第6話 領主代理②
ジュティスの家は集合住宅にあり、室内は荒れていた。
「物が少ないな」
「そこらの悪ガキが盗んだんだろうなあ」
我がトレイドール領は一昔前は栄えていたが、他に街道が開通し、流行りの商品も変わり交易の主要路から外れて貧しくなった。
ガス灯に使う資源、発光材料が枯渇して輸入が必要になった。
節約せざるを得なくなり、街中が暗くなると犯罪が増え自警団が拡大した。
「ジュティスに家族は?」
「よその国から来たと聞いてる」
不法滞在者か。家族もいない、事件の記録簿に記載させた。
「近所づきあいは?」
「近くで働いてるし悪くはなかったよ。副業を知っている女性からは嫌われたり、哀れまれたりまちまちじゃないかな」
「まあ、そんなものだろうな」
室内に残っているものは汚れた服、持ち出しにくい家具が少し。
椅子も机も無い。
タンスの中身も大半が無い。
「男物の服があるな」
「客のものか」
「だろうな」
吊るされた男はほぼ裸だった。
「証拠品だ。回収しろ」
レドラムに命じて持ち帰らせる事にした。
「財布や身分証明書になる物は無いか?」
「ありません。服だけです」
ポケットにも何も入っていないようだ。
娼婦の家に来て金も無いというのは不自然だから悪ガキが盗んだんだろう。
「最悪だ」
「だから遅いんだって。せっかく緩衝地帯にするって折り合いつけて区長も通報してくれてたんだからそっちの体制見直せよ」
「そうするよ」
これでは住民が自警団を頼りにするのも仕方ない。
「区長の家を教えてくれ。後で誰にどんな風に伝えたのか確認する」
館の守衛か、街の見回りか、街の門番か・・・誰に伝えたのだろう。
行政に必要な役人のほとんどは領主館に職場があるが、畑違いの人間に通報されても困る。
ガスや水道の管理を委託している業者も公務に携わっているから領主の部下だと勘違いするような住民もいる。
「あ、お嬢様。服から何か落ちました」
「ん?」
保管袋に入れる作業をしていたレドラムが零れ落ちた赤黒いものを指差した。
「なんだ、これは?」
手袋をして摘まみ上げる。
匂いを嗅いでみると臭い。腐りかけている。
「あー」
トレバーにはこれがなんだか分かったらしい。
「なんだ?」
「性器じゃないか?」
「・・・・・・」
確かにそのようだ。
「切れたのか。切られたのか」
切断面を確認する。
「おお、なかなか根性あるな」
「仕事だ」
血がこびり付いて渇いていて切断面をはっきり確認できない。
「なあ、トレバー。お前達みたいな人間にはこういう遊びもアリなのか?」
「ナシ」
「そうか」
ではアクシデントで切断されたとしよう。
「寝ている間に刃物で切られたのかな」
「むりやりやらされて歯で噛み切ったのかもしれない」
娼婦が客を刃物で切るよりはその方が可能性は高いか。
「そういうトラブルはよくあるのか?」
「実際、何度か聞いた事はあるな。都市伝説みたいなもんかもしれないが店の連中も面白がってそういう話をしているのを聞いた事はある」
トレバーの周辺で実際に起きた事件ではないが、界隈ではよく語られるくらいには信憑性はあるということか。
「無茶な要求をする客を脅す為でもあり、客を傷つけた娼婦へのおしおきとして末路が語られるんだ。やべえ客に出くわしたら俺らを頼って自分でやり返すなってな。勝手な事した女は薬物で頭がパーになるか外国に奴隷として売り飛ばされる」
「酷いな」
「うちはそんな酷い事してないぜ。脅しだよ、脅し」
「まあいい。ここはこれまでだ。引き上げよう。封鎖線はそのままに」
現場は荒らされてたいしたものは残って無いが、また来るかもしれない。
ひとまず隣人に聞き込みを開始する。
◇◆◇
隣人A「ジュティス?ああ、そういえば10日くらい見てないな」
ネリー「10日で間違いありませんか?」
隣人A「数日くらいはずれてるかもしれないがそんなもんだよ。一週間よりは前、二週間は経ってない」
ネリー「何かトラブルを聞いていませんか」
隣人A「んー。いつになく騒がしかった気はするけど。どうかなあ」
トレバーが聞かれたからバイアスがかかっているだけかもしれないと忠告され、他の人間からも情報を集める。
隣人B「ああ、10日前ね。確かに騒がしかった。チンピラ集団とかガタイのいい連中が何度か出入りしてた気がするよ」
ネリー「何度か?」
隣人B「最近そこらで幅を利かせるようになった連中と見覚えの無い連中。あっちはたぶんよそ者だな」
ネリー「ガンビーノかパララヴァの者ですか?」
隣人B「そこまでは知らないよ」
ネリー「入れ替わり立ち代わりで直接顔を会わせていた訳ではないと?」
隣人B「厄介ごとっぽかったから窓からこっそり覗いてただけだが、たぶんね」
ネリー「ジュティスは見かけましたか?」
隣人B「チンピラ達と出ていったと思う」
それ以上特に情報は無く、協力に礼を言ってその場を立ち去る。
ネリー「ここらのチンピラってどっちの連中だ?」
トレバー「知らね」
ネリー「お前の仲間かもしれないだろ」
トレバー「何百人いると思ってんだよ・・・。俺が知るか」
もぐりかと思ったら実は親分がいたのか。親分もどちらの勢力でも無いのか。
◇◆◇
吊るされた男の現場に戻るとまだ降ろされていなかった。
「何をもたもたしている」
「そ、それがあまりにも臭くて」
部下達は道端にゲロを吐いてなかなか作業に取り掛かれなかった。
「しょうがねえな。俺が付き合うのはここまでだからな」
さっさと解放して欲しいトレバーは街灯に飛び移ってナイフで縄を切断し、被害者を降ろしてくれた。相変わらずとんでもない運動能力だ。
「くっさ!じゃあ、俺は帰って寝るからな!いますぐ風呂に入りたい!」
「わかったわかった。協力ありがとう」
「おう」
彼と別れ、動かす度にぐちゃりと嫌な音を立てる腐乱死体を用意した板切れの担架に乗せ部下に遺体安置所まで運ばせる。
安置所で羽虫を殺す為に煙でいぶし、消毒液を噴霧してから検死を開始する。
この男に性器はちゃんと付いていた。