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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
112/237

烏と蜻蛉《終》

「————っ」


 太郎は思わず息を呑んだ。


(コウ様の動きが、また(・・)変わられた……!?) 


 『八咫烏(やたがらす)』を用いたこちらの太刀筋に抗う、光一郎(こういちろう)の剣。


 その太刀筋に、またしても変化が訪れた。


 剣だけではない。

 光一郎の、眼。

 先程まで怖いくらいにこちらを凝視していた彼の眼は、今はこちらを向いていなかった。


 ——虚空に浮かぶ「何か」を見ていた。


 そこには何も無い。虚空があるだけだ。


 しかし光一郎の眼は、そこに確かに「何か」があるように、しっかりと視線を送っていた。


 その「何か」がある位置に、己が剣尖を送る。


 太郎のことなど全く見ていない。


 だのに、今までよりもより鋭く、緻密に、深く、『八咫烏』の太刀筋へ分け入って来ていた。


(これは、まさか——!!)


 太郎の心の臓が、高鳴った。


 間違いない。


 視えている(・・・・・)


 「金の蜻蛉(トンボ)」が。


 振るっている。


 『蜻蛉剣(せいれいけん)』を。


 初めて見た時、自分が目と心を同時に奪われた、勝ち虫の剣を。


(コウ様…………貴方という人は)


 嬉しい。


 また、目の前に現れてくれて。


 その美しい秋津(トンボ)の剣を、顕現(けんげん)させてくれて。


 煌びやかで、清らかな「気」。


 自分の至剣と似た「気」を持つ至剣。


(——私達も行きましょう。『八咫烏』)


 その思いに応えたかのように、太郎にしか視えぬ霊鳥は、その漆黒の翼を力強く開いた。











 ——視えている。


 確かに視えている。今の僕の目には。


 「金の蜻蛉」が。


 必勝をもたらす、勝ち虫の姿が。


 視えているのだ。


 ただし————宙を舞っ(・・・・)てはいない(・・・・・)


 虚空の一点(・・・・・)に現れては(・・・・・)また消える(・・・・・)


 蛍火の群れのように、僕の視界の中のあちこちで明滅を繰り返す。


 ゆえに、そこに「必勝の軌道(・・)」は無い。


 あるのは「()」だけだ。


 「必勝の軌道」という線の途中途中に存在する「点」。


 言うなれば「必勝の一点」。


 その「必勝の一点」に剣尖を一致させれば、確かにその剣には「必勝」を付与できる。


 だが、その「必勝」の効力は、ほんの一瞬(・・・・・)


 「必勝の軌道」は常に更新される(・・・・・・・)

 「必勝の一点」が「必勝」たり得るのは一瞬だけだからだ。

 次の一瞬には、もう必勝ではなくなる。


 空で一瞬だけ輝く打ち上げ花火のように、儚い「必勝」。


 ゆえに、虚空に何度も「必勝の一点(金の蜻蛉)」を顕現させ、「必勝」を繋いでいく必要がある。


 それでも、やはり「必勝の軌道」と違って途切れがあるため、完全な『蜻蛉剣』のような圧倒ぶりは無理だった。


 ひどく不完全な『蜻蛉剣』。


 名付けるならば——『劣化(・・)・蜻蛉剣』とでも呼ぶべきか。


 確かに劣化している。


 だけど、これまでと大きく違う点が一つある。




 ————この『劣化・蜻蛉剣』は、僕の意思で(・・・・・)自由に使える(・・・・・・)という点だ。




 「金の蜻蛉」を、視界に出現させる。

 それを剣尖で突く。

 この手順を何度も繰り返す。

 たったそれだけで、難攻不落という言葉すら不適当な『八咫烏』の太刀筋を、少しだが掘り進むことが出来ている。


 ぶわっ、と、汗が不自然なほど急速に吹き上がってくる。

 体全体が、重い熱と怠さを持ちはじめていた。

 それでも僕は振るい続けた。

 至剣を中途半端に目覚めさせた半至剣(・・・)、『劣化・蜻蛉剣』を。

 

「はっ……!」


 虚空に浮かぶ「必勝の一点(金の蜻蛉)」を突く——結果的に太郎くんの眉間を狙った僕の剣尖は、垂直に構えたまま振られた彼の木刀によって横へ阻まれる。


 少し手前に姿を現した「金の蜻蛉」を、木刀を引っ込めながら進んで突く——剣を握る太郎くんの手元を狙った刺突だ。しかしそんな僕のひと突きを、太郎くんは上段に振り上げながら左へ動いて回避。


 僕の視界左上に現れた「金の蜻蛉」を目指して、剣尖を持ち上げる——真下からの斬り上げと化した僕の木刀が狙うのは太郎くんの顎。太郎くんは持ち上げた木刀を素早く降ろし、柄頭で僕の木刀を受け止めた。かぁん、という快音。


 僕は剣を下に弾かれ、太郎くんは上段。さらにあちらの剣が届いてしまう間合い。

 そんな危機的な状況でも「金の蜻蛉」は現れた。

 それを追いかける形で僕は太郎くんへ近づく。

 木刀の半ば同士をぶつけ合わせ、そのまま鍔迫り合いへと至った。


 間近にある、太郎くんの可憐な美貌。


 嬉しさと戦意に満ちた、笑顔だった。


「——成った(・・・)ようですね、コウ様」


「——おかげさまで」


 僕も同じように笑う。


 本当に、おかげさま(・・・・・)だ。


 太郎くんが相手だったからこそ、僕はこの新たな剣を手にすることができた。


 ロマンチズムでもなんでも無い。今なら胸を張って言える。


 この出会いはまさしく運命。


 僕と彼は、出会うべくして出会ったのだ。


 この万感の思いと、感謝を、僕はどうやって伝えればいいのか分からない。


(……剣で以外、無いか)


 結局、僕の頭で思いつける方法は、それだけだった。


 『蜻蛉剣(必勝)』と『八咫烏(絶対安寧)』——これら二つがぶつかるのは、言うなれば最強の矛と盾のぶつかり合いだ。


 その矛盾(・・)を、楽しもう。


 僕は蛍火のようにあちこちで現れる「金の蜻蛉」を、剣で追いかける。

 太郎くんは『八咫烏』を、剣で追いかける。

 そうして、矛盾の剣戟を絶え間なく続ける。


 それは、永遠に続くかと思うくらい、心地良く、楽しかった。


 だけど。


 その途中で、僕の意識はだんだんと薄れていき——やがて闇の中へと沈んでいった。



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