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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
120/237

都予選二回戦第四試合——國木田瑛士

 ——やっぱり峰子(みねこ)、戦い方が随分変わったなぁ。


 先程の先鋒戦の感想を思い浮かべながら、防具で身を固めた僕、秋津(あきつ)光一郎(こういちろう)は大武道場の試合開始位置へと移動した。


 峰子と入れ替わってその場に立った僕の前方には、相手方の次鋒が立っていた。


 面金(めんきん)の向こう側にある面構えは、やはり目鼻立ちが凛々しく整った少年のものだった。髪型を見せない顔だけでも美形だと分かる。若武者風の優男というところか。さぞ女子にもてることだろう。


 そんな少年——國木田(くにきだ)瑛士(えいじ)は、僕をまっすぐ見つめていた。


 目の前に僕がいるから、というふうではない。明らかに「僕」という対象に意識ごと視線を向けている。それも、じぃっと。何かを期待するような目だ。


(な、なんだろう…………)


 そこはかとない居心地の悪さを覚えていると、面金の奥にある彼の唇が、動いた。


 ——おれの(・・・)くちのうごき(・・・・・・)わかるか(・・・・)


 声は無くとも、そのように(・・・・・)


 日頃から被写体を細やかに視ることに慣れきった僕の動体視力は、彼の唇の動きから確かにそのように読み取った。


 僕は声を出そうとするが、試合時の私語は注意されかねない(だから瑛士も口パクなのだ)。なので、小さな頷きだけを返した。


 すると、彼は口元を微笑ませ、さらに口を動かした。


 ——俺は國木田瑛士。秋津光一郎、君とは一度戦ってみたかった。なので、こうして君に当たれた機会を光栄に思う。


 僕も唇を分かりやすくパクパクさせた。——どうして?


 ——君が、清葦隊(せいいたい)の隊長を倒したからだ。去年と今年ではまた隊長のメンツが変わっているようだが、去年の都予選、俺は当時の隊長に全く歯が立たなかった。


 ——去年の隊長って、大河内(おおこうち)(しの)さんのこと?


 ——そうだ。女のモノとは思えないあの剛剣に、俺はあっけなく負けてしまった。


 ——それなら僕じゃなくて、峰子と戦う方がいいんじゃないかな。大河内さんをやっつけたのは峰子だし。


 ——峰子? ……ああ、先程琴乃(ことの)を倒した女子か。彼女も良い腕をしていた。だけどやはり俺は、君と立ち合いたい。


 ——だからどうして?


 ——君が、今の隊長である天沢(あまさわ)(ゆかり)を倒したからだ。彼女が隊長であるということは、彼女は間違いなく大河内を倒している。つまり大河内より強いということだ。そして、そんな天沢紫に君は勝ったんだ。


 ——それは……天沢さんが、不調だったからだよ。あの時の試合を見ていれば分かることだと思うけど。


 あの憤怒と憎悪と悋気(りんき)がごちゃ混ぜになった叫びを思い出し、僕は思わず身震いを起こした。


 ——それでも君は、いや、君達は勝ったんだ。だからどうか見せて欲しい。天覧比剣本戦にたびたび出場するほどの強豪、葦野を倒したほどの実力を。俺達は、それを超えて上へ行きたい。


 これ以上の自虐は失礼になると思った。


 そこまで期待を寄せてくれているのならば、全力で剣を振るう事以外考えるべきではない。


 そして、今の僕にはそれしかできないのだから。


「……君達、私語は慎むように」


 そこで、審判である年配の男性がたしなめてきた。……バレてたか。


「一本目——始めっ!!」


 開始の合図とともに、僕は構えを取った。竹刀を中段にした「正眼の構え」を。


 國木田くんもまた、同じように中段に構える。


 その瞬間、観客席の一部から、女の子達の黄色い声援が響いた。


 「國木田くん、頑張って〜〜〜〜!!」「きゃー!! 國木田先輩〜〜!!」「かっこいい〜〜〜〜!!」……なるほど國木田くんのファンの女子か、と光一郎は納得。


 國木田くん、めっちゃモテるんだね——思わずそう口パクした。


 すると、彼は複雑そうな微笑を浮かべて唇を動かした。


 ——ああ……うん。まぁ、嫌ではないんだが。


 ——手でも振ったら?


 ——恐ろしい事を言わないでくれ。そんな事をしたら琴乃に蹴られる。


 國木田くんの微笑が引き攣ったものになる。


 ——大桐(おおぎり)さんと付き合ってるの?


 許嫁であることは既知だが、それをあえて伏せて僕は尋ねる。


 ——許嫁だ。決めたのは親だが、俺達には別に不満は無い。むしろ、琴乃は俺に好意的に接してくれる。ただ……少し嫉妬深いところがあってな。


 僕は、からかうようにわざとらしいニヤケ顔をした。


 ——でも、不満は無いんだよね? ってことは國木田くんも大桐さんが大好きだったりするんじゃないの。


 まぁ、な——少し恥ずかしそうに國木田くんが肯定する。


 そこでふと思った。昨日の「好きな子ぶっちゃけ大会」といい、僕ってこんなに恋バナ好きだったのか、と。


 ——いいなぁ。僕も(ほたる)さんに嫉妬で蹴られたいなぁ。


 ——螢さん、とは?


 ——ああ、うん、僕の好きな女性で————


「————君達、私語は慎むように! 失格になりたいのか!?」


 審判の苛立った注意によって、僕らの秘密の会話は打ち切られた。


 僕ら二人同時にビシッと姿勢と構えを正した。


 ——ごめん。


 ——いや、最初に話を振った俺が悪い。こちらこそすまなかった。


 そのやり取りを最後に、僕らはこれからの試合に心身を集中させた。


 だけど、この短い時間で彼と仲良くできて、楽しかった。






 †





 富武(とみたけ)中学校撃剣部——秋津光一郎。

 秀青(しゅうせい)学院(がくいん)撃剣部——國木田瑛士。




 次鋒戦が始まった。


 最初に攻めたのは、瑛士であった。


 俊敏な運足をもって近づき、瞬く間に光一郎を己の間合いの中に納める。右手だけを用いた刺突が光一郎に急迫。


「っ」


 並の剣士ならば対応が間に合わないほどのその突きに、しかし光一郎は反応してみせた。仮想の球体を内側からなぞるような(まる)い太刀筋で上へとすり上げてさばく。至剣流『綿中針(めんちゅうしん)』。


 だが、上へ流された瑛士の剣が、灯りを消したように失せる。瞬時に瑛士の手元に戻っていたその剣は、次の一瞬には弧を描いて光一郎の小手へと肉薄。


 光一郎の竹刀は、右耳隣で垂直に構えた「陰の構え」へ急転。その過程で小手狙いの瑛士の竹刀は惜しくも受け流され、同時に光一郎の左足が瑛士の間合いの半ばまで入る。——次の瞬間、その左足に右足がぶつかるように寄った。


 ばぁんっ!! という拳銃の撃発じみた音。光一郎の切っ尖が火花のような勢いで前へ跳ね、危険を察知し構えた瑛士の竹刀の真ん中にぶち当たったのだ。


(今の動きは、至剣流の『雁翅(がんし)』か——)


 掌中に内出血を起こしそうなインパクトを竹刀越しに痛感した瑛士は、いちじるしく重心の安定を崩し、後方へたたらを踏む。


 光一郎が追い討ちをかけんと迫るが——途中でやめた。重心の崩れ方がやや大袈裟だ。とどめとばかりに勢いづいて大技で迫ったところを小技で素早く斬りつける。そんな算段の匂いを感じた。


 そんな光一郎の懸念は正しかった。瑛士はまさにそのように考えていた。勝てると確信した時、人は行動が単純化しやすい。そこを狙うつもりだったのだ。


(警戒心が強い。やはり「後の先」を狙う類の剣士か)


 瑛士はそのように光一郎を評した。 


(なんて速さだ。最初の突きは危なかった。少しでも対応が遅れると斬られる。無駄な動きは命取りだな)


 光一郎もまた、瑛士の剣速をそう称賛し、強く警戒していた。


 再び遠間となった二人は気を取り直し、再び中段に構えたままゆっくりと間合いを近づけていく。


 互いの竹刀の剣尖が近づき、接し——瑛士の剣尖が小手へ急加速。


 光一郎は竹刀を傾けてそれを押さえようとするが、それよりも速く瑛士の竹刀が軌道を急変。きつい弧を小さく描いて別角度から小手へ迫る。まるで丸めた紙を振るうように軽やかな太刀の取り回しだ。


「エイッ!!」


 鋭い気合とともに、光一郎の足腰が鋭く捻られ、そこから生まれた波動は竹刀に波及。田鴫(たしぎ)の翼のごとく小刻みに震えた竹刀が瑛士の竹刀をバシィン!! と横へ弾き、それとほぼ同じ拍子で刺突へ変じる。至剣流『鴫震(しぎぶるい)』。


 当たる。そう思ったが、瑛士の体が微かにズレる。光一郎の刺突は瑛士の胴の右脇腹の隣を通過した。同時に、瑛士が懐へと入り身。


(柔術を使う気か? それとも——引っ張って(・・・・・)きた竹刀(・・・・)を使う?)


 瑛士が近づくということは、瑛士が握っている竹刀もまた一緒に近づくということ。


 光一郎は今、刹那の二者択一を迫られていた。

 柔術を警戒するか、竹刀を警戒するか。

 答えは——


(『瑞雲(ずいうん)』——)


 光一郎は一歩退きながら、右こめかみに剣を平行に構えた「稲魂(いなだま)の構え」を取った。その途中で(・・・・・)、瑛士の右小手を真下から斬り上げた。


 「稲魂の構え」を取る過程で刻む半月状の太刀筋。進みながらでも、退がりながらでも使えるその技は、至剣流『瑞雲』であった。


「小手あり!! 一本!!」


 両者もつれ合ってのやり取りであったが、剣に関する優れた目利きを持つ審判の目はしっかり事実を視認しており、それを告げた。


(ここで『瑞雲』を使ってくるとは……予想外だった。恐れ入った)


 打たれた側の瑛士もまた、その事実と光一郎の剣腕を潔く認めていた。


 光一郎のその場その場における技の選択は、的確かつ自然だった。

 この国にありふれた至剣流剣士。しかしそこいらの至剣流剣士と違い、型を思い出し思い出し使っているぎこちなさのようなものが感じられない。

 型ではなく、その核となる「法則」そのものを身に宿し、それに則って自然に剣を振っているような。


 これほどの至剣流剣士には、中学生レベルでは滅多にお目にかかれない。


(——強い)


 天沢を倒せたのはまぐれだ、と光一郎は謙遜していたが、とんでもない。

 光一郎の実力は、間違いなく本戦に届き得る。

 去年、全国級の強者に辛酸を舐めさせられた瑛士だからそれが分かる。

 もしかすると、自分よりも強いかもしれない。


 ——だが、そうであっても、自分のやることは変わらない。

 ——勝ちに行くだけだ。祖父が蘇らせた天然理心流と、自分の先祖の名誉のために。


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