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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
118/252

都予選二回戦第四試合——甲源一刀流

 六月三十日、日曜日。


 天覧比剣都予選、二回戦が始まった。


 一回戦はシード校八校を抜きにした八試合を行った。

 よって、今日は一回戦を突破した八校と足してまた十六校になるので、二回戦も昨日と同じく全八試合となる。


 そして第一試合にて、最初のシード枠であった新宿区代表校が、その圧倒的な実力を見せつけて目黒区代表校に完勝。準々決勝へと進んだ。シード枠に選ばれる強さの何たるかを、他のライバルに見せつけたのだ。


 続いて、第二試合も、シードである赤坂(あかさか)(ひがし)中学校が勝利した。


 第三試合もシード校が勝ち進む。


 そしてこれから、第四試合が始まる。


 多摩地区代表にして、今大会のシード校の一つである——秀青(しゅうせい)学院(がくいん)撃剣部。

 千代田区代表にして、非シード校である——富武(とみたけ)中学校撃剣部。


 



 †





 周囲上階の観客席に見下ろされる、大武道場にて。


 富武中の先鋒として出た卜部峰子(うらべみねこ)は、審判の開始の号令とともに「清眼(せいがん)の構え」を取った。


 ——「せいがん」と読む中段構えは数多の剣術流派に存在するが、それらは流派によって漢字が違うし、形が微妙に異なる。使い方も違う。

 

 鹿島新当流の「清眼の構え」は、右足を後方へ引いて、はっきりとした半身の構えとなって剣を中段に構える。ゆえにその見た目は、現代最大規模を誇る剣術流派である至剣流の「正眼(せいがん)の構え」とは大きく異なる。


 眼前に立つ秀青学院の先鋒剣士——大桐琴乃(おおぎりことの)もまた、特徴的な「せいがん」を見せていた。


 両足を付かず離れずに揃え、目の高さに揃えた剣尖をやや右目側へ傾けた「せいがん」。


(……甲源(こうげん)一刀流(いっとうりゅう)の「勢眼(せいがん)の構え」ね)


 彼女が甲源一刀流の使い手であるという情報は、光一郎が学校に持ってきてくれた多摩地区予選のビデオを観て把握済みだ。


 剣尖をまっすぐにではなく、やや傾けたあの構えは、防御から反撃へ即座に移行することができるという理を含んでいる。


 おまけに、取ってつけた感じが一切しない、据わった立ち姿。峰子と同じく、幼い頃から地道に稽古を積んできた者の構えだ。下手に攻めればニトロのように「静」から「動」に急変し、剣をさばかれてから即座に斬られて負ける(死ぬ)だろう。


 峰子は固唾を吞む。


 しかしそれでも動く。


 半身の中段構えを保ちながら琴乃へ近づき、両者の間合いが触れ合う寸前で進行をやめ、そこからは横へ動いて角度を変える。


 琴乃も、そんな峰子に構えの向きを合わせる。


 何度も動いて角度を変えて——峰子は突然加速した。


「エイッ!!」


 峰子は勢いよく琴乃の左側(琴乃の視点では右側)へ回り込み、鋭い薙ぎ払いを浴びせた。


 対し、琴乃は竹刀を瞬時に右へ持っていき、峰子の一太刀を防御した。——甲源一刀流に習熟している者ならばここで受けて即座に反撃に出れたのだが、その気配は無かった。今叩き込まれた峰子の一太刀は重く、全身を(りき)ませて止めなければ体勢を崩しかねないものだったからだ。そして力んでしまえば一瞬居着く(・・・)。そのせいで次の動きへ即座に移れない。


 峰子はそこを狙い、切り結んだ竹刀を即座に引っ込めた。その剣尖が次に狙うは琴乃の小手。


 あと数センチで小手に入るというところで、琴乃の小手が竹刀ごと煙のように消えた。峰子の竹刀が残像を貫くのに合わせて、峰子の右側に立ち位置を移動させていた琴乃の竹刀が面を狙って上段から迫り来る。


 甲源一刀流の『発身飜額(はつみのほんがく)』か——峰子は全身を鋭く右へ旋回させる。その体捌きの急転から力を得た竹刀が突風のように加速し、琴乃の一太刀を横へ弾いた。


 そのままもう一太刀入れてやろうと、峰子は一歩踏み出し、右上段から斜めに剣を放った。


 タイミングを同じくして、琴乃も後方から前へ向かって半円を描くようなダイナミックな太刀筋を発していた。


 両者の太刀が切り結び——峰子の竹刀が横へ流された(・・・・・・)


(な——)


 まるで油まみれの棒と触れ合ったような滑らかな感触とともに、峰子の竹刀が軌道を逸らされ力を失い、琴乃の竹刀は勢いと軌道を保ったまま峰子へ迫った。


 峰子は間一髪飛び退いて逃れる。


 構えを取り直し、呼吸と心を整え、先ほど切り結んだ時のことを冷静に思い出す。


(——間違いないわね。今のは『切落(きりおとし)』だわ)


 『切落』に始まり『切落』に終わる。

 そう言われるほどに重要視された、一刀流剣術の基本にして極意。


 敵が太刀を発するに合わせて、己も太刀を発する。そうして互いの太刀が触れ合った瞬間、刀身の(しのぎ)による摩擦によって敵の太刀筋を歪めて死太刀(しにたち)に変え、己の太刀は生きたまま進み続けて——結果的に、敵の太刀が外れ、己の太刀だけが当たる。

 攻防兼備の一太刀。剣術における理想形とも呼べる技。

 

 伊藤(いとう)一刀斎(いっとうさい)の門弟、小野(おの)次郎右衛門(じろうえもん)忠明(ただあき)の興した小野派一刀流は、上段からの振り下ろしによって『切落』を使う。


 しかし、それ以降の分派である甲源一刀流では技術がさらに発展した。振り下ろしだけでなく、あらゆる太刀筋の中に『切落』を含ませることができるようになった。


 つまり、その甲源一刀流の使い手である琴乃の剣は、どのような太刀筋でも『切落』を用いることが出来る。


 一度の振りで防御と攻撃を同時にできる——これがどれほど厄介な剣技であるのかは、動きは違えど似たような技を使う(きょう)との地稽古で散々思い知らされている。


(氷山(ひやま)部長も、竹刀を上から打ち下ろしながら小手を打ったりしてくるものね……!)


 厄介な相手に当たったものだと思いながら、峰子は再び琴乃へ挑みかかった。


 風のように迫る峰子を、琴乃は悠然と迎え打った。剣戟が始まる。


 二人の剣は、まさしく真逆だった。

 動きが大きく素早い突風じみた峰子の剣に対し、琴乃は最小限の動きしかしない虫のような緻密な剣だった。

 動きの始から終(・・・・)までの幅(・・・・)が小さい。

 しかし、それゆえに速い。短さがもたらす速さ。

 それでいて、太刀筋の細部まで術気が練られており、一回一回切り結ぶのが恐ろしい。少しでも気を抜けば、たちまちこちらの剣を巧みに支配されて斬られてしまう……そのため否応無く濃い集中を強いられる。

 体力だけでなく気力までもその剣に吸い取られているような、そんな錯覚すら覚える。


 それでもしばらくは拮抗したやり取りを保てていたが、その終わりは本当に突然やってきた。


 鹿島新当流『(ばく)ノ太刀(のたち)』の要領で、琴乃の竹刀を上から押さえ込む。

 そこから素早く己の竹刀を跳ね上げて面を打とうとしたその瞬間——今度は琴乃の竹刀によって上から押さえられ、その動きを阻止されてしまった。


(速い——!?)


 その迅速な絡めとりに舌を巻くのも許さず、琴乃の竹刀が峰子の胴を突いた。


「胴あり!! 一本!!」


 強く、冷厳に告げられる己の不覚。


 峰子はすぐに開始位置へ戻った。(ほぞ)を噛むのはまだ早い。試合はまだ終わっていないのだ。


 焦りに駆られそうになる思考を落ち着けて、考える。どのように攻めるべきか、と。


 少し考えてから、峰子は構えた。右足を退き、右耳付近で握った剣を後方へやや傾けた「(いん)の構え」である。


 対する琴乃は、相変わらずの「勢眼の構え」。その構え以外は必要無いという意思の表れだろう。あの構えの性能を知っている身としては、その姿勢が自惚れではないと分かる。だからこそ怖い。


 けれど、やはり自分と琴乃は「違う」のだ。


 「違う」のであれば、長所もまた異なるはずだ。


 その異なる長所を上手く使えば、きっと勝てる相手であるはず。


「二本目——始めっ!!」


 号令がかかるや否や、峰子は動き出した。


 構えを保ったまま近づき、まだ遠間の状態から、左手だけで竹刀を振り放った。


 大きく腕を伸ばしての片手振りによって、いつもより間合いを長くして発せられた峰子の一太刀は、しかしやはり琴乃の剣によって防がれた。


 その瞬間、峰子は一気に琴乃へ身を寄せた。まるで己の竹刀に全身を吸い寄せられたような勢いで間を詰め、柄を両手持ちにして相手の剣を横へ退けてから、即座に次の一太刀へ繋げた。


 しかし琴乃も甘くはなかった。彼女は己の竹刀を手前に引き戻す途中で『切落』を行い、峰子の一太刀の軌道を崩して「死太刀」に変えた。そこからすかさず反撃。


 峰子も立ち位置を変えてその反撃の一太刀から身を逃しつつ、俊敏に太刀を発する。


 それも受けられ、次に飛んできた刺突を避けながら小手を竹刀で狙う。それもまた両腕ごと引っ込められて外れる。


 連綿と続く一拍子一拍子に、絶えず攻防が刻まれる。

 物理的な速さと、距離的な速さ。

 異なる二つの速さのぶつかり合いが、絶え間なく行われる。


 やがて峰子は作戦を変更した。

 竹刀を前で垂直に構えたまま、琴乃へ突っ込んだ。体当たりに見せかけた、小手狙い。

 当然、琴乃は峰子の竹刀の刀身部分に当たらぬよう、自分の竹刀の高さを低くする。

 ぶつかった。峰子の竹刀は小手には入らず、鍔迫り合いの状態になる。

 

「——っ!!」


 静かな、しかし充実した気合とともに、峰子は中腰に開いていた両足を一気に揃え、腰を持ち上げた。下から上へ弧を描くようなその動きに合わせて、鍔迫り合いした竹刀の位置も上昇させる。

 峰子の竹刀は、琴乃の竹刀を巻き込む形で大上段まで持ち上げられた。

 そこから、伸び上がった足腰をまた一気にしゃがむように沈下させる。それに付き従い、峰子の竹刀も急降下して琴乃の面へ急迫する。鹿島新当流『遠山(えんざん)』。

 

 ギロチンのように振り下ろされた峰子の縦一閃は……しかし床を激しく打った。


 琴乃は一瞬速く、上段に構えたまま足を大きく退いて逃れていたのだ。一歩入れば両者の剣が届くギリギリの間合いまで。

 琴乃はその一歩を踏みだすと同時に、上段から竹刀を鋭く振り下ろす。狙うは、深く腰を低くした峰子のガラ空きの面。この体勢では得意の素早い回避も出来ない。


 その一太刀は、峰子の面——ではなく竹刀(・・)に当たった。


「っ!?」


 琴乃の息を呑む声。


 深々と腰を落とし、頭上にて中取りに構えられた峰子の竹刀は、琴乃の振り下ろしを受け止めると同時に——その竹刀を握る小手に触れていた。


 自分に生じた隙を逆に利用して、相手に望んだ攻撃を出させた。だからこそ成功した反撃であった。


「小手あり!! 一本!!」


 これで一勝一敗。次で勝負が決まる。


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