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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
155/237

天覧比剣——戦場の剣


 かくして、どうにか僕達富武(とみたけ)中学校は、初戦を勝ち抜くことができた。


 始まる前の緊張にも負けず、いつも通りの剣を出し、一本取られながらも二連勝することができた。


 決して弱い相手ではなかったし、今日戦った人達と同じくらいかそれ以上の相手とこれからやり合うのだと思うと先行きが不安だが、それでも天覧比剣優勝への階段を一段登ったのだ。これをあとたった数回勝ち抜けば優勝なのだと思えば、ある程度は不安も和らぐ。


 ——というのは、やはりというべきか、甘かった。


 僕らの試合の次の次……つまり第二会場二回戦第四試合。


 北海道代表——玄堀(くろほり)中学校撃剣部。

 愛媛県代表——伊予(いよ)明極(めいごく)学院(がくいん)剣術部。


 その一戦を見た僕らは、これから戦おうとしている相手の強大さを思い知った。











 まずは先鋒戦。


 玄堀中学側から出てきたのは、藤林(ふじばやし)桃哉(とうや)という男子であった。


「先生の奥様の兄、その長男と聞く」


 藤林、という名字に反応した僕に、氷山(ひやま)部長がそう説明する。


 観客席から、僕ら富武中レギュラー三人は第二会場を俯瞰(ふかん)する。どこもいっぱいいっぱいな中で見つけた空席であるため眺めはあまりよろしくないが、それでも見れないよりはマシだ。


 桃哉氏は相手側の先鋒に一礼してから、構えを取った。右足を退き、剣を後方で下げたその構えは、至剣流の「裏剣(りけん)の構え」に似ていた。しかし微妙に違う。あれはきっと柳生(やぎゅう)心眼流(しんがんりゅう)の構えなのだろう。


 愛媛の先鋒も、至剣流の「正眼の構え」を取る。


「一本目——始めっ!!」


 開始の号令とともに最初に出たのは、桃哉氏だった。突風のような俊敏さとともに、後方に構えた竹刀を鋭く薙ぎ払ってきた。


 相手も負けていない。桃哉氏が飛び出す前兆を読んだ上で竹刀を「裏剣の構え」にし、桃哉氏が出た瞬間に全身に渦巻くような太刀筋で竹刀を振った。至剣流の『旋風(つむじ)』である。それもなかなかの練度。


 両者の間合いが急接近し、やがて重なる。それに合わせて双方の竹刀が激しく切り結ぶ。


 そこからさらに攻めるのかと思いきや——桃哉氏は大きく後方へ飛び退いた。


「——面あり(・・・)!! 一本!!」


 同時に告げられる、一本。


「なっ…………今、入ったのっ!? 入れたの!? どうやってっ!?」


 信じられないとばかりに声を荒げる峰子(みねこ)


 氷山部長も、目を見開いて絶句していた。


 僕も似たような表情で驚いているだろうが、我が目は遠くからであっても、先ほどの一本の理由をどうにか視認していた。


 ——桃哉氏は飛び退く寸前に、竹刀を相手の間合いの奥まで伸ばして面垂(めんたれ)の首筋あたりに添え、飛び退くと同時に竹刀を引いて面に擦り付けた。いわゆる「引き斬り」である。


 その速度があまりに速く、おまけに遠くからの観戦だったので、峰子の目には見えなかったのだ。


「二本目——始めっ!!」


 開始位置に戻った双方は、合図とともに再び動き出した。


 愛媛の先鋒が激しく攻め立てた。アラビア数字の「8」を横にしたような軌道を取りながら左右交互から袈裟斬りを連発するその動きは、嘉戸宗家が(・・・・・)教えている(・・・・・)至剣流の型の一つ『衣掛(ころもがけ)』に由来するものであった。


 継ぎ目がほとんど無い猛烈な連撃を、桃哉氏は退がりながら苦も無さそうに受けていき——やがて相手の右袈裟と切り結んでから、ほとんど目で捉えられない剣速で面を左袈裟に打ちながら後退。


 その面を打った時の桃哉氏は、右手で柄の下を、左手で柄の上を握っていた。従来の剣の持ち方とは左右逆(・・・)。……相手と切り結んでから、瞬時に持ち手を変えて打ったのだ。


 以前、氷山部長に聞いたから知っている。

 あれは(ひだり)太刀(たち)だ。現在では新陰流(しんかげりゅう)や、そこから派生した心眼流などで見られる技法。


 この現代では、右手が柄の上を、左手が柄の下を握る「右太刀」の持ち方が主流だ。

 理由は二つ。日本人の圧倒的多数が右利きであるのと、現代で義務教育の必修になるまで普及した至剣流の影響だ。至剣流は右太刀ばかりである。

 ゆえに現代人は右太刀に慣れ過ぎていて、その逆である左太刀の動きに即座に対応しにくい。

 その心の隙をついた剣技。


 無論、簡単ではない。持ち手を左右逆にするのをスムーズに出来なければ、試合や、まして斬り合いでは使い物にならない。中途半端ではかえって隙を生みかねないからだ。

 それをあんなにあっさりと、しかもあんな速さで。


「面あり!! 一本!! ——勝負あり!!」


 桃哉氏は、あっという間に白星(しろぼし)を得た。












 続いて、次鋒戦。


「トキ……」


 氷山部長が、緊張でかすれ気味な声でその名を呟く。


 そう。次鋒は玄堀中学撃剣部部長にして、氷山部長のかつての友達だった、雪柳(ゆきやなぎ)トキさんであった。


 愛媛の次鋒は大柄な男子だった。小柄な雪柳さんとは身長差が歴然である。


 にもかかわらず——僕は彼女が負けるイメージが少しも思い浮かばなかった。


「一本目——始めっ!!」


 瞬間、両者の距離が一瞬にして縮まる。雪柳さんが瞬時に近づいたからだ。


 目を見張る俊敏さだが、相手も負けていない。間合いに入ってきた雪柳さんに素早く反応し、太刀を閃かせる。


 ぱんっぱぱぱぁんっ!! という、爆竹にも似た打撃音の(つら)なり。


 それらの音は、最初の一回を除いて、全て、防具を打つ音(・・・・・・)だった。


「えっ……!?」


 どうにか目では追えたが、それでも驚嘆に値する早業(はやわざ)だった。


 愛媛の次鋒と切り結んだ次の瞬間——面への刺突、小手打ち、持ち手を左太刀に変えながらしゃがみ込んでの胴打ち。この三撃を瞬時にやってのけたのだ。


 防具を一回打てば良いだけなのに、三回も。明らかに過剰だ。


 「勝つ」のではなく、「殺す」ための過剰さ。周到さ。


 これくらい念入りに斬らないと人は死なないのだ、と言わんばかりに。


「…………面あり!! 一本!!」


 審判も、三撃のうちどれを判定すれば良いのか迷ったようだ。少し間を置いてから、一番最初に入った面を判定した。


 僕らだけでなく、近くにいる他の観客も揃って唖然としていた。


「二本目——始めっ!!」


 そんな観客を省みることなく、二本目が始まった。


 愛媛の次鋒が飛び出す。その全身からはそこはかとない怒気を感じた。必要以上に打ち込まれて頭に来たのかもしれない。その太刀筋は全身に渦を巻くような『旋風』のものであった。


 両者の竹刀がぶつかり合う。


 相手の切っ尖が、雪柳さんの竹刀を滑りながら小手を目指す。


 雪柳さんはその竹刀を巻き取ろうと円弧を描き始めるが、愛媛の次鋒はそれよりも素早く円い剣捌きで彼女の竹刀を巻き込み返し(・・・・・・)、横へ払いのける。すでに彼女の面を向いていた剣尖が疾る。


 その『綿中針』の刺突は、空気を穿った。すでに剣尖の先に雪柳さんの姿は無い。


 かと思えば、愛媛の次鋒の体が浮き上がった。その懐へ潜り込んでいた雪柳さんが、背中に担ぐようにして「投げ」に入っていた。


 小柄ながら発達した下半身の馬力にモノを言わせた雪柳さんの技によって、相手の大柄な体が虚空で軽々と半月を描く。そのさまはまるで水面から跳ね出た(こい)のようであった。


 さらに僕は、そんな投げられる相手の速度が、一瞬さらに(・・・・・)加速する(・・・・)のを見逃さなかった。


「がはっ——!?」


 背中から叩きつけられた愛媛の次鋒は床をワンバウンドし、観客席にも届くような呻きを吐き出した。

 

 叩きつけられた音がはっきり聞こえた点からしても、今の投げの威力の強さを物語っている。


 そんな相手の面を、雪柳さんは無感情にぱしん、と叩いた。


「面あり!! 一本!! ——勝負あり!!」


 ——おそらく、先鋒戦の開始から五分も経っていないのではないだろうか。

 

 圧倒的な玄堀中の実力に、僕は口をあんぐり開けながら黙っているしかなかった。


「……勝てるのかしら、私達で」


 峰子の吐露した小さな弱音が、僕の鼓膜と心を静かに、不愉快に震わせた。


『私達は、本当の殺し合いを肌で知っている。だから、あなた達とは剣への向き合い方が違う』


 それが口だけではないことは、もはや疑いようがなかった。


 引き斬りを合わせた飛び退き、

 息をするように太刀の持ち方を左右切り替えられる度胸と技量、

 必要以上の回数の防具打ち、

 投げの最後でさらに力を入れて落下速度と威力を上げる工夫、


 全てが、完全に戦場での立ち回りを想定している。


 そして彼らの師は、あれらの技術を、実際に敵兵を殺すために使ってきたのだ。


 ……戦っている「舞台」が、違う。


 僕はあらためて、天覧比剣のレベルの高さを思い知らされたのであった。








 天覧比剣第二会場、二回戦第四試合、勝者————玄堀中学校撃剣部。

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