第12話 領主代理④
夫婦の婚姻届けは受領して市民権を発行した。
その帰りに妻を館の使用人に任せて待っていて貰い、トレバーが短剣を持ち出してささやく。
「この前の連中の置き土産だ。これ、買い取ってくれないか?」
「別にいいけど、いくら必要なの?」
「とりあえず五百万」
「そんなに?」
「駄目か?出来れば彼女にもう少し広い家を見繕ってやりたいんだ」
「じゃあ、お隣さんに移って貰う」
「え?いいのか?さっきは怒ってたじゃないか」
お父様が保有する物件以外に移られては監視できなくなってしまう。
監視もあまり役に立っていなかったがそれでも動向を掴めないのは困る。
「まあ何にせよ金は要るんだが。彼女の着替えもなんも無くてな。店の御用達の所に行ったらぼったくられたし。あれはあれでいいんだが、普段着も欲しい」
「あんな繊細そうなお嬢様にあんたの女達みたいな服は似合わないわよ」
「だからまともな服を着せてやりたいんだって」
「ボスに給料上げて貰いなさいよ。うちだって現金無いんだから」
「ボスにはボスで頼むが、今はまとまった金が欲しい。この剣は神聖隊が一千万くらいは出すんじゃないか?俺には交渉出来ないが」
「しょうがないわね。ちょっと待ってなさい」
小切手で五百万ほど渡してやる。
「悪いな。何か困った事があればなんでも言ってくれ。お前の為なら何でもしてやるからさ」
「はいはい。お幸せにね」
調子のいい困った男だ。
五百万の大金はどう工面しよう。
銀行から借りるか、ハーマンから借りるか。
銀行から借りれば公金として管理することになりお父様にバレてしまう。
やっぱりハーマンから借りて補填するしかない。
妾としてずるずると付き合い続けてもう逃げられなくなってしまった。
ガンビーノは金払いが悪いし、女を求めてもいない。
ハーマンが扱っている薬物は危険性が高く、ガンビーノは嫌っている。
取り立ても厳しく、悪辣だった。その分勢力は大きい。
ガンビーノには街の為にももうちょっと頑張って貰いたい。
◇◆◇
「レドラム。トレバーの監視は一体どうなっているの?」
いつの間にか結婚していた事で監視の責任者に何をやっていたのか咎めた。
「申し訳ありませんお嬢様。甥に空いている時間で監視させていただけですので」
情報が洩れるわけにはいかないので古くから仕えている身内にしか頼めない。
「じゃあ、経費と別に給料を払うからきっちり監視させなさい」
「お嬢様の命令とあればおっしゃる通りにしますが、トレバー様に露見しませんか?」
「彼は大雑把な人だから気にしないでしょう」
「お嬢様も工事を御覧になりましたからご存じかと思いますが、隠し部屋は狭く長時間籠っていればそのうち失敗してしまうものと思われます。録音、録画用の魔道具を設置してはどうでしょうか」
「そうね・・・」
部下をあてにするよりは確実だ。
自分の目で再確認も出来るし、いい考えだ。
かなり高価だが、どうせ資金の融通をおねだりしなくてはならないのだからついでに頂いておこう。
「じゃあ、もう自宅の監視はいい。彼の娼館や行きつけの酒場に通って様子を伺いなさい」
「・・・承知致しました」
レドラムの返事は少し遅れた。
古くから仕える老執事で命令はなんでも忠実にこなすが、小領地であまり教育を受けていない。忠実な事だけが取り柄だ。
「なにか不満でもあるの?」
「いえ、お嬢様がそこまでなさらずとも・・・」
「何を言うの?私達の家が今もあるのは彼のおかげ、そして彼はそのせいで得るはずだった玉座と祖国を失ったの。私の事を思うなら彼の為に尽くしなさい」
「申し訳ありませんお嬢様」
「いい?王党派の接触も許さないし、革命の暗殺者の接近も許さない。彼を陰謀に巻き込む者がいたらすぐに教えなさい。彼が静かに暮らせるよう努力しなさい」
「承知致しましたお嬢様」
◇◆◇
「ねえ、ちょっと資金を融通して欲しいの」
早速ハーマンにおねだりをしにいく。
ガンビーノは証文を取ったりきっちりし過ぎているので借金のお願いはやりづらい。
ガンビーノ一家はパララヴァ一家と違って権力が分散しているので、身内に使途を追及されてしまうのだ。
「いくらだ?」
「一億、できれば一億五千万くらい出してくれない?」
「何に使うんだ。そんなに」
「もっと工場を建設したいの。いくら密輸しても他所に流すだけじゃ私達はいつまで経っても辺境都市のままでしょ」
「しばらく大人しくするんじゃなかったのか?」
「すぐに取り掛かるわけじゃない。下準備もいるの。神聖隊にも賄賂を送らなきゃいけないし」
「喜捨じゃねえのか?」
「そうともいうかしらね」
ハーマンのせいでもあるので資金は出してくれるだろう。
魔道具の調達が一番金がかかるのだが。
「それだけの金となると、さすがになあ。お前さんにはもう随分投資してるんだぞ?」
「見返りは与えてるでしょ。私達の関係がお父様に露見したら私は勘当されるし、貴方も処分される事になるし、一蓮托生じゃない」
「俺はそう簡単にやられはしねえぞ」
「お父様は領主の地位に拘っていないし、やろうと思えば外部から神聖隊みたいなのを呼び込める」
領地を返上する気になればどうにでもできる。
「このまま業務を拡大していけば領主館じゃ手狭になるし、誰かの目にも触れてしまう。市街地に私の事務所を作りたいの。そうすればお父様が出征から帰ってきても関係を続けられる。もっと頻繁に会う機会も作れるし、いいことづくめでしょ?」
「俺にそんなに投資させるくせにガンビーノにも便宜を図るんだろ?」
「彼とはあなたほど親密な関係は持ってないし、トレバーから得た情報は貴方に提供してるじゃない」
やりすぎているハーマンの犯罪をお父様に隠したり擁護したりもしている。
「へっへっへ、悪い女に育ったもんだなあ」
じゃあしょうがねえと相好を崩して抱き寄せてくる。
「ま、誠意を見せてくれるならそんくらいどうにかしようじゃねえか」
「さすが大親分ね」
◇◆◇
慣れてしまえばハーマンみたいな男でもそんなに悪くは無い。
最初のうちはどういう態度を取るべきなのかよくわからず怒らせたりもしていた。
彼は言いなりになるような女は求めていない。
自分より優位な相手も求めていない。
生意気な態度は嫌いじゃない。
最後まで屈服しないのも好きじゃない。
おべっかを使われるのは嫌い。
泣いて懇願するような女は嫌い。
対等な関係であれば敬意を払う。
微妙なバランスを保って機嫌を取らなくてはならない。
彼は今の自分をどう思うだろうか。
まさか彼が結婚生活に縛られるとは思っていなかった。
肩の荷を降ろして自由人の生活を満喫していたと思ったのに。
あんなに優しく誰かを労わっている彼を初めて見た。
でもあれが本来の彼なのだろう。
私が彼を今の姿にしてしまった。
本当は誰かを守る事に全力を注いで、生き甲斐としている優しい人だった。
私はもう彼に守られるような弱い人間でもないし、守られる資格は無い。
また他の女に手を出すようになっても彼は奥さんを追い出さないかもしれない。
彼女は目が見えないし、夫婦生活は続きそうだ。
彼が幸せなら私も幸せだし、うまくいって欲しい。
彼とは新しい家で会えばいいだろう。
彼女は彼を心から信頼し慕っているようだった。
何年も逃げてきてようやく信頼できる男に巡り合えた。
出来れば邪魔をしたくないけど不審な点が無いかは調べなければ。
彼女は治癒の力が使えるそうだけど、自分の目は治せないのだろうか。
それも調べないと。
「おい、どうした。気もそぞろじゃねえか」
お尻をぺしんと叩かれた。
「あ、御免なさい。ちょっと心配事が多くて」
視線を下げたら不満そうなハーマンがいた。
「俺の相手が退屈なんだったら付き人を呼んでやろうか?」
「お父様より私の都合を優先してくれるのはレドラムだけなの。また私の泣き顔を見る為に利用したら今度こそ告げ口されるわよ」
「前は爺さんもお前も興奮してたじゃねえか」
「あんなのは一度っきりよ」
彼がハイになっている時は後先考えない行動を取る。
そういう時は近づかない。
「じゃあ、しっかりしろ」
またお尻を叩かれて望み通り腰をくねらせる。
「はいはい。御免なさい。新しい家に移ったら時間を気にせずゆっくり遊べるでしょうからその時に改めてお礼はする」
魔道具の調達に一億かかった。
工場の資金をまた別に調達しないといけない。
トレバーの家の設備も永続品だった筈が質が悪くて交換が必要になったとおねだりされた。
彼の幸せな新婚家庭を守る為に新しい事業を始めなくてはならない。
段々人生楽しくなってきた。




