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第2話 目の見えない男

 旅の途中、男に騙され、襲われ、救われた。

救ってくれた男はガンビーノ一家という『自警団』一味の用心棒らしい。


助けを求めたら拒否された。

彼はたまたまゴミを捨てたらそこにチンピラがいただけで自分を助けたつもりは無いと言う。

だが、それは嘘だ。


彼の足音は聞こえていた。

彼はわざわざ足を止めて、勢いよく瓶を投げて命中させた。

わたくしの杖が転がっているのを見てからわざとそうしたのだ。

口で言うほど悪い人ではない。

他の通行人は全員見て見ぬ振りをした。

この街で唯一信頼できる人間だ。離れてはならない。


娼館の用心棒だと聞いた時は驚いた。

売り飛ばされてしまう可能性は十分にあった。

しかし手を取って大通りまで導いてくれた時に、彼の出自は予想がついた。

女性の手を引くのに慣れている。

チンピラがエスコートに慣れている筈がない。


悪ぶった口調だが声音から十代後半だと思われた。

ワルであることにまだ馴染んでいない。

目が見えないわたくしにも察せられるのだ、彼のボスも彼が裕福な家の出身である事は分かっていて雇っているに違いない。

三人の成人男性を相手に暴力を振るわずに退散させられるほどの人間。

裕福な家の出身でも十代で戦闘訓練を受けているのは稀だ。

銃を持てばいいのにわざわざ体を鍛える必要は無い。

足音、そして匂いからして鋼鉄の武器や鎧、銃を所持してはいない。

さきほどの暴漢はナイフを持っていてわたくしを脅して、ベルトや服の紐を切った。

彼は素手でそれを一切恐れていなかった。

暴漢達も無駄だと思っていた。

もちろんガンビーノ一家とかいう組織と抗争を起こす事を避けた、と考える事も出来るが暴漢達も普通ならプライドにかけてあっさり引き下がるとは思えない。


やはり対抗しようとしても無駄だと知っていたと考えるのが妥当だろう。


 ◇◆◇


 親切で勇敢な彼の事だから役所まで連れて行ってくれるだろうと期待したが、それは拒まれて自宅へ連れていかれた。

さすがに少し彼を疑った。


彼からは血の匂いと消毒液の匂いが漂っていた。

娼館の用心棒だと言っていたからトラブルに巻き込まれるのは日常茶飯事なのだろう。

武器を持った三人の男に怯まない彼に怪我を負わせたのは何者なのだろうか。


目が見えないので彼の家の広さや間取りは分からない。

目が見えなくても人や自然に流れるマナ、世界に満ちる魔力といったものは感じ取れるのだが人工物は酷く薄くて見通せない。


自宅に風呂があるというのは驚きだった。

用心棒の給料で維持出来る物件なのだろうか?

風呂があっても怪しまれず周辺に溶け込めるような住宅街であると仮定してみる。

近所の人間に挨拶したり声をかけられる様子は無かった。


階段を昇った先にある家の扉を開けたから集合住宅だろうと思われる。

それなら共通の風呂があってもおかしくはないが、気兼ねなく拾った女性に風呂を使わせるつもりであるとなるとここは彼専用のようだ。

紳士である彼は他の男性が使うかもしれない風呂に連れ込んだりはしないだろう。


部屋に通されて少し待つと早速風呂に連れ込まれた。

恥ずかしい思いはあったが、こうなってからは他人にお世話されるのは仕方ないと受け入れていたので諦めて紳士である彼を信用してされるがままに任せた。


お湯は十分な熱さだった。

この短時間で沸かせられるとなると魔術道具付きの物件だろうか。

熱湯にする魔術道具は交換が必要な消耗品と魔力を補充すればいい永続タイプがあるが、さすがに消耗品を使うほど裕福とは思えない。永続品ということは彼自身が補充出来るのか、或いは周囲に魔術師がいて補充してくれているということになる。


せめてお礼にと背中を流した時、湯舟で抱きかかえられた時の感触からすると筋肉はそれなりについている。

十代後半だという分析に修正が必要だ。

成長期を過ぎてから数年が経ち、骨格も育ちきり、その上から鍛え上げられた筋肉がついている。筋肉の付き方も違うし、裸の女性と共に風呂に入っても動揺していないあたり十代の少年ではない。

彼の年齢をニ十歳前後、或いはもう少し上に修正する。


彼は紳士で衝動的になるタイプではないが、無欲でもない。

ひとまず仮定して人物像を作り上げていく。

彼の手つきが怪しくなり、盛り上がってきたものを感じると体勢を変えて治療を申し出た。


「神術師か。神殿でも無いのにすげえな」


強欲な神殿は治療費をかなり取る。神殿でなければ治療が出来ないのは神像に蓄えられた神の力が必要だからだ。

信仰を確保する為に一般人は抽選式で詳しい事情は秘匿されているのに、彼は治癒の奇跡を行うには普通は神殿でなければ出来ないというのを知っている。


神殿でなくても奇跡が可能なのはかなり優れた神術師で高位の貴族が抱え込んでいる。

もちろんそれを嫌って市井で暮らす人もいるが、金が成る木は放っておかれず厄介ごとに巻き込まれるから結局後援者が必要になるので長生きできず、一般に広まらない。


彼の獣欲は抑制されており、話題を変えればすぐにどこかへ行ってしまった。


 ◇◆◇


 彼は眠ってしまい、徐々にお湯の温度が下がり始めたので申し訳ないが起きて貰う。

名前はトレバーだと分かった。

自分で体は拭けると言ったのだが、手つきを怪しく感じたのか時間がかかって面倒だからやってやると言われなすがままとなる。

その時の手つきには若干からかいが感じられた。

彼は落ち着いた二十代前半の男性だが、まだ子供っぽい所がある。


その後、スープを提供された。

作り置きのものを温めただけというが、温めた際に魔術の発動を感じた。

薪や炭に直接火をつけたわけではなく、着火剤から炭に火を移していた。

彼自身が魔術師であるのは可能性としては考慮していたが、少し驚いた。


寝る前なので少量だが、お腹にいれるとすぐに眠くなり彼にベッドに連れ込まれた。

他に寝転がれるソファーなどは無いらしい。

ほんとにいいのか?と聞かれたが今さらだ。紳士である彼を信用するしかない。


彼を信用し、彼の信用を裏切ってはならない。

彼はチンピラだけでなくボスからも一目置かれる腕の持ち主で、さらに紳士的で貴族出身で魔術も扱える。料理も出来て、床は清潔、トイレも嫌な臭いはせず、便器の蓋も上げてくれていた。持ち物は少なく、綺麗好きだが贅沢が好きというわけでもない理想的な男性だ。


可能なら彼も説得して旅に連れ出したい。

いつか彼にとってもここは危険になる。


 ◇◆◇


 馬車で眠っていたので彼より早く目が覚めた。

人工物の気配が薄く、自然の力を感じる方向から外の喧噪が聞こえてくる。

恐らく窓があるのだろう。

だが、人工物の気配が濃い方向、つまり壁から空気の流れを感じる。


ベッドから降りてそちらへ歩く。

その途中で何かにつまづくことは無く、運ばれた時にも感じたが家具は少ないようだ。

辿り着いた先の壁は煉瓦に漆喰でも塗っているのかそんな感触だった。

僅かに感じた隙間風、自然の力はここから来ている。

さらに詳しく調べると小さな穴が開いていた。

正確に丸い小さな穴。


覗き穴だ。

彼は監視されている。


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