・実際田舎者だった
「では私はこれで。……コムギさん、ホリン、どうか貴方たちの旅に、神のご祝福があらんことを」
赤い街道の橋までやってくると、そこでロランさんと別れた。
ここからは俺とコムギの2人だけだ。
ロランさんの遠い後ろ姿を目で追っていると、コムギを守れるのか不安になってきた。
「なぁコムギ……。やっぱり、ロランさんと一緒がよかったのかな……」
「ううん、ここからは2人だけでいこ!」
けどコムギの顔を見たらそんな不安が飛んでいった。
不安なんてどこにもない、旅行を満喫している笑顔だった。
「わかった……。けどいいか、俺から離れるなよ……?」
「なら、昔みたいに手とか繋ぐ?」
「ガキっぽいからそれはイヤだ」
「え、そうかなぁ……? ま、いいや、じゃ、いこっか!」
俺も楽しいことを考えた。
俺の楽しいこと、この旅の目当てと言ったら当然アレだ。
「それで、ブラッカの町には何があるんだっ!?」
「隠しアイテムのこと?」
「おうっ!」
「ふっふ~ん、知りたい?」
「知りたいに決まってるだろ!」
「えーっとね、知恵の実と、体力の種!」
「おおっ、体力かぁっ! 知恵は別にいらねーけど体力は欲しいなっ!」
ってコムギに返したら、なんか怪訝そうな顔でこっちを見てきた。
「えぇ……? ホリンにはもう少し、知恵も必要だと思うけど……」
それどういう意味だよ。
それに食べただけで知恵が付くなんて、そんなのおかしいし怖いだろ……。
「えーっと、後はね。A.魔法の水。C.鎖鎌。D.鉄の鎧。E.580G。G.小さ過ぎるメダル。H.青銅の盾が隠されてるんだって!」
「て、鉄の鎧……!?」
「あ、また感動してる……?」
「あ、あったり前だろっ!! それっ、ブラッカの店で買ったら1800Gするやつだぞっ!!」
俺が丸一年働いても到底届かない値段の高級防具だ。
それがなんと、タダで手に入るという!
「だから、なんでそんなに正確に覚えてるの?」
「欲しかったからに決まってるだろっ!! 鉄の鎧っ、鉄の鎧かぁっ!!」
鉄の鎧、鱗の盾、雷神の剣。
この3つが集まれば俺だって立派に村を守れるはずだ。
尊敬するロランさんには、それでも届かないだろうけど……。
「どうしよっかな。今回はロランさんにもお世話になったし、ロランさんにあげちゃおうかなー?」
「ロランさんなら、もっともっと良い鎧持ってるぞ」
「え、そうなの?」
「ロランさん、俺にだけ見せてくれたんだっ! あれは、魔法の鎧だったっ!」
「えっと、魔法の鎧、魔法の鎧……。ろ、6800Gっっ!?」
コムギはあの俺の目には見えない本をめくって、ピタリと値段を言い当てた。
そう、ロランさんは一日中ブラブラしている無職のように見えて、実は超金持ちだ!
「すっげーだろっ!」
「ホリンはロランさんの金魚の糞だね」
「へへへ……褒めるなよ」
「いや、全然褒めてないから……」
俺たちは楽しく言葉を交わしながら赤い街道を進んだ。
道中、モンスターと遭遇することもあったが、俺たちの敵じゃなかった。
・
ブラッカにたどり着くと、俺は初めての町に感動した。
本当にロランさんが言った通り、その町の建物は石で建てられていた。
見張り台には噂に聞く兵隊というやつがいて、歴戦の傷跡の残る防壁が町を囲んでいた。
「おい……おい、コムギ。見られてるぞ」
「……へ?」
「田舎者だと思われるから、口開けっ放してあちこち見渡すのは止めろ」
「でも実際田舎者じゃない」
「ただでさえ俺たちは目立つんだから、おとなしくしてろ」
「目立つ? 何が?」
コイツ、やっぱりわかってねぇ……。
「外の世界では、エルフと人間は別々に暮らしているんだって、散々教わっただろ……っ」
俺にも半分だけエルフの血が入っている。
俺たちの故郷はそういう村だ。
エルフの長い耳と美しい容姿は、ブラッカの町では注目の的もいいところだった。
「先にロランさんが紹介してくれた宿に行こうぜ」
「うんっ、えーっとね、それなら攻略本にも載ってたからあたしが案内するねっ」
「おい、その本もあんまり街角で開くなって……っ」
「え、ダメ……?」
「ダメに決まってるだろ……っっ」
反論される前に俺はコムギの手を引いた。
乱暴で強引な行動になってしまったが、人前で『透明な何か』を包んだブックカバーを開かせるわけにはいかなかった。
人目のない路地裏までコムギを連れて行った。
「悪い、痛かったか?」
「ううん。でもちょっとここ暗いよ?」
「疑われるよかいいだろが……っ」
「そうかなぁ?」
コムギはあの本を開き、物陰から表通りを見回した。
それから、宿屋への道中に2つアイテムを回収できると、コムギは俺にそう伝えた。
「人がいなくなったときに、こっそりだぞ? 人に見られたら面倒だから止めろよ……?」
「あ、それはわかるよ。突然何もないところから、鎖鎌とか出てきたら、みんなビックリしちゃうもんねっ!」
「ビックリだけじゃ済まないかもしれないぜ……」
ブラッカにきて早々、俺は不安になった。
コムギの純粋さや明るさは、外の世界ではとても危ういものだった。
俺たちは表通りを避けて裏通りを進んだ。
すると俺たちは、ロランさんが言っていた色街ってところに入り込んでしまった。
「おう、そこの田舎者臭いにーちゃん、いい宿紹介するぜ? 彼女としっぽり――」
「コムギッ、行くぞっ!」
「……えっ?」
またコムギの手を引くことになった。
客引き、ヤクザ、娼婦、客のひしめく色町を俺はコムギを引っ張って抜けた。
「ねぇ、ホリン? さっきのとこ――」
「お前は知らなくていい!」
「えーっ!? なんでーっ!?」
「知らない方がいいこともあるんだよ……っ。お前は知っちゃダメだ!」
俺が必死でそう叫んでも、コムギは不思議そうに首を傾げて丸い目で俺を見るだけだった。
やっぱり、ロランさんと一緒にくるべきだったかもしれない……。
「よくわかんないけど、ま、いっか。あ、そこの赤い箱に隠しアイテムが入ってるみたい」
「箱……? 箱なんてどこにある? 全然見えねーぞ」
きっとその本と同じように、コムギにしか見えないのだろう。
コムギが何もない路地裏の地面を見下ろすので、俺は制止して人目を確かめた。
大丈夫そうだ。今なら問題ないと合図した。
コムギが元気に両手で箱を開ける動作をすると、そこにガラス瓶が現れていた。
「それが【魔法の水】か……?」
「うん、そうみたい。それにしてもこのガラス瓶きれーっ! 使い終わったらうちの家で使おうっとっ!」
「それ、どういう物なんだ?」
「魔法の力が回復するんだって!」
コムギたち魔法使いには魅力的な物なのだろう。
だが剣士である俺にはどうでもよかった。
「次のはなんなんだ?」
「鎖鎌!」
「確かそれ、ここの武器屋で700Gで売ってるやつだ」
「さすがホリン、詳しいね」
けど鎖鎌といったら扱いにくい武器だ。
それに俺にはもう雷神の剣がある。
「ならいっそ、売っちゃえばいいんじゃないか?」
「……ううん、村に持って帰る。アッシュヒルにはもっと武器が必要でしょ?」
「ま、それは重さによるな。鉄の鎧と青銅の盾のことを考えると、重量オーバーかもしれないぜ」
「あ、そっか……」
遅れて俺は思った。
どうも最近のコムギは、以前のコムギらしくないんじゃないかって。
少し前まで、コムギは俺とロランさんのやっていることに懐疑的だったはずだ。
「瞬間移動とかできればいいのに」
「できるわけねーだろ……」
「だよねー……。あたしたち、勇者様じゃなくてただの村人だもんね……」
コムギはまだ何かを俺に隠している。
俺は疑いを覚えるも追求せず、宿屋フクロウ亭に続く石畳の道を歩いた。