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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
126/237

都予選三回戦第二試合——「あの子」と『あの技』


 続いて、次鋒戦。


 北千(きたせん)駄ヶ谷(だがや)中学校戦史研究会——高町翔(たかまちしょう)

 富武(とみたけ)中学校撃剣部——氷山(ひやま)(きょう)






(まさか、峰子(みねこ)がやられるとはな……)

 

 峰子と入れ替わる形で開始位置に立った京は、相手の侮れなさを感じて緊迫感を覚えていた。


 だが、すぐに対面する相手——高町翔へと意識を移す。


 峰子が負けて後が無くなろうが、そうでなかろうが、ここにおける自分の為すべきは勝つ事だ。依然変わらない。


 そのために、出せる限りの剣を出し切ろう。


 ——そう。出せる限りの(・・・・・・)


 その言葉は、「自分の全力を残さず出す」という意味だけではない。


 「都合によって(・・・・・・)出せないモノ(・・・・・・)を除いて、全て出し切る」という意味も持っている。


 京は中段に構えをとった。柳生心眼流「勢眼(せいがん)の構え」である。


 対し、相手である翔がとった構えは、額の前で剣を並行にした構え方だった。その様は、まるで大きな横笛を吹いている様子を思わせる。


(あれは新陰流の「執笛勢(しってきせい)」か)


 翔が新陰流の使い手であるという情報は、光一郎が持ってきてくれた新宿区予選のビデオで把握済みである。


 ——新陰流兵法。

 上泉(かみいずみ)伊勢守(いせのかみ)信綱(のぶつな)を開祖とするこの剣術はいくつかの系統に分かれているが、一番有名なのは、徳川将軍家指南役をしていた柳生宗厳(やぎゅうむねよし)が伝えた系統の新陰流である。これは世間では「柳生新陰流」という俗称で呼ばれることが多い。

 京が学ぶ柳生心眼流は、その名が示す通り、「柳生新陰流」の分派である。

 心眼流流祖である仙台藩の竹永隼人(たけながはやと)は、柳生宗矩(やぎゅうむねのり)より剣を学び、その極意を得、のちに柳生心眼流を興した。 

 そういう関係性を持った「柳生新陰流」と柳生心眼流だが、同じ「柳生」の名を冠する武芸であっても、その内容はかなり異なっている。両者の持っている持ち味もまた。


「一本目——始めっ!!」


 審判の号令がかかるや、京は中段に構えた竹刀の切っ尖を先んじて、少しずつ距離を近づけていく。


 翔はなおも「執笛勢」を解かない。京と向かい合った状態を保ちつつ、少しずつ後方へ退がる。


 京はそれを追う形で、なおもゆっくり近づこうとしたその瞬間——翔がいきなり京の間合いへ急接近。微かに右斜め前へ踏み出して京の剣尖から我が身を逃しつつ、小手めがけて迅速な一太刀。


 京は一歩退きながら小手と竹刀を引き、翔の小手打ちを竹刀の鍔付近で防御。さらにそこから相手の竹刀を払いつつ足を進めて刺突。


 翔はもう一度右へ身を逃し、京の面へ左袈裟斬りを放つ。


 それを弾かんと京は左へ竹刀を振るが、空振り(・・・)となる。直撃寸前に翔の竹刀が軌道を急変させ、京の竹刀の反対側に(・・・・)回り込んだ(・・・・・)からだ。


 左へ振ったのと同じ向きの力を叩き込まれ、強制的に左へ振り抜かれる京の竹刀。


 ガラ空きとなった京の防具(急所)

 斬撃から刺突へ変化する翔の太刀筋。 

 京の面めがけて剣尖が急迫し——外れた。


「っ」


 翔が息を呑んだその時には、翔の竹刀が強烈な上からの力で叩き伏せられ、同時に小手に衝撃(・・・・・)

 やったのは京の竹刀だ。

 ほんの小さく足元を浮かせ、その一瞬の滞空時間で体の向きと位置を瞬時に変えることで、翔の剣尖から逃れ、同時にその剣を上から打ち下ろし、小手も打ったのだ。

 回避、反撃、剣の妨害——それら三つの要素を一動作に凝縮させたような、そんな一太刀だった。


「小手あり!! 一本!!」


 審判がそう告げる。


 京はそれを「よし!」と思うでもなく、ただただ平静な心のまま、淡々と開始位置へと引き返す。

 まだ勝利ではないというのもある。

 だが、それ以上に——勝ち誇ったり、雑念を抱いていられる余裕など無かった。


 思い出すのは、ギーゼラに言われたあの言葉。


『そんなスタンスでこの先勝ち続けられるとは思わないコトね。アンタがその「何か」を見せなきゃいけない時が、遅かれ早かれ必ず来るよ』


 彼女は、見抜いていた。


 自分が、彼女との戦いで、手を抜いていた(・・・・・・・)ことに。

 

 いや、手を抜いていたというより「全てを出しきっていなかった」と言う方が適当か。


 そう——京は隠している。『あの技』を。


 もしも、ギーゼラとの一戦で『あの技』を使っていれば、おそらく勝利していただろう。


 『あの技』は、それほどのものだ。


 師である藤林(ふじばやし)静馬(しずま)が、唯授一人(ゆいじゅいちにん)という形で自分に教えてくれた『あの技』は。


 でも、『あの技』はまだ——


「二本目——始めっ!!」


 審判が再開を告げる。


 翔は気と剣を静かにし、攻めてこようとはしない。ここで焦って攻勢に出ないあたり、やはりここまで来ただけのことはある剣士だということなのだろう。


 京は自分から攻めかかった。勢いよく詰め寄っての右袈裟斬り。

 翔は立ち位置を右へスライドさせ、小手を狙ってくる。

 それを見た京は、右袈裟斬りが下段へ達するより速く足腰を反時計回りに捻る。それによって小手と剣の(・・・・・)位置も動き(・・・・・)、小手狙いの一太刀を防ぐと同時に剣尖を面へ向けた。

 次なる刺突を警戒した翔は横へ逃れる。だが京は刺突はせずに後方へ退がる。……剣尖を向けたのは単なる牽制。一旦距離を取って出方を伺うためだ。


 遠間となった二人は、再び隙の探り合いをしながら立ち位置と距離と構えを逐一変える。

 構えを変化させる途中経過を「隙」として攻めかかる。

 しかしそれは罠。釣られた側にこそ「隙」が生じる。そこを逆に攻める。

 だがそれもまた罠。自分を釣り人だと思っている魚に、狙い澄ました一太刀を放つ。

 それも防がれ、打ち返される。

 それも防がれ、打ち返される。

 罠にかかった間抜け同士、激しいダンスのごとく床のあちこちに歩を刻みながら、目まぐるしく、猛烈に攻防を繰り返す。

 

 京はいっさい手を抜かず、その場その場で最善かつ最短かつ最速かつ最大限の攻撃を振るい続ける。

 

(……ギーゼラ君。君の言わんとしている事は、私にだって分かるよ)


 互いの剣の届かぬ遠間となった——と思わせた所からの片手突き。片腕のリーチを加味したロングレンジの刺突が翔の面へ迫る。

 しかし、頭を軽くかしげて回避される。

 京は今度は伸ばした剣を引き戻す過程で小手へ擦り当てようとするが、それも避けられて失敗に終わる。


(出し惜しみなどして勝ち続けられるほど、天覧比剣という舞台が甘くないということは、私とて重々承知だ)

 

 剣を引き戻しながら前に進んでいた京。互いが互いへ向かったことで瞬時に剣が両手持ちに戻り、間髪入れずに次の一太刀を発することができた。左斜め下からの斬り上げ。

 翔は退がりながら竹刀を振り下ろし、京の竹刀と激しく切り結ぶ。

 

(でも、あれはまだ、誰にも見せたくない)


 両者の剣が接した状態のまま、京は己の剣で円を描く。翔の剣もそれに巻き込まれて一緒に円を描き、上段へ持ち上げられた途端に京の剣が軌道を急変。面へ向かって切っ尖が鋭く突き進む。

 だが、それが当たる直前に翔の姿が京の右隣へ滑り、突きを外した京めがけて容赦の無い大上段の一振りを放つ。

 その一太刀を放ったタイミングは、京が刺突を実行している最中。回避不可能と思われた。


(私が見捨ててしまった「あの子」以外に——トキ以外には、まだ!)


 だが京は、その場でわざと仰向けに転がった(・・・・・・・・)

 それによって、翔の振り下ろしは外れた。

 そんな翔の小手へ、京はすかさず真下から竹刀を滑らせた。


「小手あり!! 一本!! ——勝負あり!!」


 審判による勝利宣言。


 京は転がって退がりながらも、気を緩めず残心。立ち上がる。


 ——ゲリラ戦という極限の環境を生き抜いた玄堀の武人であるなら、試合終了だからと気を緩めたりはしないはず。


 競技撃剣は、競技であり、斬り合いなのだから。


ようつべで「新陰流」と検索すると、三輪ちゃんが出てくる件。

「シン・陰流」やない。「新陰流」や。

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