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帝都初恋剣戟譚  作者: 新免ムニムニ斎筆達
帝都初恋剣戟譚 呪剣編
109/241

烏と蜻蛉《一》

 剣の稽古というからには、太郎くんにも木刀は必要だった。


 なので、駄菓子屋のお婆さんに「木刀ありませんか」とダメ元で問うたら「独り立ちした息子が昔使ってたので良いなら」と古い木刀を貸してくれた。太郎くんは「拝借いたします」とソレを受け取り、うやうやしく一礼した。……雛形にできそうなほど見事な一礼だった。


 そうしてお互い木刀を持った僕達は、駄菓子屋から少し横にズレた位置の道路で向かい合う。


「ところで、コウ様は至剣流の『生々流転(せいせいるてん)』をご存知でしょうか?」


 太郎くんのその問いに、僕は頭を急遽働かせた。


 えっと、『生々流転』って、確か……


「……うん、知ってる。聞いたことある。確か、至剣流の型を全部覚えてからやる稽古のことだよね」


「そうです。その条件を満たした剣士同士が、互いに剣技を出し合う。それを、双方のどちらかの技に「詰まり」が生じて止まるまで、延々と、途切れさせる事なく続ける。「詰まり」を生じさせた側の剣士は、その詰まった剣技(・・・・・・)を「自分の中でまだ熟練されていない型」であると実感し、それを手掛かりに次の稽古へ役立てる…………それこそが『生々流転』。これによって己の未熟な点を自覚し、それを埋めていき、また『生々流転』を行って次の未熟を見つけて埋めて……そのように至剣へと着実に近づいていくのです」


 そうそう。そんな感じだった。望月先生から聞いた。


「それで……その『生々流転』がどうしたの? まさかそれをやろうって? 僕、まだ至剣流の型を全部は覚えていないんだけど……」


 太郎くんは首を横に振った。


「——私はこれから『八咫烏(やたがらす)』を使います。そんな私に、コウ様はひたすら剣を振るってきてください」


「……それだけでいいの?」


「はい。先ほども言いましたが、私達の至剣はとてもよく似ています。ゆえに、剣を交えることで、『生々流転』のように何か見つかるかもしれません。……コウ様の至剣『蜻蛉剣(せいれいけん)』を随意に操れるようになる「きっかけ」のようなものが」


「そういうものかなぁ……」


「無論、確実とは言えません。ですが、やってみる価値はあるかと思われます」


 言うと、太郎くんは木刀を構えた。至剣流の「正眼の構え」である。


「さあコウ様。どうかいかようにでも、私へ剣を発してください」


 僕もまた「正眼の構え」を取る。……すっかり「稽古をする」という方向に僕を誘導できている時点で、太郎くんはもしかすると強引な人なのかもしれない。


「じゃあ……行くね」


 そう告げるや、僕は太郎くんをジッと観察した。


(……凄い。どこにも隙が無い)


 まるで螢さんの構えを見ている気分だった。


 それくらい、完成された構え姿。


 僕と歳が大して違わないだろうに、すでに彼の剣は達人と呼べる風格を纏っていた。


 コレと自分が相対しているという事実だけで、震えを覚える。


 ——まともに戦えば、絶対に勝てない。


 思えば、僕は一度たりとも、自分の上達に驕った事が無い。


 螢さんという遥か先の目標の存在のおかげかもしれないが、多分、それだけではない。


 こういうとんでもない剣士と出会う機会が、頻繁に起こるからだ。


 どんなに強くなろうと、彼らに比べれば、自分などまだ(あり)みたいなものだ。そう思えるから。


 目の前のこの少年も、その「彼ら」の一人である。


 だが、逆に考えれば、僕よりもずっと剣が達者なのだから、遠慮なく打ちかかっても大丈夫であるということ。まして『八咫烏』という至剣まで持つ身なのだから。


 僕は覚悟を決めて——身と剣を進めた。


 『鴫震(しぎぶるい)』。間合いが重なり、両者の剣が隣り合わせになった瞬間、手の内と足腰を同時に鋭く捻った。その力を受け取った僕の剣がブルリ! と強く震えて隣の剣を弾き飛ばし、ガラ空きとなった胴体へ迅速に刺突を送る——


 そのはずだったが、それよりも一瞬速く、太郎くんが体ごと剣を引っ込めた。僕の剣の震いは目標を失い、彼我の間合いがまたしても遠ざかった。


 僕はそのまま左耳元で剣を垂直に立てた「陽の構え」へと転じながら大きく前へ足を進めた。踏み込むと同時に後足を引きつけ、その勢いを利用して剣尖を鞭のように発する『石火(せっか)』の型。それによって相手の剣を弾こうという狙いだった。


 しかし——太郎くんは僕が踏み込むよりも一瞬速く身を寄せ、斜線状に構えた木刀を先んじて僕にぶつかってきた。


「わっ……!」


 我が木刀でそれを受け止めたものの、彼の剣に宿る体当たりの圧力までは受け切れず、後方へ派手に吹っ飛ばされる。踏み込む直前で重心が曖昧だったため、余計に。


 倒れつつも受け身を取って持ち直し、立ち上がりながら構えて太郎くんを見つめ、もう一度向かって行った。


 間合いが少し遠めの段階から、全身に渦を纏うようにして剣を振るう。『旋風(つむじ)』の型の動きである。


 刃の渦を纏いながら太郎くんにぶつかりにいくが、太郎くんは動くどころか、身構えもしない。


 己の木刀を、そっと前へ伸ばし。


 僕の剣の間合いへと挿し入れ。




 かん(・・)




 柄を捻り、それによって螺旋を描いた木刀をぶつけ、円弧を描く僕の剣を真下から弾いた。


「え……」


 たったそれだけで、僕の剣に宿る鋭さは失われた。


 僕の太刀筋が上へ歪められ、その剣と一体である全身にもその歪みは波及し、力の流れは途切れ、技そのものが意味を失う。


 姿勢が崩れたことで全身が硬直した「死に体」である今の僕の隙を見逃すことなく、太郎くんは身を寄せ、喉元に剣尖を寸止めさせた。


 間近にある、丸眼鏡をかけた雅な美貌が、やはり優美に微笑む。


「もう一度、やりましょう」


「う、うん…………それにしても、随分と正確な太刀筋だね。それも『八咫烏』が教えてくれるの?」


「はい。『八咫烏』が「王道」を教える対象を、私ではなくこの木刀に(・・・・・)変更した(・・・・)のです。『八咫烏』が飛ぶ軌道を木刀で追いかければ、私にとって絶対に安全な方向へ勝負を持っていけます」


 ……やっぱり、似てるな。『蜻蛉剣』に。


 いや、僕の『蜻蛉剣』は、あくまで僕の剣にとっての(・・・・・・・・)必勝(・・)」を教えてくれる技だ。太郎くんの『八咫烏』のように、「王道」を教える対象の変更なんてことは出来ない。


 『八咫烏』という至剣、どうやら『蜻蛉剣』よりも応用に富んだものであるようだ。


 そんなことを考えながら、僕は再び距離をとって、太郎くんへ向けて木刀を構える。


 ——今度は単純に攻めるんじゃなくて、考えて攻めよう。


 僕はそう決めて、剣を右のこめかみまで持ち上げ、刃を上にして並行にした「稲魂の構え」になる。

 至剣流における鉄壁の防御の構えだ。目の前に大きな「く」の字の太刀筋を瞬時に刻むことのできる『電光(でんこう)』へ即座に繋げられるからである。『電光』の剣速を用いれば、あらゆる攻撃を即座に弾ける。


 それでいて、その状態のまま、じりじりと距離を詰める。


 間合いが触れ合った瞬間、僕は『電光』の型を——使わずにさらに足を(・・・・・)大きく進める(・・・・・・)。いまだに「稲魂の構え」となった木刀の剣尖は、太郎くんの眉間に真っ直ぐ向いている。そう、この構えは刺突としても使えるのだ。


 太郎くんは当然ながら、横へズレて紙一重で刺突を躱す。……想定の範囲内。そして僕はまだ「稲魂の構え」のままだ。いつでも『電光』を使える状態。


 僕は構えて作っていた手の内を絞りを一気に開放。両足を揃える勢いも加味され、手元の剣が稲妻のように閃き、虚空に逆の「く」の字を描く——と思った途中で木刀が止められた(・・・・・・・・)


「な……!?」


 太郎くんは剣を突き出し、僕の木刀の手元近くを押さえ込んでいたのだ。

 ……振り放った剣に込められた力は、刀身の外側に行くほど強く働き、逆に手に近いほど弱く働いている。

 僕の『電光』が発せられる瞬間に、太郎くんは僕の手元付近を的確に押さえ込み、技を無効化させたのである。


 僕の剣を押さえ込んだまま、ずいっと距離を近づけてくる太郎くん。そのまま鍔迫り合いの状態となり、右へ左へと移動させられる。


(『電光』を止められるなんて、初めてだ……!!)


 神業とも呼べる緻密な剣技に驚きつつも、僕は動くのを止めない。身を翻しながら太郎くんから離れ、そのまま横合いへ回り込んで大きく薙ぎ払う『颶風(ぐふう)』の動きで攻めかかるが、


「ぎっ——!?」


 振り向きざまに薙いだ瞬間、その木刀がとても硬いナニカによって止められ、硬さと衝撃が剣を通じて手根にビリビリ響いた。……見ると、木刀は電柱に引っかかって止まっていた。


 さっきの鍔迫り合いでここに移動させられたのか——そう気づいたところでもう遅い。


 太郎くんの剣尖が、再び僕の喉元で寸止めされていた。


「も、もういっかいっ」


 不覚な失敗に、僕はさらにやる気を燃やした。


 それから僕は、何度も太郎くんへ挑みかかった。


 もはや太郎くんの実力は疑いようはなかった。なので僕も今度こそ遠慮を一切捨てて打ちに行った。


 僕の知り得る剣技を、僕の知り得る使い方で、僕の知り得る駆け引きの上で発した。


 しかし——どれ一つとして、太郎くんにかすりもしなかった。


 僕の発する剣技の中で最も崩しやすい「弱所」を狂い無く的確に突く、精密極まる剣捌き。

 

 どのような追い込み方をしても、いっさい剣を当てることが出来ない、実体のない幽霊じみた身のこなし。


 僕の技がことごとく無意味に終わり、何度も剣を寸止めされた。


 そんな感じで僕を圧倒し続ける太郎くんは、僕のことを直視していなかった。

 

 僕ではない「何か」を見ているような動き。


 その「何か」を、剣か体で追いかけているような動き。


 「何か」とは……彼にしか視えない三本足の烏『八咫烏』だろう。


 それを追いかけるだけで、彼は僕をこれほどまでに打ち負かし続けている。


 ——僕は、こんなふうに『蜻蛉剣』を使っていたのかな。


 至剣を使う自分の姿を、今、初めて客観視できたような気がした。


 本当に、よく似ていた。僕らの至剣は。


 ……どれくらい時間が経っただろうか。


 気がつくと、僕はすでに息も絶え絶えで、全身は汗まみれであった。四肢は(おもり)を付けたみたいに重く、動くのが億劫だった。


 対し、太郎くんは息切れも汗も出ておらず、なおも涼しげで雅な笑みと佇まいを保ち続けていた。


「——少し、休憩といたしましょう」


 やはり涼しいその口調を聞いた瞬間、僕の足腰から力が抜け、その場にどっかり座り込んでしまった。


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