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伯爵令嬢と第三王子



出立式は王宮の玉座の間で行われた。

大層大仰しいその場所は、私は一度も入ったことがなかった。


まさか王宮魔術師拝命式の前に、思いもしない形でここに立ち入ることになろうとは。

だだっ広いその部屋は、床は大理石、両脇には白磁の支柱が置かれ、真っ赤な絨毯が中央奥の玉座に向かって一直線に走っていた。


天井は遥か高く、どこまで高いのかを知ろうと安易に首を上に向けると痛いほどだった。

半円球状になっている天井には緻密な絵画が描かれており、我がアルティナ王国の象徴たる翼竜ドラゴンが、その神秘的な煌めくオパール色の翼を広げ、まさに飛び立とうとする姿が描かれている。



「翼竜の使いたちよ、よくぞ参った」



横並びに整列していた私たちは、王の言葉に恭しく頭を垂れた。

ちなみにこの拝礼は入室の直前にアドルフハイネと一緒に10回ほど練習していた。6人中、聖女と黒髪の男以外の4人は貴族か王族だったため練習する必要はなかったが、一応練習に付き合った。


ミントも黒髪の男も所作はぎこちなく、慣れていないことが窺えたが、なんとか一生懸命こなそうとしているのが分かる。この儀式に必死なのだろう、自分との気持ちのギャップに冷めたような気持ちになる。


おもてを上げよ、と王の言葉があり、私たちは顔を上げる。

中央には白い髭を蓄えた壮年の男ーー王が玉座に鎮座している。


王の両脇には二人ずつ王子が控えていた。

私の隣にいるエリオット殿下以外の四人、すなわち第一王子のアーサー殿下、第二王子のルイス殿下、第三王子のオスカー殿下、第五王子のフィリップ殿下だ。それぞれ母親が違うこともあり(オスカーとフィリップは同腹だが)、あまり似ていない。共通していることといえば、どの母親も極めて美しいため、その息子たちもまたそれぞれ別の種類の見目麗しさがあった。



私たちの両脇には王宮魔術師、王宮騎士団の錚々たる方々が数十人ほど控えている。

その中には父の姿もあった。

少し視線をやると父と目があった。きちんと前を向きなさいとでも言いたげに眉を寄せて王の方へ視線を向ける仕草をされて、なんだか初等部の頃の参観日を思い出す。


そのあとは、王からのかくも有り難き祝辞の言葉を聞きながら、私はどこか上の空で、これから始まる長い旅に対する不安と不満で胸の奥底がずっとモヤモヤしていた。



どうして私が、とは数日前のあの日から何度思ったかしれない。

朗々たる王の言葉をキラキラしい眼差しで聞いている隣のミント・ミラージュを横目に深いため息をつきそうになる。



(面倒だなあ…)



ふと、視線を感じた。こちらから見て王の右隣に控えているオスカー殿下がじっと私を見下ろしているのがわかる。本人としては無表情を取り繕っているようだが、旧知の仲である私にはどこかもの言いたげに見える。



(何よ、どうせ面白がっているくせに)



少しだけ睨んでやると、ふっと彼の口元が不敵に持ち上げられた。


オスカー殿下は、私の幼馴染であり悪友であった。

一対一で接する時には整った顔立ちだと思うが、四人の王子が並ぶと、平凡な茶色の髪色のせいもあり凡庸に見える。

それでも王子の中では一番の切れ者であることは周知の事実だった。


そういえば翼竜の使いに選ばれてからは一度も話してないな、と思い至る。

せめて出立の前に少しでも話せたらこのモヤモヤした気持ちも多少は落ち着くのではないかと思う。


オスカー殿下とはお互い嫌なことがあるとすぐに招集を掛け合って愚痴ばかり話す仲なのだが、今回は出立まで時間がなく、彼と会う余裕もなかった。


ただでさえ、最近は事情がありお互い会うのは控えていたのだが、今回は会っていれば良かったなと後悔する。



「では、汝らの旅路に翼竜の加護があるよう」



王は最後にそう締めくくって、手に持っていた王宮の至宝である翼竜の骨から作った艶やかな杖を高く持ち上げた。

瞬間、杖からブワッと光の粒子が溶けるように私たちに降り注がれた。


光に触れた身体が少しだけ軽くなる。加護の魔法だ。

効果はそこまで強いものではなく、この魔法は儀式的な意味合いの方が強いのだろう。


もう一度私たちは深く頭を垂れて、玉座の間を後にした。


その後、アドルフハイネの先導で、王宮の前に停められている仰々しい四人乗りの馬車に二手に分かれて乗り込むことになった。


これに乗って仕舞えば、旧首都エティナまで二刻半程の距離を揺られっぱなしになる。



「シンシア!」



乗り込む前に後ろから声をかけられて振り向くと、そこには先ほどまで同じ玉座の間にいたオスカー殿下が走ってやってくるところだった。



「殿下」


「ひどいじゃないか、私に何も言わずに去ってしまうなんて。もう行ってしまうのか」



意味深に笑って、息を整えながら近くに立った彼は、おもむろに手を伸ばし私の頬に触れた。

急な触れ合いに嫌な予感しかしない。



「また、何を企んでおりますの」



小声で周囲に聞こえないように詰問するも、彼はなにも聞こえていないかのように、愛おしげに頬を撫でながら、やや大きめの声で私を褒めそやした。



「ああ、さすが"私の"シンシアだ。その翼竜の遣いの衣装、よく似合っている。君はここにいる誰よりも美しいよ」



仰々しい声音に、これは私に言っているのでは無いな、と察する。

ちらりと視線を移すと、アドルフハイネを含めた6人が驚いたようにこちらを見ている。



「い、いやですわ〜殿下ったら、そんな褒めても何も出ませんことよオホホホ」



とりあえず何となく合わせてみるが、全くかみ合っている気がしない。

現にオスカーの瞳が、余計なことを言うなと語っている。

なんなのだ、それならどう反応するのが正解なんだ。


私の戸惑いなどどうでも良いとばかりに彼は一層目を細めて愛おしいとでもいうかのように見つめてくる。

こんな態度をしたら、周りからどう思われてしまうかなど分かっているだろうに。



「君が帰ってくるのを首を長くして待っている。

帰ったらすぐに私のところへおいで。旅で何があったか、事細かに聞かせてほしい」


「え、なぜ」



ぼそ、と問うとかぶせるようにして強めに彼は言う。



「シンシア、君のことが心配なんだ」


「はぁ……」



あきらかに私へ言っているのではないので、ほかの6人に聞かせているのだろう。


だとすると、目的は牽制だろうか。

例えば、この旅の仔細は私の口から全て筒抜けだから変なことをしでかすなよ、という。


どうしてそんな牽制をしなければならないのかは全く分からないが、きっとオスカーにも色々あるのだろう。


彼は何か目的がある時、いとも簡単に私を利用する。

なんの企みかは知らないが、いずれにせよ生粋の合理主義であるオスカーが余計なことをするわけがないのである。


私が何を言いたいのか察したらしいオスカーは、誰にも聞こえないようにそっと耳打ちをしてくる。



「悪いね、少しばかりこのまま協力しててくれるか。“私の”シンシアにとっても少しは助けになるはずだから」



目を見合わせ、私はこくりと頷いた。


“私の”シンシア。

再度言われた言葉から察するに、自分と懇意にしているシンシアに余計なことをすればオスカーに無礼を働くのと同義だという周囲への脅しもあるのだろう。


確かにこれから始まるのはミント・ミラージュを心棒する者たちの中にひとり放り込まれた完全にアウェイな旅路だ。


だとすると、この大げさな小芝居は彼なりの友人への気遣いなのかもしれない。


案の定、用件は終わりだとばかりにパッと頬から手を離して、じゃあいってらっしゃいとあっさりと肩を押される。


そのまま馬車に乗り込んで扉を閉めると、ゆっくりと車体が動き出した。

にこにこと手を振って私たちを見送るオスカーが小さくなっていくのを馬車の窓から眺めていると、


「やっぱりあの噂は本当だったんだね」


そんなふうに呟かれた言葉に顔をあげる。

声の先には、赤毛そばかすの冴えない青年の姿があった。



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