第11話 新婦、婚姻届けを出す
シュヴェリーンはトレバーと共に豪華なホテルに泊まり、帰りにそのまま領主館に婚姻届けを出しに行った。行政府としての領主館と領主一族が生活する為の別館があるのだが、リーン達が通されたのは別館のほうだった。
「よ、実は結婚したんだ。彼女に市民権をやってくれ」
領主代理である一人娘のネリーにトレバーは親し気に語り掛ける。
「旦那様、お知り合いなのですか?」
「まあな。ガンビーノの用心棒の俺があんまり領主様と親しくしちゃ不味いんだが今は抗争も控え目だしいいだろ」
「平和が一番ですね」
「ああ、その通り」
新婚夫婦は幸せ一杯だった。
一方の領主代理は絶句して固まっている。
「おい、どうした?」
「どうかなさいましたか?」
「ん、おお。お嬢様がちょっとな」
不法滞在者が堂々と名乗り出たのが不味かったのだろうかとリーンは不安になった。
「あ、ああ御免なさい。結婚ね。おめでとう。それでこちらはどこのどちらさま?」
震えるような声にリーンは戸惑う。
祝福と戸惑いと少しの怒りを感じた。
「彼女は遠くから旅してきてつい先日この街についたんだがパララヴァのくそガキ共が彼女に暴行を振るってる場面にでくわしてな。持ち物や有り金持ってかれちまった」
「あぁそれで結婚するから市民権が欲しいってことね」
「そうだ」
「分かった。すぐ手配する」
「悪いな」
ネリーは書類を部下に持ってくるよう命じた。
リーンは旅券は?と小声で尋ねる。
「おおそうだった。なあ旅券もすぐに発行できるもんなのか?」
「旅券?旅行にでも行くの?」
「今すぐじゃないんだが、何処か安全な国とかあればなあと思って」
「ここは十分に安全でしょ。あんたの為に格安で家も貸してあげてるのに」
ネリーの言葉遣いが段々くだけてきてリーンは彼女とトレバーは思ったより親しい仲だと印象を修正した。
「で、貴女。何処から来て何処へ行きたいの?」
「私、アーモロートからやってまいりましたシュヴェリーンと申します。ザカル・フージャ古王国を目指して旅をしておりましたがこの地で何もかも失ってしまいました」
「で、俺と出会ったってわけさ」
「あんたは黙ってて。旅券は父の名で発行するんだから勝手な事は出来ないの」
「じゃあ発行出来ないのか?」
「そうはいってないでしょ。審査するけど・・・御免なさい、目的地は何処ですって?」
「ザカルフージャ古王国で御座います。ネリー様」
目的地を告げられたネリーは途方に暮れた。
「何処なの?」
この国の貴族でも誰でも知っているわけではないらしいとリーンは情報を修正した。
「伝説にある理想郷って奴だよ。とりあえず南の方にあるんじゃないかって」
「そう・・・。とりあえず内戦中だし。当面旅行は禁止よ」
「なんだよ。なら最初からそう言えよ」
「南は駄目。お隣の領地くらいならお父様と親しい議会派だから行っても構わないけれど」
「そうか。じゃあ、どうする?」
「いえ、無理を言うつもりはありません旦那様。情勢が落ち着けば旅を再開できると知って嬉しく思います」
領主一族から社会情勢を直接知る事が出来てリーンは満足していた。
「あんたも大変ね。自警団はそんな仕事もしてるの?」
「俺はただの用心棒だ。旅行者の世話なんかしてねえ」
「じゃあ、どうしたのよ」
「だから結婚したんだって」
「は?」
ネリーはまた硬直してしまう。
「ぎ、偽装結婚とかじゃなくて?」
「いや?」
「有り金奪われたって言ってたけど、彼女どこで暮らしてるの?」
「夫婦なんだから一緒に暮らしてるに決まってるだろ」
何訳の分からない事言ってるんだ?とトレバーは尋ねた。
「だって・・・まだ出会ったばかりなんでしょ?」
「三日前だな」
「なんだ。たったの三日前なのね。結婚だなんて気が早すぎない?」
「まあ、そうなんだけど婚姻の神に誓っちまったし。あ、そうそう彼女凄腕の神術師なんだぜ」
先日の怪我ももう完全に回復したとトレバーは自慢した。
「恥ずかしいです、旦那様」
夫婦がいちゃいちゃしているとネリーの部下が書類をもってやってきた。
「どうぞ」
二人は婚姻届けにいそいそと必要事項を書き込んでいく。
「なんだ、お前。25だったのか」
「旦那様は?」
リーン書く時はペンを持たされて補助を受けられたが、文字は見えないので言葉で尋ねた。
「えーと・・・、21なんだが」
「左様でしたか。わたくしが年上でも嫌ではありませんか?」
「全然気にしないぜ。超好みだ」
書き終わった二人は「はい」とネリーに提出した。
「・・・出会って三日でお互いの年齢も知らないような夫婦の婚姻届けは受け取れません」
「おい!なんだそりゃ!さっきはいいっていったろ!」
「なんでそうなるのよ!あんた一生結婚なんかしない!女には不自由してない!って言い張ってたじゃない」
「神かけてしちまったもんはしょうがねえだろ!」
トレバーとネリーは怒鳴られ怒鳴り返した。
「仕方ない・・・のですね。旦那様。わたくしやはりご迷惑だったのでしょうか」
「あ、違う違う。そういう意味じゃない」
哀しそうなリーンの声に慌ててトレバーは機嫌を取り始めた。
「あ、そうそう。ネリー。お前に借りてる部屋、隣の家との敷居が薄すぎるから工事してくれねえか?なんなら新婚祝いで隣の奴追い出して繋げてくれてもいいぞ」
「ふ、ふざけてんの!?」
ネリーの感情が支離滅裂に錯乱していくのをリーンは感じた。
そして感情の矛先はトレバーからリーンへ向く。
「シュヴェリーンさんと言いましたよね?」
「はい」
「貴女ほんとにこの男でいいの?こいつ娼館の用心棒なのよ。貴女みたいに行く当てがなくて困ってる人を娼婦にして閉じ込めておくような外道なの。関わっちゃ駄目」
ネリーは結婚を考え直すよう勧めた。
「旦那様はわたくしを暴漢から守り、保護して下さいました。大怪我をして疲れ切っているのに一切弱音を吐かず、ゆっくりとしか歩けないわたくしに合わせて下さいました。結婚してくださったのは同情からかもしれませんが、勇敢で忍耐力があり、辛抱強さ、紳士的な行動、すべて理想的な男性そのものです。旦那様は悪所で働いているかもしれませんが、それをどう使うかは上に立つ者次第ではありませんか?わたくしは旦那様を心からお慕いしております。どうか旦那様に酷い言葉をかけないでください。わたくしには救世主なのです」
ネリーの脳裏には弱者を言いなりにさせる詐欺師の手口だとか、いろんな言葉が浮かんでくるがリーンの真摯さを否定する言葉は実際には発せられなかった。
「さすがは俺の嫁。よく理解してくれてるぜ。どうよ、愛に時間は関係ないってこった。わかったか?」
「そ、そうかもね」
「だいたいうちのボスの仕事が気に食わないなら領主がきっちりとっちめればいいだろ」
「お父様も私も出来るだけの事はしてるわよ!世界の流れはもう変えられないの!大混乱が起きないように市民達に徐々に権力を譲り渡すしかないのよ!」
「お、おう。そうだな」
猛反論を受け、トレバーは気圧された。
「私はね、この街を守らなくちゃいけないの。この街の『自警団』は管理可能だからいいけどよそ者はそうじゃない。先日の事もあるし街一番の腕利きの男に接近するよそ者はきっちり調査させて貰う」
質問を受けリーンはトレバーにしたのと同じような説明をネリーにもした。
「つまり貴女も貴族の出身ってことよね」
「はい」
「その包帯取って貰える?」
「はい・・・」
「おい、お前それは酷くないか?」
トレバーは止めようとしたがリーンは構いませんといって包帯を解き始める。
「旦那様、出来れば見ずにいただけますか?」
「ああ、少し出てるよ」
「いえ、どうか近くにいて下さい」
心細いと訴えるリーンの為にトレバーは背中を向けた。
しばらくしてネリーがはっと息を呑む音が聞こえた。
「もういい、御免なさい。完全に抉り取られてしまったのね」
「はい」
包帯を戻しまた三人での会話を始める。
「悪いけれど先日外部の勢力が妙な動きをしていたからまだ警戒を解く訳にはいかない」
「んじゃあパララヴァから彼女の持ち物取り返してくれよ」
「末端の追剥が奪った物なんかもう売りさばかれてるでしょ」
「聞くだけ聞いてみてくれよ」
「昨日の今日で貸しを作るなんてね・・・」
「頼むって。この街の為なんだろ?」
「分かったわよ、もう」
ネリーとトレバーの間には暖かいものが通っている。
「さて、リーンさん。私も彼が信用できる男だというのは知っているけれど気まぐれで女好きなのも知ってる。こういう風に一度信用させてから利用するような男達の手口もね」
「嫌な事言うなあ」
「この男の自宅に連れ込まれて襲われたりしなかった?」
「いえ、結婚するまで紳士でした」
ネリーの質問はまだまだ続く。
「我が家は議会派、市民革命派にも好意的なの。貴女は貴族として革命家に酷い目に遭って来たのよね?」
「はい・・・」
「この街でも一般市民に襲われたし、彼らを憎み復讐したいとか思わない?貴女は女性で暴政を振るっていたわけでもないのに財産も土地も目も奪われ性的暴行だって受けて来たんでしょ?」
「おい!」
「あんたは黙ってなさい!」
トレバーの抗議をネリーはぴしゃりと跳ねのけ黙らせる。
執拗な質問とこのやりとりでリーンも状況が段々とわかってきた。
彼を監視させているのはこの領主の一人娘なのだ。
王政復古派が彼に近づいて誘惑するのを防ごうとしている。
トレバーを守ろうとしてくれるのだと分かるとリーンも安心した。
「わたくしはただ静かに暮らしたいと思うだけです。ですから伝説の理想郷を探しているのです」
アーモロートの革命家は禍根を断つ為、貴族を根絶やしにすべきだと考えていた。
貴族の祖先は神々の血を引き、特別な力を与えられた子供達と伝えられている。
その奢り高ぶりが市民革命を招いた。
しかし伝説の古王国には今もなお神と共に王侯貴族が暮らしているという。




