第17話 弾丸の謎②
「今日は怖い思いをさせて済まなかったな」
トレバーは自宅に戻り、一緒に風呂に入りながらリーンを労わった。
「はい。怖い思いはしましたが旦那様のお役に立てたなら嬉しいです」
「ああ、役に立ったよ。凄くな。他の親分衆にも俺とお前の顔が知れれば今後やりやすくなるだろう」
自分がいないときリーンがまた暴漢に遭遇したりしないか心配だったが、これでそこらのチンピラが手を出す事は無くなる。面倒だったが結果的には良かったと考えていた。
トレバーの返事を聞いてリーンも微笑んだ。
「だが、あまり目立ちすぎると困ったりしないか?これまでも随分酷い目に遭ってきただろう?」
「はい、でも追手がかかっていたりするわけではありませんから」
トレバーにも追手がかかっているわけではないが、さすがに名前は変えて別人として暮らさないと利用しようとする人間が出てきたり面倒な事になる。
「五体満足とはいかなかったかもしれないが、よく俺のところまで来てくれたよ」
なんだか急にいとおしくなってトレバーは自分の膝の上に乗せて後ろから抱きしめた。
リーンはその腕にそっと手を重ねた。
「救貧院で慈善活動をしながらとはいえどうやって旅してきたんだ」
「正直無事にとは行きませんでした。何度も攫われて利用されたりしましたが、治療した方の中に恩義に感じてくれた人がいて逃がしてくれて身分証なども用意してくれました」
「だろうなあ」
世の中酷い人間ばかりではない。
「ここへはマルタンから来たんだっけか?」
「はい。よく知りませんでしたが穏健な共和派が多いので通行証を出してくれたんだと思います」
「だろうな。しかし、やっぱりこの国ではあまり奇跡の力は披露しない方がいいと思う」
「何故ですか?」
「この国は聖王を頂点とする神殿組織が神術を牛耳って高額の喜捨を要求しているからお前が、ちょちょいっと治療してしまうと奴らの面子が潰れるし、収入も減る。幸いこの街にはそんな大神殿はないからいいが噂になると審問官を送ってくるかもしれない」
「それは怖い方々なのですか?その・・・縛り首にしたりとか」
「いや、そこまではしないよ」
トレバーは苦笑する。
善意で治療したのが罪になるほどの無法国家ではない。
「そうでしたか、わたくしの祖国は随分野蛮な国だったのですね・・・」
「そういう事されたのか?」
「酷い場合には四肢を縛って牛に引かせて裂いて死刑にしたりとか・・・」
リーンはうつむいて答えた。
「酷いな。リ・ニーネでもそこまでやるかどうか」
「やるかもしれない国が近くにあるのですね・・・」
「まあ、やりかねないな。貴族に力を与えた神々を憎んでいるから」
「神術は平民でも使える筈なのですが・・・」
「連中は狂ってるから理屈は通じないんだ」
「ですよね」
リーンの体が小さく震える。
「やっぱ怖いよな」
「はい。・・・そこまでわたくしどもが憎いのでしょうか」
理解できないのでトレバーは答えられなかった。
そこで話題を切り替える。
「マルタンはどうだった?留まる気にはなれなかったのか?」
「景気は良かったようです。安全でしたし、人々も気さくでした。治療で知り合った方からルクス・ヴェーネ聖王国ならもっと安全に保護されると思うと言われて通行証を貰えるよう図らって頂きました」
その人は善意で図らってくれたのだろうがこの国はそんな国ではない。
「聖像がある神殿以外で奇跡を起こされたら連中の面目は丸潰れだ。たった一人で目の見えない君を拉致して監禁して利用していただろう」
今はトレイドール領の市民として登録されて、夫もいる以上そんな無茶は出来ない。
「いや、本当に良かった。奇跡みたいな出会いだな」
「はい」
◇◆◇
湯舟を出てソファーで体を寄せ合ってまったりしている時にリーンが話しかけてきた。
「ところで旦那様」
「おう」
「今日の事件、旦那様はどのようにお考えですか?」
「気になるか?」
「はい、銃撃戦が起きたら、と思うと・・・」
不安そうなリーンによしよしと安心させるように撫でてやる。
「今日の話で察したかもしれないが、ここはマルタンからの密輸品を売りさばいてる。内戦で武器弾薬が足りないからな」
「ネリー様はご存じなのでしょうか」
「まあ・・・そうだな」
「自前の工場もあるような話でしたが・・・」
「密輸品だけじゃ足りないってことだな。俺はただの用心棒だから詳しくは知らないが」
ボスの出張に付き合うのもそこらの商談のせいだ。
マルタン側にこちらでコピー製品を作っているのがバレると不味い。
ひょっとしたらバレたのかもしれない。
「こういった組織の事はよくわかりませんがガンビーノ一家の方々よりマルタン側の組織の方が強力なのでしょうか?」
「うーん、トレイドールの検問があるし他国で抗争を起こせるとは思えないがパララヴァにも警告してやるべきかな」
「ネリー様がいらっしゃらないのであれば旦那様が適任かと」
「そうだな。面倒だが俺達の安全で平和な暮らしを守る為に教えてやるか」




