宿泊、そして男子の祭典
バカ回です。
僕達はどうにか、第一回戦を突破することができた。
やはり、この国で最も人口密度の高い帝都の代表を決める大会とあって、最初は自分達の実力がどこまで通用するのかという不安と緊張があった。
一回戦で戦った墨田区代表は、やはり強かった。
それでも僕らは、一本も取られることなく初戦を勝ち抜くことができた。
僕らの実力は都予選でも通用する。螢さんを引っ張り出してまで稽古を重ねた僕らの努力は無駄では無かったのだ——そう考えると、少し自信がついた。
それに『劣化・蜻蛉剣』を、初めて試合で使った。
たとえ一瞬だけとはいえ、自分の剣に「必勝」を付与できるというこの「半至剣」は、やはり競技撃剣でも大いに役に立つ。それが分かった。
さっきの試合でも、すごくあっさり勝てて、ズルした気分になってしまうほどである。
——とはいえ、この『劣化・蜻蛉剣』も完璧ではない。
「必勝の軌道」を導き出す『蜻蛉剣』に比べて、「必勝の一点」という一瞬の勝ち筋しか見出せないというのもあるが、他にも欠点はある。
疲れるのだ。
太郎くんも言っていたが、至剣は「技」というより、その使い手の身に宿る「身体機能」の一つのようなものなのだそう。だから、本を長時間読むと目が疲れて痛くなるように、至剣も使いすぎると疲れ果てる。まして、至剣を中途半端な形で用いている「半至剣」ならばなおのこと。
実際僕も、太郎くんとの一件ののちにすぐ「螢さん今度こそ結婚しましょー!」と張り切って螢さんに勝負を挑み、『劣化・蜻蛉剣』の使いすぎですぐヘトヘトになって負けた。
そういうわけで、僕は『劣化・蜻蛉剣』の使用をなるべく控えようと心に決めたのだった。
——閑話休題。
快調に一回戦を突破できた僕ら。
だけど、浮かれないようにとばかりに、氷山部長が厳格に告げた。
二回戦からが本番だ、と。
その理由は僕も分かっていた。
二回戦から——シード枠に入っていた八団体が動き出すからだ。
シード枠は、その年の強豪校に割り振られる。トーナメント表の都合と、前回の試合で高い実力を見せつけた強豪校への特権のようなものだ。
今日の一回戦で勝ち残った僕らは、明日の二回戦でシード校とぶつかることになる。
僕らの明日の相手は——秀青学院中等部。
八王子市にある中高一貫のエリート高であり、多摩地区の代表だ。
香坂さんが持っている地区予選のビデオテープは、千代田区予選のモノだけではない。かつての仲間の協力によって、多摩地区予選の映像もあった。
東京二十三区と多摩地区を東西半々にする形で、帝都東京は存在している。
帝都の半分を一つの区という扱いにして、そこから代表者を出すというのだから、そこの多摩地区予選の参加者はわんさかいるだろうと予測するが、実は参加団体はそんなに多くなかったりする。
多摩地区は、八王子や町田といった場所を除き、人口が少ない田舎が多い。
一千万人以上が住まう二十三区に比べ、多摩地区は約四〇〇万人と半分以下。
学校の数も当然ながら少なめで、なおかつ天覧比剣を狙っている学校もそこまで無い。
無論、他の区予選に比べると参加校は多いが、それでも膨大というわけではない。
——再び閑話休題。
そして、その多摩地区予選において、圧倒的な実力をもって勝ち進み、優勝をもぎ取った学校こそが秀青学院であった。
「こいつを見ろ。——國木田瑛士。こいつは見ての通りバカ強いが、出自も普通じゃねぇ。御一新の後に正伝が一度途絶えた天然理心流を復元させて多摩地区に広めた一族「國木田」の末裔だ。もしもこのガッコとやり合うことになったら、こいつにはくれぐれも用心しとけ」
香坂さんはそう言って、テレビの中にいる秀青学院の選手の一人を指摘した。
風のように迅速な剣捌きと、鮮やかな柔術の腕前を誇る少年剣士だった。
おまけに結構な美男子のようで、観客席から同じ学制服の女子達による黄色い声援がたびたび聞こえた。
「あ、こいつも見とけ。今同中の女子に手を振った國木田の脛をゲシゲシ蹴ってる女子選手。こいつは大桐琴乃。國木田一族がよく奉納額を送ったり奉納演武をしたりしていて関係の深い「大桐神社」の娘だ。なんでも、國木田瑛士の許嫁だそうだ。……剣は甲源一刀流を使う。こいつもなかなか侮れねぇから、同じく用心を怠るなよ」
大した調査力で手に入れた情報を、香坂さんは惜しみなく提供してくれたのであった。
他にも、要注意な学校をいくつも教えてくれた。
——確かに、明日からが本番かもしれないな。
そう考えると、束の間の勝利の余韻はすっかり消え失せ、心が緊張を帯びていた。
とはいえ、緊張しっぱなしでもいられない。
今日は頑張って勝ったのだ。であれば、明日に備えて体を休めなければならない。
一回戦の全試合終了後、僕らは大会運営の用意したホテルへとバスで赴いた。
帝都武道館の周囲にはホテルが多く、都予選の期間中は参加団体の宿泊施設としても活用される。
なかなかオシャレなホテルに、部員達は揃って湧き立った。
ちなみに一つのホテルにつき二、三団体が泊まることになっている。僕らとホテルを同じくするもう一つの学校は——なんとミーチャのいる赤坂東中学校だった。
暇があったらミーチャに会いに行ってみるのもいいかもなぁ……と思ったが、残念ながら僕は彼の泊まる部屋を知らない。
あと、この先戦うかもしれない相手であるため、下手に近づいたらスパイ扱いされて揉める可能性も否めなかった。もしそうなったら、僕じゃなくてミーチャがチームメイト達に非難されそうだ。今朝に見た感じ、チームメイトとミーチャの関係は良好とは言えないものだったため、余計にそう思った。……それらを考えると、無遠慮に会いに行くのは気が引けた。
いずれにせよ、まずは自分のことに集中しなければならないわけだ。
僕はまず自分の部屋の鍵を受け取った。僕を含めて、同級生の男子五人で一部屋だった。
当然ながら男女で部屋は分かれている。
これが修学旅行であれば、男子は教師の目を盗んで女子部屋を目指す忍者となるところなのだろうが、これは競技だ。そんな浮ついた気持ちにはなれないだろう。
……そう思っていた。
夜になった。お風呂に入り終え、パジャマに着替え、消灯し、僕を含む同室の五人全員がそれぞれのベッドで寝ようとした時、ソレは始まった。
「……おい、みんな起きろ」
同級生の牛久保くんが、暗闇の中、小声で僕らに呼びかけてきた。
「なんだよ」「これから寝るんじゃないのか?」「明日に備えなきゃだろ」僕以外の三人がそう億劫げに応じる。
「まあ待て。……せっかく野郎五人、学校関連の行事で外泊してるんだ。もう少し、この得難い青春を楽しまなきゃだろ」
「楽しむったって、何をするんだよ? 枕投げでもするのか?」
「ばっかお前、もっと他にあるだろうが。——ここにいる全員で、好きな女子を教え合おうぜ」
なんと。ここで「ソレ」が始まるのか。
修学旅行、林間学校、その他もろもろの学校の外泊行事の夜……高確率で開かれるという男子の祭典。その名も『好きな子ぶっちゃけ大会』。
天覧比剣という誉ある舞台を目指す途中であっても、僕ら男どものやる事は変わらないようだ。
「面白そうだな」「うっしゃ、やろうぜ」「好きな子のことは他言無用な」「当たり前だろ。帝に誓うぜ」……四人ともベッドから上体を起こし、乗り気な様子だった。
かく言う僕も起きた。参加する気満々だった。
以前の僕なら「好きな子はいない」の一言で終わってしまうため、非常につまらなく感じたイベントだ。
でも、今は違う。
今の僕には、言える人がいる。
「んじゃ、じゃんけんで決めようぜ。負けた奴が好きな子言うのな」
テラスの窓からほんのりと差し込む月明かりに照らされながら、僕らはじゃんけんをして、僕が負けた。
「ほう。先鋒は秋津か」
「いいじゃん。我らがレギュラーの秋津くん。そういうわけで頼むわ」
「やっぱ、あのロシア人の女子か?」
僕は「螢さん」と迷わず即答した。
「早っ。即答しやがったよこいつ。しかも螢さんって……まさか望月螢さんっ? マジかよお前。チャレンジャーだなぁ」
「まぁ……御愁傷様」
「そのうちまた新しい出会いがあるって」
「今度鯛焼き奢ってやろうか?」
すでに僕の失恋が確定しきっているかのようなみんなの口ぶりに、さすがの僕もムッとした。
「失敬な。僕はまだ諦めてませんー。まだ挑戦中ですー」
「いや、望月さんってクッソ強くて、一回やっただけで才能の差を思い知ってもう諦めるんじゃなかったっけか?」
「僕はもう二十敗以上してるけど」
「うっそお前マジかよ。そんな奴聞いたことないぞ。才能の差を思い知って絶望しないの?」
「しそうになったけど、それ以上に螢さんが欲しいって気持ちの方が強いので。今でも螢さんに勝って恋人になろうと色々頑張ってます。あわよくば結婚までいきたい所存」
「…………感動したよ。お前、最高に男してるよ」
「ごめん。俺、お前の事誤解してたわ。俺が女なら惚れてるよ」
「勝てるかどうかは別として、応援してっぜ」
「もし結婚出来たら祝言に呼んでくれよ。父さんから教わったギター弾いてやるからさ。下手だけど」
「ありがとう…………!!」
仲間達との結束を今までに無いほど感じ、目頭に心地よい熱さを覚えた。
やっぱり男同士の友情って、いいよね。
「僕の好きな人は螢さんってことで……次の人決めましょう」
再びじゃんけんタイム。
今度は僕の隣のベッドの田口くんだった。
田口くんはややバツが悪そうに、
「じゃあ、俺ね。……その、好きってはっきり言える子はいないんだけどさ、なんか「いいな」って思う子はいる。——卜部峰子」
おおっ、と、僕を含めた男子一同が声を漏らす。
「分かる。いいよな、最近の卜部ってさ」
「仏頂面が少なくなって、なんかすげー可愛くなった。たまに見せる笑顔が、どこか色っぽい」
「あと、よく見ると胸も少し大きめだし」
田口くんが「だろ?」と得意げに言う。
僕も仲間に加わりたくて、口を挟んだ。
「だよねぇ。卜部さん、随分印象変わったよねぇ。よっぽど良い事があったに違いな——いてっ。ちょっと田口くんっ、なんで枕投げるのさ?」
「うっせっ。この程度甘んじて受け入れろ。お前にはその義務がある」
同感、と他の男子。
「え、えぇー」
先ほどまでの魂の共鳴はどこへやら、今では打って変わって敵意っぽい感情を向けられている感じがした。なんだよぉ……
そんな感じで順調に好きな子をぶっちゃけていき、やがて最後の一人である新山くんが残った。
新山くんはというと、すこし悩ましげに唸ってから、躊躇いがちに言った。
「……悪いんだけど、俺、好きな子とか今いないんだわ」
「えぇー? いないのかよ」「つまんねー」「なんか言えよぉー」と不満げな男子諸兄。
新山くんはうなだれて、少し重みのある声で、
「……だけど、「罪」を告白することは出来る」
「罪? なんの」
「聞きたいか? ろくな話じゃないぞ」
「引っ張ったのはお前じゃんか新山。はよ言っちまえ。よっぽどの悪事じゃないなら、寛容な俺達は受け入れるぜ」
新山くんは「それじゃあ……」と言う気を見せてから、口にした。
「……俺は……………………今年の五月、氷山部長をオカズにした」
「なん……」「だと……!?」「マジかよ……!?」みんなが揃って驚愕を露わにする。
「その……今年の五月の真ん中辺りのことだ。俺さ、腹下して授業中にトイレ行った帰りにさ、廊下の窓からさ、三年生が体育の授業をしてるのが見えたんよ。そん中で、氷山部長がテニスやってるのを見かけてさ。俺、手を振ろうとしたんだけど……その時に、見ちまったんだよ。サーブを打とうとしてジャンプした表紙にシャツが少しめくれて、その下にあった————氷山部長の綺麗なシックスパックをさ……」
「マジか……部長が腹筋割れてるって、本当だったのか」
「女子に訊いても「変態」って蔑む顔をするだけで教えてくれないしよ」
「学校指定の水着もお腹が隠れて見えないやつだしよ。なんでビキニじゃねーんだちくしょう」
新山くんは、重苦しそうな口調で続けた。
「そうなんだよ…………んでさ、俺、その日ずっと、部長のあの綺麗に割れた腹筋のことが頭から離れてくれなくてさ、悶々としてさ………………その日の夜、とうとう我慢出来ずに……俺の部屋で、その……」
「…………まぁ……なんだ。気にすんなよ新山。別におかしい事じゃない」
「そうだぞ新山。むしろ男として正常だ。俺だってきっと同じ事をしちゃうよ。エロいよな、腹筋割れてる女子って」
「お前は悪くない。俺たちに宿ったオスという呪縛と、部長の魅惑のシックスパックが悪い」
「あ……ありがとう…………!」
「今度、俺が隠し持ってるエロ本、一冊お前にあげるよ」
「親に見つかりにくいエロ本の隠し方とか教えるよ」
「官能小説が倍エロく感じる秘伝の読書法も伝授するよ」
「ありがとう…………っ!!」
新山くんが、感極まった声で感謝を訴えた。
男子の熱い友情が、そこには生まれていた。
——好きな子ぶっちゃけ大会から猥談にシフトしていることに、誰もが自覚せぬまま。
(寝たフリしよう)
引き際と感じた僕は、そのように決めた。
「——秋津もそう思うよな? 男として普通だよな? お前だって望月さんで毎晩致してるだろ?」
「……すぅー……すぅー……」
「もう寝たのか……早いなぁ」
——僕は猥談に巻き込まれぬよう全力で狸寝入りを決め込み、そしてすぐに本当の眠りに落ちたのだった。
すっかり仲良くなってて草