第18話 ネリーの出張
ネリーは遺恨のある相手に頭を下げてお願いをしていた。
「輸出量を増やして頂けないでしょうか」
「『密輸』量だろう?」
かつてネリーが侮辱した大使は今やマルタンの産業大臣になっていた。
今は彼の別荘の密室で会談を行っていた。
「こちらもね、リ・ニーネとの戦線を抱えている。あまり融通するわけにはいかないのだよ」
「旧式のものでも構いません」
「旧式でも人は殺せる。立派な武器だ。だいたいそちらに資金も無いだろう」
「私にはなくても商人にはあります」
マルタンは武器商人を送ってくれるだけでいい。
ネリーは検問で見逃して取引は民間に勝手にやらせる。
売買先はネリーが父の派閥に送ったり別に見繕う。
「しかしね。こちらの情報機関には輸出量よりそちらでの流通量の方が多いのではないか?と疑問を持つ者がいる」
派手にやりすぎではないかと釘を刺された。
「王党派はまだまだ強力です。支援が必要です、なにとぞお願いします」
ネリーはひたすら頭を下げて懇願した。
ハーマンの所で経験を積み、何度か慎重に交渉している内に相手の人となりも掴めてきた。
ハーマンと違って立場があるので妾は持てないし、娼館通いも出来ない。色仕掛けは通用しないが、相手はかつて自分を侮辱した高慢ちきな貴族が屈服した事に愉悦感を感じ嗜虐心を刺激されている。
ネリーは相手のそういう点を会う度に肥大化させた。
「我々の目的は聖王国の議会派と同盟を結ぶ事ではない。王党派は別にどうでもいい」
「はい、承知していますが王党派と神殿派が協力しない内に叩く必要があります」
「神殿?そんな古風な連中に派閥などといえるほどの力があるのか?」
「民衆からの一定の支持はありますし、技術力も秘匿されていましたが脅威になります」
ネリーはトレバーから買った短剣とハーマンのアジトの戦闘で残されたヘルメット、装甲の一部などを提示した。
「あらゆる鎧を簡単に引き裂き、装甲は銃弾を通しません。それでいて十分素早く移動できます。神殿側の特殊部隊の装備です」
「事実なら脅威だ。調査させよう」
銃弾のテストは出来ないが、短剣の力はすぐに確認出来た。
確かに脅威だったが、量産出来なければ気にするほどのものでもない。
「そちらの技術力であれば解析して何かしら役に立てられるかと思いましたが」
「そうだな。我が国の技術力であれば量産も可能だろう」
「では、閣下」
「まあ、そうだな。私の裁量で出来る範囲で融通するのは構わないがこちらの情報機関がそちらで活動しても黙認して貰いたい」
「それはさすがに困ります。もしこちらの工場が・・・」
「言わなくてもいい、こちらで制御する」
大臣も自分が破滅するような事はしない。
「本当に必要なのは武器ではなく資源や資材だろう」
「はい。仰る通りです閣下」
ネリー達の真の目的は強力な連邦共和国を形成する事である。
議会派も王党派は打倒しても国を潰したり、国土を失う気は無いので他国の介入は嫌う。
ネリー達の結社の目的は聖王国の自分達以外の勢力の力を削ぎ、独立する事である。
近隣の共和国と共に連邦国家となり、リ・ニーネや過激な革命国家連合に対抗する。
武器密売の斡旋など資金調達の小遣い稼ぎに過ぎない。
「閣下、こちら側の結社の為にも投資家を募って頂くことは出来ないでしょうか。先ほどの特殊部隊の装備などを何方か買い取って頂けると助かるのですが。私の領地以外にも工場を建設したいのです」
「そういった話は父君としたいね」
「申し訳ありません。父は出陣中でして閣下におすがりして結社に話をして貰うしかないのです」
「仕方ないな」
大臣の方もこれまでの投資額が大きくなりすぎてネリーを捨てるのは難しくなっている。
「こちらも議会に無断で行動しているし、工業界の不満もある。君の所の密輸商人達に懲罰を喰らわしてガス抜きをする必要がある。先ほども言ったが、そういった活動は黙認して貰いたい」
「承知しました。工場への破壊工作以外であれば構いません」
「よろしい。作戦発動を指令する。情報部の人間に犠牲が出れば局長が本腰を入れてしまう。くれぐれもこちらの人員を逮捕したりしないように」
「はい。ですが、彼らの反撃で被害を受けても領主としては関与出来ません」
「フン、たかが自警団に我が国の工作員はやられたりはせんよ」
ネリーとしてはガンビーノやパララヴァのチンピラに犠牲が出てもどうでもいい。
トレバーが関わってくると不味いが娼館の用心棒をしているのだから今回の件には関わらない筈だ。
「さて、投資が必要だといったがどれくらいかね?」
「ざっと三十億ほどあれば聖王や議会に気取られず土地を買収して建設できるかと。共和主義を増やす為に新聞や通信局の買収や回線増強にも資金が必要です」
「三十億か、裏金でなんとかするにはちと大きいな。内閣の機密工作予算を回してもらうか」
「こちらが自立出来るようになればリ・ニーネとの戦線の負担も和らぐかと思います」
「まあ、先ほど新技術の入手などもあわせれば閣僚を説得する材料にはなるだろう」
「はい閣下。あと受信機の調達もお願いできますでしょうか。通信局を買収しても聞くものがいなければ変わりません」
「そうだな。それにしてもこの私に随分と我儘な要求を言うようになったものだ」
大臣は調子に乗るなと睨む。
ネリーは心底慌てたように振舞って詫びると彼の機嫌はすぐによくなる。
「申し訳ありません。連合に気取られる前に早く勢力を拡大したいと心が逸りました」
連合の優先攻略目標は聖王国や他の王政国家であって共和国とは睨み合いに終始している。
「そうだな。だが、お前はまだ我々の結社の同志ではない。少なくとも独立するまでは」
「はい」
「話はこれで終わりか?」
「あ、いえ。こちらの身分証の女性についてそちらでの情報収集をお願い出来ないでしょうか」
ネリーはハーマンから回収したシュヴェリーンの身分証を提示した。
「何かあるのか?」
「いえ、個人的な事ですが神術が使えるとかでマルタン国内を移動してきたようですが噂など残っていれば教えて頂けると助かります」
「ふうむ神術か、何か利用できると考えているのか?」
「あわよくば」
個人的な好奇心で持ち出した話だが、神殿勢力の独占的立場にヒビを入れられるかと考え直した。
「私からは以上です」
「ご苦労だった。領主代理」
商談は終了し大臣の顔色が段々と変わってくる。
プライベートの時間が始まったのだ。
「さて、今のお前はなんだ?」
「閣下の・・・同志の皆様の忠実な下僕です」
「下僕?違うだろう?前にも教えた筈だ。ちゃんと言ってみろ」
「閣下の・・・犬です」
ネリーは俯いて屈辱に震えながら答えた。
「そうだ。先ほどまでの態度はなんだ。犬の態度か?」
彼の顔は嗜虐心が刺激され、喜色に歪んできた。
「申し訳ありません閣下」
「何度言っても分からないお前にはこれまで以上に厳しい調教が必要だな?」
「はい・・・ご主人様」




