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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
115/237

都予選当日、そして再会

や、やっと書けた……


これから連投開始します。


※文章が欠けていたことに気づいたので、追加いたします。文字数が増えますがご了承ください。

 ——今年の六月は、ひどく短く感じた。




 気がつけば、六月の日数が端から端まで達していた。


 理由はひとえに、天覧比剣都予選へ向けた特訓のせいだろう。何かに熱中すると、時間の経過が速く感じるものだ。


 富武中学校撃剣部(僕達)は、とにかく自分たちの能力の強化に貪欲に取り組んだ。


 その際たる試みが、螢さんという最高級の指南役との稽古であった。


 本人曰く「人に剣を教えたことはないから指導力には期待しないで」とのことだったが、やはり螢さんは剣士としてだけでなく、指導者としても優秀だった。

 数度剣を合わせただけで、その人の欠点を即座に見抜き、それを指摘してくれた。


 褒めてくれない、という意見も部内にはあったが、剣士としての成長を考えるならば、褒めるより欠点を指摘される方が優しさだと僕は思う。

 その欠点を埋めて、また次の欠点も埋めて……それを繰り返すことが、結局のところ剣士としての成長への唯一の近道であるからだ。


 僕らはそのように、剣士としての自分に存在する「穴」を、時間の許す限り着実に埋めていった。


 螢さんを抜きにした僕らだけでの地稽古を行うたびに、僕らは螢さんとの稽古の高い効果を実感した。

 互いの剣から無駄が日に日に少なくなっていることを、仲間達と剣を交えるたびに感じた。


 このまま自分の全ての「穴」を埋めていきたいものではあるが、それは時間が許さなかった。


 剣士としての完成は、月単位では足りない。年単位の修行が要る。


 まして、僕らには天覧比剣という、今月来月と迫った決戦の舞台がある。


 あっという間に「その時」はやってきた。










 六月二十九日、土曜日——天覧比剣都予選当日。


 開催場所は、足立区にある『帝都(ていと)武道館(ぶどうかん)』。

 剣術や弓術といった武道だけでなく、いろんなスポーツに対応した施設が存在する多目的複合運動場。相撲場まであるという。

 その規模は千代田区予選を行ったげんぶアリーナよりも大きい。

 名前が少し似ているためか、都民ではない人からはよく『帝国(ていこく)神武閣(しんぶかく)』とごっちゃにされがちである。神武閣があるのは九段下(くだんした)だ。


 この武道館は、毎年の天覧比剣都予選の舞台として使われている。

 そのためだろう。帝都武道館の近くには、ホテルがそこそこ多く建っている。

 いずれかが、帝都中から集まった都予選参加者、もしくは都予選の観戦者の宿泊場所となる。

 ……当然、僕ら富武中もそのうちのどこかに泊まるのだ。


 外泊する以上、防具やら竹刀やらの他に、着替えとか歯磨きセットとかも用意しなければならず、荷物が増えて面倒だった。

 早朝に学校まで迎えに来てくれたシャトルバスが無く現地集合だったら辛かったことだろう。


 僕ら富武中撃剣部を乗せたシャトルバスは、一時間ちょっとを経て、無事に帝都武道館へとたどり着いたのであった。


「着いたぁー……」


 クーラーの効いた冷たい空気から、夏の(ぬく)い空気へ移る感じを肌で感じながら降車した僕は、大きく伸びをする。背中がぱきぱきと鳴る。


 同じように、富武中の夏服に身を包んだ部員達がバスからわらわらと出てきた。


 全員出てきたのを確認してから、僕は巨大駐車場の向こうにそびえる威容——帝都武道館へと視線を移す。


 晴天をバックにして鎮座しているのは、大きな白い雲が落っこちてかぶさったような建物だった。

 亀甲模様のような無数の六角形の板で、楕円のようでいて少し(いびつ)な巨雲を形作っていた。

 ——「変化と長寿」というのがこのデザインのコンセプトである。千変万化の様相を見せる「雲」を、長寿吉祥を表す亀甲模様で形作ることで、「時代に合わせて適切に変わって生き残り続ける」というこの国の在り方を表現しているのだという。

 その巨大な雲の意匠の下には、入口ゲートやガラス張りの窓が見える。まるで雲に圧迫されているように狭く見えるが、それは僕が遠くにいるからだろう。


「ほら光一郎(こういちろう)、もう荷物運び始めてるわよ。あなたも早く取りなさい」


 峰子(みねこ)が僕の背中を叩いてそう促した。半袖セーラー服に、膝小僧までを包むプリーツスカートという女子夏服。


 僕が言われた通りに荷物を取りに行こうとすると、峰子は僕の行く手を阻んだ。


「ちょっと待ちなさい、頬にチョコがついているわよ。あーもうっ」


 峰子が手のかかる子供を相手にするような口調で言いながら、ハンカチを出して僕の頬を拭う。

 ……そういえば、バスの中でお菓子のクッキーもらって食べたんだっけ。


「ありがとー、峰子。なんかお母さんみたいね」


「誰がお母さんよっ。アホな事言ってないでさっさと自分の荷物っ」


「あいてっ」


 峰子からの軽い回し蹴りに背中を押される形で、僕は開放されたバスのトランクルームへと駆け寄る。

 多くの荷物の中から、自分の竹刀と防具袋を持ち出す。

 ……着替えやら日用品やらの入った大きな鞄もあるが、これを使うのはホテルに入ってからだ。


 防具袋を右肩に担ぎ、竹刀袋を左手に持って、氷山部長の待つ位置へと歩み寄る。


 部員全員が集合すると、部長は大きく息を吸ってから、気勢を込めて発言した。


「————皆の者! 

 私達富武中学撃剣部は、創設以来、葦野女学院(ヨシ女)という巨壁に阻まれ、区予選という場所から一度も抜け出すことが出来ずにいた! 

 しかし今はどうだろう!? 

 強敵であるヨシ女を下し、区予選を見事勝ち残り、そして今! 都予選の舞台であるこの帝都武道館の敷地を! 学生剣士として踏みしめているのだ! 

 これは我が部始まって以来の快挙と言っても良いだろう! ここまで私と部を導いてくれた皆の剣と意志に、私は心より敬意と誇りと感謝を抱いている!」


 まるで郎党を率いる若大将のような、生気と戦意に満ち満ちた口調で、部長は熱弁を振るう。


「しかし! 私も、皆も、ここで満足など出来ようはずもない欲張り者であることを、私は知っている! 

 この都予選においても、私達のやる事は依然変わり無い! 

 見敵必殺(けんてきひっさつ)! 立ち塞がる相手を、腰に()いた剣で打ち倒すのみ! 

 そのための準備を、私達は念入りに続けてきたはずだ!」


 彼女の口調の熱さに当てられ、バスの長時間乗車で感じていた(だる)さが吹き飛ばされるのを実感する。


 氷山部長は拳を握り締め、


「勝つぞ!! 

 目指すは都予選——……否! 天覧比剣での優勝! 

 今の私達ならそれが可能だ! 

 これは確証無き願望に過ぎないかもしれんが、最初から負ける気で戦うなど愚か! やるからには、負けるまで進み続けるのみ! 

 今年の天覧比剣優勝は、我々富武中のものに他ならない! それを信じて疑うな! 

 棒を願って針を得るのではない! 棒を願って棒を得るのだ!

 繰り返す——勝つぞ!! 

 えいっ、えいっ——」


『おぉぉぉぉ————————っ!!』


 部員全員が、晴天へ高らかに拳と(とき)を突き上げた。










 帝都武道館に到着したのは、朝の七時三十五分だった。


 都予選の開会式が始まったのは、それから約一時間後である八時半であった。


 武道館内の施設の一つである大武道場にて、その開会式は行われた。


 千代田区予選の舞台であった「げんぶアリーナ」の大体育室をひとまわり大きくしたような、広大な空間だった。

 がらりと平坦に広がる武道場を、一階上にある観客席が輪のように取り囲んで俯瞰(ふかん)している。


 富武中を含む全二十四校が一堂に整列し、開会式は始まった。


 すでに承知している大会のルールの説明ののちに、ずっと気になって仕方のなかったトーナメント表の発表がようやくなされた。


 ——都予選では、少年部一般部問わず、毎年必ず「シード団体」が八つ決められる。


 シードに選ばれるのは、各区予選の優勝団体の中で、特に実力が高いと運営側に判断された八つの団体である。

 その八団体は、一回戦を免除され、二回戦から始めることになる。

 ……残念ながら、僕ら富武中は、今年のシードには選ばれていなかった。


 しかし、そのシードの中に、知っている学校名を見つける。


 赤坂(あかさか)(ひがし)中学校撃剣部——ミーチャの所属している学校だった。

 

 シードに選ばれるのももっともだと思った。

 ミーチャのあの異常な剣速を誇る『径剣流(けいけんりゅう)』を目にすれば、誰だって強いと思うだろう。

 そして、ミーチャはこの大会においても、必ず先鋒に立ち、どんな相手にも一分足らずで圧勝してしまうだろう。

 ……剣を見る目が肥えた天覧比剣運営すらも認める、驚異的な剣技。


 赤坂東中学は、左から二番目のシード枠に名前があった。

 僕ら富武中学は、シード校を除いて左から七番目。今日の第四試合を戦うことになっている。

 すなわち——お互いに勝ち進めば、準決勝でぶつかることになる。


 ……勝てるのか? 僕らは。

 

 いや、いけない。こういうことは今は考えるな。

 最初から負ける気で戦うなと、氷山部長も言っていたではないか。

 やるからには、勝ちに行くだけだ。


 それに僕だって、何も準備していなかったわけではない。

 太郎くんとの稽古を経て習得した『劣化(れっか)蜻蛉剣(せいれいけん)』もある。

 本物の『蜻蛉剣』に比べれば、その性能は大きく劣る。

 しかし一瞬であっても「必勝」を示してくれるこの新たな剣技は、絶対にこれからの戦いにおける大きな助けとなる。

 この『劣化・蜻蛉剣』を上手に使えば、ミーチャの『径剣流』にも届き得るかもしれない。


 天覧比剣一般部にて優勝経験があるらしき人物による開式の辞をもって、都予選開会式は終わった。

 ……千代田区予選と違い、今回はシャンとした人だったので、みんな気が引き締まった様子だった。




 何はともあれ、とうとう天覧比剣都予選の幕は、今ここに降ろされたのだった。




 †




 今日さっそく、一回戦が開始される。


 始まるのは、開会式が終わった九時から一時間後である十時から。


 参加校は全二十四校あるので、普通ならば一回戦で十二試合をやるはずなのだが、全二十四校中の八校がシード校として一回戦が免除されるため、残った十六校で八試合やることになっている。

 シード団体ではない富武(とみたけ)中の初戦は、一回戦第四試合に始まる。


 開会式を終えて大武道場から出た僕らは、選手控え室へ荷物を置きに行くことになった。

 

 僕ら全員まばら(・・・)になり、様々な学生服の人混みを掻き分けて進んでいる途中で——巻き毛気味の金髪が目に付いた。


「あれは…………おーい! ミーチャー!!」


 僕は人混みの中にいたその金色の輝き——ミトロファン・ダニーロヴィチ・ボルショフ君へ向かって愛称で声をかけた。


 僕の声が聞こえたようで、彼はその端正な色白の顔立ちをこちらへ向けた。


「こっちだよー!! こっち!! ミーチャー!!」


 ぴょんぴょん跳ねながら僕は自分の存在をアピールすると、ミーチャの青い瞳に嬉々とした輝きが宿った。


 ごめん先行ってて、と部員達に告げると、僕は人混みを蛇のように分け入り、ミーチャのいる場所までたどり着いた。


「光一郎!」


「ミーチャ!」


 僕ら二人は笑い合い、手を取り合った。


 ミーチャはブレザータイプの学生服を身に纏っていた。これが赤坂(あかさか)(ひがし)中学の制服か。


「おはようミーチャ! 今日はお互い頑張ろうね!」


「うん! でも、負けないよ。特に光一郎には」


 握り合った手の圧力を強め合う。


「ところでミーチャの学校、シード枠になってたね。おめでとう」


「ありがとう。光一郎は……確か、富武中学、だったよね」


「うん。残念ながらシードにはなれなかったよ。でも些細なことさ。軽く勝ち抜いて、優勝してみせるから」


「無理だよ。だって、優勝するのはボク達だもの」


「あー、言ったなこんにゃろー」


 したり顔で生意気を言うミーチャの金色をモシャモシャしてやろうと、両手を掲げた時だった。


「——おい、ボルショフ。何油売ってんだ。さっさと来いよ」


 ぶっきらぼうな響きを持った太い声。


 ミーチャの苗字をはっきり言っていたその声に、ミーチャも、そして僕も止まる。


「あ……有本(ありもと)部長」


 ミーチャはその声の主へ振り向くと、やや小さくなった態度でそう言った。


 学生服の人混みに溢れた中でも、はっきりとその存在感が分かる、大柄な男だった。

 背丈が僕より頭ひとつ分以上高く、四肢も胸板も分厚い。

 切り株のような太い首の上には、ベース型の頭部が乗っかっている。若々しい生気に満ちた、硬そうな顔つき。

 その男が着ていたのは、ミーチャと同じ学生服。


 そして、ミーチャは「部長」と言った。


 つまりこの人が、赤坂東中学撃剣部の部長なのだろう。


 有本とか呼ばれていたその男子部長は、愛想の無い投げやりな口調で告げる。


「みんな入口付近でお前を待ってんだぞ。迷惑かけんな。さっさと来い」


 ミーチャはなおも萎縮した態度で謝った。


「ご、ごめんなさい、部長……今、行きますから」


「早くしろよ。ったく、これだからロシア人は……」


 明らかに人種に根差した揶揄(やゆ)の言葉に、僕は思わずムッとする。


 ミーチャはことさらな笑みを僕に見せる。


「そ、それじゃあ光一郎、また後で会おうね」


「あ、ちょっとミーチャ……」


 僕の呼び止めもいっさい聞かず、ミーチャは逃げるように去ってしまった。


 有本氏と一緒に人混みの奥へ消えていく彼を見送りながら、僕は彼らを見た感想を我知らず呟いた。


「あんまり、仲良くなさそう……」


 ロシア人への露骨な偏見や差別は、エカっぺと一緒にいて見慣れている。

 やはり、ミーチャを取り巻く状況もまた、似たような感じなのだろう。


 あの有本とかいう部長も、ミーチャを撃剣部に入れたくなんかなかったに違いない。


 それでも撃剣部に加えているのは——ミーチャの『径剣流(けいけんりゅう)』の凄さを知っていて、利用できると考えたからだろう。


 少なくとも、差別意識と合理性の擦り合わせが出来る程度ではあるのだろう。


 そして、そういう相手は油断ならない。


(——手強い相手だ)


 ミーチャだけでなく、他の部員もそれなりに「やる」のだろう。


 「ミーチャ以外を何とかすればいい」という侮った心持ちでは、逆に負けてしまいかねない。


 やはり、ここまで来るだけのことはあるのだろう。


「おーい、何やってるのよ光一郎ー! 早く来なさーい!」 


 そこで、遠くから峰子の呼び声が聞こえたので、僕は思考を打ち切って慌てて彼女達を追いかけたのだった。


トーナメント表、思ったより作るのが難しかった。

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