第15話 リーンの初仕事
トレバーは寝物語に長い話を終えた。
「シュリ・グルドブ・マヘンドラナ」
「なんでしょう」
「やりたいことをやれってことさ。君もあいつも、皆」
彼は天井を見上げ、それよりも遠くを見据えていた。
「旦那様はもう祖国に戻って再建しようとは思わないのですか?」
「君はそう思ったのか?」
「わたくしにはそんな力はありません。旦那様ならその気になれば出来るのではないかと」
「そんな気は無い。国を取り戻してもその国民は家族をぶっ殺した連中だ。あんな国はもう必要ない」
トレバーの心に憎しみは薄い。
側近には復讐をしたといっているし、もう満足している。
「金って奴は恐ろしいな。新聞社も通信局も間接的にマルタンとリ・ニーネの資本が入っていた。三年の間に言ってることが真逆になっているのに国民はあっさり扇動されちまった」
「大衆とはそういうものかもしれません」
「そうだな。俺も一度も国に帰らなかったし、今はマルタンとリ・ニーネは争い合ってる。わざわざ戦争なんてしなくても良かった」
「申し訳ありません、社会情勢に疎くて・・・教えて頂いてもよろしいでしょうか」
リーンはもっとより多くの情報を必要としている。
「リ・ニーネはちょっと過激な革命国家でな。貴族を探し出して皆殺しにしちまうような国だ。貴族由来の魔道具も叩き潰す。貴族の財産は全て奪い、国民に等しく分配する。マルタンは使えるものは使う、魔力を使った生活用品は便利だから一般人でも使えるように改良してるし、広域通信局なんてこの辺じゃマルタン資本ばかりだ。資本家は利用できるなら貴族とも手を組む。自分らも特権階級になってるからな」
目が見えなくても放送内容が音で入って来る。
受信機は高級ホテル、飲食店などにも置いてあり、リーンは是非聞きたいと思っている。
「市民派もそんなに違いがあるのですね」
「王侯貴族がここまで弱体化すれば後は利権の奪い合いさ。結局市民の人権だのなんだのなんてお題目の行きつく先はこんなもんだ。マルタンとはいがみ合ってたが今となっては聖王国とも友好国だ。リ・ニーネの連中は頭がおかしい。神殿の人間まで惨殺してる。リーンもあの国の連中とは関わらない方がいい。神術も見せちゃ駄目だぞ」
「はい、旦那様。おっしゃる通りにします」
治癒の力は使わずに按摩、マッサージの仕事を見つけて貰った。
初めての仕事だが、先生が教えてくれるという。
「もし患者に触れるのが嫌だったら言ってくれよな」
「大丈夫です。救貧院でも手さぐりですがある程度は触れたことはありますし」
「そうか。俺以外の男に苦手意識とか持ってたらどうしようかと思った」
「勿論怖くはありますが、生きていく為です。慣れませんと」
「よしよし、強い女は好きだぞ」
彼のおかげで大分社会情勢も分かったし、まっとうな日常生活を送れるようになった。
感謝してもしきれない。
「点字の本は高いからなあ。暇潰しを何か見つけてやれればいんだが、通信局の受信機はさすがに高いし」
木材は限られていて紙の半分は特殊な糸を吐く虫から布のようにして作られている。
そちらで作られた紙だと点字を作るのは難しく生産されていない。
「地上なら木はたくさん生えているでしょうに、残念ですね」
「まあ伝説の国じゃなくても多少は生えていそうだな」
地底の国々では木々が少ない。
大河の流域では大木こそ少ないが草木は豊富なので貴重な輸出資源になり、戦争の火種にもなっている。
「ガンビーノの系列店に受信機が無いか聞いてみるからあったらそのうち遊びに行こう」
「はい、旦那様」
しばらくぼんやりと二人はベッドで抱き合って時を過ごした。
「なあ・・・まだ古王国ってとこに行きたいか?」
「旦那様?」
何を言い出すのだろうと訝しむ。
「俺はお前にとっての安息の地。理想郷の代わりにはなれないか?」
「もうなって頂いておりますよ」
暗闇の中で微笑む。
「ただどうしても社会情勢には恐怖を覚えます」
「だよなあ」
今は彼の胸以上に安心できる場所などない。
◇◆◇
もともと体の構造、マナの流れなどはよく知っていたのでマッサージの仕事は天職ともいえた。
先生はすぐに一人でもやっていけると太鼓判を推してくれガンビーノが手配した整体院で職を得た。
順風満帆な新生活を送っていたある日、トレバーがそこへやってきた。
「悪いがボスが呼んでる。手当して欲しい奴がいるんだ。来て貰ってもいいか?」
「勿論です、旦那様」
現場には既に医者もいて、手当が開始されていた。
死者一名、重傷者三名、軽傷者七名。
大変な抗争があったようだ。
リーンは乞われるがまま急いで治療を開始した。
「こちらとこちらとこちらのお三方は危ないですね。彼らから始めましょう」
「え?」
周囲のぎょっとした返事が返ってくる。
リーンは何か失敗したのだろうかと焦った。




