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旧首都エティナ


旧首都エティナの情景は、教科書や画集でもよく見る光景のため、初めて来た場所だというのにどこか見覚えのあるものだった。


いくつかの遺跡を通り抜けて、古い城下町へ出る。


城自体は既に幾度かの戦で崩れ落ちた後であり、城のあった場所は国立公園と中央に大きな白亜の教会があるのみだ。


そこを中心として時計回りに緩やかな坂道が続いていて、古めかしい街並みが整然と軒を連ねている。

昔はこの大きな街を囲むようにして川が流れており天然の要塞となっていたようだが、既にその川はほとんど枯れていて、川の跡地を埋め立てるようにして一部は建物が建っているという。


それが250年前に首都の座を明け渡した、旧首都エティナの今の姿だった。


現在はこのアルティナ王国で数番目に大きな都市であり、いまだ昔の賑わいを残している。

この土地の人々は、エティナに生きることを矜持としている印象があった。


その城跡を目指して馬車は上り坂を緩い速度で移動する。

カラカラと石畳を叩いて進む馬車の音が耳に心地良い。



「ここはいつ来ても賑わっていますね」



メインストリートと思われる大通りに差し掛かった辺りで、ランドルフが窓の外を眺めながら呟く。


「エティナには何度か来たことが?」


尋ねると、にこりと彼は人の良さそうな笑みを浮かべた。



「ロゴナ領はここの近くなもので。学園に入学する前までは、休日にはよく遊びに来ていました」


「ロゴナ領……。たしかに、さっき寄った湖畔から見えたダレッタ山は貴方の家の領地にも一部入っているものね」



すると彼は驚いたように頷く。



「ええ、その通りです、よくご存知で。……ただ、ここ数年はエティナには苦々しい思いもさせられているのですが……」


しかしすぐに顔を曇らせてランドルフは苦笑する。


(苦々しい思い……?

なんだったかしら。新聞で何か記事を読んだことがあるような気がする)


考え込む私をよそに、エドが何でもないことのように窓の外を見ながら言った。



「ロゴナ領も人口の流出だろう?何処もかしこも辛気臭い話で嫌になるね」


「ああ、そうだわ。そんな記事を新聞で以前読んだことがあるわ。確かここ10年程、ロゴナでは雨があまり降らなくなったのよね。そして作物の育ちが悪くなって、農民の貧困が悪化して、窃盗とか詐欺なんかの事件が頻回になって…っていう悪循環で、いまはあまり治安が良くないって……」


「そうなんです。それでいまはエティナに人が流れてしまっているんです。そう思って街を見ると、前よりも賑わってるように感じてしまいますね」


「どうしてここ10年でいきなり気候が変わるんだ?おかしいだろう。調べてはいるのか?」



アイザックの最もな質問にランドルフは曖昧に笑った。



「さあ、どうなんでしょう。

さすがに父も兄も調べているとは思いますけど、僕は三男だし、学生の身ですので……」


「お前、自分の領地が心配じゃないのか!?なんでそんな他人事なんだ!」



アイザックが食い付くのを、エドが冷たくあしらった。



「平民は黙ってなよ。ランドルフにも彼の立場ってものがあるんじゃないの。ただでさえロゴナ家は兄弟が多いんだし」


「兄弟が多いと家や領地のことに口出しちゃいけなくなるのか!?この国の貴族ってのはなんて面倒なんだ!」


「アイジーのは、無責任な正論を振りかざしてるだけだろう。何の責任もない立場からの意見は聞く気にならないね」


「貴様…!平民だとか無責任だとかこちらを馬鹿にする発言ばかりを…!それに、堅物男(アイジー)ってなんだ!」


「君の愛称だよ、今決めた。ちょうどアイザックの愛称にもなるし、一般的な意味も込められてる。似合いだろう?」



言い争い始める二人を尻目に私はランドルフを観察する。


自分のことで言い争っているエドとアイザックをオロオロしながら宥めようとしている赤毛そばかすの冴えない青年。

彼のロゴナ家での立場は知る由もないが、この様子から察するに家でもあまり発言権は持たなさそうだ。


(アイザックに同意するのも癪だけれど、確かに自分の領地のことなのに随分と他人事だわ。

無知なのか、興味がないのか、はたまた私たちに言えない何かがあるから敢えて黙っているだけなのか……。


でもまあ、貴族の三男坊なんてこんなものよね。自分が領地を継ぐわけでもないのだろうし、知らないということにさえ疑問を抱かない)


そこでふと、同じく三男坊である、かの王族を思い出して苦笑する。


オスカーは別格だ。彼のような三男を期待するのは酷だろう。

そもそも意識からして違うのだ。家を継がないであろうランドルフと違って、オスカーには王になる可能性がある。


この国の次代の王はまだ決まっていない。

なぜなら、王子5人が玉座をかけて争っている真っ只中なのだから。



「あら、着いたようね」



ガコン、と大きく馬車が揺れて止まった。

御者がドアを開けたので、私たちは外に降りる。


外に出ると、国立公園の入り口のようで、大きく優美な噴水が出迎えてくれる。

すでに噴水の前にはミミとエリオット殿下、そして案内人のアドルフハイネが立っており、こちらに手を振っている。



「みんなお疲れさまー!さすがに長い間馬車の中だと疲れちゃうねっ!……って、どうしたの?エド、アイザック。喧嘩??」



キョトン、と首を傾げるミミに、当の本人たちは仏頂面のまま「喧嘩じゃない」と口を揃える。



「そうなの?まあいいや。今日は教会の中を下見して明日の儀式の手順を確認したら一旦解散らしいよ」


ね?と可愛らしくミミが小首を傾げると、アドルフハイネも頷く。



「左様ですね。本日はエティナ領の領主様であるサンジェルマン侯爵邸に泊めていただくことになっております。皆様、お分かりかと思いますが、失礼のないように宜しくお願い申し上げます」



アドルフハイネの言葉に頷いて、そこから彼の案内のもと、歩いて国立公園の中央に位置している白亜の教会を目指す。


教会の前には数人の神父と、恰幅が良く身なりも小綺麗な男が立っていた。男の顔は以前から知っている。彼がサンジェルマン侯爵だ。夜会で紹介されたことがある。



「お待ちしておりました。聖女様、翼竜の御遣いの方々」



サンジェルマン侯爵は、にこやかに私たちに声をかけると、一人ずつに握手を求める。



「お久しぶりですね、シンシア嬢。お父様は息災かな」



私の前に来ると、侯爵は綺麗に整えた髭を撫でてにこりと笑う。



「お久しぶりです、サンジェルマン侯爵閣下。父も元気です。帰ったら閣下にお会いしたことをお話しますわ」


「ええ、また夜会でお話しましょうとお伝え下さい。明日の儀式、頑張って下さい」



サンジェルマン侯爵が全員と握手を終えると、次に神父の中で一番年長なのであろう老人が前に進み出てくる。



「お初にお目にかかります。翼竜の御遣いの方々。

私はこの教会の神父を長年勤めておる者です。今回で私が儀式に立ち会うのは3回目になりますなぁ。

さぁ、早速明日の儀式を行う祈りの間へ案内しましょうぞ」



そして皆でぞろぞろと教会の中に入る。

教会の内装はやや年季が入っているものの、ステンドグラスからの光が差し込むと、白亜の床にカラフルな色が散りばめられて、非常に幻想的な空間となる。


伝説の翼竜である精龍の姿を模った偶像が正面に置かれており、その一段下には最初の翼竜の遣いである6人の像も見られた。

一般的な教会とここは大差ないようだ。


違うのは、その偶像が置かれている場所の向かって左側に豪奢な扉があることだ。



「明日、儀式を行うのはこちらの部屋になります」



そしてその扉を開けた先には、さらに大きな空間が広がっていた。

祈りの間と呼ばれるそこは、いままで噂には聞いていたが大層神秘的な場所だった。




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