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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
121/237

都予選二回戦第四試合——決着

 國木田(くにきだ)家の明治時代における先祖は、元新撰組隊士だった。


 近藤(こんどう)(いさみ)土方歳三(ひじかたとしぞう)永倉新八(ながくらしんぱち)のような錚々(そうそう)たる顔触れとは違い、無名の一隊士に過ぎなかった人物。それでも、確かに彼らと肩を並べて剣を振るっていた人物。

 戊辰(ぼしん)戦争(せんそう)の敗北によって新撰組が解散したのち、先祖は身元を隠して名前も変え、新時代の日本で(ねずみ)のように隠れて暮らした。


 ——その先祖が元隊士であったことは、半世紀以上もの間、家族やごく一部の者の中での秘密だった。

 

 御一新ののちの新撰組や天然(てんねん)理心流(りしんりゅう)に対する世間の扱いは、それはもう酷いものであった。

 戊辰戦争において新政府軍が(にしき)御旗(みはた)を掲げて「官軍」となったことで、新撰組を含む旧幕軍は「賊軍」という扱いとなった。

 「賊軍」の局長であった近藤勇は、武士らしく切腹することも許されず斬首。

 さらに彼の縁者、同門、部下も、類が及ぶ事を恐れてそれらの証拠を隠滅せざるを得なくなった。

 市井においても、新撰組の話を出すのは、なんとはなしにタブー扱いされるようになった。


 ……瑛士(えいじ)の先祖も、そんな時代に翻弄された「賊軍」の一人であった。


 それから百年近くが経ち、人々の間でも新撰組に関する記憶が風化してきた頃、瑛士の祖父が天然理心流の復元への取り組みを開始した。

 伝書の類をかき集め、解読し、実践と試行錯誤を繰り返した末に、ようやく天然理心流を復元することができた。……しかしやはり絶伝する以前とは差異があるだろうから、『國木田派天然理心流』と名乗っているが。


 『國木田派天然理心流』は、多摩地区周辺にて広く伝えられた。免許皆伝者も何人か出た。


 瑛士もまた、幼い頃よりその家伝の技を好み、慣れ親しんできた。


 天然理心流の立て直しはこうして一応の完了を見せたが、瑛士はそれだけでは満足しなかった。


 ——時代の流れによって踏みにじられた、天然理心流と、その剣を振るっていた新撰組の名誉を回復したいと考えた。


 瑛士は(みかど)を戴く現体制を憎んではいない。文明と近代兵器の火力に酔いしれていた当時の西欧列強の横暴からこの国を守るには、今の体制にするしか道が無かったことを分かっているからだ。


 しかし、それでも世間による新撰組への扱いを許す気にはなれない。


 だから、一剣士として恥ずかしくないやり方で、彼らに勝利という花を添えたいと思った。


 天覧比剣という晴れ舞台にて「賊軍」の剣を振るい、天然理心流と新撰組の魂ここにありと、帝と国民に知らしめる——それが瑛士の目標だった。


 たとえ何年かかろうと、瑛士は目指し続けるだろう。


 そのために、瑛士にできる事はたった二つだ。

 剣を磨くこと。

 そして——目の前の相手を、全力で倒しに行くこと。







 


「二本目——始めっ!!」


 試合は続く。


 すでに一本目で光一郎(こういちろう)に打たれてしまった。もう後が無い。この二本目でなんとしても取り返さなくては。


 瑛士は竹刀を背後に構えながら光一郎へ接近。……至剣流の「裏剣(りけん)の構え」と同じように、剣を発する直前まで剣の向きを悟らせないための構え。


 一足一刀の間合いに光一郎を置いた瞬間、後方の竹刀を放つ。ほぼ一瞬で虚空に弧を描いた。


 その一太刀を、光一郎は『綿中針(めんちゅうしん)』で柔らかく上へ受け流す。受ければその一太刀の重みで光一郎を硬直させられたのだが、その目論見を防がれたようだ。しかしそれも想定内。


 瞬時に竹刀を引き戻し、刺突。胴を狙ったものだが、瞬時に軌道を変えてすぐ近くの小手も狙える。

 

 対し、光一郎は身を翻しながら立ち位置を移動させる。瑛士の竹刀から胴も小手も遠ざけて瞬時に横合いへ移動し、振り向きざま円弧の太刀筋を放った。至剣流の『颶風(ぐふう)』だ。


 瑛士は竹刀を引っ込めて防御。そこから竹刀を水平移動させながら近づいて面を狙う。


 横一文字に斬りつける直前で——光一郎は腰を落として頭を低くし、真上へスレスレで瑛士の一太刀を素通りさせた。瑛士よりも小柄な体を活かした紙一重の回避。二人の剣と体がすれ違う。


(すぐには避けず、ギリギリまで(・・・・・・)引きつける(・・・・・)ことで、とっさの太刀筋の切り替えを出来なくした上で避けるか——言うは易しだ。それをこうも気軽にやってのけるとはな)


 光一郎の反応とタイミング合わせの良さに舌を巻きつつも、瑛士は次の行動に出た。振り向きざまに放った竹刀が、光一郎の追撃の一太刀と激しく切り結んだ。


 瑛士は相手の竹刀を横へ押しのけて刺突。

 光一郎はそれを円く受けてから刺突。

 その竹刀に己の竹刀を被せるようにいなしてから切っ尖を発する瑛士。

 それも円く受けて突き返す光一郎。


 フェンシングじみた高速の剣戟を、立ち位置を移動させながら繰り返す二人。


 高速の攻防を繰り返し、繰り返し——


(ここ!!)


 光一郎がもう何度目かの刺突を返してきた瞬間に、「機」と見た瑛士は躍り出た(・・・・)

 やってきた刺突が右側頭部のすぐ隣を素通りするのを感じつつ、右手で光一郎の右腕を取った。

 ここから柔術の技で瞬時に制圧してやる。瑛士の腕前ならば制圧まで半秒とかからない。無抵抗になったところを面なり小手なり打つつもりだった。


 そう思っていた次の瞬間——


「な——」


 瑛士の重心が、ぐらついた(・・・・・)


 光一郎の両腕が、剣を動かしたからだ。


 円、螺旋、弧……宙に縦横無尽に描かれる光一郎の太刀筋は、拘束する瑛士の力を柔らかく(ほぐ)し、その流れに(・・・・・)巻き込んだ(・・・・・)


 拘束しているはずの瑛士が、逆に操り人形のように動かされ——放り投げられた。


(どういうことだ——!?)


 受け身を取りつつ、瑛士は内心で動転していた。

 

 ……力の流れを、完全に掌握されていた。


 まさか、剣だけでなく、柔術までここまで達者だったとは。

 



 ——否。




 柔術などではない。

 光一郎が使ったのは、まぎれもなく剣術だ。

 『劣化(れっか)蜻蛉剣(せいれいけん)』。

 一瞬だけ現れる、光一郎にしか見えぬ金色の蜻蛉(トンボ)

 その蜻蛉の一瞬現れた位置は、光一郎を勝利へ導く「必勝の軌道」の欠片——「必勝の一点」。

 しかし、「必勝の一点」であっても、点同士の隙間(・・・・・・)を小さくする(・・・・・・)ように何度も(・・・・・・)連続で並べれば(・・・・・・・)、擬似的にだが「必勝の軌道」を作れる。


 無論、こんなに激しく『劣化・蜻蛉剣』を連発させたことが無かったので、慣れない行為をした体が疲労を訴えている。——しかし、瑛士の柔術を防ぎ、投げ飛ばし、そこへ追い討ちをかけることができる。


 瑛士が受け身を取った時には、すでに大きく前のめりになった光一郎が右手一本で思いっきり竹刀を伸ばし、その面に剣尖で触れていた。


「面あり!! 一本!! ——勝負あり!!」


 自分の勝負を耳にした瞬間、光一郎の足腰からガクッと力が抜けた。大武道場の床にうずくまるような姿勢で崩れ落ちる。


 四肢が怠くて重い。やかんが沸騰したように汗が噴き上がる。——それほどまでに負担だったのか。今の『劣化・蜻蛉剣』の連発は。


 審判が光一郎に何か言わんとするよりも早く——立ち上がった瑛士が手を差し伸べてきた。


「大丈夫か?」


 光一郎は瑛士の顔をじっと見つめて、ふっと笑った。


「そんな声、してたんだね」


「それはこちらの台詞でもあるな」


 瑛士もまた、可笑しそうに微笑む。


 光一郎は彼の手を借り、立ち上がった。少しふらついたが、すぐにいつも通り立てた。


「ありがとう、國木田くん」


「ああ」


 二人のやり取りは、それきりだった。

 

 これ以上は言う必要など無いし、言ってもいけないと思った。


 勝者が敗者に必要以上に声をかけるべきではないし、敗者もそれだと困るだろう。


 何より……互いに剣を納めて一礼し、退がるまで、試合は続いているのだから。



 

 



 天覧比剣都予選二回戦、第四試合、勝者————富武(とみたけ)中学校撃剣部。


まだ帝国日本が続いている世界線なので、現政権にとって新撰組はまだ一応「賊軍」扱いです。

とはいえ、本当に一応。

新撰組についての研究を禁じたり、取り締まったりする動きは「今のところは」ありません。

曖昧なスタンス。


そういう事情ゆえに、現実世界ほど新撰組の人気は無かったりします。

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