手なカンフーでも見せてくれたのなら、多少は興が乗ったものの。


 マーリンと同じくソファチェアに座って観戦しているのは、この国の連中が「ミカド」と呼んで崇める帝王(エンペラー)


 どう見たって現人神(あらひとがみ)などではない。あのモニターの向こう側で蠢動(しゅんどう)している連中と同じ、黄色い顔の奴だ……要人然とした作り笑顔の裏側で、マーリンはそうシニカルに考えていた。


 ——先の日ソ戦時に大統領をしていたレイモンド・ウィルキンソンは、アメリカ政界の中では有数の知日家である。


 東海岸富裕層出身者特有のノーブルオブリゲーション的思考の持ち主で、さらには異文化に対して寛容なリベラル的感性も併せ持つ。

 アイビーリーグの一校を優秀な成績で卒業後、就職することなく向かった先が、日本の熊本県だった。そこで宮本武蔵のナントカ(スタイル)という剣術を学び、外国人として初めて免状(ライセンス)を得たという。

 そういう事情からか、ウィルキンソンは日本贔屓であり、常に一定数の白人からは嫌われていた。逆に黒人やヒスパニック系といった有色人種層からは人気が高かった。

 米日同盟計画を推し進めたのも彼だ。

 日本がソ連から軍事侵攻を受けた時、惜しみない援助をしたのも彼。

 彼にとって日本人は、大海を跨いだ先にいる友人だったのだろう。


 ——しかし、現在大統領の椅子に座るマーリンにとっては違う。


 マーリンにとって日本人など、刀と帝王(エンペラー)に対する未練を今なお捨てきれない、理解不能な野蛮人でしかなかった。


 犬のように殖え、すぐ海外に移住してそこでさらに繁殖し、その地の生活と人種と宗教を汚染する。

 生意気にも経済的、技術的にはアメリカに伯仲(はくちゅう)し、全盛期にはアメリカの多くの企業を買収して奪い取った。第二次大戦にて白人同士が血を流し合っている間、焼け太りして(こす)く貯めこんだ金にモノを言わせて。

 さらには、東側の盟主であった超大国ソ連を、外国の援助を得ながらではあるが自国軍のみで撃退してのける戦闘力。


 現在は同盟国という関係ではあるものの、そんな日本と日本人の存在に対し、不快感と猜疑心を抱く白人は多い。

 何かの拍子で自分達を裏切り、後ろから刺すようなことをしてくるのではないか、と。

 マーリンを大統領選に勝たせた一因は、そんな白人達の危機意識であった。

 大統領も彼らと同じ気持ちだ。同盟関係など、切れるものなら一方的にでも切ってしまいたかった。合衆国の誇る最強の軍事力は合衆国を守るためにあるのであって、猿山を守るためのものではない。 


 ——だが、話はそう簡単ではない。

 

 そもそも、ウィルキンソンはただの友情や好き嫌いで、米日同盟を推し進めたわけではないのだから。


 日本を蔑みはしても、決して侮ってはいけない——これはウィルキンソンとマーリンの数少ない同意見だった。


 国際連盟が出来上がる前の、無差別戦争観の時代。多くの有色人種の国が西欧列強の植民地として恭順した中、日本だけは確固たる独立を果たし、極東の小国から列強の一国へと登り詰めた。その勃興ぶりは驚嘆に値する。


 それ以前の歴史を見ても、あの国が他国からの侵略に敗れたという事実は見られない。


 海に囲まれた島国であるという点と、国土の六割が山地な山国という点が、天然の要害として大いに助けになっている事実もある。

 だが、それだけではない。

 日本は七〇〇年ほどの間、武士という軍人が社会を支配する、尚武の国だったからだ。

 さらには「八百万(やおよろず)の神」などという珍奇な宗教観の影響か、海外の知識を貪欲に取り込み、それを自分達に合うような形に変化させるのが非常に巧みである。

 地政学的要害に守られた土地、屈強な武力、多文化への高い適応性。

 強国となり得る要素をいくつも持ち合わせている。

 それは昔も今もほとんど変わっていない。

 

 さらに、日本から海を跨いで隣にある中国にも注意が必要だ。

 近代ではあらゆる国に蚕食されるほどの弱小国だったが、今では次世代の超大国の仲間入りをしつつある。

 そして近い将来、何らかの形でアメリカと「難しい関係」になるだろう。


 小さいがしぶとく精強な日本。

 眠りから覚めつつある巨龍のような中国。

 日本人も中国人も、白人から見れば等しく「顔の黄色い奴ら」である。 

 この二国がいつか同盟を結び、白人社会にとって重大な脅威となるのではないか——そう考える白人は国内外に今なお多い。


 だからこそ、中国と組まれるより先に、日本を「こちら側」へ取り込む必要があった。


 さらにもう一つ。

 アメリカ人にはいまだに日中が地続きだと思っている者が少なくないが、日本列島は中国の海域に蓋をするような形で存在している。

 これは、将来的に米中との間に衝突が起こった場合、日本を防波堤として利用できるということだ。


 日中同盟の阻止と、将来の中国との衝突の可能性に対する事前の策——それが米日同盟が合衆国にもたらす国益である。


 ウィルキンソンは腐っても為政者だ。単なる個人的な好き嫌いで物事を決めたりはしない。そこには必ず政治的なリアリズムが介在している。


 マーリンもまた為政者。日本人などという得体の知れない連中に肩入れなどしたくはないが、軍事的合理性が介在しているのならば汚泥(おでい)を呑む気持ちで受け入れる。


 ……もっとも、大統領制を採用している以上、それを決めるのは支持者の合衆国民であるが。


 あらためて、モニターに映るチャンバラごっこに目を向ける。


 ——この仔猿共の前にやっていた「開幕演武」とやらは、多少見れる(・・・)所があるかもしれんな。


 日本剣術など欠片も知らず興味も持たないマーリンでも分かる。あの二人は、相当な腕前であると。


 一方で、思った。


 この天覧比剣という大会は、刃物の持ち込みが厳禁となっている。


 帝に尋ねると、あの二人が使っている刀は、紛れもない「真剣」であるという。


 真剣。それすなわち、振れば斬れるということ。


 ——なぜ、あの二人だけは、「例外」として扱われている?


今回の連投はここまで。

また書き溜めてから連投しまっする。


以下が、トーナメント表の現状です。



挿絵(By みてみん)


作成ツール様に重ねて感謝。

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