第21話 強襲
内戦は終わった筈なのに領主は戻ってこない。
リーンと一緒にまったり休日を過ごしているとネリーが駆け込んできた。
「ちょっ、ちょっと困った事になったの!」
「なんだよ。そんなに慌てて」
「これを見て」
領主からの手紙で特に違和感は無い。
「戻るのが遅れるっていう内容も筆跡も間違ってないんだけどいつもの決まった言葉が無いの」
親子で暗号のような挨拶を決めていたらしい。
「それで、こっちも」
通信局の放送チャンネルを合わせると隣国のニュースが流れてきた。
『マルタン共和国で汚職です。複数の閣僚が逮捕されたとの情報が入ってきました』
なかなか結構な数の大臣が逮捕されたらしい。
選挙がどうのこうの、民衆は平静を保って欲しいだのと話していた。
「大変そうだがこれがどうかしたのか?」
「じ、実は私の手がけていた仕事のせいかもしれなくて」
「輸出関連の仕事か?」
「そう」
「それでどうして欲しい?」
「場合によっては一緒に逃げて貰ってもいい?」
「いいぞ」
間髪入れずに答えた。
「そんな簡単に決めないで。リーンさんはどうするのよ」
「勿論夫婦なんだから一緒に行く。いいよな?」
「はい」
彼女も即答した。
「でも逃げるほどの事か?密輸で逮捕されるのは自警団で直接かかわってる連中だし、親父さんも事情聴取と罰金くらいだろ?」
代理の業務をしていたとはいえ娘は領主本人より軽く済む筈だ。
「それじゃ済まないかもしれないの!っていうか済まない。私と領主館へ・・・いえ、駄目ね。襲撃されるかも。とにかくいつでも引き払える準備をして!」
そういってまた慌ただしく出かけようとする彼女を引き留める。
「待てよ。ちゃんと説明してくれ。力になりたくても事情が分からない」
「御免なさい!急ぐの!また説明する!」
彼女は振り払って出て行ってしまった。
◇◆◇
トレバーとネリーは嵐の後の静けさに取り残された。
「旦那様、旅支度を致しましょうか」
リーンは結構あっさり安楽な暮らしを捨てる覚悟を決めていた。
「いいのか?」
「ええ、わたくしはもともと旅の途中です」
「じゃあ買い出しに行って来る。着替えとか整理しておいてくれ」
保存食、荷袋、テント、火打石、若干の香辛料や傷薬、油など。
馬は調達出来ても維持費が高額ですぐに手放す事になるから持ち歩ける範囲の方がいいだろう。
数日は情勢は動かなかったが、ネリーは街の出入り口の検問を厳重にし、自警団にもよそ者の侵入を監視するよう指示を出した。
そんなある日。
『マルタン共和国でクーデターが発生しました。革命評議会は共和国憲法の停止を宣言しています』
「最悪、最悪だわ。これまでやってきたことは全部無駄になっちゃった」
青い顔をして疲れ切ったネリーがやってきた。
「どういうことなんだ?」
「御免なさい。全部私のせいなの。余計な事しなければせめて貴方は無事に暮らせたのに」
「自分を責めなくていいからとにかく説明してくれ」
ようやくネリーは重い口を開く。
彼女と親父さんの同志達は聖王国からの独立を目指して、マルタンや複数の共和国と連絡を取っていた。連合にも王政国家にも属さない連邦共和国を形成するのが最終目標だった。
「たぶん閣僚が逮捕された時に反連合派の結社の情報が漏れて先手を打たれたんだと思う」
公表前に結社の情報を聖王国にもリークされ親父さんも逮捕された。
「私もお父様も反逆罪で処刑される。トレイドール領が無くなるのはどうでもいいんだけど、資金の流れを捜査されたらきっと貴方に辿り着く」
「そうなのか?」
「う、うん。ちょっと凄い額つぎ込んじゃったから」
「そうか」
この家も本来は領主の別邸だし、仕方ないと割り切った。
「じゃあ、逃げるか」
「いいの?」
「ああ、悪いが親父さんは見捨てる。俺が護れるのは両手が届く範囲だけだ」
震えるネリーとリーンを両手で抱え込む。
「安心しろ。俺が護ってやる。いっそザカル・フージャ古王国を目指すか」
「はい、旦那様。行きましょう」
リーンは不安も不満も無く同意した。
「何処なのよ、それ・・・」
ネリーはさすがに不安だ。
「お前は旅支度は出来てるのか。時間を無駄にすると後悔するぞ」
通信局からどんどん情勢は報告されている。
聖王が派遣した部隊がいつ市内に攻め込んできてもおかしくない。
「証拠がたくさんまだ残ってるんだけど」
「もうこの国に帰る気がないなら気にするな」
「まだ使ってない大金が・・・」
「くだらんくだらん。必要になったら俺が傭兵でも山賊でも何でもやってやる。お前ひとりいればいい。行くぞ」
未練たらたらなネリーの言葉をすべて否定して荷物を持たせた。
持ち運びやすい武装だけ身につけようとしたところ、玄関と窓から同時に侵入者が現れた。
いつぞやの神聖隊だ。




